7 聖騎士団の暴虐4
シンが突入したと同時に、すべての光源が絶たれた。
酒を片手に、醜悪な笑みと卑劣な自慢話で盛り上がっていた宿屋の1階は、一瞬で空気が変わる。
シンは目を尖らせ、視線を流す。
こんな遅い時間だというのに宿の主人と女将はこき使われており、その奥で子どもが怯えている。
シンに気付き、一斉に立ち上がる悪党共。
白銀の鎧を身に付けた巨漢が三人。
「てめぇ、覚悟はいいんだな」
そういうと髭ずらの男が、腰の剣をギラリと抜いた。
「ククク。見誤ったな、小僧! 我が名はレッドグリフォン千人長、猛剣遣いのアーガス様だ! 一瞬で片付けてやる」
剣を振りかざし一直線に突進してくるアーガス。
仲間たちも剣を抜き咆哮を上げて、アーガスに続く。
シンは踵で床を鳴らす。
それはニートスキル『床ドン』。
床ドンとは――主にニートが特定の相手に対し、音だけで意思を伝えることができる高度な秘密暗号伝令術である。
シンの伝令は、お兄さんを通じ、瞬時に宿中に潜むねずみ達に拡散される。
ねずみ達はアーガス達の足元目掛け、一斉になだれ込む。
暗闇でのそれは、ガサガサガサと不気味に唸る黒い波のようであった。
「な、なんだ、これは!? 何が起こっているんだ!? うわー、く、来るな!」
男たちは転倒し、恐怖で錯乱。
デタラメに剣を振りまくる。
「ざけんな。なんだよ、この影は!? く、来るなぁぁあ!」
シンの目は夜行性の生き物よりも、遥かによく見えている。
優れているのは目だけではない。
耳の精度も、昼間の時に比べ、数百倍以上に跳ね上がっているのだ。
それはニート所以の特性である。
ニートは、日夜、親や妹などが部屋に侵入し、就職を促してくることから身を守ってきた。
押し入れ、机の下、クローゼットなどに隠れ、気配を殺し侵入者の正確な位置を把握してきたのだ。
それはまさしく、長年、酸素量の少ない高山に暮らしてきた者達が、過酷な環境下に適応していき強靭な肺活量を手にしているかの如く、暗闇に潜むニートはその日々の過酷なる修練の末、超人的な身体能力を身に付けているのだ。
この闇の世界が見えているのは自分だけ。
踵で正確な剣の位置をねずみ達に伝える。
「な、なんだよ、これは!? 剣がかすりもしねぇ!」
「やめろ、ザンガ! 振り回すな。俺に当たる」
盲目という恐怖が、男たちの脈拍を更に加速させる。
そのドクン、ドクンという脈打つ音までが、シンの耳に届いているのだ。
どんなに強い言葉を発しても、シンには虚勢にしか聞こえない。
鼓動という名の心の悲鳴こそ、奴らの心情。
――そうかい。そんなに俺が恐ろしくて仕方ないんだね……
「いてぇ! なんだよ! うぉ、いてぇ!」
シンの命令に応じ、ねずみの群れが肌の露出している手や首元を噛みついているのだ。
鎧に潜り込んで腹部を噛む。
「いてぇ! な、なんだんだよ! いったい、どうなってやがる!?」
シンが一歩、また一歩と男たちに近づく。
「お、おい、てめぇ。何をしやがった!?」
「……別に……。……闇の力を少し解放しただけだ……」
「や、闇の力だと!? キ、キサマ、いったい何者だ!?」
月が雲から顔を出したのだろうか。
カーテンが少し揺れ、月光でシンの顔が蒼白く光る。
その鋭い視線に、男たちの喉はゴクリと鳴った。
「……さっきも言っただろう。闇夜を彷徨う一陣の風、と。……俺はシャドーマスター。闇を支配する者だ!」