白いしっぽのあいつ
あ、また逃げられた。
白いしっぽのあいつ。
今日こそ捕まえるぞー!
ちらっと見えたかと思うと、
あっという間にいなくなってしまう。
いつもいつもいい所まで、
追いつめるのにあいつはいつも消えてしまう。
何故かあいつは、
僕の家の食べ物を狙っている。
動きは俊敏で白い塊が動いているみたいで、
なかなか姿を目に焼き付けるのは難しかった。
最初の被害はいつだったか忘れたが、
この前は焼きたてのパンがなくなっていた。
猫は魚だけ奪うなんて大間違いだ。
テーブルの上に乗っているものなら
なんでもかっさらっていく。
こっちが警戒しているうちは、
全く現れず、いつもあいつは忘れた頃に現れる。
いつの間にか現れて、いつのまにか消える。
運良く姿を見たのは、ほんの一瞬一度だけ。
暗闇の中、月明かりに照らされて、
真っ白い毛を持つ猫。
本当に気高くて息を飲む様な美しさ。
その時は何も盗らずに僕の目の前をすり抜けて行った。
初めて見たあいつの美しさにうかつにも見とれてしまった。
あいつは本当に忘れた頃にやってくる。
だから僕が忘れない様に、
毎日毎日あいつが来るのをいつもいつも待ち構えている事にした。
大好きな旅行も買物も我慢して、
僕はあいつを捕まえるまで、
ずっと家にいた。
今は家にいても何でも手に入る便利な時代。
僕は何年も待ち続ける覚悟で今か今かと待ち続ける事にしたのだ。
もう何年待ったであろうか。
あいつは待てども待てどもいっこうに現れない。
いくら何でもあれから時間が経ち過ぎている。
もうそろそろいいのでは。
自分の中では、もう待ちくたびれてしまって
あいつのことなんてどうでも良くなってしまった。
やれやれ、ここ何年も外に出てないや。
もういい加減あいつの事は忘れて旅行にでも行こうかな。
そうして僕は、久々の旅行にワクワクしながら準備をしたのだった。
電車に乗っていると、ふとパスポートを忘れた事に気づき、
家に戻ると、まさかの白いしっぽ!
やっぱり忘れた頃に現れる、あいつがいた!
でも今回食料はないぞ。
僕は旅行に行こうとしたんだから。
残念だったな。
今日こそ捕まえてやる。
僕はそっとあいつの背後に忍び寄る。
もうあと数センチであいつに届く。
もう少しだ。。。
「捕まえたぞ!」
勢い良く僕はあいつを抱きかかえた。
と思ったのもつかの間。
あいつはするりと一瞬の隙間も逃さず、
さっとぼくの指からすり抜けて、
あっという間に高い窓の方へ消えた。
今度こそ逃すものか。
あわてて家を飛び出しあいつを追いかける。
ちくしょう!もうどこにもいない。
逃げ足だけは早いんだから。
あと、もう少しだったのに。
旅行は当分おあずけだな。
苦笑いしながら、とぼとぼと僕は家に戻る。
どこかでものすごい車のブレーキ音が響く。
同時にかすかに何者かの叫び声も聞こえた気がした。
向こうの道路か。
交通事故かな。
気になるから行ってみよう。
そこには白い車が一台止まっている。
何かとぶつかったみたいだ。
「白い猫とぶつかったみたいよ。かわいそうに」
近くでは、子猫達がお腹をすかせてみゃーみゃー泣いていた。
間の前には紛れもないあいつの美しい白い毛並みが見える。
何てあっけないあいつの最期。
震える手で子猫達を抱きかかえた。
僕は涙がずっと止まらなかった。