12 初夜じゃない初夜だと!?
少しだけ先生の過去を話します
「あのさ、玲奈ちゃん」
「なんでしょう?」
言おうか迷ってから俺は思いきって言うことにした。
「一緒に寝るのは構わないけど、近すぎない?」
ほとんどゼロ距離。互いの吐息を感じる程に近いので思わずそう言ってしまう。そんな俺の言葉に玲奈ちゃんは可愛らしく小首を傾げて聞いた。
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、変な臭いとかしない?」
加齢臭とかの諸々のことだ。なるべく清潔にはしていてもやっぱりそういう臭いがしないか不安ではあるのだ。そんな俺の心配に玲奈ちゃんはむしろぎゅっと抱きついてきて言った。
「先生の臭い私大好きです。昔と変わらない優しい香りです」
「優しい香り?」
「はい。私を慰めてくれた時とかに抱き締めて貰った時から全然変わってません。私先生のこと大好きです」
ストレートに愛情表現されるので思わず照れてしまう。幼い頃から想像もつかない程に綺麗に成長したけど、彼女の中の想いは色褪せることなく今も活きているのだろう。眩しいけど凄く嬉しいその言葉に俺は反射的に彼女をそっと抱き締めていた。
「先生?」
「ごめん、嫌だった?」
「いえ、嬉しいです」
小柄な体を抱き締める。思えばこうしてベッドで誰かを抱き締めるなんて人生で初めてかもしれない。
「ねえ、玲奈ちゃん」
「なんですか?」
「俺はね、正直他人が怖いんだ」
だからこそ思わずそんな本音を溢していた。
「他人を怖れるけど、他人との繋がりが欲しい半端者なんだよ。小学校の教師になったのも、一番には俺みたいな欠陥品の子供を助けたかったんだ」
「欠陥品・・・」
「そう、俺ね人より要領が悪いんだよ。小学3年生までまともに読み書きも出来なくて授業に付いていけなかったんだ。その当時の先生が凄く熱心だったからこそ卒業までには皆と同じになれたけどね」
何度思い出しても苦い記憶。今でこそ簡単に思うがその当時はまるで理解できなくて、人より遅れることが怖くてたまらなかった。そんな俺に当時の女の先生は優しく言ってくれた。
『自分のペースでいいんだよ』
そんな簡単な一言でどれだけ救われたか。弟は運動系、妹は文系の才能に溢れているので、俺は二人の前に不要なものを吐き出されたのではないかと思ったくらいだったので、凄く嬉しかったのだ。それに俺は小、中学校といじめられていたので、だからこそ、俺はそういう子供やいじめに苦しむ子供を助けたかったんだ。
「でもね、本音を言えば全くトラウマがないわけじゃないんだよ。今でも思い出せる。他人より劣ることの痛み、皆と違う疎外感、俺をいじめていた奴らの楽しげな表情」
先生に言っても助けて貰えず、家族に心配をかけたくなくて言えなかった。暴力や授業の妨害、物を壊されたり、無視や仲間外れ、何度も自殺を考えた程だ。一度窓から落とされそうになったこともあった。
「ねえ、玲奈ちゃん。俺は君が思っているような立派な人間じゃないんだ。トラウマを引きずったまま生きてる情けない人間なんだ。それでも俺のことを好きでいてくれる?」
我ながら情けない言葉に呆れられるかと思ったが、玲奈ちゃんは震える俺をそっと抱き締めてから優しくあやすように言った。
「全部知ってます。先生のことを好きになって全部調べて、何度も胸が苦しくなりました。私がもし隣にいれたなら先生のことを守れたのにって。でも、私はこうも思うんです。先生がそんな辛い経験から私を助けてくれたならこれは運命じゃないかって、そう思うんです」
「玲奈ちゃん・・・」
「先生は優しい人です。そんな先生に私は救われました。だからこそ今度は私が先生を守ります」
思わず顔を上げると玲奈ちゃんは優しく微笑みながら言った。
「先生、私は先生のことが大好きです。これからも一緒にいてください」
その言葉に。不思議と心が柔らかくなるのがわかった。産まれてから幼い頃を除いていじめられていた時ですら流したことがない涙を俺は思わず流してしまっていた。そんな情けない俺を玲奈ちゃんはどこまでも優しく受け止めてくれるのだった。