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金の魔女と銀の娘  作者: YoShiKa
10.女神の導きの先で
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●月と太陽の花 3


 一見すると何の変哲もない花に変化が生じたのは、夕暮れが近づき始めた頃のことだ。

 森に斜陽が差し込み、空には紺と橙のグラデーションが生まれ始める時間帯──夜と昼の境目に、花は確かに変化を遂げていた。

 まるで月光のような淡い白と朝陽のような薄い橙を帯びて光る花々の存在は、薄暗がりの中でよく目立つ。

 森の入り口に立ったテオドールとシェリアは、互いの顔を見たあとで森の奥へと続く光の筋を見つめた。

 

 光る花によって出来上がった道。

 花が道しるべになる──村の青年が言っていた通りだと、テオドールは納得した。


 道しるべを追いかける形で森に入ったふたりは、黙々と奥を目指した。

 本来、夜の森は危険なものだ。

 しかし、この森は不思議と警戒心や不安感を刺激して来ない。

 それがこの森自体の特性なのか、花によるものなのかは定かではない。


 奥へ奥へと向かうものの、肝心の女神像は見つからない。

 後ろを振り返ると、自分達が来た道を示すように花々が薄らと光っている。

 これなら万が一のときにも戻ることはできるだろう。


「シェリア、もしもの場合は暗いうちに引き返そう」

「うん、分かった」


 朝になれば、花々は光を失ってしまうはずだ。

 本来の森の常識とはまるきり逆だと考えたテオドールは前を向いて、小さく息を漏らした。


「……それと、疲れたら言ってくれ」

「うん、大丈夫だよ」


 シェリアは小さく笑って頷いた。

 それでも、テオドールとしては気がかりだ。

 今まで疲れたから休ませてほしい、などと彼女から言われたことはほとんどなかったからだ。


 森の中はとても静かで、魔物どころか動物の気配もない。

 響いているのは、時折通り抜けていく風に木々が揺らぐ音くらいなものだ。

 それでも気を抜くわけにはいかない。

 テオドールとしては、見知らぬ森にはあまり良い思い出がなかった。

 特に水都カラジュム近くに広がっていた森では、実際に魔女と遭遇している。

 

「……」


 魔女の姿を思い浮かべた直後、テオドールは首を振った。

 今ここで考えても仕方がないことだと、何とか思考を断ち切る。


 木々の隙間から差し込む月明かりと、足元を照らし出す花々の光によって視界は良好だ。

 しかし、花々が示す道を歩いて森を進み続けるものの、一向に女神像は見えてこない。

 女神像どころか建造物や、人工的なものは何ひとつ見当たらない有様だ。

 森はただ淡々と広がっていて、花々も一筋の道をぼんやりと示しているに過ぎない。


 やがて、シェリアの歩調が緩くなってきたことに気が付いたテオドールは、そろそろ休憩しようと持ち掛けた。

 花の光を追いかけるためには夜のうちに進む必要がある。

 しかし、このまま一晩中ずっと歩き通しで女神像を探すことは難しい。


 少し開けた場所まで進んだふたりは、乾いた木の枝を集めて火を起こし始めた。

 相変わらず森は静けさに包まれている。

 テオドールが火を調整している間に飲み物を用意していたシェリアは、おずおずと話を切り出した。


「あのね、テオ。……少し、考えたんだけど」

「なんだ?」


 手を止めたテオドールが視線を向けてくると、シェリアは少し言葉に迷った。

 どう言えば良いのか分からずに、数秒ほど沈黙が落ちる。


「……最初に、魔女に会ったときのこと」


 シェリアの言葉に、テオドールは僅かに眉を寄せた。


「声を聴いただけだろう」

「うん……でも、その後は気が付いたら港街にいたの」

「ああ」


 彼女が何を言おうとしているのか。

 気が気ではないテオドールは、火を調整するために持っていた枝を手放してシェリアに身体を向けた。


「盗賊に襲われたときも、追い払ったのは火だったから……」


 確かに、盗賊たちを燃え上がらせた炎は魔法だと思わしきものだった。

 それは否定できない。

 テオドールは、静かに先を促した。


「魔女は、火を使うから……」


 目を伏せていたシェリアは、おずおずと視線を持ち上げた。

 互いの間で揺らぐ焚火。

 その火は小さな音を立てて枝を燃やしている。


「……だから、その、もしかしたら……」


 言いにくそうにしていたシェリアは、そこで言葉を切った。


 もしかしたら。

 もしかしたら?


 テオドールは、続きの言葉を待たずに首を振った。


「──俺はもう、何も失うつもりはない」


 テオドールの言葉に、シェリアの肩が小さく揺れる。

 彼女の視線が下がる前に、自分から逸らされてしまう前に、テオドールは続けて言い放った。

 真っ直ぐに、焚火に照らし出された彼女の顔を見つめて言う。


「……お前のことだ、シェリア。俺はお前を失いたくない。何があろうと、誰が何を言おうと、お前を魔女に渡すつもりはない」


 テオドールとしても、まだ魔女のすべてを知ったわけではない。

 だが、かつて故郷を失ったときよりも、ひとりで追っていたときよりも、魔女には近づいている。

 ロサルヒドが言うように彼女と魔女に何らかの関係があったとしても、彼女は魔女ではないと確信していた。


 彼女は、魔女ではない──彼女自身が何かを負い目に感じていたとしても、だ。

 テオドールはもう二度と魔女に何かを、誰かを、奪われるつもりなどなかった。


「それを、忘れないでくれ」

「……うん」


 テオドールの言葉に対して、シェリアは小さく小さく頷いた。

 それが、精一杯だった。

 ありがとう、と言えば良いのか。

 それとも、ごめんね、と言うべきなのか。

 言葉がうまく出てこない。


 シェリアとしても、複雑な気持ちではあった。

 知りたいとは思っている。

 魔女のことを知らなければならないと。

 魔女の災厄を止めなければならないと。

 しかし、その気持ちと同時に恐怖と不安もあった。

 知ることに対して。知ってしまうことに対して。

 そして、テオドールとの関係性が変わってしまうのではないかという恐れもあった。


 飲み物を味わっている間、ふたりは無言だった。

 森を抜けていく風が木々を揺らす音と、燃やしている枝が弾ける音だけが静寂を破っている。


 今の状態では再び森を彷徨うことになりかねない。

 そう判断したテオドールは、ロサルヒドから渡された五枚のカードを取り出した。


「……」


 少し迷ってから水晶が描かれたカードを抜き取り、四枚のカードを仕舞い込む。

 そして目を閉じたテオドールは、女神像の位置を教えてくれ、と念じつつカードを持つ指に力を込めた。

 シェリアが静かに見守る中、ロサルヒドの説明通りにテオドールがカードを投げた瞬間、今まで森に差し込んでいた月明かりが途切れた。

 それと同時に、焚火すらふっと消えてしまう。


「──テオ」


 何が起きたのかと視線を巡らせていたテオドールは、シェリアの声に応じて示された方向を見遣った。

 足元で光っている花々とは別に、一筋の光が差し込んでいる。


「……あそこに女神像があれば良いんだが」


 焚火に火が残っていないことを確認してから、テオドールが立ち上がる。

 ちょうど片付けを終えたシェリアも腰を上げた。

 周囲は先ほどよりも暗くなってしまっているが、森の奥には明らかに何かを示している光がある。


 花々に導かれながら光の差す方向へと歩いていくと、そこには期待通りに女神像が立っていた。

 テオドールとシェリアは顔を見合わせた。

 魔法の道具を疑っていたわけではなかったが、こんなにも的確に示されるとは思っていなかったからだ。

 テオドールたちが女神像の台座前に辿り着いたと同時、周囲には月明かりが再び戻ってきた。


 光る花に囲まれた女神像は、わずかに頭を傾けて目を伏せた状態だ。

 そして、自身の腕に抱いている鏡を見つめている。

 女神の抱く鏡には、空が映り込んでいる。

 しかし、実際の空とは異なり、そこには星の姿がないようだ。


 テオドールを見たシェリアは、小さな頷きを受け取ってから鏡に手を伸ばした。

 その指先が鏡に触れると、まるで水に手を差し入れるかのように鏡の中へと指先が沈み込む。

 水都カラジュムにあった女神像の鏡と同じ挙動だ。


 空を映していたはずの鏡には、どこかの、建物の室内と思わしき光景が映し出された。


「シェリア」


 テオドールが伸ばしてきた手を空いた手で取ったシェリアは、更に鏡へと手を差し入れていく。

 すると、やはりカラジュムの女神像が持っていた鏡と同様、水面に触れたときのように発生した波が鏡の表面に広がった。


 そして眩い光がふたりを包んだ直後、その姿はあっという間に鏡へと吸い込まれていった。


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