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金の魔女と銀の娘  作者: YoShiKa
1.金の魔女

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12/123

●淡い銀が意味するところは 3


「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 馬車に荷物を預けて先にシェリアを乗せたあと、背後から掛けられた声に引き留められる形でテオドールは動きを止めた。


 魔女──その単語がミレーナの口から出た時、唯一顔色ひとつ変えなかったメイドだ。


 今も決して愛想が良い表情ではない。

 まだ若い部類に入るように見えたが、テオドールには女性の年齢はいまいち掴めなかった。


「……疑っているのか」


 テオドールは低い声で問い掛けた。

 責めるつもりはなかったが、そのように受け取られても仕方がない声色ではある。

 しかし、メイドは気にした様子も見せはしなかった。


「いいえ」


 答える声は淡々としていて、とても落ち着いている。


「ミレーナ様は、"彼女ではない"と仰いましたので」


 答えは簡潔だった。

 しかし、テオドールにとっては、それで十分だった。


 ミレーナの判断こそが、このメイドにとっての指針。

 これ以上は野暮だとテオドールは礼だけを告げて馬車に乗り込んだ。


 示された馬車は、確かに乗り合い馬車よりも随分と広い。

 座面には応接間のソファと同じような素材が使われている。特注のものだろうということは、すぐに知れた。


 先に乗っていたシェリアの隣に腰を下ろしたテオドールは、後ろに繋げられた荷馬車の音を気にしている。


「──お待たせ」


 開かれたままのドアをくぐってミレーナが乗り込んできた。

 シェリアとテオドールの視線が、そちらへと向く。

 外側から先ほどのメイドがドアを閉じる様子が見え、テオドールは軽く会釈をしておいた。


 ほどなくして、馬車がゆっくりと動き始める。

 車輪の音と振動を受けながら進む馬車の中に沈黙が落ちると、ミレーナは開いたままだった窓を閉じた。


 それを合図にして、口を開いたのはテオドールだ。


「……船の件か」


 低い声が馬車の中に落ちる。

 シェリアは不安げな様子で彼を見遣った。

 しかし、余計な口を挟むような事はしない。


 ミレーナは首を振った。


「船のことも迷惑してるけどね。探しているのは、ずっと昔からだよ」

「因縁があるのか」

「アンタ達ほどではないけどね」


 ミレーナの知ったような口振りに、テオドールは眉を顰めた。

 魔女を探している大抵の人間は、恨みを持っているものだ。そうでなければ、賞金首として狙っているか。単に珍しいものとして扱っている者くらいだろう。


 テオドールの様子に、ミレーナは笑った。


「そんな顔しなくても。わざわざ自分達で情報収集してるくらいなんだから、少し考えれば分かることだよ」


 そうしている間に、ガラガラと響く車輪の音が馬車内に届いた。

 街から街道に出たのだろう。振動の具合と外の音が変わったようだ。


「──この街道の先には、"花の街"って呼ばれてる街があってさ。そこの温室ドームに、私の知り合いがいるんだけどね」


 街道に沿って馬車は走る。

 速度はそれほど出ていない。

 だが、歩くよりはずっと楽で、そして速いことだけは確かだ。


 テオドールは首を傾げることで、ミレーネに話の先を促した。


「その知り合いってのが、ファムビルって男だよ。そいつから話を聞いてみるといい。あれもあれで、魔女を探していたからさ」


 その言葉に反応したのは、テオドールではない。

 シェリアの方だった。

 

 今までにも魔女を探している者には、幾度か遭遇している。

 だが、その度に彼女は魔女だと謗りを受け続けてきた。テオドールも、それはよく知っている。

 手がかりがある可能性が高いにしても、気軽に訪問できる相手ではない。


 二人の緊張を感じ取ったミレーナは、片手をひらりと揺らして笑った。


「大丈夫だよ。悪いやつじゃないから」

「……だが、魔女を探しているのだろう?」

「昔はね。今は仕事で手一杯でさ。私にとっちゃ、良い取引相手だよ」

「……魔女の情報を握っているのか?」


 テオドールは怪訝がった。

 魔女探しを諦めた男に話を聞いて、いったい何になるというのか。


 無駄足になることを恐れたのではない。

 シェリアに対して、その男が不要な言葉を発さないかどうか。余計なことを言わないかどうか。何かしないかどうか。テオドールにとっては、それが最も大きな懸念だ。


「ある程度は持っているだろうね。あれは優しい男だから、聞けば答えてくれるはずだよ」


 そう言うと、ミレーナはちらりとシェリアを見た。

 ミレーナから見ても、シェリアは愛らしい少女だ。

 空を歩いた禍々しい魔女と同一の存在だとは思えない。


 しかし、シェリアと魔女の顔立ちの類似を否定できるほどではなかった。


 だからこそ、何かきっかけになるのではないかという狙いもミレーナには確かにあったのだ。


「さーて。明日には着くだろうけど、夜が更けたら一旦は野宿だよ」

「野宿か……」

「夜通し走るわけにもいかないからね。大切な荷物もあるし、お客さんも乗ってるしさ」


 ミレーナは軽く笑って、再びシェリアを見た。テオドールもまた、彼女へと視線を向けている。


 できれば宿に泊まらせてやりたかったが、仕方がない。


 テオドールが口を開きかけると、シェリアの方から「大丈夫だよ」と声が返された。


「心配しなくてもー。野宿って言っちゃったけど、馬車で寝ていいからさ。ひとまず移動はしないよってだけ」


 二人のやり取りにミレーナは目を細めた。

 逐一彼女を気にしているテオドールのことも、そんな彼の様子をよく見ているシェリアに対しても、だ。仲睦まじい様子が、実に微笑ましい。


 だからこそ、自分の行動の全てが全くの善意ではないことを、ミレーナは少し申し訳なく感じた。





「……商人なんてさ、そうそう信用しちゃいけないよ」


 ひそりと笑って、ミレーナは告げる。


 シェリアは困惑気味に首を傾げ、テオドールは忠告として受け取った様子で頷きを返した。

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