●淡色の双眸に 8
「──っつーても、これは全部ただの仮説だ。正しいかどうかは、魔女にしか分からねえ」
パンッと手を叩いたロサルヒドは、三人それぞれに対して視線を向けてから肩を揺らした。
確かにそうだろう。
だが、テオドールとしては、限りなく正解に近く、極めて本質的な部分なのではないかと思えた。
文字が浮かぶ地図を眺めていると、襲われた順番そのものにはばらつきがあるのだとわかる。
何かを順々に辿っているようには見えない。規則性があるのかないのか。少なくとも、見る限りでは不明だ。
「……」
襲撃の正確な日取りを調査することは困難だった。何せ、生き残りのほとんどが年端のいかない子ども。
今までに集めてきた生き残りの話を頭の中に思い浮かべつつ、ひとつひとつの地点に視線を巡らせる。
ふと、ロサルヒドに視線を向けた時、テオドールは彼が年齢を聞いてきたことを思い出した。
テオドールが話を聞いた魔女の襲撃で、最も古いものは──シェリアが、生まれたかどうかの年だといえる。
彼女が生まれたことで、魔女が動き始めたのだろうか。
まさか。
テオドールは自分の頭に浮かんだ考えを即座に否定した。
「魔女の目的がどうであれ、お前のやることは変わらねえんだろ?」
ロサルヒドの目がテオドールを捉えた。
傍らではシェリアが、少しばかり不安げな眼差しでテオドールを見上げている。
テオドールは緩やかに視線を持ち上げると「当然だ」と低い声で答えた。
「……俺は、俺のやるべきことを果たすだけだ」
「ふん。初志貫徹ってんなら、それでいい。──それで、だ」
皮肉げに笑ったロサルヒドは、くいっとファムビルを顎で示した。
こくりと小さく頷いたファムビルが、正面の二人へ視線を転じる。
「なぜ、魔女の正体をラ・アリーシェだろうとしたのか、だが……そうすれば、いくつか説明がつくためだ。それに……」
言葉を言い掛けたファムビルは、地図の上に指を滑らせた。
大陸をゆっくりとなぞった指先が辿り着いた先は、最北端──かつて、身分の高い重罪人の幽閉や罪人の骨を捨てていたとされる場所だった。
先の戦争後に処刑された魔法使いの大半も、そこに捨てられているという。一年を通して雪と氷に閉ざされており、今では使われておらず、近付く者もいないという話だ。
とはいえ、テオドールはその場所を見たことはなかったから、その話が実際に本当かどうかまでは知らない。
「最北端のこの場所はアジュガとは別の意味で、陸の孤島だ」
目を伏せたファムビルは、一拍の間を置いた。
月のない夜の空を思わせる黒髪が、その表情を隠している。ロサルヒドは、何も言わずにいた。
「……ここは、罪人の墓場だ。そして、リ・シェリーアが葬られたとされている場所でもある」
腹の底から息を吐き出すようにして言葉を出したファムビルは、目を伏せたまま地図の一点をなぞった。
「ここに行けば、何らかの手がかりが見つかるのではないかと私達は考えている」
ファムビルが紡ぎ落した言葉に、シェリアは息を飲んだ。
そこにいけば、金の魔女がいる──かもしれない。
これほどまでにハッキリとした情報を得たことなど、今まで魔女追ってきた中で初めてだ。
「そこに、……魔女がいる可能性があるのか」
テオドールの低い声に、シェリアは再び不安げな眼差しを向けた。その表情はひどく強張っていて、緊張しているようでもある。
次にシェリアがファムビルを見遣れば、彼もまたいくらか顔を強張らせていた。
「……その可能性は高い。だが、何もないかもしれない。それに危険な場所だ」
「で、でもっ!」
シェリアは思わず声を出した。
テオドールとファムビルの目が、彼女へと向く。ふたりが気にしているのは、彼女の安全のことだったから尚更だ。
そしてシェリア自身も、そのことを薄らと感じ取ってはいた。
だからこそ、今言わなければと口を開く。
「ちょっとでも、可能性がある、なら……」
「……そうだな」
小さく頷いたテオドールもまた、彼女を危険に晒すことには躊躇があるものの、魔女のもとへ向かいたい気持ちは確かにあった。
やっと掴んだ魔女の尻尾を逃すわけにはいかない。
「……行くかどうかは君たちに任せるが……」
口を挟んだファムビルは、迷い迷いに言葉を口にしている様子だ。
確かに北の大地はほとんど未開の地で、魔物の危険も野生動物の危険だってある。
いくらテオドールが剣を扱えるからといって、ふたりだけで行かせるにはリスクが高い。
ファムビルからの視線を受け止めたロサルヒドは、呆れた様子で肩を竦めた。
「ま、その剣がありゃ大抵は大丈夫だとは思うが……どうにもコイツは心配性でな」
そう言ったロサルヒドは、隣に腰掛けているファムビルを示した。示された側は困ったように笑うばかりで、否定はしない。
からかうような調子で笑ったあと、ロサルヒドはゆっくりと頬杖をつき直した。
「ついていけりゃ一番いいんだが、俺もコイツもなかなか持ち場を離れにくくてな。だから、魔法道具をやろうって話になってんだよ」
ロサルヒドの言い方に、テオドールとシェリアは思わず顔を見合わせた。
既に高価な魔法道具を譲り受けている身としては、恐れ多い話だ。しかし、そんな様子など、ロサルヒドは全く意に介さない。
「もう俺らも噛んじまった一件だからな。行き先だけ示して後は勝手にどうぞってのは、さすがに無責任だろ」
「だが、いいのか、そんな……」
「いいから言ってるに決まってんだろ」
戸惑うテオドールにロサルヒドは、ぴしゃりと言い放った。
隣からファムビルがたしなめるような視線を向けるものの、やはり気にする様子などない。
「俺はお前らに投資してんだよ。これは俺が勝手にやってんだから、お前らはラッキーだとでも思ってろ。道具は使ってこそだって言ったろ?」
ふんと鼻を鳴らして薄く笑ったロサルヒドは、椅子の背もたれに深く背を預けた。
それからシェリアを見遣って、少しばかり考えるような仕草をする。
視線を受け止めたシェリアの方は、戸惑いと共に見つめ返すことしかできない。
「……ま、船旅で疲れてんだろ。俺らも話し疲れたとこだ。二階は好きに使っていいから、解散な解散。また明日」
椅子を引いて立ち上がったロサルヒドは、さっさと歩き出してしまった。ファムビルが続けて腰を上げて呼びかけるものの、ロサルヒドは"もう話は終わった"とばかりにひらひらと手を振るだけだ。
以前に訪問した時と大差のないロサルヒドの調子に、テオドールは肩から力を抜いた。だが、あの時よりは随分と彼に対する慣れがある。
部屋を出ていくロサルヒドの背にぺこりと頭を下げたシェリアは、そっとテオドールに視線を向けた。
「……ああいうことらしいから、また詳しい話は明日にしよう」
ファムビルが地図を丸めて片付け始めた。
「ああ。分かった、頼む。……シェリア。また、上の部屋を使わせてもらおう」
「……うん」
シェリアはテオドールを見上げてから小さく頷くと、丸められた地図へと視線を向けた。魔女がいるかもしれない場所は、その片割れが埋葬された土地。もし、すべてが本当なのだとしたら、金の魔女はあまりにも悲しい人だろう。
眉を下げたシェリアは、考えても仕方がないと思考を振り払った。
シェリア自身、知りたいと思っているのだ。
魔女は何者なのか。そして、自分が誰なのかを。





