終愛
あぁ、そうだ。そういえば始まりはそんなんだったな。
結局あれからどれくらい経ったんだろう。
まぁ、いいか。そんなこと。
それから彼女は毎日毎日まぁ飽きもせず私に愛を注ぐ。
けど今日の彼女は何処かいつもと違う。
いつもならこの後すぐにベッドに連れていかれて、まぁ、その、アレやソレを……
けど今日は違う。彼女は虚ろな目をしたままこちらを見つめて動かない。
「どうしたの?」
と聞くと
「え……? 何が~?」
といつものように可愛くにこっと笑う
いや、いつものように、というのは少し違う。
いつもの彼女とは何か違う。
「誤魔化さないで。何かあったんでしょ?」
「あ~…… バレちゃうかぁ……」
と少し眉を下げて悲しそうに笑う
「どうしたの?」
と、聞くと、彼女は俯いて何も言わなくなったと思ったら、しばらくしてから突然顔を上げて、虚ろな目でこちらを見つめて
「ねえ、紗耶ちゃん。私のこと、好き?」
と聞いてきた。
「好きだよ。」
と答えると
「どれくらい? どれくらい好き? 私のためなら死ねる? 私と一緒に死ねる?」
と私の腕を掴み、必死に縋るような、今にも泣き出しそうな泣きそうな、そんな顔で聞いてきた。
「死ねるよ。ゆいりのためなら、死ねる。それくらい好き。」
私もいつの間にかこんなことが言えるようになっていた。いや、極限すぎでしょ。
でも、いいんだ、もう。
もう、決めたから。全力で彼女に尽くすと。今私に取れる選択肢はそれだけだから。死ねるか、と聞かれたら死ねる。と答えるしかないのだから。死ねない、と答えれば死ねる、と答えるまで調教されるだけなのだから。
なんだろう、でもなんか今日は……本気……?
「じゃあ、死のう。一緒に、死のう?」
本気だ。わかる。いつもみたく、ただの愛情確認ではない。今日の彼女は、本気だ。
「何があったの?」
「理由が無きゃいけないの? 理由がなきゃ一緒に死ねないの?」
そう言われてしまえば私が言える答えは、
「ううん。理由なんていらない。ごめんね。」
これだけだ。
彼女に反発してはいけない。私にその権利は無い。
「紗耶ちゃんならそう言ってくれると思った。」
彼女はにこっと微笑んだ。
そして私の手を引いてベッドに押し倒す。
ゆっくりと一つキスが落とされる。
甘い時間が始まる。
「愛してるよ、紗耶ちゃん。」
今日の彼女はいつもと違ってどこか悲しそうで、いつもより優しくて、いつもより甘ったるかった。
「可愛い、紗耶ちゃん、好きだよ。」
そう言って優しく頬を撫でる。
その行為にたまらなく興奮してしまう。
ぴったりとくっついた口の中で混ざり合う唾液と彼女の口のから漏れる甘い吐息に体が反応してしまう。
今日のそれは心なしかいつもより気持ちよく感じた。
目が覚めると朝だった。
あぁ、昨日あのまま意識を飛ばしてしまったのか……。
体を起こすと首に違和感を感じた。
鎖が無い……? え……?
と、頭の中で色々と考えていると、
ガチャ、とドアが開いて
「あ。おはよう、紗耶ちゃん。」
そう言ってにこっと笑った彼女が部屋に入ってきた。
「あぁ、おはよう。 え……と……」
「あぁ、首輪? 取っちゃった。もう、必要ないから。」
必要ない?どういうこと?
「今日はお出かけしようか。ほら、紗耶ちゃんも準備して!」
「あ、うん……」
お出かけ?何で?どこに?
……聞いたところで何も教えてもらえないから何も言わないけど……
それから急いでお出かけの準備を済ました。
「じゃあ、行こっか。」
そう言って彼女は私の手を引き、歩き出した。
と、思ったら、玄関の前でピタッと止まり、こちらを振り返った。
どうしたんだろう、と私が困惑していると、
「行ってきますのチュー」
と言って私の唇にキスを一つ落とした。
それからまた玄関の方を向き、靴を履いて玄関の鍵を開け、外へ出た。
私も急いで靴を履き、彼女の後へ続いて外へ出た。
どれくらいぶりの外だろうか。
日差しってこんなに強いものだったっけ。
久しぶりの外は、なんだか知らない世界みたいだった。
そのまま彼女に手を引かれ、電車に乗り、随分遠くまで来た。
どこへ行くのだろう、と思いつつも何も聞かず彼女に引っ張られるがままに付いて行く。
しばらくして着いたのは海だった。
海、というか、崖。
火曜サスペンス劇場で出てきそうな、そんな、文字通りの崖。
彼女は私の手を離し、崖の縁に立ってこちらを振り返り、
「ねえ、紗耶ちゃん。この場所に来て、この状況でも、私と一緒に死ねるって言える?」
と聞いてきた。
答えは一つだ。
「もちろん。死ねるよ。一緒に、死ねる。」
「どうして? 紗耶ちゃんはもう自由なんだよ? もう紗耶ちゃんを繋いでる鎖は無いんだよ?」
と彼女は言う。
そういえば、そうだ。確かに、そうだ。
でも、どうしてだろう。
それでも私の答えは一つだけだった。
一緒に死ねる。ただそれだけ。
「ゆいりのことが好きだから。ゆいりが望むなら、一緒に死ぬことだってかまわない。そう思えるくらい好きだから。」
口が勝手に動いた。
あぁ、そうか。そういうことか。
私は彼女のことが好きなのか。
いつの間にか、私は自分自身の意思であの場所に繋がれているようになったのか。
私も大概だな……
なんて自分に対して心の中で苦笑した。
そして、
「紗耶ちゃん。」
と腕を広げる彼女に向かって思い切り飛び込んだ。
落ちて行く。崖の上から、真っ逆さまに。
二人で、抱き合いながら。キスをして。
馬鹿みたいだ。
けど、幸せだ。
私は、愛されていた。
そして、愛していた。
確かに、彼女を、愛していた_____
結局、彼女が昨日おかしかった理由も、今日いきなりお出かけすると言い出した理由も、何もわからない。
けどまぁ、いいか。そんなこと、どうでも。
落ちて行く中、最後に聞こえた彼女の言葉___
「愛してるよ、紗耶ちゃん。これでずっと一緒だね。」
こんな終わり方も悪くない。そう思えた。