恐愛
「ん……」
目が覚めると見覚えの無い場所にいた。
てか、頭いった……
とりあえず起き上がろうと体を起こすと
ジャラ、と首元で音がした。
え……何、これ……鎖……?
鎖だ。私の首からベッドに繋がれている。
え、何で? マジで? 何で?
昨日何してたんだっけ……思い出せ……
確か、最寄りの駅前でゆいりと会って、居酒屋に行って、その後___
あぁ、ここは彼女の家か。
そういえば家から結構近かったよなぁ。
頭痛は飲み過ぎたって事ね。
いやいやそうじゃなくて。この鎖。
ホント、なんなの?
と、そんなこと考えてたら
「あ、おはよう、紗耶ちゃん。よく眠れた?」
「あぁ、おはよう。」
いや咄嗟に返しちゃったけどさ。そうじゃなくて……
「え……と、これ、何?」
と言って鎖を持ち上げて見せると、
彼女はにこっと笑って首を傾けた。
いやいやいや。何のこと?じゃないよ。
かわいいけど。ものすごく、かわいいけど。
そうじゃなくて……
「ん? じゃなくて、何これ? 何の遊び?」
と聞くと
「何の遊びって…… 嫌だなぁ。遊びじゃないよ?」
彼女は笑いながら答える。
いや、余計怖いんですけど。
「じゃあ、どういうつもり?」
「ん~~…… これなら紗耶ちゃんとずっと一緒にいられるかなーって、思ってね」
彼女はまたにこっと笑って答える。
いや、笑ってる場合じゃないでしょ。
かわいいけど。
「だって紗耶ちゃん、どこに行っちゃうか分からないしさ? だからこうやってずーっとこの場所に繋いでおけば、ずっと一緒にいられるでしょ?」
絶句。
「あ、そうだ。そういえば紗耶ちゃん、彼氏ができたって言ってたじゃない?」
と言いながら彼女は私のスマホをこちらに差し出す。
「別れて? 今すぐに。」
え、
「どうして? それはできない。」
「じゃあ、私が直接話に行くしかないね。断られたら何しちゃうか分からないけど。」
彼女はまたにこっと笑った。
怖い。
「わかった。わかったから。」
彼女からスマホを受け取りメッセージアプリを起動し、彼のトーク欄を開き彼に別れの言葉を告げる。
「あぁ、そうだ。会社も辞めてね。電話して。今すぐに。」
あっ、と思い出したかのようにいう彼女に
「いや、それはさすがに…… 今すぐはちょっと…… それに理由もないし……」
「理由なんてテキトーでいいじゃない? 別にこれから先あの会社の人達に会うこともないんだし。」
いや、そんなに簡単な話じゃ……ってちょっとまって。
「それ、どういう意味?」
「どういう意味って、そのままの意味だよ? 紗耶ちゃんはもうこれから先この部屋からは出られない。何があっても。」
ちょっと待って。いきなりすぎて意味がわからない。これは悪い夢か何か?
「意味がわからないって顔してるね。だからそのままの意味だって。紗耶ちゃんは、もう二度とこの家から出られないの。わかった?」
また彼女はにこっと笑う。わかった? じゃないよ。さすがにその笑みももうかわいいとは思えない。
「だから今すぐ会社を辞めて? できるよね? 電話するだけ。余計なことは言わないでね? 生きていたいのなら。」
生きていたいのならって……
「どうしてこんなこと……」
「どうしてって…… 好きだからに決まってるじゃない? 7年前に言ったでしょ? 忘れちゃった? 私、紗耶ちゃんのことが好きなの。紗耶ちゃんを自分だけのものにしたいの。だから今まさにこうして紗耶ちゃんを自分だけのものにしようとしてるんだよ?」
怖い。やっぱり、彼女は怖い。
完全に油断していた。もっと警戒するべきだった。
……いや、無理だろう。7年も前の話。昨日の彼女の態度。もう気にしてないと思ってしまうのが普通。警戒しろ、なんて無理な話だ。
もう、どうにもならない。しょうがない。従うしかない。生きていたいから……
「わかった。少し待って」
と手元のスマホの電源を付けるとメッセージアプリの通知がきていた。先程別れを告げた彼からだ。内容は「わかった。」と。それだけ。
なんだ、人との別れってこんなに簡単なものなのか。何か少しショックだ。もうちょっと、「どうして?」とか、「考え直して」とか言われるもんだと思ってた。結局彼の私への思いはその程度だったってわけか。結構長いこと付き合ってたんだけどな。あっけな。
もう、いいか。なんでも。
彼の返信に既読を付け、そのままメッセージアプリを閉じて電話帳を開く。会社に電話をかけ、退職したいと話すと、こちらもあっさり了承された。
はぁ……。
「できたよ。全部。」
「はい、よくできました~」
って頭を撫でてくる彼女。もう振りほどく気にもならない。振りほどいた所でどうにもできないのだから。
「じゃあ、スマホはもう必要ないね? こっちに渡して?」
言われた通りスマホを渡す。
「これで紗耶ちゃんは私だけのものだね。」
嬉しそうにいう彼女。
もうどうにでもしてくれ。
「紗耶ちゃん、ずっと一緒だよっ」
飛び切りの笑顔に加え、語尾にハートが付きそうなくらいの甘い声。
男はこれでイチコロだろうな。私にとっては恐怖でしかないけど。
なんかもう、どうでもいいや。考えることがめんどくさい。だってどうにもできないし。いいじゃないか。彼女はこんなにも私を好きって言ってくれるんだから。
「ねぇ、紗耶ちゃん。私のこと、好き?」
と首に腕を回しながら聞いてくる彼女に
「うん、好きだよ」
と返して彼女の腰に腕を回し
チュ、とキスを一つ落とす。
むしろ私は幸せ者なんじゃないか?
こんなに可愛い子にこんなに愛されて。
この日から私は変わった。全てを諦めた。もう、どうにもできないのだ、という現実。どうしたって彼女からは逃れられない。私は終わったのだ。私という人間は、たった今、終わった。
これからは彼女の、西条ゆいりの思うままに動く人形として生きていくのだ。