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逃げる兎はあえかなる世界で魔法(希望)を見る  作者: ISCREAM
パンドラボックス
3/4

1‐2「対価か代償か」

ながれ星を見つけたらすぐに祈る

どうか

どうか私に落ちてこないように……

 死にかけている人、その中でも自殺をした人を目の前にしたとき、一体なんという言葉をかけてあげるのが正解なのだろうか。大丈夫ですか、と心配すればいいのか。頑張ってください、すぐに救助がきますよ、と取りあえずの気休めを与えればいいのか。どうしてこんな馬鹿なことをしたんですか、と義憤にかられて叱咤してあげるべきなのだろうか。私が何でも屋『パンドラボックス』で下働きを始めて三ヶ月が経ち、その間に五人の自殺者(その内、即死者は三人)に出会ったが、その解答は、正答は未だ得られていない。得られていないのだけれど、それでも下働きを始めた際に黒廼所長から渡された『エルピス之心得』なるマニュアルに書いてあった次の対応は、確実に間違いだと私は思っている。


「理解はしないでください。深く考えないでください。質問は絶対にしないでください。貴方の貴重な一分一秒をドブに捨てないでください。ドブに捨てるくらいなら生命のリサイクルボックスこと私たち『パンドラボックス』へ分別して放り投げてください」


 倒れた拓海くんの傍らで屈んだ私が喋る文言。要約すると、『無駄な時間を使わせるな。ただでさえ時間がないんだから、さっさとテメェの命を寄越せ』ということだ。死にかけている人に命を寄越せなんて、江戸時代の追い剥ぎでももう少し良心的な台詞を吐きそうだが、非合法且つ営利最優先団体『パンドラボックス』……巷では『戦場を這いずるトブネズミ』『屍拾い』とも揶揄されている私たちとってそれは日常――近所の若奥さんにする朝の挨拶のような、いつもの風景でしかない。


「素敵な沈黙をありがとう拓海くん。私達はその黄金の如き沈黙を是として受け取り、返礼としてその身に光り輝く人生最大最高の『現実』を贈りましょう」


 頭蓋骨が割れ、耳と鼻から血と髄液を流す少年は突如現れた私たちの話を理解できているのだろうか、などと考えてはいけない。奪い、与える者とはいつだってそうなのだ。勝手に現れ、突如奪い、気まぐれに与える。そう理解して、納得をしなければ私達は生きていけないのだから。


「祈りなさい。祈りなさい。祈りなさい。心で三度強く祈りなさい」


 私が拙い祝詞を発すると、傍で佇んでいた黒廼所長が着ている黒い半袖のサマージャケットが大きくはためき始めた。湾岸地区にある学校なので、海から強い風がたまにやってくるのは不思議ではないなのだけれど、その風が異様なのは明らかに黒廼所長を中心に渦巻いていたことだった。そのせいか、周囲の空気が少し薄くなったような感覚さえ私は感じていた。


「願え。願え。願え。身体で三度その願いを叫ぶんだ」


 中性的な所長の声。それに呼応するかのように、拓海くんの全身が青白く淡い光に包まれる。最初微弱だった光は次第に大きくなり、光は意思を持った生き物のように大きく蠢いた。その光は幽霊とか、幽体とか、普通の人が見ればそう言った類のものだと認識するかもしれない。しかし、所長曰く、それはどちらかといえばそういう複雑な概念ではなく、もっと単純で、根源的なもの……無理矢理言葉で表すのなら『生命エネルギー』とでも呼ぶ、人間が己を現世に留めるために必要な存在の力、源のようなものらしい。


「たとえ世界が闇に覆われようと」


 夜の帳が下り始めた空には無数の星がゆっくりと浮かび上がる。次いで校内に設置された街灯にも明かりが灯り始めた。でも、拓海くんが発する生命の輝きは、そんな長い歴史を紡いできた数多ある星たちよりも尊く、人間の努力と叡智の結晶である近くの明かりよりも眩いものだと、私は素直に感じた。まるで、その命の煌きこそがこの世界における唯一の希望であると、そう思えるほどに。


「たとえ世界が災厄にあふれようと――」


 そして


 ――「「此処にだけは希望がある」」


 私たち二人の呪文が重なった瞬間、希望の光は世界に爆散した。閃光は理の一切をねじ伏せ万象を貫き、希望は遥か高き天へ刹那の瞬間の内に駆け登ると大流星群となって夜空を支配する。そして、その希望の流星雨が降り注ぐ約束の大地であるこのグラウンドには、命を擲つ極致をしてようやく顕現することを許された残酷までの『現実』が淡い光を伴って徐々に形作られていく。


「さあ、ハルちゃん、刮目して見ようか」

「きゃっ――」


 一陣の風――木々を根元からなぎ倒さんとするほどの強風が吹き抜けた直後、突如私は無の監獄に閉じ込められた。


 無。


 無だ。


 風は急激な加齢によって老い、朽ち果てた。


 色はドロドロした白濁のマグマに溶けていった。


 輪郭は高次元のパンくずみたいな何かに消し去られた。


 音は二度と目覚めることがないよう形而上の海の彼方にある永久氷河へと封じられ、


 時は歩むための四肢を切り落とされてしまった。


 出来上がったのは完全なる停止の世界。仕上がったのは『意味』を持たない不完全なる世界。もちろんそんな馬鹿げた空間が存在する筈がない、こんなの一時的に感覚器官が過敏になったか逆におかしくなってしまった所為だ、ということは理解している。冷静に捉えられている。事実すぐに停滞していた世界は崩壊し、『ある一点』を除いて世界は元の流れを歩み始めた。突風が吹き抜けてから現実の砂時計はまだ小指の爪の先ほどしか砂粒を落としていないのだろう。けれど、その極砂の時間がもたらした影響は私にとっても世界にとっても、そして無論、


 「う、あ、あ」


 拓海くんにとってもあまりにも大きすぎるものだった。

 

 「あ、あ、あ、唖唖アアアアアアアアアアアアあああああ!!!」


 マリーゴールドの臭いを強烈に上書きする香しい匂いが周囲に立ち篭めると、光を失うばかりだったはずの拓海くんの瞳に僅かながら火が灯る。高さ十数メートルから落ちた肉体だ。「それ」が見えているのかは私にはわからない。それでも彼の身体は目の前に出現したものに反応して、人間が、子どもが持つ原初の欲求を口にした。


 「あ、あああああ、お、おかあさん……」


 十四歳の拓海くんが自死を選び、死の間際に命の代償として望んだもの。


 そして我々人類最期の希望である『パンドラボックス』――否、


 『神々への反逆者』

 

 『大流星群の射手』


 『生命樹の管理者』


 極東日本で最後の魔法使いである黒廼刻矢がその力で顕現させたアリエナイもの。


 それは、

 

 「なあ、ハルちゃん。もう日が暮れていい頃合だし――夕飯にしようか」

 「――は?」 






 『誰か』が作った味噌汁が入った温かい鍋と人数分の食器。






 「――♪♪」

 

 何処かで女性が唄う優しい鼻歌が聞こえた気がした。


感想等ありましたら

よろしくお願いします。

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