1‐1「食事か搾取か」
「普通」という言葉の魔法
あなたは連発していませんか?
それはあなたを確実に壊していきます
『魔法使い』
高度に発達した情報化社会に突入し、日本人の二人に一人がスマートフォンを持つ現代において、その存在は神話や童話、オカルトという分野を飛び越えて、もはやエンターテイメントといって差し支えない。銀幕では魔法の杖を振るう少年達が悪の魔法使いとマジックバトルを繰り広げ、痛快娯楽小説では現代最新兵器と西洋魔法が入り交じった世界大戦が勃発し、朝の早い時間帯のテレビでは相変わらず怪しいファンシー生物に唆された女の子達が魔法少女に変身をしている。もちろん、そういった現代を生きてきた私――兎束遥姫にとってもそれは変わらない。街中で『魔法使い』という単語を聞けば新しい映画でもやるのかな、くらいの感想しか抱かないし、面と向かって『I am wizard(僕は魔法使いです)』と自己紹介されたならば、愛想とほろ苦さハーフ&ハーフの笑いしか浮かべること出来ないだろう。
そう、『それ』が本当に実在すると知ることさえなければ……
「いやー、たまたま眺めてた港の丘中学校の裏サイトに自殺をほのめかす書き込みがあったから現地にいったけど、まさか『当たり』だったとはね」
不謹慎且つ物騒な会話が飛び交う空間――私達は湾岸地区にあった港の丘中学校から二時間近くかけて、都内近郊にある何でも屋『パンドラボックス』の事務所兼黒廼所長の邸宅に戻ってきていた。二階建て5LDKの豪邸。どの部屋も十分な広さがあり、全ての部屋には冷暖房が当然のように完備。リビングから見える手入れの行き届いた庭には、ちょっとした家庭菜園が出来るほどのスペースがあり、また建物横にあるガレージも三ナンバーの車を優に三台並べられる広さがある――二十一歳の大学三年生(休学中)が一人暮らしで住む物件としてはありえないほどゴージャスな家――そしてこの家は、兎束遥姫(十七歳。職業女子高校生)、つまり現在の私の居候先でもあった。
「おいおい、ハルちゃん。さっきからダンマリ、もといグロッキーじゃんか。俺がせっかく丹精込めてコネコネした黒毛和牛86%の特製ハンバーグも丸々残してるし」
「……三時間前に『あんなこと』してすぐ挽肉を素手で捏ねくり回して、口の中に放り込んでモグモグして……いつも思いますけど、貴方、頭イカれてるんじゃないですか?」
ダイニングテーブルを挟み、向かい合って座る私たち。黒廼所長がお手製ハンバーグを銀製のナイフで小気味良く切り分け、ご飯と一緒に口に運んでいるのに対し、私はその球体から目を逸らしてただ俯いて制服のスカートの襞をずっと見つめるだけ。というか、大体黒毛和牛86%ってなんだ。高カカオチョコレートか。肉汁だけじゃなく、ポリフェノールまでたっぷりなのか。むしろ残りの14%が何なのかが気になるからそっちを教えて欲しい、あ、いや、やっぱりいい。教えてくれなくて、肉に、生物の血肉に何かを混ぜている光景を想像するだけで、今は正直耐えられそうにない。
「もぐもぐ――ごく……ん?逆に、頭イカれてない人間なんてこの世にいるのか?」
すっ、と右手のフォークを伸ばし、私の目の前にあるハンバーグに突き刺すと器用に自分の皿に移し替える黒廼所長。既に自分の分の300gを平らげて、ご飯も三杯おかわりしているのに、食材を口に運ぶ腕の動くスピードは一向に収まる気配がない。この人は頭だけじゃなく胃袋もイカれているのだろうか、それとも大人の男性というのは皆――それこそ私が知らないだけで、この世の男性は全て総じてそんな生物なのだろうか。
「世界では毎日テロや紛争で沢山の人が死んでいるのにもかかわらず、戦争兵器を作る奴がいる、売る奴がいる、買って使う奴がいる。そしてそんな奴らは一仕事終えた後、美味しいケーキのお土産を買って自宅に帰り、家族で一家団欒を楽しむんだ」
「……戦争とかテロとか、話が極端過ぎます」
「極端にしないと、お前がまた吐くだろ」
「は、吐かないもん」
「……昼間火葬場で働いている人だって仕事終わりに焼き鳥は食うし、深夜の街で青少年を補導する警察官だって『女子高生モノ』のAVでシコることだってあるだろ。幼少期DVを受けて育った親が躾と曰って自分の子どもを折檻して殺すし、本気で国の為にと日々辛い訓練をして頑張る自衛隊員が守らなければいけないのは、仕事にも学校にも行かず、部屋に篭って美少女ゲームでオナニーしてる自宅警備員じゃん。普段目を逸らして、ピントをずらして、思考にフィルターかけてるけど、ひと度そこにチャンネルあわせて考えちゃったら、この世界の人間なんて大なり小なりイカれた奴の集まりだってわかるだろ」
「は、吐か、ないもん!!」
言葉とは裏腹にお腹がゴロゴロと大きな音を立てた。そこから現れた大蛇のような吐き気は、すぐさま這いずるように胃までに迫上がり、私の喉元にがぶり、と深く牙を立てる。しかし、目の前の黒廼所長はそんなことなど全く意に介さず、肩を震えさせて細かく嘔吐く私の様子を見ながら、変わらぬ微笑で肉を啄んでいた。
「トイレ行くならそのまま掃除頼むよ。あと、先に風呂入ってきな。今日は暑い中外走り回ったし、いつまでもスカート履いてるとシワになっちゃうから」
「トイレ、なんて、行き……ま、」
「吐いたらまた食えばいいじゃねぇか。また俺が作ってやるよ――」
――お母さんの味噌汁くらい。
「――!?」
ドプリ……と、その人でなしの言葉がきっかけではないけれど、堤防はいとも呆気なく決壊した。口から「モノ」が飛び出ないように手でキツく押さえた私は、急いで席を立つとそのままダイニングを飛び出し玄関横の洋式トイレと駆け込んだ。
「……全く。相変わらず世渡りというか、『世捨て』が下手くそな死にたがり女子高生だな」
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