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勇者という名の…  作者: K.T
1/3

 玉座に腰掛けていた男が、膝上の子猫を撫でる手を止めた。


「…また来たか。しかし今回は部下たちの動きが無いようだが…久しぶりの外道か」


 そういうと、やれやれと小さく息を吐いた。


 程なくして、彼のいる部屋へとつづく唯一の大扉が勢い良く開け放たれた。


「魔王! 今日こそ貴様の首、いただきにこの勇者一行が参上したわ!」


「貴様の悪逆非道も今日これまでだ、覚悟しろ!」


「俺の斧の錆にしてくれるわ!」


 石造りの大広間に大音声が響く。


 魔王と呼ばれた男はそれを聞いてどうすることもなく、ただ盛大なため息を一つ吐いた。


 勇者、僧侶、魔法使い、そして戦士。魔王はもう一つ嘆息した。

 オーソドックスで、何度も目にした最も良く見かける構成だ――珍しい例としては、これまでに勇者以外全員同じ職だったり、或いは勇者と僧侶の二人旅などもあった。


「と、戦いの前に勇者、介錯を」


 最後列に控えていた僧侶の声を契機に、勇者が突き飛ばしたのは年端も行かない淫魔族の女中だった。


「ひっ…ど、どうして?! 案内すれば命は助けてくれるって…」


 剣を抜き放った勇者に、顔を青ざめさせた女中が何か言いかける。が、それよりはやく勇者の剣は彼女の背中をばっさり断ち割っていた。


「ええ、約束しましたね。”あなたを開放する”と。だから、その魂を開放してあげるのです…汚らわしい、魔族の肉体から」


 僧侶がにっこり笑って告げる。その表情に、微塵も迷いは感じ取れない。


「次に生まれ変わるときはあなたも人族になりますように」


 微動だにしない魔王に助けを求めるように手を差し伸べる女中…だが、それを戦士が踏みつけ、その間に魔法使いが呪文を唱えた。


「そん…な……ひっ、ひいいっ!? 火が、消せない?! なんで?!」

 足先に灯った火に慌てて女中が氷の魔法をぶつけて消そうとするが、火はそれを飲み込み一層火勢を上げる。


「その火は火球ではない…豪火球よ」

 魔法使いが丹念に魔力を練り込み、凝縮して放った火の玉は下級淫魔程度の魔法でどうこうできるものではない。


「ぎゃあぁあああっ! ま、魔王様っ、たすっ…け……」


「なぁに、敬愛する魔王もすぐに俺たちが同じところに送ってやるからよ。先にあの世で待ってるんだな」


 しばらく苦しそうな声が室内に響くものの、魔王は怯える猫をゆったり撫でつづけるだけで微動だにしない。やがて女中の声は肉の焼ける臭いと共に掠れて消えた。


「…ふふ、見て勇者。魔王は怯えて声も出ないようよ?」


 無反応を、追い詰められたことによる諦念によるものと受け取ったのだろう。にたり、と魔法使いは薄い唇を歪めて笑う。元々整っている顔が、そうすると山姥のように歪んだ。


「そうだろうとも。お前ほどの魔法の使い手など早々いないからな」


 それを戦士が補足すると、仲間たちが頷く。


「さあ、最後の戦いです。魔王を討伐し、平和な世を築くのは私たちです!」


「おうっ!!」


 そこではじめて、魔王は「まあ待て」と駆け出そうとする四人に向けて手を挙げて制止した。


「せっかくここまできたのだ。少し、余と四方山(よもやま)話でもせんか?」


 その言葉に、真っ先に突っ込もうとした戦士がたたらを踏んだ。


「何?」


「戦士、あれは魔族の卑怯な罠です! きっと何か、わたしたちの油断を誘う…」


「おやおや。正義を標榜する勇者ご一行とやらは命乞いする相手は斃せても、戦意を見せぬ相手とは会話すらできぬ腰抜け揃いなのか? さすがは魔族と見れば切って掛かる、野蛮な人族だな」


 嘲笑う魔王の言葉に僧侶が悔しそうに睨む。代わりに戦士が振り向き口を開いた。


「へっ、人族で最強の俺はそう簡単にやられたりしねぇ。あのひょろこい魔王が何かしてきたら俺が食い止めてやるさ。んで、話とは一体なんだ。今更命乞いか?」


 魔王が呆れたように言った。


「奇特なことをいう。お前は歩いているときに足にまとわりつく塵芥(ちりあくた)に一々命乞いでもするのか? 余はただ聞きたいことがあるだけだと言っておろう」


「何だとぉ?! きさっ…ぎゃっ」


 侮辱を受けたと理解した戦士が怒りに任せて反射的に飛びかかろうとするより早く、魔王は一行に向け右手の人差し指で猫の頭をぴんと無造作に弾く。


 直後、猫がぱっと赤い靄とはじけたのと同時に、戦士の頭が見えない壁にでも衝突したように弾かれた。


「いまのは!?」


「わ、判らない…見えなかったわ?」


「…けっ、俺の鋼の身体に傷を付けられなかったとはいえ、吹っ飛ばすとはよぉ…」


「どうやら周りから魔法で狙い打ってきた奴でもいるみたいね…注意して!」


 戦士がおう、と目を凝らしたのを見て魔王は小さく嘆息した。


 今戦士を弾いたのは猫の毛だったのだが、勇者たちの視覚には捉えることができなかったようだ。


 突然のことにうろたえる勇者たちに、魔王は姿勢を崩すことなくつまらなさそうにつづけた。


「まったく、貴様らのせいで余の飼い猫が無駄死にしたではないか。まだ話は始まってすらもおらんというのに…それとも貴兄らの国では話の途中に切りかかるのが作法か?」


 軽く手を振り指先の赤い汁を飛ばしたのを見て、僧侶が顔をしかめる。


「罪の無い猫を殺すとは残酷な…」


「罪の無い女中をあっさり殺した者に言われる筋合いは無いがな。それにあれは余に庇護されていた。弱き者が強き者に身を委ねた以上、どうされようと文句を言える筋合いはあるまいて。故、余は先ほどの女中のことも不問に付しておる。納得できぬというなら、まずそこから詰めても構わぬが?」


 淡々と話す魔王の言葉に戦士がぎりとちっと歯軋りした。


「…いいだろう。余計なことを話して馴れ合うつもりはねぇ。さっさと続きを話せ。質問とはなんだ」


「うむ。諸君ら…」


 どうせ世界の半分をやるから自分と手を組まないか、とかそんなくだらないことを聞かれるだろう。


「勇者という()()はなんだ?」


 そう断じていた勇者たちは、魔王の疑問に顔をしかめた。互いに顔を見合わせていたが、戦士が代表して返した。


「どういう意味だ?」


「どういうもこういうも無い。何故諸君は、わざわざ魔王討伐という鉄砲玉なんぞやっておるのか。それが余にはどうにも理解できぬでな。諸君らの口からはっきり聞いておきたいのだ」


「鉄砲玉?!」


 一斉に気色ばむ一行だが、中でも僧侶の反応は顕著だった。


「無礼な! わたしたちの役割は魔族の手から人々に平和と安寧を取り戻す、神と王自らによって与えられた神聖で貴いものです! 魔王、今すぐその侮辱を取り消しなさい!」


 長い髪を振り乱し、それまで清廉な雰囲気を称えていた彼女の顔に怒りがありありと浮かんでいる。長年神に仕えてきた敬虔な彼女にしてみれば、自身の人生そのものすら馬鹿にされたように感じたからだ。


「ほう、神と王によって…か」


 だが、魔王はちょっと驚いたようだ。


「神から直接啓示を受け、それをお前たちは自覚していると? これはまた珍しいタイプだな。…面白い」


「珍しいタイプ?」

 魔法使いの問いにも魔王は答えず、ぶつぶつ呟きつづけている。どうやら思索に耽っているようだ。


「しかし、だ。その平和と安寧という言葉はどうにも疑わしいな。その黒焦げになった女中は貴様ら人間界とは何の縁もゆかりも無い。だのにそ奴の平和と安寧は平然と踏みにじる。これは相反することではないか?」


「無礼な! 汚らわしい魔族風情が我ら人族と一緒にするな!」

「魔族は生きているだけで俺たちの平穏を脅かす! だからこそ、一匹も残さず魔族を根絶することが平和に繋がる! 何も間違っちゃいねぇだろうが!!」


 戦士が怒鳴るが、魔王は特段表情を変えずただ一つうなずいた。ただ、その視線が明らかに蔑みのものに変わっている。


「ふむ…失敬、確かに彼女の言うとおりそうだったな。我々の言う平穏と諸兄らのそれはまったく別の物のようだ」


「へ、わかったようじゃねえか」

 自分の主張が通ったと思った戦士が嬉しそうに鼻の頭を擦るが、魔王は一瞥すらせずつづけた。


「明らかに人族の方が愚かで弱く、そして図々しい。元々我ら魔族の統括していた世界にいつの間にか現れ、我が物顔に蔓延(はびこ)る。元々は我らが譲歩したにも関わらずな。その癖自分たちの正義だけを盲目的に信じ標榜(ひょうぼう)しては無辜(むこ)の魔族を狩り、反撃されると被害者面をする。せめて同じ言語を理解できるならば同じ価値観を起点に話も出来ようと思ったが、そんな単純なことすらできんとはな。そんな連中と同列に語ったなどとは魔族の代表としては忸怩(じくじ)たる思いが拭えんよ」


 魔王の言葉に、勇者一行の顔色が朱に染まった。


「この野蛮な魔族風情が、女神様の作った大地を汚すだけじゃ飽き足らず自分たちが起源だと主張するなどと侮辱するにも程がある! 侵略者は貴様たちじゃないの!! なんて厚かましい!!!」


 激昂する魔法使いだが、魔王は気分を害するどころか興味深そうにしている。


「そう、それだ。魔族には多種多様な文献が、いや遺跡も資料も歴史も宗教も山ほど残っておる。そこには人族が後からやってきた、魔族が日々の糧や土地を分けてやったと明記されておる」


「はっ、わざわざ全部に一々嘘を書き込むとは大したものね。魔族はそこまでして人族の文化や歴史を奪いたいの」


 吐き捨てる魔法使いを魔王は侮蔑を隠そうともせず一瞥する。


「その言葉はそっくりそのまま返そう。この城の書庫だけでも数百冊以上資料はある。我々は長命な種族が多いからな。だれそれの氏族がどれだけの土地をどれほど譲与したかなど、逐一書いてある資料は山ほどある」


 そういって魔王はくい、と顎をしゃくってみせる。

 そちらには壁一杯に本棚が並び、みっしりと書が詰まっていた。


「といったところで信じぬのだろう? 誰でもいい、一冊適当に抜き出し見てみるがいい」


 頬杖ついたままの魔王に促され、勇者たちが顔を見合わせる。


「…じゃあ、私が見てみます。魔族の言葉も多少は読めますし、もし、呪いなど掛けていた場合私なら対処できますから」


 僧侶がそう言うのに魔王は苦笑した。


「慎重なのは結構だが余も読むのだ、そのような面倒な真似はせん。…その本か。ならば適当に開き、右下のページ番号を言ってみよ。そこに記載されている氏族、土地、約束事を諳んじて見せよう」


「…537頁」


「ふむ。ヴェクドロイヤル837年麦蒔月8日、シャンブルマウンドの沼地から東へ500ザイナル四方を貸与。期限はヴェクドロイヤル952年まで。スケルレット氏族族長の血盟判も押してあろう?」


「う…」


 一言一句の相違は無い。


「余も王の端くれとしてそのくらいは諳んじておる。最近はそういった証文の類は作られなくなって久しい故、大分仕事が楽になったがな。さて、問おう。人族の中でも、最初期は人族と魔族が共に暮らしていた時代があったと伝わっておろう。その時代の、人族の正当性を主張する文物はそちらの世界にどれくらいあるのかね?」


 四人は答えない、否、答えられない。


「余も三百万年ほどの情報は把握しておるが、寡聞にして逆の資料はついぞ知らぬ。人族の世において魔族が後から現れた侵略者であることを示す情報とやら、あるなら余も是非見てみたい。そこまで断言するくらいだ、実物を見たのであろう? どこで見たのかね?」


「そ…そんなもの、知らないわよ!」


 最も賢しいとされる賢者に師事してきた魔法使いも、もっとも情報を残している教会に属す僧侶も、そういった時代があることは知識として知っている。彼女たちですら、人族の正当性を主張し得る具体的な資料を目にしたことが無いのに今更ながら気付いたからだ。


 そう言った時代における文献は残されていない。

 勇者たちの世代においては、主に教会から派遣される宣教師の教え――太陽が東から出て西に沈むのと同じで、すべてが女神様のお創りになられたものであり、魔族はそれを奪おうとする者――これこそが根拠のすべてであった。


 それこそが真理だと思っていたし、どうしてそうなったのか、どこから魔族が現れたのかなど考えることなぞ許されないことなのだ。


 言いよどむ魔法使いに代わり、前に出たのは戦士だ。


「はんっ、そもそも力こそ正義、嘘偽りで凝り固まった野蛮極まりない魔族が主張する証拠なぞ信用なるものか!」


「なるほど。魔族の理念は力こそ正義、確かにそれは事実だ」


 魔王が同意する。


「だが諸君らもその主張を肯定しているようだが? ああいや、別にそれを責めたり否定するつもりは毛頭ないから安心せよ。先の女中もそうだが、それで斃される者は所詮その程度でしかない。余をはじめとする魔族も、そこに聊かの反論を差し挟むつもりはない」


 事実その通りに思っているようで、魔王は朗らかな声でつづけた。


「先ほどの猫のような、ただ強者に身を委ね己の生死までも預ける愚昧(ぐまい)を余は軽蔑する。生き残った者、勝ち残った者こそ正しいのは事実であり、そのための不意打ちや騙まし討ちも、弱者が生きていくためには仕方の無い事なのであろうしな。人族のそうした生への執着の強さ、浅ましさは無駄に強く長生きする我ら魔族には無いものだ。実際のところ余は人族のそうした性情を大変好ましくすら思っておるくらいなのだよ」


 あからさまな皮肉に、勇者たちが顔をしかめる。戦士のこめかみなどは太い青筋がずっとひくついており、今にもぶっち切れそうだ。


「おっといかんな、つい話がそれてしまった。話を戻そう。力で統べておるからこそ信が置けることもある…そう余は思う。歴史は勝者が作るものだ。そしてその勝者が揺るがないのであれば、その歴史は連続してつづいている以上途中で嘘や虚飾を差し挟む意味が無い。統治者の交代を正当化する必要性が無いからな。

だから、勝者からという面にはなるが長期に渡り記された歴史は一面の真実を語る。そして、裏を返せば、別の側面である諸君らから見た歴史もあるはずなのだ」


「…なあ、何を言ってるか判るか?」

 問われた勇者が黙って首を振る。


「歴史を正確に見るならば、そうした立場両面から照らし合わせて見なければ歪んでしまう。だから、人族が主張するならばその根拠を提示せよ、そう余は()()言ってきた。君たちのように自分たちの正当性を主張するのは簡単だが、それではいつまで経っても平行線に過ぎぬであろう? 諸兄らが本当に平和を望むのであるならば、まずそうした証拠を持ち出すなりして話しをする機会を持つべきであったと思うがどうかな? 諸兄らはそうした情報を、何かしら与えられてはおらんのか?」


 魔法使いと僧侶は返答に詰まった。


(これは…どういうことなの? 魔族は下劣で野蛮な連中のはず…だのに)

(そういえば大司教様はそのようなことを調べては成らぬと仰っていた…私たちは、何も知らされていないまま討伐の旅に送り出されたけど…)


 彼女たちははじめて、自分達の旅に疑問を持った。


 理性では魔王の言葉が正しいことを言っているのを理解している。

 そして、ここまでの旅で幾度か感じてきた違和感の正体に近づく予感。


 しかし、一方で――より正確に言えば、別の部分というべきか――は、その論旨をまったく話にならない破綻したものだと決め付けようとする。


 どちらの心の声に従えば良いのか。


 後になって思い返せば、ここが助かる最後の分水嶺であったのだろう。


 しかし、彼女たちが正解を掴み取るより先に耐え切れなかった者がいた。


「お前がいうその証拠こそが妄言だろうが! どうせここにある本も全部偽物に決まっている…やけに新しいからな。本当にあるなら見せてみろ!」


、戦士が名案を思いついたといわんばかりの顔で怒鳴り本棚に斧を叩き込んだ。

 魔法使いはあっという顔を浮かべ、僧侶ははっとしたように顔を上げる。

 そして魔王はわずかに眉をしかめ、小さく嘆息した。


「ああ、言っておくがそこの本は写本だ。それとそっくりそのまま同じことを十四代前の戦士がしでかしたのでな。諸兄らが望むなら原本を見せるのも(やぶさ)かではないがどうするね?」


 どうしたものかと振り返る戦士。


「いりません、そんなことをするのは時間の無駄です」


 代わりに僧侶がきっぱり断った。


 魔王は微かに首を振った。


「……そう言うだろうことは想像できていた。そう、お前たち勇者ご一行様は何故か程度の差こそあれ判を押したように実に頑迷だ。一時は耳を傾ける素振りは見せるものの証拠は出さない知らない、そしてこちらの言い分は決して認めない。だのに、何故諸君は自分らの使命の正当性を疑いも無く主張できるのか…それが余には不思議でならぬ」


 彼らもまた、確たる証拠などがあって突き動かされてきた訳ではないようだ。ならば物証を見せたところで無駄であろう。


「まあ提示できないならそれでも構わぬ――これまでも誰一人として答えられなかったからな。諸君らも同じであろうからそれについてはもう問わぬ。所詮余談であるからな。最初の問いに戻るが、”諸君らが勇者である、それを信ずるに至った要因”を聞かせてもらいたい。余が尋ねたいのはそれだけだ」


 勇者一行が不思議そうに互いの顔を見合わせる。


「それを聞いてどうすると? 自分たちの非を認めどこかの山奥にでも一族郎党引き連れて立ち去ってくれるのですか?」


「無論、そのようなことはせぬ。が、互いに分かり合えばそこから相互理解できる可能性もあるやも知れぬ。なれば、無益な戦いを避けられるかも知れぬであろう」


 そこで無益な戦い、と言ったのがまずかった。

 直後、僧侶の切れ長の(まなじり)がきっと釣りあがった。


「ふざけたことを! この世界は女神様がおつくりになられたもの。そこに貴様らのような薄汚い魔族が住まう場所などあるものか! この戦いは女神様に与えられた聖戦なのです。それを無益な戦いなどと侮辱するなど許せません!」


「ほう…女神に命じられた聖戦、とな」


「そうです」


 興奮冷めやらぬ僧侶は、魔王の目が一瞬細められたことに気づかない。


「女神様が私たちにお命じになられたのです。貴様たち魔族を一掃する任を…それこそが、私たち勇者一行の使命! 魔王、お前の甘言になどもはや惑わされはしません!」


 そこまで言い切った僧侶は満足げだ。しかし一人でふむふむと頷く魔王はそんなことに興味を示していない。


「女神が命じた、か。もしや、何か直接の接点があったのか? 他の者は今まで知らぬうちに勇者となったそうだが…こやつらならば或いは、この戦いの意味についても何か聞かされておるやも知れぬ。だが、素直に教えてくれるようには見えぬな。無理にでも聞き出すことになるが、あまり手荒に扱うわけにはいかぬか…うぅむ、しかしどうしたものか。部下たちに任せたいところだが、奴らは勇者と対面すると加減というモノを見失うからな。ならばやはり、面倒だが余自ら…」


「ええい、貴様、無視するなっ!」


 戦士が吼える。さすがに再び飛び掛らないのは、先ほどの謎の攻撃がまだ記憶に新しいからだろう。


 そしてその間魔王を鋭い目つきで観察していた魔法使いが振り返った。


「戦士、勇者。判ったわ」


「なんだ、魔法使い」


「恐らく、これは時間稼ぎなんだわ」


「どうしてそう思う?」


「さっきのは、あたしが使える魔障壁と同じ物で戦士の攻撃を防いだのよきっと。そして、攻撃じゃないから割れなかったから今も残っているはず。それを張り続けている間、精神力はどんどん消耗していく。それを悟られないための…」


「なるほど、そういうことですか。魔王め、小賢しい真似を…」


 仲間たちが合点がいったと頷く。


 魔法を極めた者ならばあらゆる攻撃――一行の最大戦力である勇者の全力攻撃ですらも――を反射する障壁を張れる。だが、それには精神力にかなりの負担が強いられるのだ。


 彼女も維持するとなると五分ともたない。まさしく、奥の手という奴である。


「だが、何でそんな護りを…?」


 戦いはまだはじまってさえいないのだ。戦士が首を傾げる。


「そんなことは決まっていますわ」


 僧侶が笑って答えた。


「わたしたちの力に恐れをなしたからに決まっています。わたしたちの名声は国許をはじめ大陸全土に轟いていますからね、辺境に棲む魔王だとてその情報が耳に入ってきていたのでしょう。そして、隠密行動で懐まで侵入された今、逃げる事もままならない。だから魔障壁で立てこもり、わたしたちの注意を引き付けて置いて…」


 ぱん、と戦士が両手を打ち鳴らす。


「部下がやってくるのを待っている、という訳か」


 僧侶が頷く。


「ええ。戦いがはじまる前に見破れたのは僥倖(ぎょうこう)でした。今ならまだ部下たちに侵入も気付かれていません。魔法使い、お手柄ですわ」


「だが、だったらそれは愚策も愚策だな。所詮は魔族の親玉、馬鹿な野郎だぜ」


 一行が魔法使いを見やった。彼女なら、その障壁を無傷で破れる。


「ええ、任せておいて」


 魔法使いが胸を反らせて応じたのを見て、勇者がにっこり微笑むとはじめて口を開いた。


「じゃあまずは障壁を解除してくれ。解除と同時に僧侶は神聖魔法を。その攻撃が当たる瞬間に俺たちも全力攻撃を叩き込む。一瞬で片をつけてから凱旋だ!」


「判ってます」


「まかしておいて! もし討ちもらしてもあたしがすぐにとどめの極大魔法を叩き込んであげるわ」


「ああ、恃みにしてるぞ」

「よし、それじゃあ頼んだぜ」


 この間にも魔王は未だに目を瞑ってぶつぶつ何事か算段している。


 その隙を逃さず、魔法使いが呪文の効果範囲まで近寄ると、そっと探るようにして手をゆっくり伸ばしながら呪文を呟いていく。果たせるかな、彼女の手が伸び切った直後、空中の何も無い部分がぱりんと微かな音を立てて弾けた。


「これで障壁はなくなったわ! 今よ戦士! 勇者!」


「おうよ!」


 男二人が並び立ち、武器を構えながら一足の元飛び掛る。


 その二人の背後からほぼ同時に僧侶の放った聖光が打ち放たれる。





 次の瞬間、両袈裟に断ち切られた魔王は爆発四散する――






 はずだった。




「うぎっ…ぐぐぐ…」


 実際には、二人は武器を大きく振りかぶったままで魔王の対面、空中に固定されていた。魔法に至っては弾かれ術者の足元を焦がしたに留まった。


「やれやれ、貴様らもか。つくづく勇者ご一行様とやらは無頼漢の集まりよな」


 勇者たちの襲撃未遂に、気分を害された魔王が太い溜め息を吐く。


「きさ…ま、これは一体何を…」


「何をといわれても。お前たちがさっきからこそこそ話していただろう? 障壁だよ」


「嘘よ!」


 魔法使いが言下に否定する。


「障壁では攻撃を弾き返すことが出来ても、攻撃者を空中に固着させるなんてこと出来ないはず!」


「ん?」


 魔王がその言葉を聞き、首を傾げる。が、すぐにああそうかと得心したように頷いた。


「その通りだ。――たった一枚だけならな」


「…は?」


 たった、一枚?


 想定していなかった言葉に思考停止した勇者たちだが、構わず魔王は説明をつづける。


「お前たち魔法を使う者なら知っておろう? 相手の害意を持った攻撃を弾くことは確かに本来の目的だが、魔障壁は魔力を調整することで弾性を増すことが出来る。逆も然り」


 魔法使いが、過去に自身の身に起きたことを思い返した。

 彼女が未熟だったとき、練習時に魔力が足りなかったせいで障壁が柔らかいままだったことがあった。


 障壁は、仲間たちを相手の攻撃魔法から守るために張る魔法であり、本来の効果は十全の力を相手に跳ね返すことで発揮される。だから防御壁の役をこなせない柔らかい魔障壁は魔法を不規則に跳ね返すため、未熟の証とされる。


「それを普段から段階を分けて使用してあるのだよ、一々襲撃者が来るたびに張るのも面倒なのでな。外側から、堅牢なものから柔和なものに張っておいてあったが、それを今は逆転させておいた。だから、勇者たちは柔らかい障壁からめり込み、硬い障壁に包まれる形で身動きが取れなくなったというわけだ」


 事も無げにとんでもない事を言う魔王の言葉に、マジックユーザー二人は呆然と呟く。


「だん…かい…?」


 それを、疑問によるものだと判じた魔王は更に事実を告げた。


「ん? そこまでは気付いておらなかったのか? 余の障壁は、65535枚あるぞ?」


「ろっ…」


 ここにきて、ようやく二人は理解した。


 否、してしまった。


「う、うそよっ!」


「障壁を一枚、しかも継続して張り続けるだけでも膨大な魔力を必要とするのに!!」


 驚愕する魔法使いと僧侶に、魔王がつまらなさそうに返答する。


「まあ、お前たち人族ならそうだろうな」


 その造作も無いと言いたげな態度に、はじめて勇者一行たちの心に新たな感情が兆した。


 コイツハ…ナンダ?


 オレタチハ、サイキョウナノデハナカッタノカ?


「なんだ、もう大人しくなったのか? ふぅむ、どうやらお前たちは比較的飲み込みの早い個体と見えるな」


 そんな勇者たちの様子を見て、魔王があごに手をやり考え込む。


「どうも余の魔力のことを知らなかった時点で望みが薄い気もするが…まあ良い、当初の予定通り捕獲することとするか」


 勇者たちの顔が青ざめる。はじめて大声を上げた。


「僧侶、魔法使い! お前たちだけでも逃げろ!!」


 自分たちは動けない。


 圧倒的力量の相手に対し勇者はリーダーとして果断な対応を取った。


「“帰還”!」


 その意を汲み取った僧侶が、涙をこらえながらも呆然とする魔法使いの腕を取り、緊急転送用の呪文を唱える。


 リーダーもリーダーなら、仲間も仲間として見事。


 



 惜しむらくは、とっくに手遅れだったということだ。





「「「「え?」」」」


 期せずして、勇者一行の声が唱和する。


 いつもなら仲間たちを包みこんで過去に通った町へ飛ばすはずだった杖の先の燐光は、立ち消え行く燠火の明かりのように萎み、そして消えた。


「嘘?! どうして?」


「じゃああたしが! “帰還”!」


 魔法使いが怒鳴る。


 だが、これまた同じ結果に終わった。


「嘘よ! “帰還”! “帰還”! “帰還”! “帰還”!」


 まるで夜の蛍のようにぱっ、ぱっと明滅だけを繰り返す杖。


「嘘よぉぉぉ!」


 やがて魔力を使い果たし絶望の叫びを魔法使いがあげたところで、魔王はのんびり声を掛けた。


「さて、いい加減気が済んだかね? ああそうそう、『知らなかったのか?  魔王からは、逃げられない』のだよ」


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