11 「人間性」説明図
図9・10では、科学・技術(認識)の基礎になる〝想像〟と、
制度・政策(決定)の基礎になる〝欲求〟について書きましたが、
11枚目の人間性説明図では、
両者を合わせた〝人間性( Humanity )〟について考えたいと思います。
(1) 人間性とは?
結論から言いますと、人間性の本質とは、
〝想像力をもつ知性からくる、欲求の無制限性〟
もっと縮めて〝知性に伴う欲求の無制限性〟です。
種を捨てたら木が生え実がなった。
じゃあ、種を集めて植えとけば実がなるから、探し回らなくても済むんじゃない?
という想像(推論)が、農耕技術の誕生につながる。
知性( 知的生命活動能力 )とは、
環境の違いや変化に応じて活動を変化させ(制御し)、
よりよく生きられる能力です。
ただ、デタラメに変えてもダメなので、
『こうすればこうなる、ああすればああなる』 といった一般的な因果関係を発見し、
それを上手く利用するため、自らの活動を律していく。
しかし、この知性が発達して、因果関係の利用が増えるほど、
遺伝的に演算指示された本能とは、相容れない部分も増えてくる。
それは、色々と約束事が多いうえに、臨機の対応も求められる文明社会で、
ただ本能のままに生きようとすると、かなり困ったことになる場合が多い(苦笑)、
といったことからも明らかです。
綺麗に見えても手洗いは大事、意見の違いで一々怒っていたら身が持たない、
というようにです。
しかも、因果関係は複雑です。
現実の世界においては、複数原因や複数結果、相互作用に循環関係、
風が吹けば桶屋が儲かるとか、バタフライ効果と言われるような、
不確定要因も含めた因果関係の長鎖といったものが、
極めて複雑な網の目をなしています。
そこで、人間の欲求自体もそれに適応して、
単純な本能で動く部分が多い動物よりも複雑化・多様化し、
制限が取り払われてきたのだろうと思います。
その中には、他の人間から見ても奇妙なもの、ヘンなものもありますが、
他方ではそうした欲求や、少なくともそうした欲求と結びついた知性が、
新たな技術や政策につながる試みを可能とし、人類文明を発展させてきました。
『人間は本能の壊れた生き物である』 ( 岸田秀 )とか、
『狂ったサル』( A.セント.ジェルジ )といった言葉も、
このことを表現しているのではないではないでしょうか。
後者は、ナチスやソ連を嫌って米国に亡命した
ハンガリー生まれの生化学者(ビタミンCの発見者)が、
ベトナム戦争をした米国を批判して書いた本の題名だそうですが、
何も米国の戦争だけでなく、全人類の活動全てに当てはまる言葉だと思います。
翼もないのに空を飛ぼうなんて酔狂なことを考える動物は、
人間だけでありましょう。
でもそのおかげで手軽に海外旅行や通信ができ、正確な天気予報ができ、
衛星放送が見れ、GPSも使えるようになって、人類はさらに発展しました。
たまに核ミサイルを向け合ったり、地球環境を壊したりして、
自滅しそうになったりもしていますが……。
人間性、すなわち知性に伴う欲求の無制限性は、
人類に無限の可能性と危険性を与えます。
ゆえに、前者を最大化し、後者を最小化するような技術や政策が求められます。
両者を拡大するのが技術であり、前者の比率を最大化するのが政策といえます。
文明活動の本体は、全ての人々が営む経済・社会活動ですが、
それを〝文明〟活動たらしめる二本柱が、科学・技術と制度・政策です。
想像力を伴う知性が科学・技術の研究・開発を可能とし、
知性からくる欲求の無制限性が、
それを活かし、律するための制度・政策を必要とさせるのなら、
人間性こそは文明の源である、とも言えましょう。
(2) 人間性と各文明活動の関係
科学・技術はどこまでも発展していくでしょう。
ただし、反倫理性を含む危険性や採算性から、制限すべき場合もあります。
しかし、永久に禁止し続けることはできず、
可能あるいは必要になれば、いつでも開発・利用できるように記録されることでしょう。
経済・社会活動は拡大し、複雑・加速化していくでしょう。
ただし、その健全性を保つため、規制も必要となります。
しかし、全体としては生存可能性を増やす拡大の方向を目指すでしょう。
今は地球規模の自然的限界・社会的統合に近づいて、
経済活動の単純な規模より品質・公平などに関心が移りつつありますが、
本格的な宇宙開発が始まれば、再び規模も重視されるようになるでしょう。
社会における最終的な制度・政策(社会的意思決定)の権限を持つのは
国家であり、必要なことを決めて、強制できます。
しかし一方で、近代国家においてはその力の乱用を防ぐため憲法が必要とされ、
その中で最も重要な理念は自由主義であるといわれます。
一見矛盾するような、こうした理念の理由も、
先述のような、人間性が持つ危険性の最小化と、可能性の最大化のため、
ということで説明できると思います。
特に今日では、これまで生活を向上させてきた
在来型の農業・工業・情報技術や技術的政策、経済・社会政策が、
地球規模の自然的限界や社会の統合を前にして、
ひとつの区切りを迎えているようです。
技術や政策を担う人間自身の経年・経代的な健康水準の低下が問題となる一方、
従来やむを得ぬとされた戦争などによる淘汰も許容できなくなっているので、
医療や教育による、その人道的な解決が課題になりつつあるのではないかと思います。
それを克服できる、AIを中心とした持続可能性の技術も生まれつつありますが、
政策はそれに対応して特に、その恩恵、そこで生まれた生活の余裕を、
人道的な人的資源政策による、我々自身の向上に向けていくべきかと思います。
なぜならAIは、人間のための技術開発や政策立案も支援・一部代行でき、
自分で〝学んで〟進化していく画期的な技術なので、
人間がAIやお互いを点検して悪用・誤用や副作用を防ぐ必要が大きいばかりでなく、
より良い答えを得るためには、より良い〝学習素材〟を与える必要もあるからです。
(3) 追記
以上のようなことは、次のような作品中の問題提起に刺激を受けて、
考えることができました。
漫画 『デビルマン』『009ノ1 』のセリフ(大意)
( 『 人間の欲望には際限がない。 悪魔という天敵の出現は、環境には優しい 』
『 早すぎる人工進化は、より危険なバランスの上に立った社会を作るだけだ 』 ) 。
小説 『砂の惑星』の設定
( 『 A I が禁止され、希少な能力向上薬物に頼る星間帝国では、
社会が中世段階まで退行し、人工交配により生まれた指導者や、
惑星環境による淘汰を受けた兵士達が政争の結果を決める 』 )
同 『銀河英雄伝説』の設定
( 『 衆愚政治は非人道的な銀河帝国を生み、
亡命者は民主的な自由惑星同盟を築いた。
だがその後、帝国は優秀な人材を得て改革を果たし、勝利する。
一方の同盟は再び腐敗を生じ敗れるが、民主主義復活の希望を残す 』 )
同 『星界シリーズ』の設定
( 『 遺伝子操作で宇宙生活に適応した新人類が、各惑星の征服を開始した。
彼らは高慢だが、地上の自治を尊重し、それなりに公正だ。
むしろ旧人類の方が遅れた、攻撃的なところがある。 どちらがよいか? 』 )
アニメ『 PSYCO - PASS 』の設定
( 『 非人道的な部分をもった人工知能技術を使っても、
ユートピアはできてしまうが、それでもよいか? 』 )
創意にあふれ、刺激を与えてくれた作品群に、感謝します。
それらに応えるような形で、私も拙作『 Lucifer』などを書きました。
要約版の『 Lucifer 断章 』からでも、御一読いただけましたら幸いです。




