表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
9/82

8.壊れた世界でやれる事


 「まだわからない事も多いし、そんなに気にする事もないんじゃないかな」とあの後、俺の職業についての謎はうやむやになった。そもそもこちらに提示されている情報が少なすぎて考察するだけの材料がなかったからだ。


「ステータスも元の《オレクエスト・オンライン》とは大きく変更されてるんですけどね。まあ、レベルを上げてDEX(きようさ)INT(かしこさ)が上がるってなると体だけじゃなくて、脳みそも弄られてるみたいで嫌だからよかったっすけど」


「ふ~ん。それで俺のステータスは?」


「普通にクソだと思いますよ。前作と比較すると生産職並みのクソステっす。ゴブリンよりマシってレベルっすね。生産職で戦闘する変態はあんまり居なかったし、今はどうなってるか知らないっすけど戦闘はなるべく控える方がいいんじゃないっすか?」


 今は目に見える情報、つまりこのステータスに救いがないか、ゲームの頃と比較してこのステータスでも何とかする方法はないかを尋ねていた。結果は「諦めろ」と非情なものだったが。というか、そこまで言わなくても……


「あ、あっちの曲がり角の所にモンスターが3体っすね」

「よし……」

「じゃあちょっと倒してきまーす」

「あっ」


 少しショックを受けていると、黒乃が《司令官》の探知能力(空中戦艦から周囲のデータが確認できるらしい)とスキルの《探知》を合わせた索敵能力でまだ見えていない敵を察知した。

 俺がカードを発動する前に、彼女はちょっとコンビニでも行ってくるみたいな軽い調子で駆け出していった。


 曲がり角から現れたのは、竜のような鱗が全身に生えたトカゲ男(リザードマン)だ。その姿が見えた瞬間、先頭の1体の首が刎ねられた。

 後ろに続く2体が、頭を失い崩れ落ちる先頭にいた仲間の姿をあっけに取られて見た時には、既に黒乃は2体の背後に回り込んでいた。

 そのまま反応を許さずに、彼女は手に持った(オレデバイスの機能で普段は異空間にしまっておけるらしい)剣を横に振るい、残る2体の首もポーンと飛ばす。


「つよい」


 あまりにもあっけなく戦闘が終わる。


「いやー、チョロかったっすね」


 「いい汗かいた!」みたいな爽快な笑顔を浮かべてこちらに戻ってくる黒乃。

 こんな感じで道中出会う敵は黒乃がサーチアンドデストロイしていた。俺は何にもやっていない。


「……コレ、俺いる?」


「むっ、そんな自分を下げるような事は言うもんじゃないっす。私は京さんみたいなHPシステムがないから常に安全マージンを意識しないといけないんっすよ」


「なるほど、その時には俺も協力して……」

 

「だから、京さんはいざという時には私の代わりに攻撃を受けるサンドバッ……肉盾になって貰わないと」


「おいこら」


 言い直した意味!


「冗談に決まってるじゃないっすか~」


 当の本人はヘラヘラと笑っていた。コイツ……


「ま、本当の事言うと居てくれるだけで結構助かるんですよね。今でこそヘラヘラ笑っていられるけれど、きっと1人でこの世界を生きていくのは辛いっすから」


 かと思えば、急に真面目なトーンで話し始めた。


「敵であれ味方であれ相手がいないゲームは寂しいっす。誰かと同じ時間を共有できなかったら、その人は生きてても生きていないのと一緒っすよ」


「同じ時間を共有できなかったら、か。深いな」


「こんなの当たり前の事ですー。本当の意味で誰とも交わらずに一人で生きている人なんて、そんなの居なくたっていいじゃないっすか。だから、クソステの癖に妙に頑張ろうとしちゃう人でも隣にいるだけで割と気持ちが楽になるんですよー」


「……クソステの癖には余計だっての」


 黒乃がべーと舌を出しながら言った言葉には考えさせられるものがあった。


 こんな事になって、とりあえず自分の生存を優先していたが、ただ生きる為に生きるだけでは必ずどこかでガタがきていただろう。

 人は、誰かと同じ時間を生きている事を忘れてはいけないのだと思う。それを忘れた時、人は永遠に孤独になってしまうから。

 自分の命は勿論大事だが、それと同じくらいに誰かと軽口を叩きあって、生きる事を楽しむ事も大事なんだ。


 ……母さん達は大丈夫だろうか。生きていてくれるだけでも嬉しいけど、できれば誰かと一緒に笑って生きていてほしいな。


「……まだ、お互いの事あんまり知らないけどさ、一緒に来てくれて良かったよ」


「おお、京さんがデレたっす。このまま親密度上げてルート確定させるのもアリっすね」


「やめい」


 感謝の言葉を口にすると黒乃は戯けてそう言った。


 心配事は増えた。

 けれど、黒乃が隣で明るく振る舞っているのを見て、少しだけ心が楽になった。


 とりあえず、笑顔で再会できるように頑張らないとな。




「あ、着いたっす!」


 色んな事を話しながら歩き続ける事、2時間弱。モンスターとの戦闘(俺は何もしていない)もあり、かなり時間を食ってしまったが、黒乃が言っていた拠点地候補である家へと到着した。


「すっかり夜になっちゃったな。東京っていっつもこんなに星が見れるのか?」


「そんな訳ないじゃないっすか。文明が滅んだからこその光っすよ、アレは」


 夏という事もあり日没は大分遅かったが、流石に辺りはすっかり闇に染まっていた。

 ここに来るまでに倒れずに残っている街灯もあったが、いずれも明かりは灯っていなかった。恐らく電線の断裂などで電気の供給が止まっているのだろう。

 その代わりに、空いっぱいに星が輝いていた。基本、都会育ちの俺には馴染みのない光景だ。……この星空が見えているという事は文明が悉く消え去った事の証明でもあると思うと少し気分も落ち込むが。


「割と立派なんだな。しかも壊れてないし」


「親が金持ってましたから。そうじゃなきゃ高校行かないなんて選択肢取りませんよ。壊れてないのはただの偶然でしょうね」


 黒乃の家は車を止めるスペースの他にも小さな庭まである立派な一軒家だった。

 彼女は慣れ親しんだ自然な手つきで家の鍵を開ける。


「お邪魔しまーす……」


「邪魔するんやったら帰ってーって関西の人なら言うんですか?」


「あんなの漫才の中だけだよ。……家族の人は居ないのか?」


「1人っ子なんすよ。両親は海外出張ですから今、ここに住んでるのは私1人っす」


「ふーん……」


 黒乃に続いて家の中に入る。中も荒らされた形跡はなく、綺麗なままだ。

 もしかしたら、誰かいるかもしれないと思って声をかけたが、応じたのは黒乃だけだった。


 ……それにしてもこんな広い家で1人か。黒乃は高校にも行ってないみたいだし、誰かと一緒の時間を生きているのはゲームの中だけだったんじゃないだろうか。

 それで、あの言葉か。ゲームをやっている間だけは遊び相手がそこにいるんだ……


 ……できる限り、この世界では彼女と行動を共にしようと決めた瞬間であった。流石にこんな事知って黒乃を1人にするのは罪悪感が半端ない。


「中は綺麗だけど、平地の家を拠点にするのはちょっと危なくないか? モンスターの集団ならともかく、さっきのモグラみたいなデカい奴が来た時に対処できないぞ」


 それはともかく。家を拠点にするのは少々リスクが高いのではないだろうかと告げる。

 HPシステムのおかげで即死がない俺はともかく、黒乃は攻撃を受けると普通に傷つくのだ。2人とも寝てる間にこの家を攻撃されるとまず間違いなく黒乃は助からない。

 俺が寝ずに夜の警戒に当たるというのは気力的に持たないだろう。それにさっきの土竜みたいなこの家と同等のサイズの敵が相手だとそのまま踏み潰されてしまいそうだ。


「わかってるっすよ。こっちっす」


 俺の考えを予想していたのだろう。黒乃はこっちこっちと手招きをする。だが、彼女が向かう先は何の変哲もない部屋の白い壁だった。彼女はそのまま壁を押す。


 一体何を……と思っていると、壁が奥に20センチメートル程ズレた。


「隠し扉やんけ」


「カッコいいでしょ」


「いや、何の為にそんなの作ったのさ」


「カッコいいからっすけど?」


「ダメだ。会話になってない……」


 なんで普通の一軒家に隠し扉なんてあるんだ。

 黒乃はドヤ顔でカッコいいからと言うだけだった。ダメだコイツ……


 彼女は奥にズラした扉を横にスライドする。その先には階段があった。

 階段を降りていく黒乃の後に続く。


「じゃーん! ここがこれから私達の拠点になる地下シェルターっす!」


「……いや、なんでこんなもの作ったのさ」


「カッコいいからに決まってるじゃないっすか!」


「あっ、ハイ。もうそれでいいっす」


 階段を降りた先で、黒乃がスイッチを押して電気をつけた。

 階段の先にあったのは地下に作られた居住空間だった。成る程、ここならモンスターの襲撃の危険はほぼないだろう。聞けばここの他にも出入口が2つあるらしく、脱出も容易らしい。

 凄いと思う反面、「なんでこんなもの作ったんだ……」という思いがさらに大きくなった。


「電気と水道が止まってるっすね。太陽光パネルと蓄電器が生きてるから電気の方はちょっとなら大丈夫っすけど、水は急いで確保しないとっすね」


 ライフラインの供給を確認すると電気と水道が止まっている事が判明した。

 太陽光パネルを設置しているから、電気ならちょっとは使えるらしいが、水の確保は第1優先でしないといけないみたいだ。


「とりあえず、ようやく休めるっすね~」


 課題も見つかったが、何はともあれ、ひとまず休む事ができる。

 ソファに飛び乗って、ぐでーっと横になった黒乃を見て、気を抜きすぎだろと思いながら俺は適当なクッションの上に座った。


「……これからどうします~?」


 緊張が解けて、考えるのはこれからの事だ。


「……俺はさ、フロアボスの件が何とかなって、足さえ手に入れば一旦、兵庫に行くつもりだ。母さんと妹が心配だからさ」


 俺は包み隠さず、自分の目標を口にする事にした。

 向こうでは、家族も大変な目に遭っている筈だ。

 俺が兵庫に帰れる日がいつになるかわからない。帰った時にはもう手遅れという事も十分あり得るだろう。

 それでも一度は帰るべきだと思っていた。


 黒乃はそんな俺の言葉を聞いて、少しだけ困ったような顔をした。

 ……そうだよな。折角仲間ができたのに離れ離れになるのは嫌だよな。


「悪い。急にこんな事言って。……あのさ、もし良かったらだけど、その時には黒乃も一緒に来ないか?」


「あー……そうじゃないっす。もちろん京さんと離れ離れになるのもそりゃ嫌っすけど。多分、暫くの間はそれ、無理っすよ」


「? 無理って?」


 どうやら、別の事で困っていたらしい。

 説明に困ったのか、黒乃はオレデバイスの画面を俺に見せた。


「……ガルガンチュアからの映像っす。これ見れば意味分かるっすよね」


「……え?」


 その画面に映っていたのは彼女のコントロールする空中戦艦から見た東京の映像だった。


 所々で煙が上がっている廃墟と化した都市。繁栄に差はあれど、今は等しくモンスターの襲撃を受けて被害が出ている。


 その都市群がある場所を境に辺り一面、森と山という自然しかない風景へと変貌していた。


「……山梨とか神奈川って田舎通り越して森なんだな」


「んな訳ないじゃないっすか。神奈川民とかに怒られますよ。……多分、県境でそれぞれバラバラに飛ばされてます。クルルが出てきて放送したって事は、《オレクエスト・オンライン》の世界と現実が一体化したって考えるのがテンプレじゃないっすかね?」


「《オレクエスト・オンライン》ってこんなにフィールド森だらけなの?」


「そういう所もなくはなかったっすけど。それ以外にもまだ未実装だった大陸があったんすよ。だから多分そこに飛ばされたんじゃないかなーとは思ってます」


 俺のくだらない言葉を呆れた顔で切り捨て、彼女は自分の考えを告げた。


 正直、彼女の言った事はあっているのだと納得できてしまった。

 県が隣接したままだとフロアボスをそのフロア以外の人が倒すみたいな事態になりかねない。それはゲーム的には納得できない事なのだろう。


「そっか。そもそも帰る場所がどこにあるかもわかんねーのか。なら、仕方ない」


「なんか申し訳ないっす。ちょっと前からわかってたんですけど言う機会逃しちゃって……」


「いや、いいよ。早めに知った方がダメージ少ないから」


 とはいえ。納得はしたけど、ちょっとだけ気分が落ち込んだ。

 元より今すぐに行ける訳でもなかったけれど、そもそも向かうべき場所がわからないとなると途方にくれるしかないというものだ。

 

 だけど、いつまでも落ち込んでいる訳にもいかなかった。頬をペチンと叩き、気合いを入れ直す。


 フロアボスは倒せない。帰るべき場所はどこにあるかもわからない。クルルのスカートの中もわからない。


 最初に立てた目標はどれも達成が不可能だとわかった。悲しいけれど、これもこの世界を生きようと行動した結果だ。

 行動すれば、道は開ける。新しい事を知って新しい目標を立てられる。


 ならば、この壊れた世界で今やれる事は……


「なぁ、黒乃」


「はい」


「楽しく生きよう、ってのはどうだ? 具体的な目標とかは抜きにしてさ。俺たちがこの壊れた世界でも満足できるように生きる。どうだ?」


「……そうっすね! 小難しい事なんか考えなくても生きていけますよきっと!」


 世界の現状なんてどうだっていい。ただ、自分達が楽しく、人間らしく生きていこう。それが新しく立てた目標だった。


 黒乃はそれを聞いて、笑って同意してくれた。もしかしたら目標が叶わない事に落ち込む俺を元気づけようとしてくれているのかもしれない。


「それじゃあ、決勝戦のリベンジといかせて貰いましょうか! 今度は負けてやらないっすよ」


「望むところだ」


 黒乃の言葉に応え、持ち運んでいたリュックから《ChronoHolder》のデッキを取り出す。捨てなくてよかった。まだ遊び相手が居たのだから。


 楽しく生きる。そんな誓いを胸に俺達は世界の現状も忘れて遊び始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ