14.模擬戦 VS喜一
刃のように放たれた魔力板を旋回し躱す。
「結構早いな。ただ、あいつらほどじゃない。まだ目で追える。問題は……」
当然のように喜一くんから放たれた攻撃は俺よりも早い。これがトップスピードでなかったとしても俺より素早さのステータスが高いのは自明。
だが、遥や蓮ほど無茶苦茶な差をつけられている訳ではない。《トゥバイス》に騎乗している今なら回避は難しくなかった。
問題は攻撃がこれで終わらない事。
回避した板が中空で静止、そして再び俺の方に向かってくる。同時に俺の左右で紫色の魔力線が立方体を描き、新たに生み出された人間大の二つのキューブが俺を挟みつぶすように動く。
それを確認し、再び急上昇。すぐ下で二つのキューブが衝突し、ズンと重い音が響いた。
「このままじゃ、ジリ貧、だなっ!」
回避ルートが豊富な空の上でも逃げ続ける自信はない。密度が低い今ですら結構ギリギリだ。
逃げてばかりではいられない。攻撃は最大の防御、圧力をかけて少しでも優位に立つしかない。
ドローを行い、手札は再び六枚。その中の二枚を手に取り、そのまま発動する。
「召喚! 《銀翼の射手 ファラ》、《土竜 ドラゴモール》!」
俺の肩元に銀の体毛のフクロウ、地面から巨大モグラを呼び出す。
召喚と同時に《ドラゴモール》は突撃、《ファラ》は空中からの魔力を乗せた風による遠距離攻撃の命令に従う。
さて、これでどうくるか……
「……ひゅう、やっばいなあ」
上空からの風は自分の頭上に一枚の大きな壁を作り出して完全にシャットアウト。突進は前方に壁を作られ足を完全に止められる。そのままモグラの周囲に魔力の板を連続で配置し、それを縦横無尽に動かす事でまるでケバブのように《ドラゴモール》の肉がこそぎ落とされていく。
鮮やかな手並みに思わず感心してしまう。
これは俺の手持ちで地上戦挑むのは無理筋だな。多少のステータスダウンをさせた所で食らいつけもしない。
攻撃に使えば射程ほぼ無制限、防御不可の追尾攻撃で、防御に使えば鉄壁の盾か。わかっちゃいたが理不尽極まりないな!
「ま、隙は作れた。これでようやく攻撃に移れる」
とはいえ、気を取られている今がチャンス。回避に専念させていた《トゥバイス》も空中からの攻撃に移らせ、俺も新たに攻め手を用意する。
「武装、《無形 カゲキリ》! 手札の《フェザーバレット》と《ライトニング・スペクト》を捨てて効果発動!」
手元に刀を呼び出し、その能力で手札に元からあった《ライトニング・スペクト》と《ファラ》の召喚時能力で手札に加わった《フェザーウインド》、二枚の術式カードを捨てる。
刀身から風とプラズマが放出される。
この《カゲキリ》の能力で一定時間、捨てた術式カードの力を自由に使えるようになった。攻撃力や効果持続時間は半減するが、何度でも力を使える分こっちの方が便利だ。
「麻痺と風、二つ合わせて、飛ばすっ!」
命中すれば硬直状態に陥る風を広範囲にバラまく。これなら俺の攻撃スピードなんて関係ない。
後はどうやってあの防御を抜くかだ。防御に力を割いていない今じゃないと攻撃を通す目もないのだけれど正直、無理筋か? 今放った麻痺風の攻撃もついでとばかりに受け止められているし。
「……まあ、やってみるしかないか」
丁度が消滅するのに合わせて《トゥバイス》の背から飛び降りる。
こっからは失敗すれば真っ逆さま。落ちてもダメージにはならないけどカッコ悪いからガチの集中が必要だ。
足場のない空中で刀を振るい、雷混じりの風を放つ。
そして、放ったその風を自分の足で踏みしめた。
「さあて、麻痺バグ走法行かせてもらうぜ」
バチリと靴底に火花が走ると同時に、俺はニヤリと笑ってから足場のない空中を駆け出した。
蓮との戦闘時にたまたま判明した俺に麻痺硬直が効かないという事実。理由は未だにわかっていないが、今俺が空中を走っているのはその応用だ。
再現を繰り返すうちに本来、麻痺硬直で動けない効果持続時間の間なら空中だろうが水中だろうが自由に動けるという事が判明したのだ。俺はこれを麻痺バグ走法と名付けて活用していた。
今の俺は《空歩きのくつ》を使っている時と同じ、いや、それ以上の自由さで空中を移動できている。
「……おっと!」
とはいえ、素のスピードが上がった訳でもなく。
目の前に現れてこちらに向かってきたキューブをギリギリで躱す。
やはり、このままだと《トゥバイス》に乗っていた時より回避は難しい。そのうち捕らえられるだろう。
麻痺バグ走法の継続のために周囲に風を適当に放つ。そして、この状況を打破するためのカードを切った。
「とっておき、いかせてもらうぜ! 決戦術式、《反転世界》!」
一分間だけ周囲の相手の全ステータスを俺のステータスの半分になるように減少させる切り札とも呼べるカード、それを切った。
目に見えて、喜一くんの魔力線の展開速度が遅くなった。これならばいける。
目の前に構築されようとしていたキューブにそのまま突っ切り、構築前に突破。
今度は構築前に突破されないように俺から離れた場所で比較的構築速度が速い魔力板が数枚展開されて道を阻まれたが、麻痺バグ走法による変態機動と風による加速でそれも難なく突破した。
もう喜一くんは目前。このまま一撃を入れる。
「……えー、それはズルでしょ」
そう思っていたが、俺は思わず足を止めて呆れるようにそう言ってしまった。
俺が展開された魔力板を避けた時にはもう展開し終わっていたのだろう。上下左右前後、喜一くんの周囲をすっぽり取り囲むように六枚の魔力板が展開されて、隙間のない完全な防御態勢が既に完成してしまっていたのだ。
こうなると、もう俺には手出しする手段がない。完全に詰みだ。
「へぶっ」
モンスターに攻撃の中止を命令して、降参しようとした所で頭に衝撃。頭上に展開された人間大のキューブが落ちてきた。
そのままキューブに押されて俺は地面に叩きつけられた。
それと同時に俺の体を押さえつけていたキューブがパリンと割れて消滅する。これは戦闘終了という事なのかな?
「ひどいじゃないか。もう降参しようとしてた所だったのに」
防御態勢を解いて近づいてきた喜一くんに愚痴を吐く。
表情を見ると、何故か喜一くんは気を張ったままだ。疑問に思っていると喜一くんが口を開いた。
「……お前、今何をした?」
「なにって……俺なりに頑張って戦闘してたんだけど」
「そこじゃない。お前を叩き落としたキューブが勝手に霧散した。どうせお前がなにかやったんだろう?」
「……なにそれ? 俺なんにもやってないよ? これで腕試しは終わりって事で喜一くんが解除してくれたんじゃないの?」
「そんな事はしていない。俺が自分から解除していない以上、なんらかの外的要因があるはずだが。……どうやらその様子だとお前が意図したものじゃないらしい」
喜一くんが俺の反応を見てため息をついた。
……そう言われてみると、さっき受けた攻撃はちょっと不自然だった。衝撃はあったけど、全く痛くなかったし。
ほんの思いつきからクロノグラフで俺のHPを確認して見ると、攻撃を受けた筈なのにHPは一切削れていなかった。
これって、もしかして……
「攻撃判定が入ってない、とか? 喜一くん、試しにもう一度キューブで俺をぶん殴ってみてよ。……あ、これは決してマゾ的なプレイじゃないからね」
「やめろ口に出すな気色悪い!」
喜一くんは激しく拒絶しながらも俺の要望通り小型のキューブを展開し、俺の顔面にぶつけた。
衝撃で再びゴロンと背中を地面につけてしまう。けど……
「……うん、やっぱり痛くない。HPも削れてないな。超能力を意図しない方法で使ってるから攻撃判定がバグってる? バグって言えば麻痺バグとも関係あるのか……? うーん、わからん!」
思い当たる節はあったけれど、確信には至らない。俺は匙を投げて、大の字に寝転んだ。
「……どうせ再現するならもう一度押さえつけて自動消滅を確認した方がいいだろう。そのまま寝転んでいろ」
「あいあいさー」
喜一くんに従い、そのまま大の字で待機していると頭上にキューブが展開されじわじわと接近してくる。
そして、俺の体を押さえつけて僅かに圧力がかかった瞬間にキューブは先程と同じように自壊してしまった。
「……僕の力とお前との相性はとても悪いらしい。この戦闘は徒労だったな」
喜一くんはそう結論づけた。
俺の攻撃じゃどうやっても喜一くんの防御を抜けないし、何故か喜一くんの攻撃も俺には効かない。
そうなると、お互いに魔力切れを狙うか、喜一くんには普通に殴るって手段も残っているか。どっちにしろ不毛なやりとりになりそうだ。
「まあいい。勝ち負けはさして重要じゃない。モンスターの使役に魔法攻撃にステータス干渉。どれだけの手数を持っているのかは知らないが、お前がそこそこにやれる人間だとわかっただけで十分だ」
「お? それは喜一くんのお眼鏡にかなったって事でいいのかな?」
「勘違いするな。お前を信用した訳でも信頼した訳でもない。役に立たなければそれまでの関係だ」
「はいはい、それじゃあその時がくるまではよろしく」
「……ちっ」
俺が差し出した手を渋々といった様子で喜一くんは握った。