7.俺だけ別ゲー
「駅の中のモンスターはあらかた倒し終わってたっすよー。あんまり数は居なかったし、京さんのモンスターの他にも能力を手に入れた人達がどんどん倒していってたっす。あともうちょっとしたら落ち着くんじゃないかなー」
「そっか、良かった。それなら駅に残してきたモンスター達は時機を見て退却させるか」
道中。駅の内部がどうなっていたかを黒乃に聞く。
俺よりも構内に長く留まっていた黒乃は内部では徐々に混乱が収まっていった事を話してくれた。
拠点が他に見つかった以上、駅に居る人達の面倒を見るつもりは元よりなかったが、それでも多くの人が生き残ってくれたのなら嬉しい。
「そういや、黒乃はどうやってレベルアップしたんだ? やっぱり、スライムを燃やして? まだ会った事ないけど話を聞く感じだと簡単そうだったし。」
「私は放送を聞いてからすぐに京さんのモンスターが瀕死にしたゴブリンを横からかっさらう感じで倒して力を得ました。……スライムは、ヤバいっす。放送の前に、私の目の前でスライムに棒で殴りかかった男の人がいたんですよう。それでねー……」
「あー、察した。もう言わなくていいから」
「当然ダメージを受けた様子もなく。スライムは棒を伝ってその男の人の腕に取り付き、ジュージューという音を立てて皮膚を溶かしていって……」
「あー! あー! 聞こえなーい! 聞きたくなーい!」
黒乃がえらく詳密に男性の哀れな末路を語ろうとしだしたので大きな声を出して遮る。
ってか、そのスライムの何処が雑魚モンスターなんだよ! 捕まったら普通に死ぬより悲惨じゃねえか!
俺の様子を見て満足したのか、黒乃はそれ以上は語らなかった。
「ま、そんな訳でスライムはちょっとトラウマなんすよ。だから京さんのお陰で助かったっす。……それで、京さんの能力ってやっぱり『クロノ・ホルダー』みたいな感じっすか?」
「やっぱりわかる?」
「だって腕のそれ、思いっきりクロノグラフじゃないっすか。アニメ見てたんでわかりますよ。それにカードを使ってモンスターを召喚する所を駅の2階の窓から見てましたし」
じゃあ、見られたのはイブキを使った一斉撃破の時か。あんな八つ当たり見られたのは恥ずかしいな。
「いやー、運営も自己顕示欲がスゴいっすね~。自社のカードゲームを買収した会社のゲームの続編に職業として出すとか、平和ボケした世界だったらスレがお祭り騒ぎっすよ」
俺の職業が《時の蒐集者》だと確認した黒乃は笑いながらそう言った。
「で、そういう黒乃の職業は何なんだよ? 空からのレーザー兵器とか強すぎて俺の職業と交換してくれってレベルなんだけど。……それとも《オレクエスト・オンライン》じゃアレが普通なのか?」
「京さん、《オレクエスト・オンライン》やった事なかったんだ。まあ、一応、上級職っすからねー。そこそこ強いのは当たり前って感じっす」
そう言うと、黒乃は自分のスマホの様なもの――オレデバイスを操作して自分のステータスを見せてきた。
「戦士職の《兵士》の上級職、それが私の職業の《司令官》っす。主な能力は味方へのバフと周囲の探知能力。そして専用武器である空中戦艦の操縦って感じっすね」
「まあ、空中戦艦は魔力がバカみたいに必要なんで全然使えないんですけどね」と言いながら彼女が見せたステータス。それは俺の想像を遥かに超えていた。
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Name:黒乃 遥
Lv:4
Job:《司令官》Lv:2
SubJob:なし
Mana:200/200
Attack:900
Defense:700
Speed:950
JP:7
SP:6
Skill
《近接戦闘術》Lv:1
《探知》Lv:1
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「…………え? 何やこれ?」
ステータス高いなーと惚けていたのも一瞬の事。
俺のステータスとはまるで違うその画面を見間違えてないかよーく確認する。
「サブジョブにJPにSP、さらにスキル? そんなもん俺のステータスには一個も……というか、GPはともかくHPもないやんけ! どないなっとんねん!」
「あ、関西弁使うんだ」
だが、見直してもそこに書いてある事は変わらない。
俺の言葉を何かのギャグだと思っているのだろう。黒乃は俺の言葉を聞いて笑っていた。……関西弁は普段は使わないようにしてるんだよ。思わず出ちゃったんだ。
黒乃は揶揄うように続けてこう言う。
「HPって。いくら元はゲームっていってもここは現実っすよ? ゲームみたいにHPがゼロになるまで死なないシステムなんてそんなのある訳ないじゃないですか~」
正論だ。俺のステータスにHPがあるからそういうものだと思っていたけど、よくよく考えれば自分のダメージをHPが肩代わりする事で戦闘を最後まで円滑に続けられるなんて現実ではありえない。
足を傷つけられれば動きは鈍くなるし、腕を傷つけられればその腕は使えなくなる。大動脈を傷つけられれば出血多量で戦闘どころではないだろう。当たり前の事だ。
敵モンスター達は普通に傷ついていたし、傷口からは血が流れていた。思えばあれは敵モンスターにHPが存在していない事の証明だったのではなかろうか?
そういえば、俺のモンスター達の体が傷ついた所を見ていない。恐らくHPが設定されているお陰だろう。ちゃんと試していないからわからないが、きっと最後の最後までは倒れないのだろう。
確認の為にクロノグラフの画面から俺のステータスを確認する。
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Name:逆蒔 京也
Lv:7
Job:《時の蒐集者》
HP:14000/14000
Mana:110/110
Attack:350
Defense:350
Speed:350
GP:18
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土竜との戦いと駅構内のモンスターを狩った影響もあり、レベルが3つ上がっている。
それはともかく、俺のステータスの欄にはHPの文字が当然のようにあった。
「ちょっと失礼」
俺の様子を見て、冗談を言っているように思えなかったのか黒乃はクロノグラフの画面を覗き見る。
「うわあ、ざっこ。こんなクソステでよく戦おうと思いましたね……」
「やめろ、気にしてるんだぞ……くそう。やっぱりクソステじゃねーか。薄々そんな気はしてたけど……」
俺の画面を見て引き笑いで黒乃がそう言った。言葉が辛辣すぎて心にダメージがくる。精神的ダメージはHPでも肩代わりできないらしい。
黒乃は俺を軽く罵倒しながらも頭を働かせていたのだろう。俺に質問を投げかける。
「……もしかして、京さん職業選べなかった感じっすか?」
「選ぶも何も、モンスター倒す前にいつの間にかこの力を使えるようになってたからよくわかんねーよ……職業って選べるのか?」
「はい。基本職5種と自分に適性のある派生職から選ぶ感じっす」
そう。ずっと引っかかっていた。
クルルはモンスターを倒せば、力が手に入ると言っていたのに俺は最初に出会ったゴブリンとの戦いの際にはもうこの力を手に入れていたのだ。
だから、アイツが言っていた事には所々、嘘があると思っていたけれど……
「最初は運営のえこひいきだと思ったけど、これ何かのイレギュラーなんじゃないっすかね。もはや完全に別ゲーっすよ、コレ」
「……俺もそう思う」
黒乃は俺の職業の《時の蒐集者》を別ゲーだと称した。
俺も同意見だ。あまりにもシステムが違いすぎる。もしかしたら、この力はクルルが想定していた力とは別種なのかもしれない。
俺だけ別ゲー、か。
「『俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた』なんてふざけていたけれど。もしかしたら思っているより事態は複雑なのかもしれないっすね」
黒乃の言葉が重くのしかかるようだった。
「……まあ、あんまりにもクソステなんで大して重要じゃなかったなんて事もありそうっすけど」
「…………俺もそう思う」
ただ、特別とか言われても、このステータスの低さを見ると悪い意味での特別としか思えなかったが。