11.約束
手を軽く振り近づくと、ばーさん達も俺に気づいた。
不審そうにこちらを見つめる少女を横目に、ばーさんに声をかける。
「……や、久しぶり、ばーさん。俺だよ、わかる?」
いかん、オレオレ詐欺みたいになってしまった。これでばーさんが俺だって気づいてなかったらすごく怪しい奴になってしまう。
「おお! これはこれは、お久しゅうございます。東京にいらっしゃる事は知っていたのですが、こちらも何分忙しかったもので。顔を見せずにいた無作法をお許し下され」
そんな心配を思わずしてしまったが、向こうも俺の事をちゃんと覚えていたみたいだ。
深々と頭を下げるばーさんの姿を見て、なんだか懐かしい気持ちになってしまった。
……顔を合わせたくなかったってのは、本当だけど。やっぱり喋ってみると違うな。昔を思い起こす事が苦痛じゃないのは新鮮な感覚だ。
不思議な気持ちに浸りながらも、顔には出さないよう努めて笑顔のまま口を開く。
「いやいや、謝らないでよ。……律儀に約束を守ってくれていたんだろ。これでも本当に感謝しているんだぜ?」
「もったいないお言葉でございます」
ばーさんが俺の言葉を聞いて恭しく頭を下げる。
俺みたいなガキに祖母がこんな対応をするのが意外だったのだろう。ばーさんのお孫さんの白髪の少女──確か名前は由紀だったか──が目を見開いた後に、まるでUMAでも見るような目で俺の事を見てきた。
「おばあさま? この方はいったい……?」
「ああ、自己紹介しないといけないな。君はばーさんのお孫さん、由紀さんで合ってるよね?」
「そうですが、何故それを?」
「ばーさんとは昔、仕事仲間だったんだ。君の話は聞いていたよ。将来有望な才能あるお孫さんだってね。……ああ、そうだ自己紹介だった。俺の名前は逆蒔京也。これからよろしくね」
「仕事仲間……もしかして組織の関係者ですか? そのお年で?」
訝しげな目を向けられる。
その疑問は当然のものと言えるが、生憎と答える気はないので適当に詭弁で誤魔化す事にする。
「君は確か十七だろう。俺も十七、ほら、同い年だ。組織の事を知っているんなら、何歳から関わってたかはともかく君だってもう仕事は経験済みだろ。そう違いはないじゃないか」
「それは、そうかもしれませんが……いえ! やっぱりおかしいですよ! だって、私が仕事を始めたのは十三歳からでそれからはずっとおばあさまと一緒に行動してました! おばあさまの仕事仲間なら私と顔を合わせていないのはおかしいじゃないですか!」
ちっ、流石にダメか。
しかし、困ったな。どう誤魔化そうか。向こうは中途半端に事情を理解できる分誤魔化すのが面倒なんだよな……
「これこれ。京也様をあまり困らせるのはよしな」
俺が困っているのに気づいたのだろう。ばーさんが助け船を出してくれる。
「でも明らかに怪しいじゃないですか! おばあさまも昔馴染みなら事情も知っているんでしょう、ちゃんと説明してください!」
「説明は後でいくらでもするから。今はおだまり」
そう言ったばーさんは、由紀さんに見えないようにこちらにウインクした。
由紀さんはいまだ納得していない様子だったが、口を閉ざす。
この感じならちゃんと俺の意図を汲んで、後である事ない事を混ぜて上手い事言いくるめてくれるだろう。ありがたい。
「いやあ、ありがとねばーさん、助かったよ。……あ、そうだ。ばーさんもそんな丁寧な感じで接してこなくてもいいんだよ。もう俺はただの一般男子高校生だぜ? これからも変な目で見られるのは嫌だし、普通に接してくれないか?」
「難しい事をおっしゃられますねえ。じゃあ、名前の呼び方からでも変えましょうか。……きょう坊、なんてのは気安すぎかねえ」
「いいんじゃない? 俺はそれでいいよ。その調子でドンドン口調を軽くしていってくれ」
「暫くは慣れそうにありませんが……善処はさせていただきましょう」
ばーさんが困ったような笑みを見せる。
正直、色々な注文をつけて申し訳ないのだが、昔のよしみだ。我慢してもらおう。
「そういえば、かな坊……浅倉から聞いたよ。これからはトウキョウに所属するんだって?」
「うん、特務隊ってのに誘われてる。ご丁寧に隊長のポストまで用意してね。まったく困っちゃうよ。俺はもっと気楽にやりたいってのにさ。で、ばーさん達も今は浅倉さんとこで働いてるのかい?」
「ええ、そうですよ。……と言っても、わたしゃ死ぬ間際の老いぼれさ。最近は気力もどんどん減ってきているからねえ。こんな事態なのに申し訳ないが、近い内にリタイアするだろうね」
「……そう。まあ、もういい年だもんな。本当なら大人しく隠居してもらいたいんだけど……そのつもりはないんだろう?」
「当たり前だよ。わたしの体が動く限りは刀を置くつもりはないよ」
ハッキリと告げられたその言葉を聞いて、俺は思わず嘆息してしまった。
「……変わらないね、ばーさんは」
「そう言うきょう坊は、随分とカッコよくなったね。背も高くなったし、月日の流れを感じるよ。こうやって年寄りは置いていかれるんだねえ」
「いつの頃と比べてるのさ。高校生にもなってチビのまんまじゃ恰好つかないっての」
ばーさんがしみじみと感慨深げに呟く。
少し照れくささを感じる。……話を戻すか。
「……まあ、そこまで言うなら、限界がくるその時まで頑張ってよ。ばーさんがいるなら俺も心強い。頼りにしてるよ」
「はは、任せてくだされ。……その代わりという訳ではないのですが、頼みがあるのです」
「ん、なんだい? ばーさんには随分と世話になったし、迷惑もかけた。これからもそうなるだろうし、その分の借りは返そう。俺にできる範囲ならなんでもやるよ?」
「そんなに大層な事ではありませぬ。……約束の一つは今ここで破棄されました。その事に関しては、貴方様が納得しているのならいいのです。ただ、もう一つの約束は果たしてもらいたい」
ばーさんらしいな。素直にそう思った。
約束。五年前に俺とばーさんの間で交わした約束を思い出す。
一つ目の約束である『二度と俺の前に現れないでくれ』という約束は俺自身が出向いたのだから、ばーさんの言う通り破棄されたと言っても同じ意味だろう。
……ただ、今の今まで律儀に約束を守っていたばーさんをないがしろにするつもりはない。
「ああ、そうだな。……ばーさん、約束は破棄されたんじゃない。今日ここで果たされたんだ。俺はそう思っている。だから、その恩に報いよう。ばーさんが納得するのなら俺自身がもう一つの約束を果たすよ」
──孫娘が望む人生を。自身の死後も路頭に迷わないように橘由紀の一生の面倒を見る。それがばーさんの望んだもう一つの約束事だった。
引け目もあって、今までは人任せにして俺はノータッチだったが、文明が崩壊した今、ばーさんとの約束は自分の力で果たすしかない。
……そんな力があるかどうかは別として、尽力する義務が俺にはあった。
「異論はありませぬ。……きょう坊がそう確約してくれるのなら少しは安心して旅立てそうですのう」
「ちょっとやめてよ。今の俺にできる事なんてたかが知れてるんだぜ。やれる事はやるけど結果までは保証しないからな?」
「ええ。なあに、こう見えてもそれなりにはやれる子だからね。目をかけるようにしてくれればそれで安心さ」
ばーさんがチラリと横目で由紀さんを見る。彼女はそんな祖母の視線を感じて、不思議そうに首を傾げた。
まあ、力という点では心配はしていない。ばーさんの言う通りで今の俺なんかよりよっぽどできる子だろうしな。……となると、疑問がでてくる。
「で、俺は具体的に何をやればいいんだ?」
「かな坊から勧誘されたって言っていた特務隊の隊長っての、あれを引き受けてくれないかい? うちの由紀もそこに入れるから、ちゃんと手綱を握ってこき使ってやってくれ」
「え!? 聞いてないですよおばあ様!?」
自分には関係のない話だと思っていたのだろう由紀さんが唐突に名前を出されてビックリしている。
……さっきから感じてたけど、この子、見た目は儚げで異国からやってきた深窓の令嬢って感じだけど、性格はあれだな。真面目な委員長タイプって感じだ。
「言ってないからねえ。それできょう坊頼めるかい?」
とりあえず、由紀さんの言葉を適当に流したばーさんに続くとしよう。
「ああ、もちろん。今までは渋ってきたが、ばーさんの頼みだ。責任をもって由紀さんを馬車馬のように働かせるよ」
「ちょっと!? 貴方までなんでそんなに乗り気なんですか! 私は絶対嫌ですからね!」
「こら、由紀。きょう坊にそんな生意気な口聞いちゃいけないよ。怒らせると怖いんだからね、この御方は」
「今は私が怒ってるんですよ!」
「こわ」
「貴方は茶々を入れないでください!」
怒りの矛先がこっちに向いた。フシャーと威嚇される。
「ごめんねえ、きょう坊。この子にはちゃんと言う事聞くように言い聞かせとくよ。それじゃあ、今日はこんな所で失礼。ほれ由紀、行くよ」
「あっ、ちょっと! まだ話は終わってませんよおばあさま! ……ああもうっ!」
ばーさんは俺と由紀さんのやり取りを見て、フッと笑った後に出口の方へと歩いていった。
由紀さんが呼び止めるが止まる様子はない。それを察してか、由紀さんは俺の方へばっと振り向いた。
「貴方も! おばあさまとどんな関係だったのかは知りませんが、私まで簡単に言う事を聞くようになるとは思わないでくださいね! それでは!」
ずっと我慢していたのだろう。言いたい事だけ早口でまくし立てると、由紀さんはばーさんの後を追っていった。
「……親の心子知らず、いや、祖母の心孫知らずか。俺に頼むばーさんもどうかしてるけどねえ。ま、頼まれたからにはそれなりに真面目にやりますか」
俺は二人の後ろ姿を見送りながら、浅倉さんの要望を受ける事を決めた。
純粋な意味で誰かの為に動くのは久しぶりだが、まあ何とかなるだろ。
あの子は真面目そうだから、俺が何もやらなくたってちゃんとすると思うし。手綱を握る必要なんてぶっちゃけないと思う。必要のない所で危ない事をさせなければ大丈夫でしょ。
俺はそんな甘い気持ちのまま、ばーさんとの約束を請け合ったのだった。
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