10.巡り合わせ
書籍の発売日が決定しました。7月8日になります。
プロフィールにあるTwitterに書籍予約用のカードや布教用の画像を載せているので是非、読者の方々で盛り上げていただけるとありがたいです。
店舗特典については近日中に公開されると思うので、その時にまた報告させていただきます。恐らく、他の作品と同じ書店と電子書籍についてくる形になると思います。
それでは本編始めます。
シブヤの調査も終わり、俺達は地上へと戻ってきた。
エレベーターから降りると、数時間振りの日の光に目が眩む。
「ふいー、とりあえず調査終わりぃ」
俺は薄目で目を慣らしながら、大きく伸びをした。
「さて、予定より早いけど浅倉さんに顔だけ見せて帰りますかね」
「やったあ! 今日は何して遊びましょうかねー。柚子ちゃん達も誘ってパーティゲームでもします?」
「いいねえ。なら、晩飯もちゃんと用意してやらんとな。頼んだぜ遥」
「仕方ないっすねえ。久々にちゃんとしたもの作ってあげますか」
遥がやれやれと首を振る。
「にしても、モンスターの襲撃のために地下にあんな町を作って避難経路も複数用意したり、経済を回すために税制を調整したり……文明レベルを戻すために色んな職業の人が集まって裏でなんかやってるって話もあったな。大人は色々と考える事が多くて大変だねえ」
「そうっすねー。大人が面倒くさい事を全部引き受けてくれるおかげで、私達が楽しても何も言われないのはいい事っすけど」
「いやあ、感謝しかねえなあ。ま、楽した分はちゃんと働かせてもらうさ」
話をしながら広場にいるはずの蓮を迎えに行く。
数分もしない内に人混みの中にいる蓮の姿を見つけた。
「おっ、いたいた」
近づいて声をかけようとしたその時だった。
「……四宮くん? やっぱり! 四宮くんだ!」
「え……水篠さん!? 良かった、生きて……」
「うわぁん! 良かったー!」
「ちょっ!?」
蓮の反応からして、知り合い、おそらくは同級生の友人だろうと思われるエプロン姿の女の子が蓮に抱き着いた。
あらあら、まあまあ……
アタフタとしている蓮を見て声をかけるのをやめる。口元に手を当て、にやけた口元を隠した。
「落ち着いて、いったん落ち着こう……!」
「ひとりぼっちで寂しかったよー……」
「あ、うん……本当に水篠さんが生きていて良かった。クラスのみんなも知ったら、きっと喜ぶよ。オレの胸くらいならいくらでも貸すからさ、ちゃんと笑って再会しよう、な?」
蓮が胸の内で泣き出してしまった女の子の背をぽんぽんと撫でる。
「……私らだけで行きますか」
「そうだな。茶化すのはまた今度にしよう」
周囲の人達から温かい目で見られている蓮達に声をかけずに、俺達はそっとその場を後にした。
◇
しばらく蓮をからかうネタができてウキウキとした気分のまま、俺達は行政本部にまでやってきた。
「さあて、浅倉さんの部屋はどこかなーっと」
本部は木造式な所以外は普通の役所のような雰囲気だった。疎らに人がいる広間には、いくつかの応対窓口が設けられている。
来たのは今日が初めてだったのでどの部屋がどこにあるかなんてわからないのだが、そのあたりは受付のお姉さんに聞けばいいだろう。
「……え?」
そんな風に気を完全に抜いていた俺は、視界の片隅でそこに居るはずのない見知った人物の姿を見た。
思わず二度見し、見間違いでないと知るやいなやまさしく冷や水を浴びせられたような気持ちを抱く。
「どうしたっすか? 足なんて止めちゃって」
「いや、えぇ……? なんで? なんで、まだ……」
狼狽しながらも目線の先にいる二人組の姿から目が離せない。
……俺はあの二人組の事を知っていた。見間違える筈もない。
腰の辺りまでストレートで伸ばされた長い白髪に、淡い緑色の光を宿した目。そして、携えた日本刀。恰好こそ現代服に身を包んでいても隠し切れない浮世離れした雰囲気を持つ少女。
……そして、その横にいる同じく刀を腰に差した、枯れ木を思わせるような佇まいの着物姿のばーさん。
少女とその祖母の組み合わせを見て、俺は胃酸が込み上げるような不快感を抑えきれなかった。
「……ちょっと、本当に大丈夫っすか? 顔色が悪いっすよ」
「……すぅー、はぁー。……スマン。気分が悪くなってきた。女の子の太股の間の空気を吸えば多少は落ち着くかもしれないけど……」
「無理してまでセクハラしないでいいっすから。それとも本当にやるっすか?」
「……興味はあるけど、やめとく」
変な事まで口走ってしまったが、珍しく不安気な顔をしている遥の態度が変わらないままだ。どうやらそうとう酷い顔をしているらしい。
落ち着け。ビークールだ。個人的な感傷に浸るのはやめろ。
……よし、もう大丈夫。いつも通りの俺だ。
瞑目して、咳払い。そして、再び目を開く。
「悪い、気を遣わせた」
「もう平気なんすか? 無理しないでいいんすよ?」
「大丈夫。吐き気ももう治まった」
まだ顔色は悪いままかもしれないが、それもじきに治まるだろう。
「なあ、遥。あっちに真っ白な髪の女の子と、しわくちゃのばーさんいるだろ」
指を差して問いかける。
「えーっと、うっわ、すっごい美人さんだ、かわいー……って、へー。あの人が。京さん、あの二人知り合いなんすか? 知り合いはこっちにいないって話だったっすけど」
「あー、片方だけ。浅倉さんの父さんと同じで昔の知り合いなんだけど、関わりはこっちの方が多かったから……うん、親しい間柄って言っていいのかな。もう五年は顔を合わせてなかったから、まさか東京にいたとは思わなかったよ」
忙しい人だからな。今も現役なら年中日本中を飛び回っている筈なんだけど。
なにせ、お孫さんもばーさんも『組織』の人間。こんなバグった世界になる前から武力を用いて、超常の存在と戦ってきた人間だ。
それを考えると、たまたま同じ地域にいてくれて、力を借りれる状況なのは本当に有難いと言わざるを得ない。悪い事ばっかりじゃあない筈だ。
なんとか自分を納得させようとしていると、遥が口を尖らせていた。
「……なんかちょっと焼きもち妬いちゃいそうっす」
「……え? なんで?」
「だって、五年前で会ったのが最後って事はもっと前から親交はあったんでしょ? つまり幼馴染っすよ。あんな可愛い幼馴染と奇跡的な再会を果たすなんてもうラブコメで言ったら正ヒロインっすよ。私は負けヒロインとして捨てられるんっす。オヨヨ……」
「知り合いはばーさんの方だけど」
「あ、すいません。素で勘違いしてたっす」
泣き真似をしながらの仰々しい言い回し。俺が呆れた顔で答えると、遥はケロッとした顔を見せた。
「ま、女の子はばーさんのお孫さんなんだけどさ。俺は一回も顔を合わせた事はないよ。……というか、合わせる顔がないといった方がいいのか……いや、それ言っちゃったらばーさんの方も同じなんだよなあ……うん、今のナシで!」
「はあ……? よくわからないっすけど京さん、なんか悪い事でもしちゃったんすか?」
「悪い事はしてないけど……酷い事はしてしまったな。正直に言えばあんまり会いたくなかった。そっちの方が絶対お互い幸せだと思ってたし。……ワンクールのアニメが作れるくらいの複雑な関係なんだ。あの人らとは。だからできれば聞かないでもらえると助かる」
「ふーん……言いたくないならこっちも詮索はしないっすけど。一人で抱えきれないって思ったならちゃんと私を頼ってくださいっすよ」
「心配しなくてもいいよ。俺ほど誰かを頼るのに躊躇しない奴はいないんだからな。いざとなれば遠慮なく頼らせてもらうさ」
心配そうに俺を見つめる遥に笑みを返す。
ようやくマシな顔になったのだろう。遥も安心したようにホッと息を吐いた。
「あっ、そうそう」と前置きして、今思い出したかのような素振りで遥が話題を変える。
「ちなみに二人共、超能力者っすよ。お婆さんの方が『どこでもない場所を作る』力で女の子の方があの『刀でなんでも斬れる』力っす」
「ああ、やっぱり……」
見た目からしてどっちかがそうだと思ったけれど……
そうか、お孫さんの方が。ここまでくると、なにか因果めいたものを感じてしまうな。
「いや、これも巡り合わせってやつか」
「んぅ?」
ポツリと零れた俺の言葉で遥が首を傾げる。
「目を背けた所で、結局いつかは何らかの形で帰ってきて、ちゃんと向き合わなくちゃいけなくなるのさ。……うん、言葉にしてみればそれだけの話だったな。こんなに取り乱す事じゃなかったわ」
大きく深呼吸して、息を整える。
落ち着いて考えると、何てことのない話だった。もう心に乱れはない。あの二人の前に立っても何も喋れなくなる事はないと思う。
「ちょっと挨拶してくるよ。遥はここで待ってて」
「一人で大丈夫っすか?」
「うん、平気」
「そうっすか。……辛くなったら私を呼んでいいんすからね?」
「その時は、そうさせてもらうよ。じゃあ、行ってくる」
心配げな目を向ける遥にそれだけ告げると、俺は一人であの二人の方へ足を進めた。