7.実地調査
「へえ、近くで見ると結構でかく感じるなあ」
浅倉さんとの対談から数日が経ち、俺と遥、それに蓮はトウキョウを取り囲む壁を揃って眺めていた。
崩壊した町並みの中に突如として現れたその壁は明らかに異質なものだ。景観には全然合っていない。
けれど、その分厚い壁の堅牢さは近くで見るだけでもなんとなく感じられた。
「こんだけ立派なら雑魚モンスターの攻撃くらいはちゃんと防げそうだな」
「ちょっとしたバリアでドームみたいに町を囲む機能まであるっすからね。空からのモンスターの攻撃もある程度は耐えられそうっす」
「そんなものよく作れましたね……これで中にいる人達が普通に暮らせているなら文句なしなんだけど」
蓮が少し心配げに呟く。俺らと違って、蓮は調査のためにこのトウキョウに来てるからな。
学校に集まっていた人達は今、移住の準備を進めている。蓮は浅倉さんの話に嘘がないかを確かめるためにトウキョウの内情を見に行く必要があった。
そこでちょうど暇をしていた俺達を誘ってこの町にやってきたという訳だ。
「それを確かめにきたんだろ? 遥が時々偵察していたから俺らは安心して観光気分でいるけど、お前らは遠くからしか町の中を見てないもんな」
「私の観測だけを鵜呑みにしないで、ちゃんと実地調査するのはいい事っすけどね。まあ、それで駆り出される蓮くんはお疲れ様って感じっす」
「何かあってもどうにかできるって断言できそうなのはオレだけですからね。仕方ないです。それに、正直そこまで心配していないんですよね。黒乃さんが先に偵察していて、二人がそんなにリラックスしているなら本当に安全なんでしょ、きっと」
「そういうこった。気を抜いて柚子ちゃん達へのお土産を考えとくんだな」
「へいへい」
蓮が投げやりに返事を返した所で俺達は町に繋がる門へと足を進めた。
数分後、少し時間を取られたものの俺達は無事にトウキョウの内部に入れていた。
トウキョウの中に入るには、門の傍にある小さな施設で極めて当たり前の事しか書いていない誓約書を書いたり、オレデバイスと連携して個人データを登録したりなどの手続きをしないといけないのだが、その辺りは浅倉さんが事前に手回しをしておいてくれたらしい。ほんの少しの認証作業だけで俺達は中へと通された。
「いやー、門番の人達俺ら見てびっくりしてたな」
「私と京さんは顔が出回っちゃってますもんねー。事前に話を通していなかったらもっと騒ぎになってたかもっすよ」
「うげ、これまで近づかなくてホント正解だったな……」
門番は若い女性が務めていたのだが、俺達の顔を見ただけでどったんばったんの大騒ぎだった。
もう少し落ち着いてやればいいのにとすら思っていたが、手回しがなければあれ以上の騒ぎになっていたと想像すると嫌でも顔を顰めてしまった。
「……案外、人の行き来は少ないんだな」
そんな俺の様子を気にした様子もなく、蓮は歩きながら興味深そうに辺りを眺めていた。
「そうか? 生き残った人数的にはこのくらいでも違和感ないけど」
蓮の言葉の通り、少し歩いてもすれ違ったのは三、四人程度。いずれも遠巻きに見てくるだけだ。
ここが門から直っすぐ中心に向かって伸びた大きな道と言えども、外に出る門は東西南北の四つ設置されている。それに生き残った人数的に考えるとこれくらいでもおかしくはない。
「このあたりは住居地域だと思うっすよ。中心の方は結構人も多いし、お店とかもあるんで早く行きましょうよ」
遥が蓮の言葉に答える。
建物の雰囲気がヨーロッパあたりの外国っぽいからよくわからなかったが、確かにそう言われるとこの辺りは店があるって感じじゃない。人が集まっているような活気がないのだ。
黒乃の言う通り、この辺りの建物は住居か、それとも空き家なのだろう。町の大きさ的にも全然建物に余裕があるからな。
主要な施設が町の中心部に集めていると浅倉さんは言っていた。外壁の近くはまだ開発されていないか、人手が足りないのだろう。
「店があるのか。よし、じゃあこのまま直進だな」
……そんな事情よりも、俺は中心部の栄え具合の方が気になっていた。
時折向けられる、驚いたような表情をする人の目を無視して、中心を目指して歩く。
周囲の建物を観察したり、たわいもない話をしながら歩く事三十分程。人通りも少し多くなってくる。どうやら中心部に着いたらしい。少し先の大きな広場には日差しを遮るためのテントがいくつも並んでいた。
「へえ、露店形式なのか!」
長かった平坦な道のりが終わり、俺はウキウキな気分でそこに駆け寄る。
テントの下にはシートが敷かれていて、その上には商品だろうと思われる物がズラリと並べられている。
剣を売っている店もあれば、胸当てのようなものを売っていたり、店の種類は様々だ。
「武器に防具、あれはアクセサリーか? 装備品って事だよな。うわあ、本当にファンタジーっぽくなってるなあ」
「あんまキョロキョロするなよ、オレらまで変な目で見られるだろ……」
「わかってるってー……あ、あっちは食べ物売ってるじゃん! 行こうぜー!」
「わあ……! お祭りの屋台みたいっすねえ、ワクワクするっす!」
「遥さんまで、はあ……」
呆れている蓮も連れて、食べ物を売っている店が集まるエリアに向かう。
色々な店があったがなんとなくがっつりとした物を食べたい気分だったので、焼けた肉の匂いに釣られて鉄板での焼き物を出している店を選ぶ。
「お、いらっしゃ……おお! アンタらもしかしてフロアボスを倒してくれた……!」
俺が顔を見せると、店主であろうちょび髭を生やしたおっさんがそう反応する。
「はは、すっかり俺達も有名人だねえ。あ、この肉の串を三本くださいなー。一本100ミルでいいんだよね?」
「お、おうよ。ほら、オレデバイスを出しな」
「はーい」
店主のおっさんが戸惑いながらも応対する。
オレデバイスを差し向けられる。後はこちらもクロノグラフを操作して、バーコードをカメラで読み取ってもらえれば支払い完了だ。
「なんだ……? それ、オレデバイスなのか? 俺らのと随分違うな……」
「俺のは特別性なんだよ。……はい支払い完了っと」
「毎度あり。ほれ、サービスだ。何本かオマケして入れておいたぞ。フロアボスを倒してくれてありがとな!」
「おお、ラッキー! こちらこそありがとね!」
茶色の紙袋には十本も肉の串が入っていた。すごく太っ腹な店主のおっさんに感謝を告げる。
「あっちで分けて食おうぜー」
「わーい!」
「いや、オレは……まあ、うん。貰うよ、ありがと」
最初は蓮も遠慮していたが、結局三人揃って、広場の端にある木のテーブルと長椅子が並ぶ野外の休憩スペースで食事をする事になった。
「これ、森にいる牛型のモンスターのお肉っすね。味は……ピリッとしてて美味しいっす!」
黒乃が喜んでいる横で俺もその味を堪能していた。
噛みしめる度、口の中にジューシーな肉汁が溢れ出す。肉に適度にまぶしてあるいくつかの材料をミックスしたのであろうカレー粉に近い感じのスパイスが、純粋な肉の旨味を引き立たせるいいアクセントになっていた。
「スパイスで味付けしているんだろうけど……あんまり馴染みのない感じの味だな。森には日本に生えてないような植物もあったし、もしかしたらそれを加工した自作だったりするのか?」
「そんな暇な事……って思ったけど、この町に住んでいるならそれくらいの余裕はあるかもな」
「あのお店のおっさんも、商売やってる感覚より慈善事業か趣味に近い感覚でやっているだろうしねえ。それくらいにこだわって手間暇かけてるかも」
「まあ、儲けを出すつもりなら、いくら原材料が実質タダだからってこんなにサービスしないっすよねえ」
「後、売り上げの五パーセントはこの町に持ってかれるんだろ? あっちの装備を売ってる人らは知らないけど、食べ物売りは本当に儲けなんてほとんど出てないんだろうな。まあ、モンスターを倒せばそれでお金は手に入るから損は絶対しないし、本当にやりたいからやってるんだろ」
税収という形で、この町で店を開いていると売り上げの五パーセントが町に徴収されるようになっている。どうにも町の発展の為に使われるらしい。浅倉さんからはそう聞いた。
そういう背景もあると考えると、こういう形で食べ物を売っても労力や技量に見合った分の儲けは出ていないと思う。
「あ、でもショップで販売したら一割持っていかれるみたいだから、こっちで売る方が取り分は多いっすよ」
「え、そうなの? 税を取るのかって思ってたけどこっちの方が良心的なんだな。……ってか、ユーザーショップはそんなに持ってかれてたのかよ。知らなかったぜ」
「アンタ、結構大雑把なとこあるよな。もうちょっと説明はちゃんと読み込んだ方がいいぞ」
「いやはや、ゲームの説明書は流し読みする派の俺には耳の痛い話だねえ」
どうやらこの点については俺の予習不足だったらしい。
自分の職業である《時の蒐集者》の力だって未だによくわからないまま、フィーリングで使っているのが俺だ。自分が全く触っていない機能の説明など読んでいる筈がなかった。
まあ、世の中の大抵の事はなんとなく、それなりに理解できていればなんとかなるものだ。そう気にする必要もないだろう。
「……そういえば、サカマキ。アンタ、浅倉さんに新しく作る部隊のリーダーをやってくれって頼まれたのに断ったんだって? どうしてだよ?」
蓮が二本目の串を手に取った時に唐突に話が変わる。
まさか、蓮からそれを尋ねられるとは思っていなかった。少し言葉に詰まってしまった。
「……それだけの能力が自分にあるかって話と。単純にめんどくさい、ってのもあるけどさ。変に責任のある立場にいたくないんだよなー。それなりに意欲はあるけれど、それでも部下の命を預かるってのは荷が重い。ほら、適当にやれなくなるからな」
「アンタは思考もフットワークも軽すぎるから、ちょっとはそういう責任を背負った方がちょうどいいんじゃねえの?」
「やだよー……そんな意地悪な事言わずに俺に楽させてくれー……」
泣きついてみたが、蓮は鼻で笑うだけだった。コイツめ……
「……それに、オレとしてもアンタがリーダーやってくれた方が安心できるからな」
「……? それは、どういう意味?」
「そのままの意味だよ。オレもその部隊でこの世界を脅かす敵を倒すんだからな。まだ他のメンバーを見ていないからなんとも言えないけれど、サカマキがリーダーやってくれるなら、オレも余計な事を考えずに目の前の事に集中できる」
「ふうん。なんだ、蓮も同じ所で戦うのか。なら、戦闘に関しては心配いらないかもな」
少し重荷に感じていたが、安心した。コイツもいるなら、普通に戦える相手なら真正面からどうにでもなるだろう。
手加減なしの《勇者》のスペックはそれこそフロアボスとタイマンを張れるレベルだ。そこに他の奴らのサポートまであるならもうそれは楽勝だな!
これなら俺がリーダーやってもそんなに気を配る必要はなさそう……ん?
妙案を思いついてしまった。
「ってか、お前もいるならお前がリーダーやってくれよ~、勇者さま~」
「うわ、ウザ絡みやめろよ……オレは自信ないよ。ギリギリの場面になったら、多分衝動的に突っ走っちゃうだろうからな。それならアンタに任せる方がまだ信頼できる」
「はは、そう言わずにやってみなよ。案外性に合ってるかもしれんぞ?」
「嫌だね。サカマキがリーダーやるなら、今よりは真剣味をもってやってくれるんだろ。オレとしても大歓迎だ。わざわざ代わる理由がないな」
「ちぃ……!」
ベラベラと喋り過ぎたか。口は災いの元って奴だな。
体よく責任職を押し付ける作戦があっさりと躱されてしまった所で、蓮は肉串を食べ終えて立ち上がる。
「うん、ごちそうさま。それじゃあオレは情報を擦り合わせる為にもうちょっとこの辺の人達に話を聞いていく事にするよ。サカマキ達は地下にあるって言ってた町を見てくるんだっけ?」
「ああ。シブヤだっけか、こっちの方は遥もちゃんと観測できてないからな。お前らと同じで実地調査って訳だ」
「実際に見に行かないとよくわからないっすからね~。それに、まさに文字の通りアンダーグラウンドっすよ? 気にならないわけがないっす! いったいどんな感じになってるんすかね~」
「ま、そういう訳。俺達は一足先に観光に行かせてもらうぜ」
「はあ、相変わらずだなアンタらは……何もないとは思うけど気を付けろよ?」
「おうよ」
蓮はそれだけを告げると、もう一度雑踏の中へと足を踏み入れていった。
まったく忙しい奴だな。そんな事を思ったが口に出す事もなく、俺は残っている肉を頬張りながらその背を見送った。