6.対談③
「遥は、さっき話した通りでいいのか?」
「ええ。私はどっちでもいいっす。京さんが選んでください」
「そうかい。それじゃあ、浅倉さん」
一応、さっきまでは敬語で話していたが、この瞬間だけはそれをやめる。向こうが協力を求めてきた以上、今だけは対等だ。変に大人だからと尊重する理由もない。
「東京の現状はわかった。生き残りが少なくたって、案外奮闘しているって事も伝わったし、生き残った奴らが集まって頑張ってるって事もわかったよ。話してみた感じじゃ浅倉さん、アンタもまあ、父親に似て真面目な人なんだなって思ったかな」
「……父に似ているとは、まだまだ私には分不相応ですよ」
「いやいや。アンタが上に立てるって事は、政府が機能してない事の証明だ。大型のモンスターの襲撃があったって事は生き残りだって、それこそ国会の議員だったアンタの父親の浅倉……宗十郎ももう亡くなってるか、行方不明か、それとも動けない状態なんだろう? だからアンタが動いてる。それでもアンタは動いてる。人や世界を救うために各地を奔走して、俺らみたいな子供に頭を下げている。真面目で、お人好しで、よくやるとさえ思うよ」
記憶の中にある、浅倉さんの父親。浅倉宗十郎は真面目な人間だった。民衆の幸福のために自分の身を削るよくできた働きものだった。浅倉さんの姿はそんな父親にダブって見える。
ただ、そんな彼が出向かずに息子が来ているという事は、俺の言った事もあながち間違いじゃないだろう。
こんな苦境で体を張って足掻ける人間は嫌いじゃないし、個人的には協力する事もやぶさかではない。だが、まだ足りない。
「ただ、俺の話を父親から聞いているならわかるだろう。それは今の俺を動かす要因にはならない」
「……ええ、十分に承知しています」
「ならば、聞きたい事はたった一つだ。この一件に関しては俺もそれなりに思う所があるからな。アンタがどう答えようが、モンスター討伐には協力する。それは前提として、アンタの下につくか、つかないかを決めたい」
だから、今から尋ねるのは単純な事だ。
「アンタの下につく事で、俺が得られる物をまだ聞いていない。交渉ならそれが一番重要だろ」
「……労働の分は賃金で返すつもりですが、聞きたいのはそういう事ではないのでしょうね」
「ブラック企業じゃないんだから、働いた分の給料を出すのは当たり前だろ。もっと魅力的なメリットを提示してもらえないと、動く気になれん」
俺に浅倉さん程の熱量はない。人を、世界を救うなんて事に真剣になれていない。そんな奴がいても最終的には邪魔になる。いない方がマシだ。
ならば、俺が動くだけの理由が欲しい。それさえ明示されれば俺も多少は真剣にやれる。
「そうですか……」
浅倉さんが少しの思案の後に再び口を開く。
「人の命を守る事や世界の支配などには欠片も興味はない。名声、富も動く理由にはなりえない。父から伝え聞いた貴方様ならそうおっしゃられる筈だ。だからこそ、私が明示できるものなどこれくらいしかありませんね」
俺がどういう人間か、よく理解しているらしい。
口を挟む事なく、次に続く言葉を待つ。
「不幸に満ちた世界ではなく、程々の幸福と不幸が混じりあい、人々が何の根拠もなく明日が来ると信じ、今日を無為に、思い思いに過ごす。特別な使命に駆られる必要がない、自由でいて、不自由であり、平和ボケした世界──貴方様の遊び場を必ず取り戻してみせましょう。……これでは報酬に足りませんか?」
「……真面目だと思っていたけど、案外面白い人じゃん。随分と口が回る」
思わず笑いが漏れてしまった。
俺の過去を知っていて、あえてこういう言い回しを選んだならば。
なるほど、浅倉さんは今とその先を自分達で切り開く事にしか興味がないらしい。
……俺の遊び場を取り戻す、ね。あくまでも自分の中じゃ端っこの部分を間借りさせてもらっている気分だったが、意味としては大差ないだろう。要するに俺が気兼ねなく笑って人生を楽しめるって事だ。
信用に値する相手に十分な報酬を提示されたならば、動かない理由ももはやない。
「うん。報酬に文句なし。それなら、東京にいる間は浅倉さん、アンタの下で世を憂う一般人の一人として働かせてもらいましょうか! あ、後、リーダーなんだから俺みたいなのに貴方様なんて遜るのもよしてください。今はもう逆蒔でも京也でも、呼び方は自由です」
「ありがたい。ならば、逆蒔君……はやめておきましょうか。京也君、でどうですか?」
「ああ、そちらの方がいいならそちらでいいですよ。」
……本当に、浅倉はいらぬ事まで伝えていたらしい。名字で呼ばれただけで癇癪を起こす餓鬼はもうとっくに成長したというのに。
そんなささやかな感傷は胸の内にしまいこんだ。
「ふうん。よくわからないっすけど、京さんがそう決めたのなら私もそちらでお世話になりましょうか。浅倉さん、いいっすよね?」
「はい。黒乃さん。ですが、そちらこそよろしいのですか? そんなに簡単に決めてしまって」
「私は自分が満足できる方につくって決めてるっすから。今はそれが京さんの隣なんすよ」
「……なるほど。そういう事ならばその力、頼りにさせていただきましょう」
遥も事前に話していた通りに、浅倉さんの下に所属する事を決めた。
大事な事だというのに、随分とあっさりと決めるものだ。そう思ったが、彼女の言葉を聞いてると少しくすぐったくなってしまう。
……誤魔化すように、浅倉さんに話を振る。
「ようし、決まりだな。それで浅倉さん、いったい俺達に何をさせたいんですか? 大抵の事なら文句も言わず働いてみせるけど」
「では。現在、自治区ではモンスターへの対策として、先程も名に出した不明幻想生物災害対策特設本部というものを設けています。実態は軍隊、自警団のようなものですね」
なるほど、ようするに武力組織という事でいいのか?
「現在は歩兵部隊と特殊攻撃部隊、支援部隊の三つの隊を設置していますが、新たに一つの隊を作るつもりです。超能力や特異な力を持つのは若者の方が多くてね。いくら強い力があっても、若者に通常の部隊を率いらせると、いらぬ軋轢を生んでしまう。今の状況でそんな無駄を生じさせるわけにはいきません。それならば、若者達だけで構成された部隊を作ろうかと」
合理的、なのだろうか。
俺としてはこんな事態でくだらない事でごちゃごちゃ文句を言う奴は強引にでも黙らせればいいと思うが。
まあ、予想できる面倒事を避けたい気持ちもわからなくもない。
この話の流れだと、俺達にその部隊で活動してほしいという事だろう。俺としても、変に大人が混じっているよりかは同年代でつるむ方が気が楽だ。是非もない。
ただ、次に告げられた言葉は少しだけ、俺の予想とは違った。
「その名も特務隊。自由に動かせるよう少人数で形成された、その力を以って重要任務を果たす最強の部隊。京也君、貴方にはその部隊のリーダー、隊長を務めていただきたい」
……リーダー? 隊長?
……俺が?
「えと、その部隊で働くのはともかく、隊長やるのは嫌なんですけど……」
「文句は言わないって言葉はどこいったんすか……」
あっさりと前言を翻した俺に、遥が呆れていた。