5.対談②
「……うーむ。薄々そんな気はしてたけど、思っていたよりひどいなあ」
そう呟くしかなかった。黒乃の力を利用して人を避けて行動してきたが、あんなに自由に行動していたのに人に接近したのは数える程だったからな。けど、具体的に数を出されれば、それも当然だとすら思えた。
逃げ場もなく、予兆もなかったからにはこのくらいの犠牲があっても仕方ないのかもしれないけれど……
「それでも、もう少し生き残っているものだと思っていたよ。外国みたいな銃社会じゃないっていっても全くの無力ってわけでもないんだ。警察とか、自衛隊とか……ほら、政府の秘密組織とかもどうせあるんだろ? いくらステータスってシステムがある敵だからって、一応の武力を持っている組織があって一方的にここまで好き放題されてるのはちょっとなあ……」
「……?」
「政府の秘密組織って……京さん、そんな漫画じゃあるまいし……」
「いえ、それはあるのですが……」
「あるんっすか!?」
何故か戸惑った様子を見せる浅倉さんだったが、黒乃の驚く様子を見てなにかを納得したようだ。
「……なるほど。了解しました。秘密組織に関しましては現在も音信不通。証言によると、モンスターの出現と同時に大型のモンスターが数体、ある一ヶ所に現れたらしく、その場所が基地の位置とおおよそ一致しています。情報が漏れていて、初動で集中して攻められたのでしょう」
「は? いや、そんなわけないでしょ。この一件の首謀者がもしも自由にモンスターを操れるならこんなに雑にはやらない。少なくともフロアボスには東京の西じゃなくて東の方で暴れさせた方が被害を拡大させられたはずだ。こっちの方が人が多いなんてのは俺でもわかるぞ」
「そうですね……それが不可解ではあるのですが。調査によれば、大型モンスターとフロアボスに関しての出現位置は人が密集している地域や、政府の要人が集まる庁舎、警察や自衛隊の本拠地に絞られています。恐らくは指定できたのはモンスターの出現位置と最初の攻撃対象くらいなものなのでしょうね」
「うん? うーん……納得はいかないけれど、現状を見れば当たらずとも遠からずって感じなのか? でもなあ……」
引っかかる部分はあったが、向こうは多くの証言を得てその結論に達したはずだ。ならばそう間違いでもないのだろう。
「まあいいや。要するに、政府の秘密組織は完全に壊滅。政府、自衛隊、警察も中枢組織が壊滅して命令もまともに出せない。とてもじゃないけれど救助に人を回せなかったってわけだ」
「警察、自衛隊に関しては各地で生き残りが集まって、各自で人命救助や保護にあたっていてくれたようですがね。組織体系が壊滅していながら、約四万人程の人命を生き残らせるのに関与してくれたのだからこちらとしては感謝するしかありません」
「へえ。こんな事態だってのに、お人好しも案外多いねえ」
給金も出ないのによくやるよ、と思ってしまう。
「で、そうやって生き残った奴らのほとんどが今はあのトウキョウ、自治区に集まっているって認識でいいんですかね?」
「正確には、違います。襲撃による全滅を避けるため、トウキョウの他にもう一つの都市があり、そちらも管理しているというのが現状ですね」
「……? そんなのどこに……」
「……もしかして」
遥が目を瞑り思案する。恐らくは超能力《天地明同》を用いて、探索に集中しているのだろう。
彼女が目を見開いたのは、ほんの数秒後の事だった。
「……へぇ! なるほどなるほど。言われるまで気づかなかったっす」
「どした、遥」
「いやあ。これ凄いっすよ、京さん。トウキョウの地下部分が偽装工作されてるっす。観測していた人命の三分の一くらいが地下で行動中。都市の全貌は認識した今でもぼんやりとしか見えないっすね」
「遥の感知能力を欺ける程の隠蔽能力って事か?」
地下都市か。男の子としては心躍るワードだけど、それ以上に聞き逃せない言葉があった。
彼女の感知能力は超能力由来のもの。それを欺くなんてのは同じ超能力を用いないとできない筈だけれど、今までに観測した十人の超能力者の中にそんな事ができそうな奴はいなかった。
「けど、そんな事ができる超能力者なんて……そうか、それ自体が感知できていないのか」
ただ、その超能力者が持つのは恐らく隠蔽型の能力。都市一つを隠蔽できるのに自分を隠蔽できないという道理もないだろう。となると、トウキョウには黒乃の広範囲感知には引っかからなかった十一人目の超能力者がいるわけだ。
「お察しの通り、所属している超能力者達によって、外部からの観測を可能な限り遮断した地下都市が自治区トウキョウの真下に建設済みです。また、名前を拝借してこちらはシブヤとでも名付ける予定です」
「安直っすねえ」
「こんな事態の中で、都市の名前を考えるのに時間を使うようなリーダーは嫌でしょう?」
「そりゃそうだ」
冗談めかして浅倉さんが言うから俺も思わず軽口で返してしまった。
「とにかく、これまでの一ヵ月という期間をもらえたお陰で、生き残った人間をある程度纏め、とりあえずの平穏を取り戻す事には成功しました。失った数々の文明も新たに人が手に入れた力を使えば、再現、そしてさらなる発展も可能でしょう。専門家の方々には各々の分野に注力してもらい、ある程度の成果が出ています。後に残る問題は、モンスターの襲撃」
どうにも俺達がのんびりしている間にある程度の下地はできていたらしい。
そこまでを離すと、モンスターの話に入り、空気が変わった。
「クルルと言いましたか。彼女に予告されている以上、戦力増強に力を割くのを惜しむわけにはいきません。恐らくは前回のフロアボスと同じようにモンスターの襲撃があると考えるのが当然で、そのために強力な能力を有する方に協力を求めています。……今回、ここを訪れたのもそのためです」
どうやらようやく本題に入るらしい。
俺もほんの少しだけ背筋を正した。
「前置きはここまででいいでしょう。世界を安定させるためにお二人の力をお借りしたい。そのためにこの場を設けさせていただきました」
「遥だけじゃなくて、俺もですかい? そっちが想像している程、俺は強くないですよ」
「そうですね。フロアボス等の戦闘映像はこちらも確認しています。直接戦闘能力に関しては仰る通り期待している程ではないのでしょう。ですが、先程の四宮君と同じように貴方様には超能力とは違う特異な力と、この状況下においても冷静に行動できる判断力が備わっている。率直に言えば、少し力が劣っているからといって、遊ばせておく程の余裕は今の東京にはないのですよ」
「……遊ばせておく余裕はない、ね。ま、俺的には今のスペックに不満があるけど、使い道がないわけじゃない。上に立つ人間としちゃ当然の意見だな」
浅倉さんの言葉も尤もだ。
さて、どうしたものかな……と思い、俺は遥を横目で見た。