3.物静かな少女
トウキョウからやってきた使者──浅倉さん達は校門前での対話で抗戦意思がない事を確認され、学校の人達と交渉する事になった。
今は校長室で先生や蓮を相手に対談を行っている。自治区トウキョウに協力する事で得られるメリットやこれからの展望などを話しているのだろう。
そんな中、部外者である俺と遥は呼ばれたらすぐに駆け付けられるように職員室で待機していた。
「ねぇねぇ、京さん。さっきは聞けなかったけどあの浅倉さんとかいう人、知り合いなんすか?」
一息ついてから、遥がさっきと同じ質問をする。
すぐに移動する事になって、答えそびれていた質問だ。
「うーむ……知ってはいるけど、なあ」
言葉を思わず濁してしまう。
俺が小学生の頃の話だし、その知った経緯も一度話のタネになった時に当時の写真を見せてもらっただけだ。
顔を直接見たわけでもない。知り合いというには関係性が薄すぎる。
「息子さんの方はほとんど関わりはないけど、親父の方は昔に少し家業で付き合いがあったんだ。でも、今の俺にとっちゃ、正直名前を出されてようやく思い出したくらいのうっすい繋がりだなあ……」
「家業? 京さんが小学生の頃の話っすよね? どっかの資産家の家の生まれで金持ちが集まるパーティーにでも参加してたとか?」
「まあだいたいそんな感じ」
遥の言葉を適当に流す。
昔の話を語ろうとすると、とても複雑な話になってしまう。正直に言えば、面倒だという思いが大きい。
家業、のようなものも、昔住んでいた本家絡みでなんとなくやっていただけ。
とっくの昔に本家とは断絶状態だから、繋がりがあるとは本当に言い難いんだよな。
……それに、話して面白いような話でもないし。
「……ふーん」
俺の言葉で納得したのか。……それとも、俺があまり語りたがっていない事を察したのか。
遥の追求はなかった。
「まあいいや。それで、えっと。綾さんでしたっけ。あっちでお話に参加しなくてよかったんすか?」
その代わりに。
隣で静かに椅子に座っていた大人しそうな雰囲気の少女に遥が問いかけた。
護衛という名目で浅倉さんに連れられてきた、鈴宮綾と名乗ったその少女は出されたお茶をコクコクと飲んでいたのだが、唐突に声をかけられてビクリとしていた。
「えと、えと……私には、難しい話、だから」
鈴宮さんは数秒の間、あわあわと口ごもってから言葉を発した。
雰囲気の通りの性格なのだろう。あまり対人コミュニケーションが得意ではなさそうだ。
超能力を持っているからという理由で護衛のような形で浅倉さんに付き合わされているのだろう。かわいそうに。
「へぇ。でも、あの浅倉さんとかいうおじさんには随分信頼されてるみたいっすねえ。こんな話し合いにも連れてくるくらいなんすから」
「……そう、なのかな?」
「超能力なんて特別な力を持っていると大変っすねえ。あんな大組織に所属していると、なにかしらの仕事はこなさないといけない感じなんでしょ。雰囲気的には綾さんは戦闘とか向いていなさそうなのに大変だ」
「うん。戦闘はからっきし、だから。護衛っぽい事、全然できてない」
「ふーん。今は人手も足りないだろうし仕方ないんだろうけど。早く元の仕事に戻れるといいっすねえ」
「……ごめんなさい」
遥の言葉で再びビクリと体を震わせた鈴宮さんが脈絡もなく頭を下げた。
「おい、遥。なんか謝られてるぞ。圧力でもかけたのか? よくわからんがイジメはよくないと思う」
「えー? 遥ちゃんよくわかんないっすー!」
うーん……反応的にしらばっくれている事だけはわかるのだけれど、鈴宮さんがなんで責められているのかがわからない……
「はあ、かわいそうだからあんまりイジメてやるなよ」
「大丈夫っすよー。別にそんなに気にしてないし」
「……? 本当によくわからんな。それより、また暇になったからさっきの続きでもしようぜ?」
よくわからないままだけど、問いただす程の興味はなかった。
そんな事よりも俺の負けで終わったゲームのリベンジをしなくてはならない。
「いいっすねえ、やりましょう!」
遥もやる気だ。
二人してゲーム機を取り出す。
「……あの」
「うん? 鈴宮さんもやる? 負けたら交代みたいな感じでさ」
「いえ、このゲームやった事、ないので……そうじゃなくて。えっと、その。ありがとう、ございました」
ペコリと頭を下げられる。
「はは、大げさだなあ。また遥にイジメられたら、もっとガツンと言ってやっていいんだからな?」
「イジメてませんよーだ!」
遥から抗議の声がくるが無視だ。
こういう物静かな子はイジメられてても自分からは言い出せないパターンが多いからな。誰かが味方にならなくてはいけない。
そんな思いからの言葉だったが、鈴宮さんはゆっくりとかぶりを振る。
「それも、違うんです。とにかく、いろいろ。うまく言葉で表せないけれど。ありがとうございました」
……さっきから続いて、なんの話かさっぱりわからないけれど。
鈴宮さんの晴れやかな表情を見るに、きっといい事なのだろう。
「よくわからないけれど、いい方向に向かったっぽいね。よかったじゃん」
俺が発したのはそんな要領を得ない言葉だったけれど。鈴宮さんはそれを聞いて笑みを浮かべた。
「おー……休まる暇がありませんねえ」
隣で鈴宮さんが感心している。
だが、俺に反応する余裕はない。
ただでさえ反射神経で負けているんだ。集中が途切れたらすぐにやられる。
それでも。ゲームスピードが同じで攻撃もちゃんと通る。現実で戦うよりかは遥かに勝ち目がある条件だ。これで全敗をくらうのはあまりにもカッコ悪い。
「──そこっ!」
遥が操るキャラの攻撃をガード。生まれた隙に攻撃を差し込み、コンボを繋げる。
そのまま画面外に弾き飛ばして……
「うっし! 勝ったぁ!」
「ああ、やらかしたぁ! もっかい!」
「やだね、勝ち逃げしてやる」
「何回もやって一回しか勝ってないのに恥ずかしくないんすか! まだトータルじゃ私の圧勝ですしぃ!」
「ハッハー! 負け犬の遠吠えを聞くのは気持ちいいなあ!」
机をぺしぺしと叩いて再戦をねだる遥を無視し、両手を上げて勝ち誇る。
「何やってんだよアンタら……」
ちょうどそのすぐにガラガラと職員室の扉が開かれた。
現れたのは見慣れた蓮の呆れ顔だ。
「おっ、話終わったの?」
「一応な。細かい所は先生達がこれから詰めないといけないからすぐにってわけじゃないけど」
「それじゃあ……」
「ああ。段階を踏んでトウキョウに拠点を移す事になった。……オレも、あの人の下で戦う事にした」
蓮の目を見る。
読み取れるのは、決意。瞬く火花のような灯が確かに目の奥で輝き始めた。そんな風に感じた。
「ただ戦うだけじゃそこにあるものしか守れない。オレ一人ができるのは結局その場しのぎだ。……けれど、あの人はサカマキが前言っていたみたいにその先を見据えてる」
「そんな事も言ったっけな。それで、浅倉さんに任せれば大丈夫って思ったのか?」
「……正直、わからない。でも、オレの力を最大限に活用して世界を変えてくれるだろうって事だけは確信できた。だから、よっぽど間違ってるって思う事以外は協力するつもりだ」
要するに、世界を救うには力も足りないし方法もさっぱりだから、明確な方向性を出していける浅倉さんを利用するし、浅倉さんに利用されるつもりだってわけか。
そう言う意味では浅倉さんはマシな方だろう。どんな手段を取るかはともかく、根はどう見ても善性だ。そうそう悪い方にはいかんだろう。
……それに、あの蓮が自分で決めたんだ。力に振り回されて自分の在り方を見失っていた奴がえらく成長をしたもんだ。
年上として背中を押してやるくらいはしてやるか。
「なるほどね。……いいんじゃねえの。けど、気楽にやってけよ? 誰かのためにまた自分が潰れてちゃ柚子達が悲しむぜ?」
「アンタほど気楽にはなれないと思うけどな。……でも、ちゃんと覚えとくよ」
もう無茶をするつもりはないのだろう。皮肉を交えながらも蓮は頷いた。
「あのさ。サカマキは、トウキョウに協力するつもりはあるのか?」
今度は逆に、蓮が俺に問いかける。
「……どうだろうな。モンスターはどのみち倒さなきゃいけないから、まったく関わりを持たないって事はないだろうけど。正直、世界を救うとか言われてもピンとこないんだよな。けど、俺は遥ん家の居候の身だ。遥がトウキョウに協力するなら俺も居住地のために多少は協力するかもしれないな」
「今更京さんを追い出すわけないじゃないっすか。っていうか、私も別に世界とかどうでもいいし、京さんの選んだ方についていきますよ」
「だってさ。なら、浅倉さんの話次第って感じかな。一応知らない相手じゃないから、下っ端としてこき使われるくらいなら許容できるぜ?」
……浅倉宗十郎の名を出して俺を訪ねてきたからには、向こうさんにそんなつもりはきっとないだろうけどな。
とはいえ、これは俺の事情。蓮に言わなくてもいい事だ。
「結構すんなり受け入れてるんだな、意外だ……けど、アンタ達が味方にいると騒がしいけど頼もしいよ。できれば浅倉さんの話を受けてくれたらオレも嬉しい」
「そうかい。じゃあ、俺も前向きに考えてみるさ」
蓮にそう返す。
学校との対談が終われば、次は俺達の番だ。
浅倉さんがどんな風に俺達をスカウトするのか、少しだけ期待している自分がいた。
「……さあ、京さん。話は終わったみたいですし、もう一回……」
「時間潰すなら別のゲームやらない?」
「ねえええ! もう一回! もう一回!」
結局その後、駄々をこねる遥に押し切られ、格ゲーでの対戦の続きをして俺は全敗した。
……正直、遥に負けた事より途中で押し付けた蓮の方がいい勝負をしていた事の方が悔しかった。