3章プロローグ
──人と人の巡り合わせとは本当に不思議なものだ。互いに足を引っ張りあって一緒に落ちていく事もあれば、一人では絶対に成し遂げられない事を協力して成してしまう事だってある。一人なら絶対手を出さない悪事に手を染める事もあれば、まだ見ぬ世界へ手を引いてもらえる事もあるだろう。
そして、固く誓った意思ですらも時には変化する。
……少なくとも、俺はもう責任ある立場は懲り懲りだと思っていたんだけどな。巡り巡って結局こうして元通りだ。
まあ、面倒な事は全部大人に丸投げできる分、今の方がよっぽど気楽か。
世界を壊すモンスターを俺達で倒す。わかりやすい勧善懲悪だ。悩む必要がないのが実にいい。
「きょ~お~さんっ。なにボーっとしてるんすか?」
背中をポンと叩かれる。遥だ。
「ほら、さっさと行かないとみんな待ちくたびれて勝手に始めちゃうっすよ?」
「……それはよくないな。まったく、リーダーの俺を差し置いて勝手にドンパチ始めようだなんて薄情な奴らだぜ」
複雑な心境を隠すように軽口を叩く。
まったく、本当に勘弁してほしい。前の戦いみたいに俺と黒乃が対等の立場で戦うんじゃなくて、今回は俺がリーダーとして責任背負いこんで戦わなくちゃならないっていうのに。
さっきは気楽だと思ったけれど、やっぱり世の中そんなに甘くないもんだ。
それなりに慎重に、悪く言えば臆病になってしまっていると自覚してしまう。
「おい、サカマキ! 早くしないとフロアボスが町にまでくるぞ! 黒乃さんももっと強く言ってくれ!」
「急かすなよ、蓮。今向かってるだろう」
「急いている時こそ落ち着くべきっすよー、蓮くん」
少し速足で、高鳴る鼓動を誤魔化すように進んでいくと前方から蓮がやってくる。少し緊張しているのか。声が微妙に上ずっている。これから平和の象徴としてやっていくつもりなら、もうちょっと余裕をもった頼りがいのある男になってほしいものだ。
……なんて考えている間に町を覆う壁にまで辿り着く。
町の中と外を隔てる境界線、備え付けられた大きな扉は開いている。
扉の下には、俺が命を預かる隊員が俺達の到着を待っていた。
「あーっ、隊長さんがようやく来たんだよ!」
「遅いですよ、気が緩みすぎです!」
「わりーわりー」
「もう! 軽すぎですよ!」
無邪気に俺の到来を告げる声と、「ぷんぷんと」という例えが似合う様子で俺を咎める声。
俺は適当にそれをあしらうと、扉の向こう、いまだ荒れ果てた東京の地を指差し、その先にいるフロアボスにも届けるくらいの意気込みで大きく息を吸って号令を出す。
「特務隊六人全員集合、準備万端って事で。さあて、今回の指令はフロアボスの討伐! 『安全第一、我が身大事に』で世界を壊すモンスター共をぶっ潰してやろうぜ! 開戦だ野郎共!」
「おーっ!」
「……野郎は半分しかいないけどな」
ボソリと聞こえた声は聞こえなかった事にした。こういうのは多少おかしくたって気分が乗ればそれでいいんだ。
というか、掛け声が少ねえ……
「二人はともかく、遥と蓮はそれなりの付き合いなんだから乗ってくれよ!? 俺だけ意気込んでるみたいじゃん!」
「急すぎて声出しそびれた、悪い……」
「真面目に謝るな! ガチっぽくなるだろ!」
「レナちゃんが乗ってくれてよかったっすね~」
黒乃の方は確信犯か……! ニヤニヤ笑いで煽りやがって!
言い返したくなるのをグッとこらえる。ここで反応を返せば余計に喜ぶんだ。俺は知ってるぞ。
「隊長さん、わたしはうまくできたんだよね!」
「……おう、えらいなー!」
「わあっ、頭を撫でるのはやめてほしいんだよー!」
唯一、掛け声を返してくれたチーム最年少の元気印の頭をクシャクシャと撫でまわす。
「はあ、チームワークにはまだまだ問題があるなあ……隊長の身としちゃあ悲しい限りです……」
「いや、僕がやるかどうかはともかく、掛け声をやりたかったのなら先に言うべきだろう」
「正論禁止でーす……とまあ、おふざけはこのくらいにして」
集まったメンバーを見る。
共通点なんて特別な力をたまたま得たぐらいで、こんな事態にでもならなければ肩を並べる事もなかっただろう。
俺達みたいな少年少女が前線に立たなくちゃいけないってのはハッキリ言って情けない話だが、適材適所って話ならこいつらが戦うのがベストってのもまた事実で。
こいつらだって、それぞれの考えを持っていて、主戦場に向かうと自分で選んでいる。もはや俺が言う事なんて何もない。
……これは俺も、興味がないとか、性に合わないとか、あんまり我儘言ってられないな。
なにかあっても笑い話で済ませられるようにするには犠牲がゼロってのが最低条件。
大人達がお膳立てした上で、俺がこんな役職に就けられた以上、少なくともフロアボスの始末くらいは責任もってやり遂げてみせなきゃいけない。
世界のために、自由のために、そして自分のために人は戦うと望んだのだ。俺だって、それなりに思う所はあって。この熱量をあっさり消されるなんてのはつまらないし、面白くない。
ならば、俺も望まれた通り、やりたいようにやるだけだ。
期待や制約、人の想いや過去のしがらみが体を締め付けているようだ。息苦しくて、重たくて。──けれど、これもきっと必要なものなのだと信じている。
翼がなくても空を飛びたいと願うような、楽しそうでカッコよくて愉快で痛快で。
そんな感情とは無縁の穏やかな願いであったとしても、欲しいものに手を伸ばし、より良い未来に進もうとする生こそが自由なのだと俺は知っているから。
この重みも背負って、笑って前に進むのだ。
生を楽しみ、未知に惑い、意思を固め、望みを捨てず、手を伸ばし続けたならば、自然と望む運命に辿り着いているというものだから。ちょっと足取りが重たくなったって、なんてことはない。
「──いきますか」
端的に告げた宣戦の言葉に、小さく皆が頷いた。
──破砕音が鳴り響く残骸と化した東京の街。現れた二体目のフロアボスを討伐すべく行軍する中、俺はここまでのやり取りを思い返すのだった。
大きく環境が変化していく三章、始めていこうと思います。
章タイトルは怒られたら変えるかもしれません……