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幕間 とある男のその後


 ……何故だ。どうして俺がこんなにも惨めな思いをしなくちゃならねえ。


 そんな嘆きが坂本の脳裏を巡っていた。

 学校を追い出された瞬間に、彼に付き従ってきた取り巻きは離れていった。自分より年下の少年達から投げかけられた言葉と立振る舞いに彼らは少なからず感じ入るものがあったのだろう。

 されど、あれだけの出来事を経てもなお、坂本はその歪められた思想を正そうとはしなかった。

 世界が滅んだといっても過言ではない状況を生き抜く中で、彼が唯一確信したのは「弱い奴は何をされても文句を言えない」という考えだ。

 学校を支配して人を手足のように従えようと考えたのもその考えの延長だ。彼は今でもそんな愚かな考えを間違いだとは思っていなかった。……その考えがまかり通ってしまうのならば、坂本達が学校から追い出されたのも究極的には「弱かったから」という理由で片付いてしまうのだが、彼はその事から目を背けていた。坂本は、自分を追い出した学校の人間達も自分から離れていった人間達の事も等しく憎んでいた。

 裏切った奴にはそれ相応の報いがなきゃ気が済まないと彼は考えていたが、ついぞ実行に移す事はなかった。

 なぜならば…… 


「くそ、どこにでもいやがる……」


 坂本は物陰に身を隠し毒づいた。

 数メートル先に現れたのは何の変哲もないゴブリンだ。弱小モンスターであるゴブリンはその場で立ち止まりじいっと坂本の方を見ていた。

 目の前に現れたモンスターが、東京で暴れ回っているモンスターとは違うと坂本は気付いていた。

 坂本の職業がモンスターを操るのも関係しているのだろう。目の前のモンスターの行動には人の意図が混ざっていると感覚的に理解できていた。

 そんなモンスターが目の前のゴブリンだけじゃない事も知っている。約一日の道中で同じような行動を取るモンスターと幾度も遭遇したからだ。どこに行こうと目の前に現れるモンスターの目に怯え坂本はまともに眠れていない。

 目の前に現れ、何もせずに睨んでくるだけのモンスターを誰が差し向けているかなんて坂本はとっくに察している。


「クロノ・ホルダーめ……!」


 零れた呟きは憎しみに満ちていた。

 自分の思い通りにはならず、一度は逃げ出し、そして目の前に立ち塞がって全てを台無しにした蓮の事も勿論憎んでいたが、それ以上に坂本は京也の事を憎んでいた。

 蓮が歯向かうのは、まだわからなくもないと坂本は考えていた。学校にいる人間は蓮の知り合いだ。それを助けようとするのは理解できる範囲だ。

 けれど、京也に関しては本人が言っていたように完全に部外者だ。まったく関係ない所から突然現れて、服についた埃を払うかのような無関心さのまま全てを奪っていった京也の事を坂本はどうしても許せなかった。


「……殺してやる。絶対に殺してやる」


 こんな風に隠れ潜まなければならないのも全て京也のせいだ。

 坂本は当然のようにそう考え、受けた屈辱は着実に呪詛へと変わっていっていた。


「クソが!」


 苛立ちのまま坂本は物陰から出て、未だに立ち尽くしているゴブリンに剣を振るう。

 ゴブリンは無抵抗のままその刃を受け入れる。


「……クソッ!」


 嬲る様にジワジワと痛めつけようと考えていた坂本だったが、攻撃を受けている最中も叫び声一つ上げずにただ見つめてくるモンスターの姿に気味が悪くなり、適当な所でトドメを刺した。


「……ちくしょう。なんでこんな……」


 怒りと虚しさが飽和し、坂本は膝を屈する。

 ここでモンスターを倒した所ですぐに別のモンスターがやってくる。この行為にはまるで意味がない。

 もう何度も経験済みだったために坂本はその事も重々承知していた。


「うう、ああ……!」


 言葉にならない唸り声と共に様々な思いが駆け巡る。

 これからどうすればいい?

 なんでこんな目に?

 許さない。

 どこから間違えた?

 いや、間違えてない!

 あいつらが悪い。

 俺は悪くない。

 死ね。

 俺の思い通りにならないものは全部壊れちまえばいい!


「…………あ?」


 思考に没頭していた坂本が顔を上げる。


「人? それもこんなに……?」


 学校を追い出されて以降、使役するモンスターのストックをほぼ全て失った坂本は最低限の索敵能力をスキルで補っていた。

 そのスキルの力によって、坂本は周辺に人の気配を察知した。たった一人ならば疑問には思わないが、その数が十数人ともなれば流石に警戒を抱く。

 あの学校と同じように人が集まって生活しているのか? 

 坂本はどう行動するべきかを考える。

 学校でやった事は既に掲示板を通じて晒されている。もしかしたら周知されていない可能性もあるが、仲間もいない今、そんな甘い考えで行動するべきではない。

 そう考えながらも坂本はその集団を目視で確認するべく反応のあった方へと向かった。相手の能力次第であわよくば自分の支配下におけないかと思ったからだ。これを甘い考えと取るか未来のための賭けと取るかは人それぞれだろう。


「……ガキばっかじゃねえか。後ろの二人は子守か?」


 そうして坂本が赴いた先には、幼稚園のような見た目の建物とその敷地の中で武器を振り回して戦闘訓練の真似事を遊びのように行っている小学生低学年程度の子供達の姿があった。世界がこんな事になっているのに呑気な奴らだと思わず坂本は思ってしまう。

 直接前に立って戦う事が少ない坂本から見ても、大した事はないと思ってしまうような動きだ。子供達が最低限度の力しか持っていない事が察せられる。


「ガキはみんな雑魚だ。俺一人でもどうにでもなる。問題は……」


 残り少ない自分の手駒であるモンスターを使えば、子供だけなら簡単に屈服させられる。

 けれど、傍で見守っている二人と建物の中にも数人の人がいる。そいつらに関しては実力は未知数だ。

 とりあえず目視で確認できる二人に関しては、エプロンをつけてオロオロと子供の様子を見守っている女はそこまで強そうには見えなかったが、眼鏡をかけた背の低い少年に関しては警戒するべきだと感じた。眼鏡の奥の冷めた目が自分の前に立ち塞がったあのクロノ・ホルダーと被って見えたからだ。

 坂本はそこまで思考を纏めた末に引き返す事を決めた。居場所がわかっているのだからもっと戦う準備をしてからの方がいいと考えたからだ。時間さえあればモンスターだって増やせる。それに今は京也のモンスターの監視もある。いつまで続くかはわからないが暫くは大人しくしておいた方がいいと坂本は判断した。


「まだだ。まだやり直せる……今度こそは上手くやってやる……!」


 冷静な判断を下した坂本だったが、彼の中では既にこの施設を支配したつもりになっていた。考えを改めるつもりなど毛頭ないといった様子だ。

 引き返す気がないのか、悪行を重ねた結果引き返せなくなったのか。それを暴く必要はもはやない。

 輝かしい未来を夢想する坂本がその場を離れようと数歩踏み出した時、隣にあった民家が金槌を叩きつけたような爆音と共に破砕した。


「……なんだ、これ……?」


 茫然とする坂本。

 紫色の魔力光の線が繋がって形作られた、一辺五メートル程の半透明の立方体。それがさっきまで民家が建っていた場所に佇んでいた。

 驚いている間もなく、その立方体が霞のように消えていく。


「……掲示板で晒されていた内の一人か。コソコソとこっちを観察している怪しい奴がお前みたいなので良かったよ」


 投げかけられる声。慌てて坂本が声の方へ振り向くと、子供を見守っていた眼鏡の少年がゆっくりと近づいてきていた。その手に武器こそ持っていないが剣呑な目つきで坂本を睨みつけている。

 気づけば子供達は敷地内から消え去っていた。来訪者を警戒して建物の中に避難させたのだろう。


「お陰で、何も躊躇わずに済む」


 そして、少年の言葉と雰囲気から坂本は見逃してもらえる可能性が万が一にもない事を悟った。

 一種の威嚇だったのだろう先程の正体不明の攻撃については理解できないままだったが、こうなった以上やるしかない。


「そっちがその気ならやってやる! いけ!」


 即決で戦闘を選んだ坂本はストックしていた残り少ない支配下のモンスターを周りに呼び出し、一斉に襲い掛からせた。

 その数、三十五。少年はそれを一瞥すると右手を乱雑に振るった。


「『死閉訪定理(デッド・キューブ)』」


 淡々と紡がれた冷たい声に呼応して、いざ飛び掛かろうとしたモンスター達の動きが止まる。いずれも首には頭と体を分かつように紫色の半透明の薄い板が現れていた。

 それはさながら首輪か、それともギロチンの刃か。次に起こる事を考えれば後者だろう。


「なっ……! はっ?」


 絶句する坂本、首が謎の力で固定され何とか抜け出そうとするモンスター。

 

「死ね」


 少年が当然のようにそう告げると同時に、半透明の板がモンスターの体と頭を置き去りにして三十センチ程ズレた。

 たったそれだけで例外なくモンスターの頭がポロリと落ちた。頭を失った体は力なく崩れ落ちる。

 首の一部分だけ半透明の板と共に宙に浮いていたが、半透明の板が消されるとそれもポトリと地面に落ちた。


「な、なんだよ、コレっ!?」

静止した空間を(・・・・・・・)スライドさせた(・・・・・・・)。こんなのが通じるのは雑魚モンスター位なものだが……重ねて言うけど本当に良かった。お前みたいなのが相手で」

「このっ……!」


 少年が何をしたのか言葉にされても理解できなかった坂本だったが、少年の隠す気もない侮蔑的な態度に激昂し、何とか見返してやろうと少年に向かって走り出す。

 それを制するように坂本の目の前に頭と同じくらいの大きさの立方体が現れ……


「ぐへっ!」


 超スピードで動いて坂本の面を真っ向から打ちぬいた。

 坂本の勢いとも合わせ、カウンターパンチのように綺麗に入ったその一撃は坂本の体を一回転させて地面へと叩きつけた。


「いてぇ……いて……ぐぎゃあああ!?」


 鼻っ柱を折られ噴き出す血を手で抑えようとする坂本だったが、少年はそれすらも許さないとでも言うように両肩に向けて新たに作り出した立方体をそれぞれ落とした。

 立方体から急激にかかる圧力、ミシリミシリと鳴る骨のきしむ音。地に背をつけた坂本にその圧力から逃れる術はない。


「ああっ、あっ! やめてくれ! いだいいい!! がっ……!」


 ボキッと骨が折れる音が虚しく響いた。それだけでは止まらずに坂本の悲鳴と共に骨の折れる音は鳴り続け、一分も経たない内に立方体は坂本の肩が間にあると言うのに地面にまでピッタリと到達していた。

 坂本の肩はもはや皮膚しか残っていないと思わせるくらいに骨も筋肉も破壊されきっていた。当然、その先についている腕の感覚を坂本は感じ取れていない。


「……もうこれで腕は使い物にならないな」


 それだけの行為をしても、少年の態度は一切変わっていなかった。楽しくてやっているという様子は一切なく、虫を潰すように何の躊躇いもなく少年は坂本を再起不能にしていた。


「……ここまで、やらなくてもいいだろぉ……」


 涙と鼻水、そして血で顔をぐちゃぐちゃにした坂本はそう言う。痛みはとうに許容できる範囲を超えていた。股の部分は失禁で服を濡らしている。


「ここまで……?」


 少年は心底不思議そうに言葉を返す。


「これで終わりだと思っていたのか……?」


 坂本の口からヒュッと空気が漏れた。

 そして、坂本の両足首、そして股座を押さえるように立方体が追加で出現する。


「あっ! ああっ! やめてくれえっ! やめてくださいい!?」

「これまで好き勝手やってきたんだ。ここから先は黙って大人しく人様の役に立てよ」


 何をされるのか理解した坂本が必死の形相で許しを請うが、少年は一切聞く耳持たずに立方体を移動させようとする。その時だった。


「そこまでですよ四谷くん」

「……チッ。派手にやり過ぎたか」


 少年──四谷と呼ばれた彼の肩に手がかかる。

 舌打ちをして四谷は振り返る。


「浅倉さん。アンタの話に乗ると言ったがこれは話が別だろ。僕は一応ここに世話になっている身だけど、アンタは完全部外者だ。ここにやってきた危険人物の対処をどちらがやるべきかなんて言うまでもないんじゃないか?」

「……では、こちらも言うまでもない事ですが。生き残った大人として子供にばかり重荷を背負わせるつもりはありませんよ」


 四谷が振り返った先には大人の男性が二人いた。その片割れである肩を掴んだ浅倉に向けて四谷は問う。


「それに、レナちゃんの前で君がこんな残酷な事しちゃいけないでしょう。レナちゃんだけじゃない、あの子供達にとって君はヒーローじゃないですか」

「あのマセガキもクソガキ共も関係ないだろ……はあ。僕だってこんな事進んでやりたくはないんだ。ちゃんと始末してくれるなら任せるよ」


 穏やかな口調ながらも有無を言わさせないような毅然とした態度に四谷が折れた。

 坂本の体を押さえつけていた立方体が消える。自由になった坂本だったが、立ち上がる気力は残されておらず、呻いてもぞもぞと蠢くだけだった。


「クク……ガキには手を下させないってか。お優しいこった」

「これでも組織の長ですから。もう無抵抗の相手ならちゃんとルールに従って処理するべきですよ。それでは任せます」

「ルールねえ……」


 浅倉の後ろについていた男は、倒れ伏す坂本を見下ろして言葉を吐き捨てる。

 

「暴行、傷害、人質強要に脅迫。挙句の果てには殺人までしてやがる。短期間でよくもまあこんだけ罪を重ねられたもんだ。これをルールに沿って処理するってなら日の光は浴びれねえなあ」


 ニヤニヤと嫌らしく笑いながらの男の言葉を聞いて、坂本がビクリと震える。前に並べられた罪の数々はもはや掲示板経由で知れ渡っているが、殺人に関しては誰にも、それこそ味方にも知られていないはずだ。

 軟禁されているにも関わらず、偉そうな態度を取っていた男達に腹が立ち、モンスターを使って殺してしまった。事が終わった後にはモンスターを退却させて下手人の露呈を防いだ。

 言葉にすればそんな単純な事だったが、結局露呈する事のなかった彼の罪。それをよりにもよって初見の男が言い当てたのだ。

 どうしてその事を、そう言う気力は残されていなかったが、目線から坂本が何を言いたいのか理解しているように男は答えた。


「どうしてって顔だなあ。わかっちまうんだ、オレにはよ。お前の罪深さがな。そして……その罪を裁く力も持っている」


 男の言葉と共に虚空に漆黒の穴が開く。どこまでも続く漆黒の闇から無数の鎖が飛び出して坂本の体を巻き取っていく。


「喜べ、お前が囚人第一号だ! 今からお前が向かうのは地の底の監獄テスタロッサ! 諸々の罪状含めて無期懲役の魔力供給刑だ!」

「ひっ……ああ、やめ……」


 静止の声は聞き入れられなかった。

 鎖が急激な勢いで引き戻され、坂本の体は闇の中へと消えていった。


「お疲れ様です。まだ表の『町』もできていないのに条例を行使する事になるとは思っていませんでしたが……現行犯なら見逃すわけにもいきませんしね。藤堂さん、罪人といっても人道的な扱いをお願いしますよ」

「わーってるよ。そのために元ポリ公も大人数こっちによこしてるんだろうが」


 浅倉の釘を刺すような言い方にもう一人の男──藤堂は顔をしかめたが、すぐに一転して笑みを浮かべる。 


「……しかし、こんな力があると、自分がまるで正義側だと錯覚しちまいそうになるぜ」

「今は一応正義側でしょう?」

「利害が一致している間はな。どのみちモンスターをどうにかしないとおちおち悪巧みもできやしねえ。今はアンタに付き従って、ゆっくりと力を溜め込まさせてもらうさ」

「ええ、是非。今は一刻も早く安定した社会形態を取り戻す必要がありますから。最悪私がダメになった時の保険は多い方がいい。……藤堂さんも暫くは大人しくしてもらえるのでしょう?」

「……フン、食えない奴め」

「僕の前で大人の汚いやり取りを見せつけるなよ……クソガキ共に配慮するなら僕にも配慮しろ……」


 目の前で起こる大人達の言葉の応酬に、四谷はウンザリとした顔を見せた。




 ……ちなみに。


「あ、あれ……? 坂本はどこに……?」


 その日の昼、目覚めた京也がモンスター達に見張らせていたはずの坂本の姿を見失っているのに気づいて冷や汗をかくのだが、それはまた別の話。




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