幕間 特別
ちょっとこの回から細かい所の表記変えてます。
学校から遥の家に戻ってから数日後。
いつもの通り惰眠を貪っていた俺は、頬を撫でる風に煩わしさを感じて目が覚めた。
やけに音がうるさい。プロペラが回っているような音なのだが、最近の扇風機はもうちょっと制音性に気を使っていたはずだ。この家にあるものだって、ほとんど音の出ない……よく考えたらプロペラ型のやつじゃなかったな。
意識が半覚醒の状態から徐々に冴えていく。同時に周囲の風圧もより強く意識できるようになってくる。撫でるなんて表現はふさわしくないなコレは。もうべらぼうに風が吹き荒れている。薄いかけ布団は吹き飛んでるし、髪も滅茶苦茶に乱れていた。暴風警報くらいなら出てもおかしくないだろう。ここ室内だぞ、どうなってるんだ。
目を開けて、周囲を確認する。
「……なにやってんの、遥……?」
「あっ、京さん! スゴいっすよコレ!」
部屋中のものが風で吹き飛ばされてぐちゃぐちゃになっている。
遥は部屋の中で両手のひらを上に向けていた。その少し上では小さなラジコンのようなヘリコプターがそのプロペラを回転させて空中に浮いている。
ようなものと称したのは、風圧とそのヘリコプターから放たれている異常なほどのエネルギーを感じとったからである。断じてアレはおもちゃなんかじゃない。
戦慄と動揺を隠しきれない俺とは裏腹に、遥は目の前で動くヘリコプターの一挙一動に「おお!」とはしゃいでいた。
「……で、コレなんなの?」
数分後、好きに遊んで満足した遥を問いただす。部屋中は散らかったままだがそれは後で直せばいいだろう。
テーブルの上には件のラジコンサイズのヘリコプターが動きを止めて鎮座していた。
「いやー、私にもよくわかってなくて……それでちょっと試しに動かしてたっす。思ったよりパワーが強かったのはちょっと想定外っすけど」
黒乃はオレデバイスの画面を操作してステータスを見せる。
「起きたら新しい力が手に入っていたみたいなんすよ。今試してたのはその内の一つっすね」
「超能力……? スキルの進化版か?」
ステータスに新しい項目が増えている。超能力と書いて特別と読むとはなんともアレな感じだ。
その欄にはスキルと同じように超能力の名前が二つ並んでいた。《天地明同》に《予定超和》……急に異能力バトルものっぽいネーミングセンスになったな。
「スキルとはちょっと違う感じ……うーん、うまく伝わるかはわからないけれど、手足を動かすのと同じような自然な感覚で魔力もほとんど使わずにスキル以上の力を発揮できる、みたいな感じっすかね」
「魔力を使わない? さっきのだけでも相当なエネルギーを感じたぞ」
「その辺はよくわかんないっすけど……さっきのヘリコプターなら一日、動かすだけじゃなくて攻撃も込みでフル稼働させても余裕はあるっすね」
「攻撃ってそのヘリで?」
「はい。えーと、たとえば……」
遥がもう一度ヘリを動かす。少しだけ浮遊したそのヘリの下部に間を置かずにマシンガンとミサイルの発射機構がすぐに装着された。
「こっちのヘリの武装がマシンガンとミサイル。で後の二つが……」
「まだあるのか……」
どうやら新たに手に入れた武装は小型ヘリコプターだけではないらしい。
空中戦艦を呼び出す時と同じように虚空に唐突に現れたのは二機の機体。あいにくミリタリー系の知識には明るくないので詳しくはわからないが、片方は最新鋭っぽい滑らかな感じのフォルムで、もう片方は昔に日本で使われていた航空機に似ている。
「こっちのジェット機の武装がレーザーガンで、こっちの航空機の武装はマシンガンと爆撃。操作性にもそれぞれ特徴がある感じっすけど、その辺はまた今度って事で」
それだけ見せると、遥は先に出していたヘリコプターもまとめた三機を消してしまった。
「えっと結局、超能力の効果ってなんなんだ? さっきの力がどっちのかは知らないけどもう一個あるんだろ?」
「さっき使ってたのは《予定超和》の方っすね。こっちは『手で触れずに固体を自由に操作する』力っす。同時に動かせるのは三つまでっすけどね。で、《天地明同》の方は『目に映る全てのものを見通す』力ですよ。こっちは今までの感知能力をより強化した感じっすね。超能力レベルの強い隠蔽能力がない限り、生物、非生物問わずに殆どの情報を手に入れられます。範囲も東京くらいのサイズなら全部探知できるっす」
「なんだそりゃ。スキルと違ってえらく具体的だな。本当に異能力バトル系みたいな……ってかその二つ、遥の職業と噛み合い過ぎてないか? ようするに空中戦艦も動かそうと思えば遠隔操作できるようになったって事だろ?」
「一応できるっすよ。さっきちょっとだけ動かしました。魔力の減り具合からすると超能力があっても全力で動かすなら二時間くらいしか持たないでしょうけどね。けど、それ抜きにしたって《予定超和》の方は空中戦艦とは別でさっきのコスパのいい三機が武装に追加されたし、《天地明同》は前と同じように空中戦艦からの俯瞰映像も対象っすからね。シナジーが合ってるというよりかは最初から職業に合わせた能力をもらえたって感じですかね」
そもそも超能力がどうやって手に入ったのかもわからないみたいだしな。完全にランダムで手に入ったわけじゃないと思う。遥の言う通り、ある程度個々人に関連性のある能力が割り振られていそうだ。
「なるほどなあ……まだ情報回ってないけれど、この超能力ってのが遥だけのものなわけないだろうし、ますます俺の肩身が狭くなりそうだな……」
「あー、確かに。私のはどっちかって言うと補助型の能力ですけど、思いっきり攻撃型だったり防御型に振り切れてる超能力とかこれから出てきそうっすよね」
《予定超和》はともかく《天地明同》は相当なインチキ能力だと思う。直接戦闘に影響するような力ではないが、これから先、モンスターや人間の能力が増えていく中で先んじて相手の持ちうる手札を暴いて対策を取れるのはかなりのアドバンテージだ。役に立たない場面がないのも大きい。
そして、超能力がみんなこのレベルの力だとしたら。戦闘型の超能力は相当やばい力になるだろう。
「京さんがますます後方支援に追いやられていきそうな土壌ができてきましたね」
「悲しいなあ……」
今はまだ敵の前に出てもギリギリなんとかなるが、超能力持ちの戦闘能力に対抗できるような敵が出てくるようになると、俺が足手まといにしかならなくなる展開が近い内にきてしまうと思う。
フロアボスを倒した時に手に入れた高レアモンスターの《トゥバイス》だって、遥や蓮のようなこの世界でのトップに近い実力の持ち主には一対一で勝てる見込みがないわけで、本格的に俺が前に出る事ができなくなる。
安全圏から大人しくモンスターを操って雑魚を狩るだけの生活というのが早くも現実味を帯びてきた。
俺だってもっと剣とか振り回して派手に戦いたかった……!
「ま、京さんだってこの先、超能力が手に入るかも……でも、京さんスキルすらないんでしたよね」
「そうなんだよ、今回もハブられる気がするぜ……」
俺だけかなりシステムが違う以上、超能力をこの先手に入れられる可能性はかなり薄いような気がする。スキルも結局なしのままだしなあ……
「俺は俺のやれる事やって超能力持ちの人が成長して経験積んだら大人しく隠居かねえ。あーあー、つまらねえなあ」
「その時は私を手伝ってくださいよー。京さん一人くらいなら養えますよ?」
「居候からただのヒモに成り果てるのか……世知辛いな……」
世の中は不条理だ。よりにもよって既にトップレベルの力を持っている黒乃が更に強化をもらうとは……
「……え?」
黄昏る俺の肩をポンポンと叩いていた黒乃が怪訝な声を上げた。
「ん、どうした?」
「いや、これは……すごい、こんな事もできるんだ。京さん、ほらこれ」
黒乃は呆然としながらオレデバイスに映る映像を見せてきた。
「……おい、これって本当に東京か?」
空からの映像だ。幾度となく見た事がある空中戦艦からの同期した映像だが、いつもとは明らかに違うので俺も戸惑ってしまう。
「はい、間違いなく。そしてこんな事になったのもたった今っす」
「……たった一瞬で街ができたっていうのかよ。クルルがなにか干渉した様子もないし、どう考えてもこれは……」
「超能力、っすね」
つい先程まではそこかしこが瓦礫にまみれた廃墟と化していた東京の東端と、そこに接する森の一部分を映し出した映像の中心には街があった。
外壁に囲まれたヨーロッパ系の街並みだ。レンガ造りの家と石畳の道はノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
これを見ていると、日本にもいくつかある外国をイメージしたレジャー施設を思い出す。それくらいには都市化が進む日本では異質な感じがする。
今までならクルルがまたなにかしたのかと疑う所だが、超能力という新たな要素を知った今ならそれも違う。
「遥、さっき言ってた《天地明同》の感知能力で超能力持ちだけ探す事とかできないのか? あれやった奴が誰かわかるかもしれない」
「ちょっと待ってくださいね……えーと、あの街の周辺に探知範囲を絞って、超能力を持っている人を対象に……うえ、マジすか」
遥が苦々し気な表情を見せる。
「京さん、あの街に超能力持ちが九人も集まっています。この中だと、あの街を作れそうな超能力は『創作物を実体化させる』力だと思うっすけど……これ、相当ヤバいっすね」
唐突にもたらされたその情報は、新たな展開の幕開けを予感させた。