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2章エピローグ 熱の行く末


 拘束した反乱の関係者を隔離したり、被害の確認などに思っていたより時間を取られてしまったため話が終わる頃にはもうすっかり夜が更けていた。

 この学校を実質管理している先生達と話をつけた蓮は慣れない事をした疲れもあったが、廊下を歩き目的の場所へ向かう。道中、生徒に何度か遠巻きに見られるが、気にはしなかった。

 そのまま足を止める事なく進み、目的の場所である屋上への扉を開く。


「…………」


 屋上で蓮を待っていた人物──京也は蓮が来た事にも気付かず、普段の騒がしさが何処へ行ったのかといった物憂げな様子でフェンスの向こうに映る崩壊した街並みをジッと見つめていた。

 つられて蓮も同じ方を向くが、室内の光が満ちた場所から出たばかりの目では星の光がか細く照らすだけしか光源のない街はただの暗闇にしか見えなかった。

 数秒にも満たない静寂の後、蓮の方から声をかける。


「おい、サカマキ。来たぞ」


「……ん、ああ。結構長引いたみたいだな。話は終わったのか?」


 声をかけると京也はいつも通りの雰囲気に戻り、自然に言葉を発する。 


「……ああ。先生達とちゃんと話してきた。黒乃さんも協力してくれてすごくスムーズに話が進んだよ。あと、友達とも仲直りって言えばいいのかはわからないけど、言いたい事は全部言ったし、もうわだかまりもない。きっと皆とも普通に元通り付き合えると思う」


 蓮も今までの張り詰めた空気はもうなくなっている。話が一段落したからだ。


 柚子と蜜柑を人質にした件については先生達の発案だった。

 理事長達が実権を持っている状態が長く続くと、近い内に生徒を駒のように使い私腹を肥やすようになる。態度や言葉からそう判断し、手を汚す事を決意した先生達は万が一にでも蓮が理事長達の肩を持つ事や仲裁に入る事を恐れたらしい。力を手に入れたその瞬間から誰も寄せ付けない程の力を持っていた蓮に妨害された時点で計画の破綻が確定していたからだ。

 ……とはいえ、どんな理由があっても生徒を脅迫した事実は変わらない。先生達は皆、自責の念に駆られていて、高橋や生徒からの言葉があった時には、蓮の脱走についてもできる限りの便宜を図ったらしい。


 平謝りの後に蓮はそんな事を聞かされた。もう終わった話だ。先生達なりに考えてやった事だと理解もしている。蓮はすぐに言葉を受け入れ、それよりもこれからの事が大事だと話を進めた。


 これまでは外部からの助けを待つ避難所という側面もあり、戦う力を持たない者が多くいたし、戦いを強制する事はなかった。しかし、黒乃からもたらされた外部の情報や今回のような事態を招いた事から、これからは一人一人最低限の力を身につけて自衛くらいはできるように方針を転換する事に決まった。

 この世界への順応を受け入れた形になる。それが正しい事かどうかは誰にもわからないが、どの道この問題は短期間で解決するようなものではない。誰もが力を行使できる世界で、無力な人間がどうなるかなんて目に見えている。このまま片方が守り、片方が守られるだけの関係を続ける事は不可能で、きっとお互いが不幸な事になるだろうと判断したのだろう。


 方針が決まった後には部活の仲間や同級生の友人が集まってきて、蓮の無事を喜ぶと同時に誰もが「あの時はあんな事しちまってゴメン」と謝った。蓮は「妹に手を出してたらぜってー許してなかったからな」と答えたものの無事に和解した。……部活仲間の冗談交じりのシスコン呼ばわりについては頭にチョップを食らわせて抗議したが、その事を京也に告げる事はなかった。


「良かったじゃん」


 さして興味もないといった適当な様子で京也は相槌を打つ。


「ああ、良かった。……けど、本当にアレで良かったのかな。先生や友達に関してはちょっとした行き違いから上手くいってなかっただけでちゃんと話せば和解できたけれど、本当はこの学校を牛耳ろうとしてた人達にも、もっと向き合うべきだったんじゃないかって終わってから思ったんだ」


 蓮の表情に影が差す。


 今回自分がやった事は圧倒的な力を振りかざして暴力で言う事を聞かせただけだ。思想の違いはあれど、取った行動は反乱者達と大差ない。

 あんな馬鹿な真似をした以上、何らかの制裁は必要だったとは思う。交友がなかったとはいえ、同じ学校の生徒が人質にとられた事で自分もあの人達に悪感情を持っていた。……けれど、それと同時にもっといい方法があったのではないかとも思うのだ。


 蓮がそんな思いから口にした言葉に京也は反論する。


「お前は今回、公平な立場じゃなくて、いわば被害者側の関係者としてこの争いを収めようとしたんだろ。なら、加害者側に感情移入するべきじゃない。

 自分がやった事の責任は自分で負うべきだ。それが真っ当な社会の在り方だぜ。あいつらは自分勝手に馬鹿な行動をして、甘い蜜を吸う前に反撃されただけだ。『命を取ってないだけありがたいと思え』って思っときゃいいんだ」


「でも……」


「あー、ウジウジすんなよ。ったく……」


 京也が呆れた様子で頭を掻く。


「あいつらみたいな奴をこれ以上増やしたくないなら、ああいう馬鹿な事せずに真っ当に生きた方がちゃんとした生活ができるって思わせるくらいに世界を普通の社会に立て直す方がよっぽど楽だ。一度安定させてしまえば人は勝手にその生活を失わないように勝手に動くだろうよ」


 京也はそう言い捨てる。 


「でも、それだけで人が悪事を働かなくなるのか?」


「ならん! あんだけ平和ボケした元の日本でも毎日のように事件は起こっていただろう。俺が言ったのはあくまで特別な理由がなければ普通に生きられる奴が悪事に手を染めずにいられる方法だ。どうしてもやむにやまれぬ理由ってのもあるだろうし、頭がおかしい奴だっているだろうから、悪事をゼロにするのは諦めるんだな」


「……まあ、アンタみたいな人もいるしな」


「失礼な。俺の頭はおかしくないし、悪事などこれっぽちも働いてないだろうが」


「そういう意味じゃない。一般的にはいけない事でもアンタみたいな人達は自分が正しいと思ったら突き進むだろ。社会が壊れてるって事はそんな人を縛る建前がなくなるって事なんだなってようやく気づいたよ」


「……おう、よくわかったな。これからは面白い事になるだろうよ」


 溜息を吐く蓮と対照的に京也は愉快そうに笑う。 


「この状況から人の命を守るために動くようなとびっきりの善人は文字通りなんでもすると思う。組織を作って街を作って規律を定める。そのためだったら元の世界の建前は躊躇なく無視するだろう。

……それと同じでこんな状況から現れる悪人は今回みたいな子悪党じゃない。誰もが力を持っていて反撃もできる状況であえて人を敵に回すような奴だ。よっぽど手強いだろうし、もっと狡猾に自分の目的のために行動する。……戦うだけで解決できるような単純な話にもしてくれないだろうな」


「なんだか改めて聞くと本当に難しそうな話だな。こんなオレみたいな力があるだけの子供がこの世界の為にできる事なんて本当にあるのか?」


「それは自分で考えるか俺以外の奴に聞け。俺はそんな面倒くさい事は無理だし考えるのも嫌だ。何かのついでだったり、報酬さえあれば協力ぐらいはしてやってもいいが、俺が人の為に大々的になにかやってやる事は絶対にないからな」


「……アンタならそう言うよな」


「まあな。……でも、俺はこれからの世界が楽しみでもあるんだ」


 京也は眼下に広がる崩壊した街並みを見下ろす。


「善人や悪人、その日を一生懸命に生きる奴や苦しくても前を向いて歯を食いしばって生きる奴。色んな奴の思惑が絡み合って、ぶつかり合って、最終的にはみんなが納得までいかなくても妥協できる所まで行きついたなら、その世界はたとえ間違っていたとしてもとても美しいものになると思う。そうなってくれたら、俺も嬉しい」


「……意外だな。アンタは別に東京が滅んでもどうでもいいっていいそうだと思ってた」


「うん、言うぞ。顔も知らん奴がどうなろうと知らんし、東京がこのまま潰れるならそれもまた自然の流れって言い切ってやる」


 「けどな、」と京也は言う。


「こうやって俺と蓮みたいに相対して、心を熱くするような熱を感じたのなら話は別だ。人が自分の意思を通すために命を燃やす様、その瞬間だけは人は提示された道から抜け出して、自分自身の望む未来──運命を引き寄せる事ができる。俺はそんな人の持つ熱量に期待しているんだ」


「言ってる意味は、なんとなくわかった。……けれど、それだったらお前はなおさら人を守る立場に立つべきなんじゃないのか? より多くの人が生き残っていた方がお前の期待するような人が多くなりそうだけど」


「何度も言っただろ。俺は人に対して強い興味を持っていない。さっき言った熱に例えるなら俺はロウソクに灯された火が見たいだけでその周りのロウソクが何本折れようと構わないって心の底から思ってる」


 京也は蓮の方を向き、とても清々しい笑顔を浮かべた。


「俺はこの世界を否定も肯定もしないよ。今日の出来事を経てそう決めた。折れていったロウソクの分、人は強く生きる決意ができているみたいだ。きっとこの世界は元の世界に負けないくらいの熱を俺に見せてくれる。そう確信できた」


 善良な思考を持っている蓮にとって京也の言葉はとても納得できるようなものではなかった。京也の力がは蓮の直接的な力なんかよりもよっぽど人を守るのに向いているだろう。その力を気が乗らないからというだけで本腰を入れて使わないというのは蓮にとっては信じられないとしか言えない。

 ……それでも、この壊れた世界を少しの間生きて実感した事もある。

 覚悟の伴わない行動では望む未来は掴めない。巡り巡ってその行動のツケが返ってくるのだと自他ともに体験して理解した今では、京也の言葉を安易に否定する事はできなかった。


「…………やっぱり、合わないなオレ達」


「それでいいんだよ。お前の熱は俺が全く見向きもしないようなものの為に燃え上がると思うからな」


 苦笑する蓮を京也が咎める事はなかった。むしろ、京也の方も苦笑してその言葉を受け止めていた。


「……さて、学校にはちゃんと戻れた。これからの目途もたった。俺がお前から受けた依頼も万事解決、これで俺と黒乃はお役御免だ」


「……あのさ、良かったらだけどこれからもオレ達の事を助けてくれないか。先生や生徒だってきっとサカマキと黒乃さんの事、受け入れてくれると思う。一緒にこの学校で、よりよい未来を作るために戦ってくれないか?」


 望みは無事に叶った。ここから先は勝手にやれといった言葉。

 蓮はそれに対して、この後も学校に残らないかと提案をした。


 京也は少し意外だったといった様子で数秒考えた後に口を開く。


「……誘いは嬉しいけれど、黒乃はともかく、俺はやめとくよ。集団生活に俺は向いてないだろうし、なにより、俺みたいな真剣みのない奴がいたら折角の熱が冷めちまう。直接は関わらないくらいの距離感で俺はお前らを見ていたいってのもあるし、俺は人を使う立場ってのが苦手なんだ。俺を使いこなすくらいの気概と経験を積んだならまた声をかけてくれ。その時にはほどほどに力になってやるよ」


「そうか。なんとなく断られるとは思ってたよ。……うん、わかった。後は皆と協力してやってみるよ。サカマキもたまには顔を見せに来てくれ。歓迎する」


「おう、1週間に1回くらい肉持ってきてやるよ。グラウンドでバーベキューでもしようぜ。フロアボスの肉まだまだいっぱい残っているんだ」


「ほんと、アンタは……いや、もう少し皆が落ち着いて、この世界に慣れてきたらそれもいいかもな」


 あんな出会いからこうして穏やかに会話をするような間柄になるとはついぞ思わなかった。

 最初に言葉を交わしたその瞬間から今に至るまで、性格的には全然合わないという印象しかない。だけど、不思議とこうして関係を続ける事に違和感はなかった。

 

 蓮は苦笑混じりにそう答える。


「なあ、サカマキ」


「どうした?」


 蓮は憑き物の落ちた晴れやかな顔でこう言った。


「お前が困った時、オレが助ける。絶対に、どこにいても。少なくとも今回受けた一回分の恩はそれで返すよ。……こんな約束、友達みたいで本当に嫌だけどな」


 それを聞いた京也は先にも増してポカンとした表情を浮かべた。口を開けて固まった数秒後、大笑いし始める。


「なんだよ、そんなに笑うなって」


「ハハハッ! わりーわりー、あんまりにも愉快だったからさ」


「……本当に言うんじゃなかった」


「そう言うなって……じゃあ、そんな時がもしきたらよろしく頼むよ」


「……ああ、任せろ」


 心底、愉快そうに笑う京也を見て、蓮も口端を上げた。


 ……友達というにはあまりにもお互いの性質が違い過ぎる。きっと世間一般では腐れ縁と呼ばれるくらいの関係性がちょうどいいのだろうと蓮は目の前の少し年の離れた青年について思う。


 思想がどれだけかけ離れていても、言動の端々に文句があったとしても。あの日、何を信じていいのかもわからなくなったオレを助けてくれたのはコイツなのだ。

 あまりにも受けた恩が多すぎる。それこそ単にコイツを助けるだけでは納得がいかないくらいには。

 だから、オレは決意する。押し付けられた《勇者》という肩書が誠になるくらいにこの世界に向き合うと。覚悟は決まっている。もはや逃げも隠れもしない。オレ一人の力では大きな事はできなくとも、沢山の人を巻き込んで必ずこの世界を立て直す。誰もが幸せになるために前を向いて生きていける世界、その礎を築く為に戦い続ける。

 そうすれば、きっと。コイツの見たかった景色がその世界には広がっている筈だ。


 蓮は眼下に広がる崩壊した街並みを一瞥し、心の奥でそう誓った。





とりあえずこれで2章は終わりです。

途中リアルが立て込んだりで更新が滞ってしまったので、繋ぎの章だったのにすごく長い間続けてしまったのが悔やまれる所ですね……とはいえ、落ち込んでばかりもいられないですし、書籍化も決まったのでこれからはより一層力を入れてやっていこうと思っています。

いくつかの幕間を挟んで次章へ。次の章では大きく状況が変わっていくような変化の章にしていきたいと考えているので楽しみにしておいてください。

これからも感想や評価で私の作品を応援してもらえれば幸いです。以上、あとがき失礼しました。

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[一言] 書籍化おめでとうございます!よかった。応援してます。
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