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27.逆鱗、咆哮


「さて、名乗りをあげた所で絶望的な情報をくれてやる。お前の支配下っぽいモンスターが結構な数こっちに向かってきているが、俺のモンスターはその倍以上の数で囲んでお前のモンスター達を狩り続けている。お前の雑魚モンスターと違って強さだってそこそこの個体が何体かいるぞ。あのでっかいモグラとかがそれだ」


 男達は、校門の向こうで轟音を鳴らしながら小型のモンスターを軽々と蹴散らしている土竜を見て、その言葉が嘘ではないという事を理解させられた。


「そういう訳で救援は来ない。お前が何体新しいモンスターを出せるかは知らないが、わざわざ外に出したモンスターを待っていたんだ。ゴリ押しができる程の数はすぐに用意できないだろ」


「くっ……」


 京也の指摘に坂本の顔が歪む。

 モンスターの複製にスキルを使う以上、魔力は必須だ。全リソースをモンスター召喚に費やした所で50にも満たない雑魚モンスターを量産するだけでは消耗すらさせられない。


 ……けれど、それは両者の間に絶望的な程の実力差があればの話で。


「……あの、坂本さん」


「チッ、なんだ!」


「アイツ、やたらステータスが低いんですけど……本当にフロアボスを倒した奴と一緒なんですか……?」


 探知系スキル持ちの取り巻きの男が恐る恐るといった様子で尋ねた言葉が、その場の空気を一変させた。 


「……本当か?」


「本当ですって! オールステータス1200! 俺達よりも雑魚だ! ……でもそんな事ありえるのか?」


「……って事は、なんだ? もしかして全員で囲んで叩けば余裕で勝てるって事か? ……本当に?」


 坂本も取り巻きの男ももたらされた情報に困惑している。

 目の前の少年の放つプレッシャーとはあまりにも能力値がかけ離れすぎている。いくら短慮な行動を繰り返してきた男達でもここで情報を鵜呑みにして相手を弱者と侮る程まで頭は弱くなってない。


 それもそのはず、男が告げたステータスは戦闘職だとレベル8程度のものでしかなく、非戦闘職でもレベル10程度の実数値だ。このレベルは強いモンスターを倒していない男達でも当然のように超過しているので、フロアボスまで倒していた京也がそんなに低いレベルな筈がない事は自明の理であった。百歩譲って《時の蒐集者(クロノ・ホルダー)》が《獣使い(モンスターテイマー)》の真似事をできる非戦闘職と考えたとしてもレベルに対してのステータスが低すぎる。

 フロアボス討伐という実績や場慣れした雰囲気から偽装されたステータスを見せられていると言われた方がまだ現実味があった。


「………………」


 対して、京也は露骨に「やっべ……」という風な表情になっていた。

 坂本の言葉は全く的外れではない。黒乃や蓮と違って京也にだけは囲んで叩くという作戦の欠片もない戦い方が負けに直結してしまっている。


「……まあ、落ち着こうぜ。俺がそんなに致命的な弱点をさらけ出したままアンタらの前に出てくるわけないだろ? 俺だって本当はこんな事で戦いたい訳じゃないし、この戦いに何の価値があるって言うのさ。俺を倒した所でアンタらが晒されるのはもう止められないんだ。本当にちょっとだけ気が晴れるくらいで俺をリンチにしようってのは野蛮だと思うし、俺の方だってアンタらをボコボコにしてもしなくてもどっちでもいい。だから、戦うのなんてやめてここは穏便にいこうじゃないか。な?」


「…………」


 やけに長い京也の言葉を黙って聞き届けた男達は揃って顔を見合わせる。出た答えは一つだった。


「外のお前の雑魚モンスターは俺のモンスターを止めるために使っている。あのデカブツも図体だけ、数人がかりなら倒せない事もない。……お前のステータスが本当に見た通りってんなら全然勝機があるよなあ」


「……やめにしないか?」


「うるせえ! そんだけ取り乱してるって事は本当に戦ったらマズいからだろうが。それにここまできたらもうお前の澄ました顔をボコボコにするだけでも十分だ! やっちまえ!」


 男達の出した答えは抗戦一択だった。坂本はともかく取り巻きの男達までそんな答えに至ったのは「どうせ破滅するなら……」という自暴自棄な思いとあまりにも京也の言葉が胡散臭かったからだろう。

 それぞれが己の獲物を手にし、京也を睨み付ける。そして、坂本は新たなモンスターである複製されたリザードマンを目の前に呼び出して、京也へとけしかけた。


 どうあっても戦いから逃れられない事を悟った京也は大きく溜息を吐いた。


「……本当に俺は、戦いたくなかったんだぜ?」


 男達の言葉は全て真実だ。囲んで叩かれれば京也にはどうする事もできないし、使役している少し強いモンスターだって複数人がかりなら男達でも倒せるだろう。

 坂本の使役するモンスターを討伐するためにモンスターを使っている以上、すぐにこちらに加勢できるモンスターは数体程度。中ボスレベルのモンスターを全て呼び出してようやく優位を取れるかといったレベルだ。


 ……そして、京也が坂本達に向けて言った言葉も全てが真実だった。自分の非力さを誰よりも理解している京也が無策で男達の前に出る訳がない。


 虚空から現出した一枚のカードが京也の指先に挟まれる。


「《召喚(サモン)》」


 クロノグラフに翳されたカードが光の欠片となって消滅し、京也と男達を隔てるように炎の嵐が地から吹き上げた。


 坂本が召喚したリザードマンは炎に怯えて足を自発的に止める。男達も同じように動きを止めるが、それは炎に怯えたからではない。炎の向こうで揺らめくものに畏怖したからだ。


 男達が固唾を飲む中、炎の嵐は内側からの力で弾け飛ぶ。その先にあったものは……


「《無双の追撃竜 トゥバイス》!」


 竜。正真正銘のドラゴンが口端から火を漏らしつつ、天に向かって咆えた。

 燃えるような鮮やかな赤の鱗に彩られ、両翼を大きく広げ仁王立ちするその姿は坂本の使役するリザードマン(トカゲ擬き)とは格が違い過ぎると思わせる程のものだった。


「ドラゴン、だと……?」


 坂本が呆然と口にする。取り巻きの男の中には悲鳴を上げて戦意を既に失っている者もいた。

 今でも男達の中では、いや、東京で今も生きている者達は忘れていないのだ。目の前のドラゴンと同じ真っ赤な鱗の竜がフロアボスとして東京を壊滅させた事を。自分達がそれから逃げ隠れる事しかできなかった事を。

 (ドラゴン)という存在自体が恐怖と破壊の象徴であり、京也の召喚したモンスターは嫌でもその記憶を思い出させるものだった。


「さて、どうする? 囲んで叩いてみるか? 俺と違って相当骨が折れるだろうがワンチャンくらいならあるかもしれないぜ?」


「……くっ、やれ! 殺せえっ!」


 坂本の声に従って動く男達はいない。誰もが恐怖で足を震わせている。坂本もその一員だ。

 しかし、坂本の使役するリザードマンはその命令に応えてトゥバイスを打倒せんと突貫する。


 京也に呼び出された竜──トゥバイスはその巨体を鳴動させて、曲剣を手に襲い掛かるリザードマンの群れをぬめりと睨み付けた。

 大きく口が開かれる。再度の咆哮、敵を威圧する極音に炎を乗せた竜の咆哮(ドラゴンブレス)が地を這いずり回るリザードマンへと放たれた。


「ヒイッ!?」


 指向性を持った炎の波がリザードマンを飲み干す。あわや男達も共に飲み込もうかという所にまで迫った炎に恐れ戦き、坂本は悲鳴を上げて尻餅をついた。


 追撃の手はない。竜は炭化したリザードマンの骸を貪り食らっている。そんな竜の横から燃え盛る地面を抜けて京也が男達の前に出てきた。


「……気は済んだか?」


「……なぜ。どうして、うまくいかない」


 坂本は俯きながら呟いた。


「お前に熱量がないからさ。運命を強く動かそうとする熱い感情が全く感じられない。善人だろうと悪人だろうと、自分の望みの為に動く奴はもっとカッコよくて活き活きしてるよ」


 淡々と答える京也。


「それに、アンタらがやった事は野蛮で乱暴が過ぎる。俺に言わせりゃ、アンタらはモンスターと何も違わない。まともな感性を持ってる奴ならきっと似たような感想だと思うし、そこまで言わなくたって大体の奴は顔を顰めるよ。人権に対して現代人は敏感だからな。蓮がこなくても、いつか何処かの誰かにお前らの企みは潰されてただろうさ」


「……そんな奴らなんて、いない。モンスターに全部壊されたじゃねえか」


「それは間違いだ。建物なんかはほとんどが派手にぶっ壊されちまったけれど、思っているよりは人が生きてるよ。元いた数の半分を大きく下回っているくらいには沢山殺されたと思うが、それでも今まで培ってきた道徳観を全部捨てて誰もが好き勝手する世紀末が始まる程の絶望はないね。

……こんだけ人がいればいつか立て直せるよ。町を作って、ルールを決めて、元通りとはいかなくたって人間社会を誰かが復活させるだろうさ。人間は利権が大好きだからな。善人も悪人もこんな絶好の機会を逃す訳がない。アンタらとは違って、もっとスマートに水面下で話を進めていると思うぜ?」


 「まあ、それができるのもさっさとフロアボスを倒して被害を最小限に抑えた俺のお陰だけどな」と京也は嘯いた。


「そう考えると無法の間に叩き潰されといて良かったなアンタら。こんな状況から発足する社会の(ルール)だと情状酌量なんてあるかどうかわかんないし、ワンチャン一発死刑までありえそうだぜ。本当に蓮に頭を向けて眠れないな!」


「……」


 坂本は歯ぎしりをして京也を睨み付けるが、それを意に介す事もなく京也は言葉を続けた。


「大人しく私刑を受けて、これからは世の為人の為頑張ってくれって言いたい所だが、俺は本当にアンタらには微塵も興味ないんだ。だから、アンタら自身に自分が受ける罰を選ばせてやる。蓮の言葉に倣って二択でな」


 京也は吐き捨てるように言い放った。


「無様に命乞いして一生ネットの玩具になってでも人として生きていくか、ここで(モンスター)としてリザードマンと同じように竜の餌になって犬死にするか、どっちでもいい。さっさと選べ」


「…………」


「黙るのやめろ。散々騒いだ結果だろうが。何にも悪い事してない無力な女子供を狙った時点でお前らに弁解の余地はねえよ。ここのお偉いさんと違ってな」


「何故それを……!」


「蓮から聞いた。捕らえたのはここの学校に元いた人間だろうけど、殺したのはどうせお前らの誰かだろ。……それに関しちゃ自業自得感もあるし、俺はなんにも言わないけどな」


 確信に近い憶測だったが、それだけで何かをするつもりは京也にはなかった。しかし、目は冷えきっている。


「けれど、それ以外の事は別だ。アンタらのやろうとした事は俺にとっても唾棄すべき行為で、情け容赦なんてかけるつもりはない。この二択から選べ。これは慈悲だ。アンタらが人に戻れる最後のチャンスをくれてやっていると思った方がいい」


「…………」


 この言葉が本当に最後だろう。自分より幼い少年の淡々とした言葉からは、たとえこの言葉の結果で命を奪う事になろうとも本当にどうとも思わないだろうという冷酷さが感じられた。

 そこまで言っても口を開かない坂本を見て、とうとう取り巻きの男達は熱に浮かされた頭が冷えたらしい。


「……もう本当に悪い事はしねえ。だから、命だけは助けてくれ……」

 

 地に頭をつけてそう嘆願した男をきっかけに取り巻きの男達は一人残らず降伏した。


 文句を言おうとした坂本だったが、京也の視線のせいでそれもできない。


「後は、お前だ。自分の運命くらい自分で選べ」


「ぐ、ぎぎ……」


「それともなにか? モンスター風情の自分には言葉はもう必要ありませんって事でいいのか?」


 スッと目が細まる。それで坂本の抵抗も最後だった。


「……悪かった。もうこんな事はしねえ」


「頭を下げろ、地につくくらいにな。それを見ないとお前の被害に遭った奴は納得できないだろ」


「く、そ……!」


 坂本は頭の血管を浮き上がらせて、真っ赤にさせた顔を地につけた。


 ……こうして、学校という舞台で起こった小さな反乱は大した被害もなく、あっという間に収束したのだった。





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