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25.正義の証明②


「そこまでだ!」


 体育館に凛とした声が響き渡る。


 女子供を人質に取って優位に話を進めていた反乱者の男達も、人質がいるせいで容易に手を出せない先生達も、誰もがその声につられて入口の方を見た。


「し、四宮!? 戻ってきたのか……!」


「先生……いえ、話は後です。下がっていてください。オレが何とかします」


 悠々と近づいてくる蓮の姿にまず声をかけたのは入口に近い位置にいた先生達だった。


 自分達のした事が原因で蓮と彼の妹を学校にいられなくさせてしまった。その後も反乱を起こした男達の誰かがモンスターを使って行方を追っていた事を知っていても止める事ができなかった。

 保護者、責任者として、そして何より大人として、とてもではないが顔向けできないと思っていた彼らはその姿に驚き、後ろめたさから顔を伏せる。


 蓮はその姿を見てほんの少し表情が暗くなった。が、すぐに意識を切り替え、集中する。


「…………できるのか?」


「任せてください。オレがここに来たからにはもう誰も傷つけさせない」


「……スマン。俺達じゃどうにもできなくてな。生徒にこんな事させるのはどうかと思うが……」


「いいんです。今のオレはこうしたいって望んでるから」


 蓮はそれだけを告げると前へ、反乱を起こした男達の方へ向かう。


「お前達が、この反乱の主犯でいいんだな?」


「見ればわかるだろうが。妹が解放された途端に生意気な口を叩きやがるなあ、ガキが」


「そっちもそんなガキ相手に一週間もご苦労だったな。何の意図があってかは知らないがどうせ、お前達の誰かの仕業だろう? ……まあ、この通りピンピンしているわけだが。残念だったな」


 蓮が皮肉っぽく挑発する。


「てめえ……」


 反乱を起こした男達のリーダーなのだろう男は顕著に反応して、怒りの感情を滲ませる。


 ほぼ確信に近い推測だったが、その態度から確信を持った蓮はより一層強く男を睨み付けた。


「……ふん、まあいい。どうして俺がお前みたいなガキを追いかけ回していたかなんて簡単だ。お前には力がある。その力があればモンスターはおろか人だって簡単に屈服させられる。だからその力を俺のために使うんだ。そうしたら、少しはいい目も見させてやるぞ?」


「ちなみに、断ったら?」


「断れるとでも?」

「ひっ!?」


 リーダーの男は人質として捕らえられていた学生の少女にナイフを突きつける。蓮が学校に居た時には妹を人質にとられていたせいで自由に動けなかった。

 同学校の生徒では妹に比べれば救出の優先度は下がるだろうが、ここで無視する事はないと男は踏んでいた。


 漏れ出た悲鳴、蓮は溜息を吐く。

 次の瞬間、破裂音と共にリーダー格の男は後方へと弾き飛ばされた。


「坂本さん!?」


 取り巻きの男達は何が起こったのかもわからずにただ声を上げた。

 

「が、あっ……!? 何が……?」


 檀に叩きつけられたリーダー格の男──坂本も自身に何が起こったのか把握できていない。腹部の強烈な痛みから攻撃を受けた事だけは理解していたが、その攻撃の手段がまるで見当もつかない。

 なにせ、蓮は無手。わかりやすい武器がない上に攻撃を行った素振りすら見られなかったからだ。


「……オレが学校にいた時、なぜ黙って従っていたと思う?」


 蓮が歩みを進めながら問いかける。


「人質を取られた事以上に、先生達が先生達なりに苦しみながらでも、泥を被ってでも、こんな大変な世界でオレ達の事を考えて頑張っていたから、オレは自分から強硬手段を取ろうとは思わなかったんだ。……本当に不快な相手だったならもっとやりようがあった」


「四宮……」


「それに、いくら人質がいた所で目の前にいるならどうとでもなる。今のだって……」


 再びパアンッ! と破裂音が響いた。人質に近い場所にいた取り巻きの男達だけがボウリングのピンのように弾け飛ぶ。


「足を下ろした時の僅かな風に魔力で指向性を持たせて飛ばす。これはたったそれだけの、攻撃ですらないものだ。そんなのでもお前らを壊滅させられるくらいにオレとお前らじゃレベルが違うんだよ」


 破裂音の正体は風だった。微量の魔力を使用し、風圧に指向性を持たせる事で極小規模なソニックブームを飛ばし男達にダメージを与えていた。


 蓮の言葉の通り、こんなものは攻撃どころか牽制の一撃にすらなりえない。本気で戦えば無差別に撒き散らされるものであるし、蓮の攻撃力の半分程の防御力があれば、怯む事すらないだろう。……つまり、これでダメージを受けている時点で男達に大した力のない事の証明になっていた。


「くぅ……だったら!」


 坂本はオレデバイスを取り出し、通話をかける。相手は校舎の2階にいる仲間だったが……


「……どうして繋がらない!」


「お前らに仲間がいるように、オレにも協力者がいる。校内の人質も既に救出してるし、お前らの仲間はとっくに降伏してるよ。後はお前らだけだ」


「クソッ! 何故だ、どうして俺達の邪魔をする!」


 坂本は思い通りにならない事に激昂し、声を荒げる。

 蓮はその怒りの声に毅然とした態度で答えた。


「だって、お前らは全然楽しそうじゃない」


「……は?」


「本当にやりたい事をやってる奴はもっと目がキラキラしてるよ。憎らしいくらいにな」


「なんだ……なんだよソレ! そんな理由で俺の邪魔をするってのか!?」


「ああ、そうだ! たとえ世界が壊れたとしても、オレ達までそれに付き合う必要なんてない! どんなに苦しくたって正しく生きようとする事を諦めちゃいけないんだ!」


「正しいだと……? もう世界はぶっ壊れてるってのに何を根拠にそんな事言ってるんだ。これからは俺達がやっているように、人を虐げる事こそが正義になるかもしれないだろうが」


「……そうかもしれない。ルールがなくなった世界で、誰もが自分を理性で押さえつけて正しく生きられるとは思わない。それにもう世紀末って感じで建物はぶっ壊れまくっているし。もうちょっとお前らみたいな奴が多くなってたらそんな風な世界になっていたかもしれないな」


 蓮は淡々とした口調だった。


「けれど、今は違う。もがき苦しみながらそれでも支えあって人は生きている。オレはそんな世界の方が好きだし、それが正しいと思えるような世界に戻ってほしい。……決して、お前達みたいな奴らの無法で壊されていいようなものじゃないんだ」


 迷いが一切ない澄んだ表情で蓮は誓いの言葉を口にする。  


「だから、オレはお前達の悪行を止める。少しでも世界が良い方に進んでいくようにオレは戦い続ける。オレの力はそのためにある。……自分を信じる勇気、正しさを貫き通す覚悟。もうオレは、前に進む事を恐れない!」


「……ッ! 御託はもう沢山だ!」


 坂本が聞くに堪えないといった様子で力を行使する。


 現れたのは狼型のモンスターが2匹。中空から姿を現した獣は体育館のフローリング材の床に着地し……


「そうか、お前か」


 着地と同時に雷の柱に飲まれ、燃え滓となった。


「ひいっ!?」


 魔法の行使の残滓、電流が奔る右手の人さし指で指し、強く睨み付けてくる蓮の顔を見て、坂本はとうとう押さえつけていた恐怖が表に出る。

 モンスターへの攻撃でレベルが違うという言葉が真実だと否が応にも理解させられたからだ。もし、あの攻撃が自分に向けられたらどうなるかなど火を見るより明らかだ。


「モンスター使い……ここから逃げた時には随分と苦しめられた。1日中追っかけまわされて休む暇もなかったからな。本当に、苦しかった。個人的にはお礼をしてやりたいが……」


 隠し切れない怒りの感情が声から漏れ出ていたが、蓮はグッと堪える。


「まだお前らの被害に遭った奴はいないらしいからな。今回は見逃す。皆に謝って、白い目で見られながらでも性根を入れ替えてここで生活するか、ここから出ていって慎ましく生きていくか。好きな方を選べ」


「……おい、四宮。それじゃ、こいつ等はまた外で同じ事を繰り返すだろう。放っておいたらダメじゃないのか?」


 後ろで固唾を飲んで見守っていた先生は蓮の言葉に懸念を口にした。


「その辺は大丈夫です。……あいつらはどうせもうこれ以上何もできないですから」


「……?」


 蓮の言葉の意味がわからず、先生は怪訝そうに首を傾げる。


「今までの事は悪かった、許してくれ!」

「もう付き合いきれるか! 俺は降りるぞ!」

「こんな事になるならお前の話に乗らなかった!」


「おい、テメエら! 裏切ってタダで済むと……くっ」


 遠巻きに見てた取り巻き達は次々と武器を捨てて両腕を上げて降伏する。元より強い覚悟などなかったのだろう。

 散々な言われようの坂本は降伏した元仲間を恫喝しようとするが、未だに蓮の指が自分を指している事に気づいて腕を下ろした。


「おい、どうすんだよ……」


「クソ、逃げるぞ!」


 数多くいた取り巻きは半分以下の8人まで減っていた。未だに坂本の味方をする取り巻きの1人が問いかけるもこの状況をどうにかする程の力はない。


 坂本は取り巻きを連れて、蓮を避けるようにして出口へと向かう。


「畜生、覚えてやがれ……!」


 すれ違い様にそう捨て台詞を吐いて坂本は体育館から出ていった。


「……ああ、お前らは覚えて貰えるさ。オレなんかよりももっとおっかない人達にな」


 そんな坂本達の後ろ姿を蓮は心底哀れに思いながら見つめた。


 事前の取り決め通りに蓮は通話で作戦の結果を報告する。  


「……すまん、サカマキ。できれば全員諦めてほしかったけど、何人か外に出ていった。あのままだと外で同じ事繰り返しそうだ。後は頼む。できるだけ、穏便な方向で」


『りょーかーい』


 通話相手である京也はあっさりとした軽い返答をすると、すぐに通話を切ってしまった。

 蓮はこれから起こる事を思うと、いくら敵対した相手とも言えど不憫だとしか思えなかった。


「先生、とりあえず人質を解放しましょう」


「あっ、ああ。そうだな……」


 目の前での戦闘で頭があまり回っていなかった先生達も蓮の言葉で緊張が解けたようで、降伏した男達を拘束したり、捕まっていた生徒達を解放しだした。


「まずはここから、か」


 正義と平和を信じて戦い続ける。その決意の第一歩を踏み出した蓮は小さく呟く。

 危機は去った以上、先生達ともこれまでの事とこれからの事についてちゃんと話し合わなければならない。


 ……きっと戦うだけではどうにもならない場面もこれから多くなるだろう。未だに幼い自分では拙い部分も多くあるだろうが、逃げ出さない覚悟はもうできている。

 今回のような一方的な暴力で自分の意見を通すなんて行動は、話し合いで解決できるような場面を過ぎた時の本当に最後の最後の対応だ。

 言葉を尽くして共に納得できる未来を探す事こそが人と人が共に生きていく上で一番大切なのだと蓮は信じていた。

 

「……アイツ本当にやりすぎないだろうな。心配だ……」


 ……そんな蓮の目下の心配事は自分のこれから歩む事になる苦難の道よりも、同行者の無法に関しての事だった。





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