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24.正義の証明①


「本当にやってる……正気かよ……」


 校内全体に流れた放送を聞いた池田は、辿り着いた体育館の出入り口で身を隠しながら中の様子を窺っていた。

 体育館の中では先に着いていた数人の先生達がこの事態を引き起こした20を超える外部の人間に対して説得を試みていたが、生徒や無力な女性を人質に取られているために強硬手段を取れずにいた。逆に人質を盾にされた事で今にも抵抗を封じられようとしている。


 あまりの現実感のなさに呆れにも近い感情が浮かんでくる。

 欲望のままに動く。男達の行動の全てはその言葉に収束されるのだろうが、意外にも男達の半分程がいい年のおっさんだ。ヤンキーやヤクザ崩れならともかく、普通のどこにでもいそうな大人がこんな犯罪そのものな行為に手を出している所を見るのはかなり精神的に堪えるものがある。

 こっちはこんなどうしようもない世界になっても必死になってやれる事をやっているのに、こんなのを見るとバカらしくなる……とまでは言わないが、大人というものにかなりの失望を抱いていた。

 こんな世界になった以上、一から十まで自分達のような子供の面倒を見ろとまでは言わないが、せめて、頼れる姿を見せてほしかったのだが……


「タガが外れるってのはこういう事を言うんだろうな……いや、そんな事はもうどうでもいい。今ここに割って入って俺に何ができる?」


 もはや、男達に対して思う事はない。あれはただの敵だ。

 気持ちを切り替えて、この窮地をどう切り抜けるかを池田は身を潜めながら考え始める。


「……何も、できないよな。俺にこの状況をどうにかできる程の力はねえよ……」


 答えはすぐに出た。冷静に考えてもこの状況をひっくり返す方法はない。

 そもそも人質を取られている時点で下手な行動はできない。今はまだ男達も人質に手を出していないが、俺達の行動次第で危害を加えられる事を考えるととてもじゃないが歯向かえる状況じゃない。

 それに、男達だって腐ってもこの世界で戦ってきている。戦闘力……レベルに関しては同等程度、人質がいなくても池田に男達と真正面から対峙して蹴散らせる程の力はない。


 項垂れる池田だったが、ある事に気づく。


「……でも、やけに先生達が少ないな。それに生徒がいないし、どうなってるんだ? 放送じゃ体育館に来ないと人質に何かするって言ってたのに……もしかして逃げた?」


 校内の人間を集めたにしてはやけに抵抗している人が少ない。モンスター討伐や物資の補給で校舎に全ての人がいない状況だという事を踏まえても、明らかに校内の人間が集まってきたとは思えない程に少なすぎる。


 池田はまだ体育館に着いてないだけと思ったが、それを打ち消すように「もしかして逃げたのか?」と考えてしまった。

 人質になっているのは殆ど赤の他人だ。この学校の生徒じゃない女性に関してはもはや何のかかわりもない正真正銘の赤の他人。そのために明らかに不利な状況に誰もが飛び込むかと言われれば、そんな訳がないと答える。だから、逃げるという行動を取っていたとしても何ら不思議でないと思ってしまう。


「でも、しょうがないよな。こんなのどうにかできる奴なんていないし、誰だって自分が大事だろ」


 むしろ、自分がなぜ逃げるという行動を取っていないのかと問いただしたくなるくらいだ。

 嘆息する。ここに留まっていた所で役には立たない。先生達と合流しても焼け石に水。人質を解放する事すら難しいだろう。


 それでも……


「……ここで逃げたら、また後悔するからな。無茶でもなんとかするしかねーや」


 どのような結果になったとしても、ここで流れに逆らわなければ友人を裏切って利用した時と同じように後悔するのは目に見えている。

 目の前の苦しんでいる人にはなるべく手を差し伸べる。蓮がここからいなくなった時からそうしたいと決めたのだから、例え相手が徒党を組んでいたとしてもその気持ちは曲げない。

 たとえ人質がまるで赤の他人だったとしても、ここで逃げるという選択肢は取れなかった。


「そうと決まれば作戦を立てなきゃいけないんだけど。俺、近接戦闘しかできないんだよな。無策で突っ込んでも仕方ないし、いったいどうすれば……」


 覚悟を決めた池田だったが、如何せん、この状況をひっくり返すような方法は思い浮かばない。

 彼のレベルは9。職業(ジョブ)は《戦士(ソルジャー)》でスキルは近接戦闘関係のものしかなく、搦め手の当てはない。となると、この状況をひっくり返すためには職業やスキルに関係ない方法を考えなければならない訳だ。

 所詮、ただの中学生の自分には難しい話だ。そう思いながらも池田は無い頭を捻ってアイデアを出そうとする。その時だった。


「……カズ」


 背後から、彼にとって聞きなれた声が聞こえた。名前である一哉から取ったあだ名を呼ぶ友人の顔が池田の脳裏に思い浮かぶ。


 ゆっくりと、振り向く。


「…………蓮。戻って、きたのか」


 蓮は信じられないといった様子だったが、振り絞るように声を出す。


 振り向いた先には蓮が立っていた。

 池田は一瞬、蓮の事を別人かと思ってしまった。最後に見た時とはまるで雰囲気が違ったからだ。その表情からは苦悩の色は一切見られない。その身に秘めた意思と覚悟がまだ未熟な少年に覇気を与えていた。


「久しぶり。まだ一週間くらいなんだけどな、やけに長い間会ってなかったような気分になるよ」


 蓮は池田に対して、普段と同じような態度で話しかける。 


「ああ、久しぶり……って、本当になんで戻ってきたんだよ。俺らがお前にした事、忘れたのか?」


「忘れてない。妹に手を出されてるのに簡単に忘れたら兄貴失格だろ」


「だったらなんで。もしかして、俺達に仕返しに……」


「それは違う。カズだけじゃない。他の奴らや先生達があの時ああした理由はオレが力を持っていたのに中途半端な態度取ってたからだろ。怒ってはいるけど、そうしなきゃいけなかった理由はわかってるつもりだし、とてもじゃないけど仕返ししようとは思わないよ」


 蓮は目を伏せてそう答えた。


「もう逃げ続けるのはやめてちゃんと向き合わないといけないって、そう思ったんだ。みんなも大変な事はわかっていたのにオレだけ全部放り出して逃げちゃって、心の何処かでずっと気になってた。オレがいないせいでモンスターにみんながやられたらって思うと、怖かった」


「そんな事、蓮が思う必要ないだろ。どれだけの理由があったって先に裏切ったのは俺らだ」


「うん。でも、やっぱり放っておけなかった」


 蓮は晴れやかな顔でそう言った。


「逃げてた時に、世話になった人達がいて。その人らを見てるともっと自由に考えてもいいのかなって思えてさ。頭を空っぽにして今やりたい事を考えたら、真っ先に思い浮かんだのは学校の事だった」


 池田は気が付いた。自分が蓮に対してした事で気を病んでいたのと同じように、蓮も自分達の元を離れた事を気にしていたのだと。


「……これは、オレの勝手な思い込みかも知れないけど。オレが逃げたあの日、やけに見張りが少なかったし、オレが倒したのは柚子達が閉じ込められてた所の前に立っていた学校外の人が2人だけだ。いくらフロアボスが近づいていたからって警戒が薄すぎるだろ」


「……」


「あの日、オレが柚子達を連れて簡単に学校を抜け出せたのは皆が協力してくれたからじゃないか? オレに逃げるように言ったのは高橋先生だ。あの人なら、先生や生徒に事前に話を通す事は可能な筈だけど。それか、皆がオレの事で何か言ってくれたから高橋先生が動いてくれたのかな」


「……最初に言ったのは先生達だよ。蓮の妹をあのままにしてたら外部の奴らに絶対利用されるだろうって考えたらしい。俺達生徒もこのままにしてたらいけないって思ってたからすぐにその話に乗ったよ。まさか、外部の奴らが逃げた蓮達に追手を差し向けるとは想像してなかったけれどな」 


「そっか。……こういう時はサカマキの言う事も当てになるんだな」 


 蓮に全部見透かされていると感じた池田は正直に全てを話した。

 もっとも、蓮は自分でこの事実に気づいた訳ではなく、薄々疑問に思っていた事が京也の言葉で確信に変わったのだが。

 ボソリと零した言葉に池田は気づかなかった。


「とにかく、カズ達が手伝ってくれなかったら逃げる事もできなかったかもしれないんだ。オレの方は今までの事は全部水に流せると思っているし、皆と仲違いしたままでいたくない。……そのためにも、とりあえずこの騒動を止めないとな」


「それはそうかもしれないけど、大丈夫なのか? また人質が取られているんだぞ……?」


「大丈夫。もう人質は目の前の人達だけだ。そして……目の前で起こっている惨状くらいなら、オレにだって止められる。なんてったって勇者だからな」


 蓮は大胆不敵に笑ってそう言った。自身満々に、何の不安もないといった様子で。

 誰に影響を受けたのかは言うまでもないが、こうした方が相手を安心させられると知ったからだ。


「じゃあ、行ってくる。校内の人はひと固まりで避難させたから、カズもそっちに合流してくれ。3階の教室だ」


「頼む。……終わったら、ちゃんと謝らせてくれ」


「……ああ!」


 池田の視線を背に蓮は体育館へと踏み込んでいく。


 大きく息を吸い込んで深呼吸。蓮は目を瞑り、心を落ち着かせる。


(……今はまだ力も意思も押し付けられた称号には全然足りない。世界をどうこうできる方法なんて考えられもしない。それでも自分のやりたいように、間違っていると思った事に立ち向かっていけば。きっと世界は少しだけでも良くなっていくはずだから。これは最初の一歩だ)


 もう押し付けられた称号に振り回されたりはしない。自分の正しさを信じて、自分の意思で目の前の間違っている事に立ち向かう。

 そんな決意と共に、蓮が目を開く。


「そこまでだ!」


 凛とした声が体育館に響き渡った。




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