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23.解放


 保健室から飛び出した蓮達。


「人が集められてる場所は体育館と2階の大部屋っす。蓮くんは体育館の方でいいっすよね?」


「はい。騒動の主犯はそっちにいると思うから。とりあえず、この騒動を止めるためにも行かなきゃいけない」


「うん。じゃあ、私達は2階にいる人質の解放っすね」


「お願いします。オレはまだ校内に残っている人に声をかけて避難させてから体育館に向かうんで」


「了解っす。空中戦艦と同期した校内の生体位置データを送るので使ってください」


「助かります。……それじゃあ、柚子と蜜柑は任せます!」


 蓮はオレデバイスの画面を見ると、目にも止まらぬ速さで駆けていった。


「大丈夫かな、お兄ちゃん……」


「変に加減しなければ余裕だと思いますけどねー。さて、とりあえずこっちはこっちでやる事やっちゃいましょうか」


 蓮を見送った黒乃達3人も目的を果たす為に動き出した。


「人質の解放だよね……敵は何人?」


「拘束されていない人が14人いますね。催眠がかかっている人も4人いるけど多分全員敵なんで倒しちゃっていいっす」


「多分って……本当に大丈夫なんですか?」


「窓から見える限りじゃ言い争っている感じはないんですよね。多分敵のお仲間さんだと思うっすけど……まあ、なにかあったらアドリブでなんとかするんで大丈夫っすよー」


 安心させるように笑みを浮かべて黒乃は言う。

 

「……もしかして、2人とも緊張してるっすか?」


「……うん。あ、ほんのちょっとだけだからね!」


「やっぱり、人と戦うって考えると怖いって思っちゃいます。……でも、やらなくちゃいけない事なんですよね」


「そうっすね。話し合いで解決できるような状況はとうに過ぎちゃってるし、もう実力行使しかないでしょうねえ」


 少しだけ気落ちした声で黒乃が答えた。けれど、それもほんの一瞬の事で直ぐにいつもの声色に戻る。


「戦闘の事は私に任せてくれればいいから、柚子ちゃん達は捕まってる人達を守る事に集中してもらいたいっす。京さんみたいに自信満々って感じに笑って、もし知り合いがいたら安心させてあげてください」


「りょーかいです遥さん! こんな感じですよね、にーっ!」


「そうそうそんな感じっす。能天気さがよく表現できてるっすよー」


「あの黒乃さん、逆蒔さんを真似するのは無理というか、そもそもわたし、そんな人前でお姉ちゃんみたいに大立ち回りできるタイプじゃないんですけど……」


「はいはいそんな事言ってないで。ほら、にーっ」


「はひゃ。やめてくださ(ひゃめへふはは)いー……!」


 蜜柑の頬を軽くつまんで無理矢理笑みを作らせる黒乃。直ぐにパッと離すも蜜柑は黒乃に非難気な目を向けた。

 黒乃は気にする素振りをまったく見せずに笑った。


「いい感じに緊張は解けたっぽいし、行きましょうか!」




「……なあ、本当にこんな事していいのか?」


「今更、何言ってんだ。フロアボスもいなくなったし、もう逃げ回る必要もない。となりゃ、これからしなきゃいけないのは俺達が過ごしやすい居住地を作る事だろうが」


 かつては音楽室だった2階の大部屋の前で、20代の若い男2人が両扉の前に門番のように立って話をしている。それなりの距離はあるものの2階の廊下にはその2人以外誰もいないため、普通に話す程度の声量で会話ができていた。


「だからってよ、いくらなんでもやりすぎじゃねえか? 人質まで使ってこの学校を支配するなんてさ。だいたい人質つっても所詮赤の他人だろ? 自分に危険が及ぶなら普通に逃げられるんじゃないか?」


「はっ、逃げてどこに行くってんだ。ここほど安定している場所なんて数える程しかないだろ」


 その片割れの男が自分達の行動に疑問を持つのに対して、もう一人の男は自分が正しい事をしていると信じ切ったように断言する。


「それに、逃げるって言ったって坂本さんからどうやって逃げるんだ。四六時中モンスターに追いかけまわされるんだぞ。絶対どこかでボロが出て殺されるっての」


 冷酷にそう告げられる。彼らの仲間、その上に立つ人物は魔物使い(テイマー)職業(ジョブ)を持っている。文字通り野生のモンスターを仲間にする力。その力で従えられたモンスターの軍勢の前では半端な個の力は無に等しい。休む暇もなく戦わされれば大抵の相手ならどこかで死に繋がるミスをするだろう。

 フロアボスの襲撃の際にここから抜け出した生徒もいたが、魔物使いの職を持つ男──坂本によって追手が差し向けられ、現在は消息不明になったという経緯を知っている男にとっては、よくもまあそんな馬鹿な事ができるという思いしかなかった。


「……それに多少逃げられたって別にいいだろ。今もうじゃうじゃと数だけは多いんだ。半分くらい減ったってどうにでもなる。最悪、男が全員逃げ出しても女を逃がさなければどうでもいいしな」


 その言葉を聞いて、自らの行動に疑問を持っていた男は顔を顰める。

 自分の身の安全のためにより力を持っているグループに属したはずだったが、ここまでタガが外れているとは思っていなかった。とはいえ、このグループを裏切ってもどこにも行く当てがない上に報復を恐れている男は仕方なくといった様子でグループの行動方針に従っていた。

 それでも、あまりにも危険な橋を渡っているのではないかと男の心の奥に不安が過ぎる。


「だいたい今の上に立ってる連中はヌルすぎんだよ。戦えない奴らの為に俺達が苦労しなくちゃいけないってんならそれなりの対価は必要ってもんだ。男が戦い、女を生かしてやる代わりに、女どもは俺らに奉仕するってのが道理ってもんだよなあ。ああ、楽しみだぜ。俺達に歯向かう奴らを黙らせた後にはお楽しみが待ってるんだから」


 下種の極みとしか言えないような言葉をまき散らす男をもう1人の男は呆れた目で見る。


「ポリももういねえんだ。こんだけ女子中学生がいて、手を出し放題ってのは本当に最高だよなあ!」


「あのなあ……」


 あまりにもな言葉に耐えきれずに男が声を上げようとした時だった。


「ひえー、女の敵は死ぬべきっすねえ……お兄さんもそう思わないっすか?」


「は……?」

 

 少し離れた場所にいた男の体が崩れ落ちた。その陰から現れたのは低身長の少女だ。小学生と言っても通用しそうな少女だが、男は見覚えがなかった。ここに避難してきた住民なんかじゃない。侵入者だ。


 混乱、困惑。そんな感情で男の脳が満たされる。この部屋から2階に通じる廊下の両サイドにある階段まではそれなりに距離がある。それなのにまるでこの少女の接近に気づけなかった。男の方、つまり階段の方向を向いていたにも拘らずだ。

 倒れた男の安否など気にしている余裕はない。中にいる仲間に危険を伝えるため男が声を上げようとする。その口が開く前に男の意識は少女によって刈り取られた。


 


「さすがだね、黒乃さん」


 男が倒れた事を確認して、柚子と蜜柑が黒乃の元に近づく。

 黒乃がやった事は簡単だ。蓮を見て羨ましがった黒乃が新たに習得した《雷魔法》のスキルで素手の一撃に電流を付与した。スタンガンもどきとも呼ぶべき一撃は命を奪わず意識だけ飛ばすもので、レベル差のある相手にはこれ以上なく効果を発揮していた。


「まあ、本気を出せばこのくらい当然っす。さて、それじゃあ中に突入しましょうか」


 悲鳴すら出させずに2人の見張りの意識を奪った黒乃は、それを気にした様子もなく小声で突入の合図を出した。

 柚子と蜜柑が頷いたのを見て、黒乃は教室の扉に手をかけた。


「お邪魔しまーす!」


「ッ!? 誰、ぐあっ!?」


 ガラリと扉が開く音が鳴る。教室の中央には手を縄で縛られた女性や女子生徒が十数人いた。放送で言っていた人質だ。その近くには武器を持った男が3人ニヤニヤとした面持ちで縛られた人を見降ろしている。状況からしてこの男達が学校を占拠しようとする集団である事は間違いない。

 他にも机に腰かけて談笑している男が数人いたが、事前の探知結果と仮想敵の人数が同じである事を目視で一瞬の内に確認した黒乃は、言葉と同時にあいさつ代わりの一撃としてナイフを人質の近くに立つ男達に投げつけた。


 あまりにも場に相応しくない能天気な声色に教室内にいた男達は慌てて警戒の声を上げるが、武器を構える事すら許されずに人質の周りにいた3人の男はナイフに足を穿たれた。

 倒れこむ男達は光の縄で両腕を縛られた後に黒乃の後ろから現れた数体の鉄甲冑の騎士に押さえつけられた。


「みんな、助けに来たよっ!」


「柚子! それに蜜柑ちゃんも!」


 何が起こったのかわからずに困惑している人質達に駆け寄る柚子と蜜柑。捕まっていた中にいた彼女らの同級生がその顔を見て安心したように声を上げた。


「クソッ、誰だテメエらは!」

「……マズいですよ! コイツ、フロアボスを倒した奴だ!」

「なにぃ!」


「なんだ、知っているなら話が早いっすね」


 談笑していた男達も味方が倒されて黙ってはいられない。咄嗟に武器を構えるもその中の一人が目の前の黒乃が自分達とは比べ物にならない強者だと気付いた。


「恨み辛みはないけれど、アンタ達みたいなのが溢れると私が気分良く遊べなくなるっす。だから、大人しくお縄についてくれませんかねぇ?」


「誰が……!」


「別にこっちは実力行使で黙らせてもいいっすよ? 言っちゃあ悪いですけど、人質を解放した時点で殺さないように手加減したって余裕なんすから」


 黒乃は大胆不敵に笑みを浮かべて、職業専用武器のレーザー銃の銃口を突きつける。

 リーダー格の男は強がりを見せていたが、黒乃の口から人質という言葉が出ると何かを思い出したように笑いだした。


「……は、ハハハ! これで勝ったと思うなよ。どうしてここに人質がいるってバレたのかは知らねえが、向こうにも人質はいる……ガアッ!?」


 男が取り出したのはオレデバイス。体育館にいる本隊に連絡を取ろうとしたのだろうが……


 男が悲鳴を上げる。カンと硬質な音と共に男の持っていたオレデバイスが床に落ちた。


 男は撃たれて焼き爛れた左手を押さえる。


「こっちは銃を突きつけているのに随分呑気っすねえ」 


 何の躊躇いもなく銃を撃った黒乃は悶え苦しむリーダー格の男を尻目にそう言い放つ。


「殺さないとは言ったけど、これだけ堂々と宣戦布告してるのにまだ歯向かおうって言うならこっちもそれなりの対応をするっす。……それで、後ろの人らはまだ痛い目見たいんですか?」


 そこに笑みはない。先までの言動から急転して冷めた目線をぶつけられた男達は、黒乃の纏うプレッシャーからこれがハッタリなどではないと感じさせられた。


「今のでも相当手加減してるんすからね。その気になれば、今の一発だけでも左手だけじゃなくて左半身諸共ぶっ飛ばせるんですよ。その辺、ちゃんと理解して考えてほしいんですけどー」


 もはや、黒乃の言葉が虚勢だと笑い飛ばせる者は誰もいない。その強さは既に多くの人間が知る所であり、その片鱗を身を持って体験させられた男達にはこれ以上歯向かう気概など存在していなかった。威力こそ手加減されていたとしても、その攻撃の速さはいまだ低レベルの男達に見切れるようなものではなかったからだ。


 元より積もり積もった不満を短絡的な思考で解消しようとした者達だ。今までの狼藉はあくまでも相手が弱者だと理解していたからできた事で、そこに自身よりも遥かに強大な暴力に立ち向かう意思はなかった。


「こ、降参だ。もう歯向かわないから命だけは勘弁してくれ……」


 1人、また1人と武器を手放していく男達。黒乃の脅しを撥ね退けて抵抗した者は誰もいなかった。


「はいはい、お疲れ様。柚子ちゃん、拘束お願いっす」


 男達が意地も見せる事なく簡単に投降した事に、予想通りだと思いながらも一片の興味も失った黒乃は投げやりに柚子に拘束を任せる。


 屋内で炎を使う訳にもいかないため、柚子が新たに手に入れたスキル《光魔法》。その基本は光を収束して実体化させる力だ。

 柚子は先程と同じようにロープ状の光で敵を拘束する魔法を使って男達を拘束した。激しい抵抗があれば拘束を振りほどけるだろうが、そんな真似を黒乃の前でする程の度胸は男達にない。


 黒乃は傷を負った者には最低限の治癒をかけた上で拘束した男達を部屋の隅へ転がした。


「あはは……やっぱり、わたし達の助けはあんまりいらなかったね」


「好き好んでこんなのと戦わなくたっていいでしょ。何の得にもならないっす」


 とりあえず一段落した事で柚子は安堵の声を漏らす。それと同時に結局、戦闘の殆どを任せてしまった事に若干の情けなさを彼女は感じていた。

 とはいえ、黒乃にとっては雑に力を振るったという認識しかない。こんな相手に時間を取られる事は徒労だとすら思っている。


「そんな事より人質の女の子達を安心させてあげてください。そっちの方がよっぽど助かるし……ほら、蜜柑ちゃんだけじゃもう限界っすよ?」


「……そうだね。うん! わたしも行って久しぶりに話してくるね!」


 蜜柑が拘束を解いた同級生の女の子に抱きつかれてあわあわとしているのを見て、お姉ちゃんの柚子も加勢しに人質として捕らえられていた人達の方へ向かっていった。


「個人的にはすっごくつまらなかったけど……まあ、こっちの方がいいっすよね」


 完全な弱いものイジメに辟易としていたが、笑顔を見せる少女達を見て溜飲を下げた黒乃は別行動の京也と蓮に経過を報告するのだった。





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