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19.助けて


「……あのさぁ、蓮にい。いつまで黙ってるのさ。なにか家族だけで話したい事があるから、わざわざ遥さん達に頼んで蜜柑とわたしを呼んだんでしょ?」


「お兄ちゃん……? 話しづらい事だったら無理しなくてもいいんだよ?」


 どうしてこうなった。パジャマ姿の妹達の目の前で正座を崩さないまま、されども話も切り出せずにいた蓮は心の中で嘆きの声を上げた。


 かれこれ10分以上の沈黙のせいで不機嫌さを隠さなくなった柚子。蜜柑は蓮の歯切れの悪い様子から「たぶん、逆蒔さんがやらせたんだろうな……」と察していた。

事実、「どうしてこうなった」の答は「全部あのノーテンキ男のせい」なので蜜柑の考えは当たっている。


 兎にも角にも、このまま黙っているわけにもいかないと蓮は閉ざしていた口を開く。


「柚子、蜜柑。オレ、隠してた事があって……」


「そんなのわかってるよー!」


「お、おう……そうか」


 蓮のしどろもどろな物言いに柚子は完全に焦れていた。兄の隠し事など妹には簡単に看破されてしまうものらしい。蓮は観念し、自分が抱え込んできた秘密を打ち明けた。


「オレは、話すべきじゃないって思ってたけど逆蒔……さんが話すべきだって言ったから。もう隠すのはやめる。ショック受けるかもしれないから聞きたくないなら、聞かなくていい。……柚子達、一回帰って見たんだろ。オレ達の家がどうなってるか。アレやったのオレだ」


「そうだったんだ。でも、それだけの事だったら隠さなくても……」


「…………父さんと、母さん、死んでた。だから、焼いた」


 幾許かの静寂。怯えからか、途切れ途切れになりながらも秘密をとうとう打ち明けた蓮は、膝の上に乗せた両手を固く握り、妹の反応を待つ。


「……お父さんもお母さんも、もう死んじゃってるんだね」


 いち早く蓮の隠していた秘密に気付いた蜜柑は俯き、そう言う。

 蓮は彼女の表情を見て困惑した。彼が思っていた反応はもっと悲痛なものだった。だが、蜜柑の声色は悲しみよりも納得したといったものだった。


「……驚かないのか?」


「だって、あれだけ町がめちゃくちゃになってるんだもん。お兄ちゃんが守ってくれてなかったら、きっとわたしなんて簡単に死んじゃってるよ。……だから、うん。覚悟はしてた。ただ、ちょっと悲しいだけ」


 苦笑。もう笑うしかないと言った様子で話す蜜柑の目は涙を堪えるように潤んでいた。


「……そっか。…………そっかー」


 口を半開きにしたまま固まっていた柚子は蜜柑の言葉でようやく意味を理解したのか、そう呟く。


「力も手に入ったし、絶対母さんと父さん見つけて今度は私が守る番だーって、そう、思ってたのになー……」


 そこまで言い終えると堪えきれなかったのか、柚子の両目の端から涙がポロリポロリと零れ落ちる。


「……あれ、おかしい。何言われても、絶対泣かないって、決めてたのに……なんで……っ?」


 彼女は狼狽しながら目を袖で拭うが、次から次へと流れる涙が頬を伝う。


「なんでっ、お姉ちゃん、泣いちゃうの。そんな事されたら、私だって、我慢、できない……!」


「しょーがないじゃん! こんなに悲しいのに我慢なんて……うわーん!」


 柚子に釣られたのだろう。蜜柑もしゃくり上げる。

 妹の涙を見て、とうとう抑える事も出来ずに柚子は蜜柑を抱きしめて声を上げて泣いた。


「……あっ」


 そんな様子を呆然と見ていた蓮は自分の目から妹達と同じように涙が零れ落ちた事に気付き、思わず声を出した。


(オレが、泣いちゃ、ダメだろ! 母さんと父さんの分までオレがコイツらを守らないとって決めて、ずっと、ずっと、耐えてきたんだろ!)


 蓮は歯を食いしばって涙を堪える。


 蓮がこれまで泣き言も言わずに目の前の困難に立ち向かえた理由は,強大な力をもってしまった事からくる責任感と両親を守れなかった後悔だ。

 誰よりも強い彼はそれ故に、誰にも助けを求められなかった。大抵の事は自分がいるだけでどうとでもなってしまうからだ。そして、彼にそれをやらないという選択肢は用意されていなかった。

 困苦に蹲る友人、自分のせいで囚われた妹達、破壊されていく街。彼に立ち止まる事は許されなかった。自分が動けば少しでも今の状況をマシにできる。それだけを信じて『勇者』として戦い続けた。本当の彼はどこにでもいる中学生でしかないのに。

 結局、彼は正義なんてどうでもよかった。そんな事を真面目に考えた事なんてあるわけない。……それでもそれを掲げて戦わなければならない。そんな現状に彼は当たり前のように疲弊し、逃げ出したのだ。


 だが、そうして逃げ出した先でも彼は立ち止まれない。むしろ守る対象が絞られた事で余計に責任感だけが増していった。亡くなった両親の分まで妹達を守らなければならないと思い込んだ。……彼は勇者の力を振るい続けなければならなかった。


 蓮にとっての『勇者』は正義を成す者ではなく、ただ力を持っているだけの人でしかなかった。


(ここで泣いたら、オレに、勇者じゃないオレに戻っちまう! それだけはダメだ! せめてこいつらの前でだけでも、オレは勇者でいなくちゃ……!)


 だから蓮は、ずっと隠していた、抱え込んできた秘密を打ち明ける事がこれほどまでに致命的な事になるのだとは思いもしなかった。

 強さだけを支えにした人間が弱さを見せるとどうなるのか。蓮はそれを身をもって実感する。


 弱さを見せた人間は強くはいられない。そんな事、降って湧いた力を使っていただけの彼にはわからなかった。


 蓮はようやく京也の思惑に気が付いた。


(……強さの証明、偽りの自分(勇者)である事を捨て去れ。アイツはそう言っているのか。きっと、今頃うまくいったなってあの憎たらしい笑みを浮かべてるんだろうよ。ああ、チクショウ。全部アイツの思い通りだ)


 心の中で毒を吐く蓮。もう、自分を取り繕う事などできなかった。


 柚子と蜜柑を抱きしめて彼は泣く。泣き喚く。

 世界が変わってから、泣く事も許されなかった蓮はようやく本当の意味で抱えていた重荷を下ろした。





「よう、少しはスッキリしたか?」


「……やっぱアンタ、嫌いだっ!」


 ニヤニヤと笑う京也に向かって、蓮はみっともない姿を見せた恥ずかしさから顔を真っ赤にして叫ぶ。彼の両目は泣き腫れていた。


 フシャーと猫が威嚇するような素振りのまま蓮は京也を睨み付けていたが、京也がまるで怯む様子を見せなかったので大きな溜息と共にそれをやめた。


「……ちゃんと言ったよ。スッキリした」


「あっそ。良かったな」


 一応の義理として、この事態を仕組んだ京也に端的に報告する。京也も家族間の事に必要以上に首を突っ込むつもりはないようで短く言葉を返した。


 それだけのやり取りの後に、蓮は告げる。


「考えたよ、やりたい事。オレ、あいつらともう1回ちゃんと話をしたい。勇者だとかそんなの抜きにして、友達が困っているのを放ってはおけない」


 蓮の言葉に迷いは見られなかった。今まで彼を突き動かしていた使命感ではない、自分の意思での選択だという事が伝わってくる。


 一度逃げた場所に戻る。その選択はとても勇気がいる事だ。その選択を京也は尊重した。


「そうしたいって蓮が思ったのなら俺は止めないよ。それで、助けはいるか?」


「……アンタからそう言ってくるとは思わなかったよ。で、何が目的だ」


「おいおい、そんな悲しい事言うなよー。俺は純粋にお前を助けたいって思って……」


「アンタ、そういうキャラじゃないだろ」


「まあねー」


 蓮の指摘に京也はまるで悪びれた様子もなく舌を出して答える。


「……アンタには色々助けられちゃったからな。ヤバい事以外なら、手伝ってもいい。だから……」


 こういうとこがなければ……だとか、こいつに借りを作りたくないな……など様々な感情が蓮の胸中で溢れるが、グッと呑み込む。


 そうして、蓮は今まで言えなかった言葉を口にした。


「……オレを助けてくれ」


 少しの静寂。1秒にも満たずに京也は即答する。


「おう、任せろ。対価は……そうだな。俺が困っている時に助けてくれ。お前が困ってたら俺が助ける。俺が困ってたらお前が助ける。こういうの友達っぽくていいだろ?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる京也。


 蓮は苦笑を漏らす。京也はもっと人に言えないような事を自分の力を使ってやるのだと思っていたが、告げられたのは思いもしないような言葉だ。


(……この人、本当に自分とその周りにしか興味がないんだな。警戒してたのが馬鹿馬鹿しい)


 一応、年上なのに随分と失礼な態度ばかり取ってしまった。だけど、向こうはこちらの事を助ける事をまるで苦に思っていない。それこそまるでオレの事を友達とでも思っているかのようだ。

 一期一会という奴だろうか。こうして出会ってなかったらきっと逆蒔はオレの事を助けてくれなかっただろう。

 ……逆蒔にはもっと別の目的があって、ここで口にした言葉は全部オレを騙す為の演技という可能性もなくはないだろう。けれど、その可能性はもう考えない事にした。黒乃さんを見てればわかる。この人はどうしようもない人だろうけど、本当に自分の事だけしか考えていないクソ野郎ではないみたいだ。

 なら、それでいい。気は合わないけれど、信頼はできるだろう。

 ただ、この言葉に素直に頷くとまるで逆蒔とオレが友達だと認めたようでなんかイヤだ。友達になるのに確認の言葉なんていらないとはいえ、勝手に友達面されてるのもそれはそれでなんかムカつく。

 蓮はそんなささやかな抵抗心からこう口にする。


「アンタと友達にはなりたくないなー」


「辛辣だなぁ!?」


 京也の叫びを聞いて、蓮は思わず吹き出した。





 

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