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18.回復


 熊型モンスター、《アカガシラ》。東京付近の森でレベル13〜15の強さで出現するこのモンスターは群れを率いず単独で再配置(リポップ)される。

 フロアボスには及ばないとはいえ、全長3メートルを超える巨体に鋭い牙と爪を持つこのモンスターは群れで出現する事はないという特徴があったとしても森で出現するモンスターの中では一番の強さを持っていた。


 そのアカガシラが対峙したのはたった1人の人間だ。

 モンスターの本能に従い、その人間に牙を剥いた瞬間、アカガシラの左腕は切り飛ばされていた。


「……身体が軽い。なるほど、ここまでコンディションに差が出るか。ちゃんと休むって大事なんだな」


 下手人である蓮は、遥か後方で感覚を確かめるように右腕を振るっていた。

 その手に持つは聖剣イーシュラ。勇者にだけ装備が許される唯一無二の武装だ。


 接近し、腕を切断し、瞬時に間合いから離脱する。蓮が今やった事は言葉にすればそれだけだが、ステータス差がある相手だとそれでも脅威になる。なにせ視認する事ができないほどの速さなのだから。

 そして、アカガシラはその「ステータス差がある相手」のカテゴリーに入る。……もっとも、彼のステータスに匹敵する相手などごく一部ではあるのだが。


 アカガシラは自分の認識の及ばぬ所で攻撃を受けたと瞬時に理解し、距離を詰めようと残った右腕を地につけ力を籠める。

 しかし、いざ駆け出そうとした出鼻をくじくように肩を炎の弾丸が撃ち抜き右腕を根本から吹き飛ばした。


「魔法も問題なし。やっぱり疲れてたら発動にも制限がかかるのか。気を付けないと」


 銃の形にした左手を下ろし、満足げに確認する蓮。

 スキル《炎魔法》の初期の段階で使えるようになる《火弾(フレイムバレット)》。最初期の魔法《(ファイア)》を圧縮・加速して撃ちだす魔法だが、そんな魔法ですら圧倒的なステータスを持つ蓮が使うと一撃必殺レベルの威力をほこる。


「……ゴメンな。色々試すようなことして」


 体の動き、魔法共に問題がない事を確認した蓮は、両腕を失いもがいているアカガシラの首を断ち、あっさりとトドメを刺した。


 蓮にとっては3日振りの戦闘だ。自身の戦闘性能に変化がないか確認するためにもあえて一撃で終わらせなかった事に彼は少しだけ罪悪感を抱いていた。


 ふぅ、と息を吐く。そしてくるりと振り向いた。


「──おみごと。その分だともう完全に回復したみたいだな」


「見てたのか。こんな監視みたいなのやめた方がいいぞ」


「とぼけちゃってー。《探知》のスキルがあるんだから気付いてただろ?」


 蓮が見つめる方向から現れたのは京也だ。覗き見を咎めるように蓮は言葉を口にするが、軽く流されるだけで終わった。


「アンタはモンスターと戦わないのかよ?」


「雑魚狩りなんて回数こなした後は面倒くさいだけからな。レベル上げは俺のモンスターに任せてる。俺のモンスターは優秀だから勝手にやってくれてるよ」


「そうじゃなくて、黒乃さん達と一緒にいなくていいのかってこと。柚子達を成長させるためにわざわざオレを別行動にしたんだろ」


「いやー、もう柚子達にはステータスで追い越されちゃったからねー。雑魚相手にカード使うのも勿体ないしで俺が役に立てる事なんてほとんどないよ。それに万一の事があっても黒乃がいるしで追い出されちゃった」


 腰を下ろし、あはは、という空笑いと共に京也はそう答える。


 蓮と京也の会話からわかる通り、黒乃と柚子と蜜柑は少し離れた場所でモンスターを狩っていた。

 カードがないため前の時ほどの無茶なパワーレベリングはできないが、黒乃は周囲のモンスターを感知できるため効率的にモンスターと戦闘できる。戦闘経験も大事だという事もあり、今回は柚子達だけでモンスターを倒す事になっていた。

 危険だと思うかもしれないが、そもそも先日のパワーレベリングのお陰で、柚子はレベル8、蜜柑はレベル9までレベルが上がっている。もう殆どのステータスで京也を上回っているため大丈夫だろうという判断が下された。


 ただ、そうなると蓮は邪魔になる。彼は未だに妹達に戦わせる事を良く思ってはいないのだ。

 柚子達はそれを理解しているから蓮がついてくる事を良しとしなかった。共に戦えるようになりたい、助けになりたいと思っていても今はその領域に立っていない事を承知していたからだ。


 京也もついでに後から別行動になった。何もやれる事がなかったからだ。だから蓮の様子を見にきた。


 蓮からしたら渋々妹達を任せたのにこの言い草だ。

 色々と世話になった相手だし、この数日間の生活で悪いやつではない、少なくとも言った事は守る奴なのだろうとも感じた。だが、彼がたまに見せる他人を突き放すような言葉や無責任な言動が蓮はどうしても好きになれなかった。


 とはいえ、それは気に入らない程度の感情だ。実際に何か悪い事をしたわけでもないので蓮としては怒るに怒れない。ただ呆れているだけだ。

 言葉を呑みこみ、蓮も京也の隣に間を開けて座り込む。そうして思い出すのは先程見た柚子達が戦っている姿だ。


「……あいつら、ちゃんと戦えてたな」


「おう。蓮は心配し過ぎなんだって。俺なんかよりよっぽど強いぞあの子ら。ステータスとかの話じゃなくてな」


「それでも、やっぱり心配だ。せめてオレより強くなってくれないと怖くて戦わせれない」


「いや、そんなん無理だから」


 蓮の無茶振りに真顔になって冷静にツッコミを入れる京也。


「……過保護すぎるのかな。いまいちわからないんだ。どこまでがオレがやらなくちゃいけないのか本当にわからない。父さん達がいたらこんな時どうしてたんだろう」


 胸奥の思いを絞り出すように蓮が言葉を口にする。


 本当はこんな弱音を吐くつもりなんて彼にはなかった。それでも口に出したのは、京也の言葉を聞きたいと思ったからだ。


「そりゃあ、守るだろ。子供が異常な事件に巻き込まれてるんだったら何とかしてやりたいって思うのが親心ってもんだと思うぜ。普通はな」


「そう、だよな」


「……けれど、今はもう違う。柚子達は踏み出した。自分の運命を自分で決めたんだ。もう子供でいられないって思ったんだよ。お前と一緒でな。独り立ちしようとする子供を見守るのも親心ってもんじゃないか?」


「……そっか。もうあいつら、1人でも大丈夫なのか。そう聞くと安心……」


 蓮は京也の言葉を聞いて、心の底から安堵した。


 正気を疑う性格と能天気さを併せ持っていても、目の前の事に真剣になれる人だというのが蓮の京也に対するイメージだ。そんな彼が妹はもう自分の力で歩いていけると太鼓判を押したのだ。


 肩の荷が下りた。そんな気分の蓮の言葉を京也が遮ぎった。


「あ? 勝手にパパ面すんのやめろよ。お前は柚子達のお兄ちゃんなんだから、理由なんて関係なく妹を守ってやればいいんだよ」


「……ほんと、アンタって人は。勝手な事ばっかり言うなあ」


 ……こういう無茶苦茶な言動がなければ素直に信頼できるんだけどなあ。


 心の中でそんな風に思った蓮だったが、口にはしなかった。呆れて肩を竦めただけだ。


 数瞬、無音の時間が流れた後に、蓮は唐突に閉ざしていた口を開いた。


「父さんと母さん、もう死んでるんだ」


「……え、急すぎない? だいたい俺にそういう事言うなよ」


 京也は突然打ち明けられた秘密に戸惑い、そして、嫌そうな顔をした。


「だって、アンタはオレに、変に気を使ったりしないだろ。他人じゃないとこんなの簡単に言えないよ。……それに話を聞くだけ聞くって言ったのはアンタだろ」


「そーだけどさー。そういう重いのは専門外っていうかー……はあ、はいはい。わかりましたよ。聞きますよー」


 蓮が前に言っていた京也の言葉をそっくりそのまま返すと、京也は諦めて蓮の言葉を待った。


「……世界がこんな風になってから2日目に、家に帰ったんだ。今って一応まだ夏休みじゃん。父さんも仕事が休みで、家には父さんと母さん2人ともいてさ、もしかしたらまだ家の中にいるかもって思って、それだったら学校に避難させないとって考えたんだ。……その時にはまだ柚子達は捕まってなかったから、そっちの方がいいって思ったんだ。だから、一緒に学校の外にモンスターを狩りにきた人らには無理言って、1人で様子を見に行った」


 言いたい事がまとまっていないかのように、そのまま並べられた言葉。それを聞いて京也は、柚子達と立ち寄った四宮家の惨状を思い出していた。


 高火力の炎で消し炭すら残らなかった家の跡地。京也は勝手にフロアボスのせいだと決めつけていた。わざわざ誰かが家を燃やす理由が思いつかなかったから、他の家と同じようにモンスターの攻撃で、火というわかりやすい特徴からフロアボスの流れ弾で崩壊したのだと思い込んだ。


「家はもうほとんど壊れてて、多分、大型のモンスターに踏み潰されたんだろうな。それでオレ、心配で中に入ったんだ。瓦礫とかどけて何とか家の中を確認しようとして。……ようやく見えた床は血塗れだったよ。父さんと母さんは家の下敷きになってた。即死、だったんだと思う。すっごく悲しかったけどさ、それ以上にオレは『柚子と蜜柑が知ったらどうなるだろう』って思った。だから……」


「……家を燃やしたのはお前だったんだな」


 だけど、そうしなければいけない理由が見つかった。


 家が燃えた理由。それは破壊ではなく、偽装こそが目的だったのだ。


「知ってたのか」


「柚子達が見たいって言ったからな」


「……やっぱり、見に行きたいって思うよな。あいつら、俺の前じゃそんな事ちっとも言わなかったけど、気を使ってたのかな。……まあ何にせよ、ああしといて本当に良かった」


 京也の言葉を聞いて、ため息を吐く蓮。


 親の無残な姿を見るのが自分だけで良かった。自分の行動が正しかったなどとは思ってなかった蓮だが、その点だけは本当に良かったと思っていた。


「墓はちゃんと作ったか?」


「……まだ。焼いて骨は拾ったけど、どうしていいかわからないままアイテムボックスの中に入れっぱなし」


「罰当たりだなー。……ま、落ち着いたらちゃんとしとけよ」


 後ろめたさを隠すように下を向いた蓮。京也は立ち上がり、その頭をグリグリと押さえつけた。


 京也は蓮のした行動に特に思う事はなかった。褒められた事ではないだろうが、自分が同じ立場なら同じようにしただろうと考えたからだ。


「俺から言える事なんて何にもないよ。蓮が正しいか正しくないかなんて俺は絶対決めん。だいたい、やっぱり俺に言っても仕方なかっただろ、この話。さっさと柚子と蜜柑に話すんだな」


「うぐ……わかってるよ、そんな事。踏ん切りがつかなかったからアンタで練習しただけだ!」


「まだ足りないとか言ってくれるなよ。黒乃にこんなの話したって機嫌悪くなるだけだからな。って言うかもう今日の夜に柚子達に話しとけ。あんまり希望持たせても可哀そうなだけだ。自分でやった事の責任くらいは取らなきゃだぞ」


「……わかったよ。今日、ちゃんと話す」


「うし、決まったな! じゃあ、黒乃達と合流して帰るか!」


 蓮の背中をバシンと叩いて、京也は歩き出す。


 京也の貧弱な攻撃力から繰り出されたそれは蓮にとってはまるでダメージにもならないが、心がズッシリと重たくなったような気がした。雰囲気に乗せられて、妹に秘密を打ち明ける事になってしまった。今はそれをどうしようかと悩んでいる状態だ。


「あー、そうだ。これは聞かなくても全然関係ない事なんだけど」


 京也の後ろをトボトボと歩く蓮に対して、京也は振り返らないままそんな前置きと共に口を開く。


「俺はお前がすごいと思ってる。妹を守るために自分の身体をボロッボロになるまで使って。親の死に目は見れなかったかもだけど、それでもくじけずに自分のできる事しててさ」


「……状況に流されただけだ。こんなの全然すごくない。本当はもっとやらなきゃいけないんだ。俺は……」


「《勇者》なんだからってか? まあ、別にどう思おうが勝手なんだけどさ。俺が蓮の気に入ってる所って多分、そういうの全然関係ねーわ。……苦しんで、悩んで、それでも誰かの為に頑張れる。俺はそんなのできないけど、そうできる奴は嫌いじゃない。未だに妹守り続けてるお前は十分、立派だよ」


 京也はそこまで言うと、一呼吸置いてから


「……俺は、骨を拾いに行けるかも怪しいからな」


 消え入るような小さな声でそう呟いた。


 蓮はデパートでのやり取りを思い出し、納得した。

 京也の家族構成は知らないが、彼の家が兵庫にある事は彼自身が言っていた。


 どこに消えたのかもわからない東京以外の元の世界。フロアボスの表示から、なくなってしまったわけではない事だけはわかっているが、その場所までは判明していない。そんな状況だ。


 意外だったのは、京也がそれを悲観するように言葉にした事だった。京也は自分の事以外にはまったくと言っていいほど興味がないと蓮は思っていたからだ。


 どのように言葉を返せばいいのか、立ち止まって蓮は悩む。


「……なーんてな。ほら、帰るぞー」


「あっ……ああ。わかってるよ!」


 そんな様子を不審がった京也は、振り向くと笑みを見せて蓮を呼ぶ。


 京也にとっては、本当に話の流れで言っただけなのだろう。恐らく自分を励ますためか。京也の言動をそう結論づけた蓮は返事をして彼の後を追った。





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