17.とりとめもない日常
「あっ、これいいかも!」
「こっちもどうっすか?」
「えー? 戦うのにこんなひらひらした格好はどうかと思いますー!」
「だからこそっすよ。戦う女の子の絶・対・領・域! これ以上に素敵なものはないっす!」
目の前で、ズボン系の服を手に取って見ている柚子に、黒乃がフリフリとしたミニスカートをお勧めしている。
「遥さん。これは流石に変だと思うんですけど……」
「何をおっしゃいますか! こんな服着てどうどうと外を歩けるのなんて今だけっすよ!」
「それ、普通は着ない服って事ですよね……」
蜜柑はコスプレかと思うようなゴスロリを着せられて困ったように眉を下げていた。何だかんだ言っても着ちゃっている辺り、彼女の押しの弱さが伺える。
というか、どこから持ってきたんだあのゴスロリ。あんなのショッピングモールにないだろ……あいつ、わざわざ着せるために他から持ってきやがったな。なんて女だ。
「……なあなあ、お兄ちゃん的にはどうよ? 妹が着飾ってるとこ見るの。可愛いとかそんな感想ねーの?」
「普通に居心地わりーよ。ってか、こんな事してていいのかよ……」
きゃいきゃい楽しそうにやってる女性陣と違って、俺達男性陣(2人)は手持ち無沙汰な様子で女性陣を眺めていた。
今いる場所は無人のデパート。俺達がまだ残っている生活必需品をよく持っていっている場所だ。
電力が沈黙しているために薄暗いが、天井部がガラスで太陽の光が入ってくるので明かりが必要な程ではなかった。
最初に入った時にここを巣にしていたモンスターは徹底的に駆除した。
それからも来る度に内部のモンスターは片付けている事とそもそも東京内のモンスターが少なくなってきている事もあり、内部のモンスターは数える程しかいない。
人に関してはわからない。少なくともここに最初に入った時にはいなかった。それからは調べていない。黒乃の感知能力で簡単にわかる事だが、俺も黒乃もその辺りは興味がないため話題にも上らない。
まあ、ここの物を持っていった形跡が俺達以外にもあるので、人の出入りはあるのだろう。その割に人を見かけないのは黒乃が意図して人を避けているためだと思う。
それはそれとして、ここに来たのは蓮達の分の服などを手に入れるためだ。逃げている時には気にする余裕もなかったみたいだが、いつまでも同じ制服を着ているのは嫌だったらしい。
オレデバイスのショップを使うのもいいが、時間など有り余っている。どうせならこの機会にと、他にも必要なものを取りに来たわけだ。
まずは服を男女に分かれて選びに行ったのだが、男の、それも中学生が服にかける時間などたかが知れている。適当にジャージやシャツ、ジーンズを数点引っ張ってきてそれで終わりだ。そんな事もあり、合流してから十数分経った今でも女性陣の服選びは続いている。
そんな中、蓮がぼやく。
無人の店から商品を持っていく事自体には難色を示しながらも納得していた。どうせ売り物にならないだろうし、そもそもオーナーが生きているかも不明だからだ。ならば、ここでいう「こんな事」ってのは時間を無駄にしている事でいいのだろう。
「いいじゃん。別にやらなきゃいけない事なんて、なーんにもないんだしさ」
「いや、やらなきゃいけない事いっぱいあるだろ。オレ達ができるかどうかはともかく」
「じゃあ、今はやらなきゃいけない事やる前の自由時間だ。世界がこんな事になる前だって、宿題があるのに友達と遊んだ事くらいあるだろ? あんな感じ」
「……テキトー過ぎるってよく言われない?」
「俺が? ……バカな。俺ほど真面目な人間はいないだろう」
「アンタの言葉は本気か冗談かよくわからないな……」
おい、その反応はなんだ。何故そこで「しょうがない人だな、本当……」みたいな表情をしている。まるで俺が年下に気を使われるどうしようもない奴みたいになってるじゃねえか。
これは見返してやらねばならない。今こそ年上の先輩らしい威厳ある姿を見せる時……!
「何企んでんだよ、その顔。気持ち悪りいな」
「俺のポーカーフェイスを見破った、だと……」
「何バカやってるんすか。あと、ゲームや戦闘中はともかく、普段は割と考えてる事丸わかりっすよ。京さん」
黒乃が呆れた顔で横からそう言ってきた。
「馬鹿な……今まであいつらそんな事一言も……黙ってやがったなチクショウ!」
割とショッキングな事実が何気ない感じで判明してしまった。
黒乃の言葉が本当ならば、俺の考えている事は常時筒抜けで友人達はそれを見て楽しんでいたという事になる。思い返してみれば変なタイミングであいつらが笑っていたような気がする。なんてひどい奴らだ。ゆるせん。
逆蒔京也は激怒した。必ずやあの邪知暴虐の友人の脳天にアイアンクロ―を決めねばならぬと決意した。……また一つ、戻らないといけない理由ができてしまった。
「そんな事どうでもいいんで。京さん、私はもうちょっと柚子ちゃん達を着せ替え人形にして楽しんでますけど、どうします? 一緒にやります?」
「やだよ。お兄ちゃん横にいんだぞ。……じゃあ、蓮と一緒にどっか行っとくわ。暇だし」
「あー……俺もそうします。柚子達の事頼みます」
「りょーかいっ! じゃあ、また後で!」
黒乃はニンマリと笑みを見せて、柚子達の方へと戻っていった。
「うし、じゃあゲーセンでも……電気ついてなかったな。適当に歩くか」
蓮を連れて、暇つぶしにゲーセンでメダルゲームでもしようかと思ったが、よくよく考えてみれば電気が止まっているので使えない事に気付く。
仕方がないので、適当に歩く事にする。
「すっかり静かだなー。梅田にも似たような雰囲気のとこがあったのを思い出すよ」
「梅田……大阪か? なんでそんな所の話を?」
「あれ、言ってなかったっけ。俺、元々兵庫に住んでんだよ。大阪のすぐ隣の県な。こっちに来たのはカードゲームの大会に出るため」
「カードゲーム?」
「《ChronoHolder》ってやつ。知らない?」
「……ああ。アニメは見てたよ。大会なんてやってたのか」
とりとめのないやり取りをしながら、無人のデパートを回る。
「いろんな店がある所でさ。活気のある所はそこそこあるんだけど、人通りが少ない所も結構あるんだよ。周りの店がほとんどシャッター閉まってて、明かりはあるのに薄暗い感じがここと似てるんだよな。……まあ、ここほど暗くないけど」
「ふーん。大阪にもそんな場所があるんだなー……っと」
蓮が立ち止まる。
「どうしたんだ? ……サッカーボール?」
蓮は足元に転がっていたものを手に取り、ジッと見つめていた。
それは何の変哲もないサッカーボールだった。
「あっちの店から転がってきたんだろうな」
すぐ近くに全国チェーンのスポーツ量販店がある。モンスターが起こした騒動の影響で店の外まで転がってきたのだろう。
「で、どうしたんだよ。そんなもんに熱い視線注いで」
「……世界がこんな事にならなかったら、今頃、普通に部活に出てコイツを蹴ってたんだろうなって」
「へえ、サッカー部だったんだ」
「ああ。……まだ、2週間くらいしか経っていないのにな。なんだかすごく懐かしく感じるよ」
何処か張り詰めた雰囲気を纏っていたように思える蓮が、穏やかな声色でそう言った。目を瞑っているのは懐かしさに浸っているからだろうか。
……ちょっとくらい、息抜きさせてやった方がいい、よな?
「あれやろう。名前は知らないけど、ワンバンで相手にボールを蹴り返すやつ」
「俺も正式な名前は知らないけど、その言い方はどうかと思うぞ。ってか、どうしたんだよ急に」
「感慨に耽る蓮くんのために遊び相手になってやろうっていう粋な計らいさ。わかったら大人しく俺と遊ぶんだな。ほら、パース、パース」
「ここ屋内……まあ、いいか」
手をくいくいと動かしてボールを要求すると、蓮は文句を言いながらもこちらにボールを蹴る。
緩やかに弧を描いて俺の足元に飛んでくるサッカーボール。それを思いっきり蹴りぬいた。
「あっ、悪りい」
「どこ蹴ってんだヘタクソ!」
打った瞬間にそれとわかるミスキック。まるで見当違いな方向に飛んでいったボールと入れ違いに蓮から容赦ない罵倒が飛んできた。
ちなみにボールは蓮が咄嗟に反応して、目にも止まらぬ高速移動から空中でトラップしていた。すごいね。
「ちゃうねん。別に運痴じゃないねん。今のはアレや。レベルアップのせいで力加減がわからなかっただけだから」
「その言い訳は苦しいだろ……」
蓮は呆れ顔だ。
事実、ステータス上昇で以前とは動きのがまるで違うが、それは自分でコントロールできるものだ。
速度に関して言えば速く動く事はできなくとも遅く動く事は自由にできる。パワーに関しても同様に自由に調整可能だ。そうでないと、日常生活が不便だからだろう。
だから、俺の言い訳はまるで言い訳になっていないわけだ。
「まあ、いいじゃん。俺がどんだけミスキックしたって取れないわけじゃないんだし。あ、今の見て思ったんだけど、ここをアスレチックみたいにしてさっきのやるってのはどう? 今の身体能力ならいけるでしょ!」
「……もう好きにしてくれ」
蓮はため息をつきながらも文句も言わずに俺の提案を受け入れた。その顔からは張り詰めたような雰囲気は感じられなかった。
この十数分後、柚子と蜜柑を連れて俺達の様子を見にきた黒乃が「なに2人だけで楽しそうな事やってるんすか! 私も混ぜろー!」と騒いだのはまた別の話。