4.おかしくなったのは世界の方らしい
「あー……そうだな。お前らは駅の中に残ってるモンスターを倒してくれ。絶対に人は傷つけんなよ」
白い大樹──イブキに背をもたれるように座り込んだ俺がそう命令したのは木製のマネキンのような見た目をしたモンスターにだった。
ウッドソルジャー。イブキが5分毎に産み出す量産型モンスターだ。
先程の戦闘のおかげで俺とイブキ、あとついでにゴブリンもレベルアップしていた。イブキはそのステータスが上がっただけでなく、産み出すウッドソルジャーのステータスも上がっていた。その強さはレベル1の時の俺のステータスを上回っている。
というか、「もしかして、俺のステータスってクソザコなのでは……?」とそんな疑惑も生まれている。
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Name:逆蒔 京也
Lv:4
Job:《時の蒐集者》
HP:11000/11000
Mana:80/80
Attack:200
Defense:200
Speed:200
GP:9
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これが今の俺のステータスだ。レベルアップ毎にHPが1000、魔力が10、攻撃力などが50ずつ上がっているのだろう。
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祝福の聖天樹 イブキ
Rare:SR
Type:召喚カード
コスト:30
Lv:4
HP:5300
Attack:530
Defense:950
Speed:250
能力:①移動できない。②5分毎に《ウッドソルジャー》(500/70/70/70)を産み出す。
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対して、これが成長した《祝福の聖天樹 イブキ》のステータス。レア度が高いとはいえ上昇値がおかしいのではないだろうか。俺が勝っているのは体力の数値だけだ。
肉盾にでもなれっちゅう事か?こんなんやってられへんわ……
そこそこショックを受けながらも俺はクロノグラフの画面を操作してデッキの編集を行う。
内容は先程の戦闘で新しく手に入れたカードも加えた、召喚カード、瞬間召喚カードだけで構築されたデッキだ。その枚数は召喚カードの《ゴブリン》、《祝福の聖天樹 イブキ》、《ブラックウルフ》と瞬間召喚カードの《ゴブリン》が5枚で合計8枚だ。
『デッキチェンジ、オールリカバリー』
編集を終えてデッキを交換する。これで今日2回目のデッキ交換だ。残りの1回は無駄遣いできないな。
カードを4枚引く。《ブラックウルフ》、《祝福の聖天樹 イブキ》、そして瞬間召喚カードの《ゴブリン》が2枚だ。
「……あちゃー。やっぱ欲張って入れるべきじゃなかったかなー」
《イブキ》を引いてしまった事で顔を顰める。前のデッキで召喚したままのカードは一度、退却させないと再召喚できないのだ。今欲しいのは人手、いやモンスター手なのだが……
引いてしまったものは仕方がないと切り替える。元々、《イブキ》がもし倒されてしまった場合に即座に再召喚できるようにしておきたかったからデッキに入れたのだ。最初の手札で引いてしまうのは都合が悪かったが、安全を取るなら全然アリだ。
「まあええわ。召喚、《ブラックウルフ》。瞬間召喚、《ゴブリン》」
気を取り直して《イブキ》以外のカードを使用する。俺の目の前に先程の黒狼とゴブリン2匹が現れた。
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ブラックウルフ
Rare:C
Type:召喚カード
コスト:3
Lv:1
HP:200
Attack:70
Defense:15
Speed:70
能力:なし
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これがブラックウルフのステータスだ。防御力がゴブリン以下とはいえ、攻撃力と素早さが俺の初期ステータスを超えている。『俺クソステ疑惑』に信憑性がでてきてしまった。いいもん。ゴブリンには勝ってるもん。
ちなみに瞬間召喚カードで呼び出されるモンスターは召喚者のレベルから10引いた数値で呼び出されるみたいだ。だから今呼び出したゴブリンは最低レベルのレベル1で呼び出されている。
「お前らも頼む。どんどんモンスターを倒して駅の中の安全を確保してくれ。くれぐれも人は傷つけんなよ」
こうやってモンスターを呼び出したのは駅構内の安全を確保するためだった。先程は脱出して別の拠点を探そうとしていたのだが、こうも外の惨状が酷いと無理やりにでも駅を拠点にした方がいいかもしれないと思い直したからだ。
……それに、多少の手間で人の命が助けられるならそっちの方がいいだろう。やれない事は最初からやらないようと決めているが、やれる事をやらないのはただの怠慢だ。どうせ先の目途が立ってないなら人助けに多少のリソースを使った方がいい。そうした方がいい運命を引き寄せられる。
俺の命令でウッドソルジャーに続いて召喚したモンスター達が構内に入っていった。後は5分毎にドローしたカードをそのまま追加召喚していけばいいだろう。
問題は俺のモンスター達が駅構内を襲撃しているモンスター達と同一視されてしまう事だけど……まあ、別にいいだろう。俺のモンスター達は人を傷つけないから人と対峙しても倒される可能性があるのはこちらのモンスターだけ。それならまた召喚すればいい。
モンスター達を見送った俺は暫く休憩する事にした。今まではモンスターがいる事で緊張を切らせなかったが、とりあえずの安全は確保した。
今日は国内大会でぶっ通しで対戦していた事もあり、脳が疲れている。休める時に休みたい。
《イブキ》にもたれて体を預け、クロノグラフの画面を操作してガチャポイントを消費していこうとした時だった。
『間に合った!? 間に合ってるよねコレ!? ……ええい、もういいや!』
間の抜けた声が遥か上空から響いた。何事かと空を見上げると、そこには超巨大な恐らく立体映像なのだろう、半透明の漫画に出てくるキャラクターのような恰好をした少女が現れていた。
『ニンゲンの皆さ~ん! 《オレクエスト・オンライン2》の世界へようこそ! ボクはナビゲーターAIのクルル! これからよろしくね~!』
青色のショートヘア、近未来的なデザインのどこかSFっぽい衣装に身を包んだ彼女は、世界の惨状に似つかわしくないような陽気な声で自己紹介を始めた。
俺は何とか彼女のスカートの中を覗けないかと地面に顔を近づけて空を見る角度を調整していた。
『突然ですが、キミ達の世界は終わりを迎えてしまいました! これからは弱肉強食の時代なのです!』
何か言っているが無視する。あともうちょっとで見え……
『だけど、キミ達は今のままでは貧弱です。それはさながら3日間、何も食べていないライオンの前に放り出された子犬レベル。可哀そうすぎて泣けてくるレベルなのです。クスン』
……ちくしょう! 謎の白い光がかかって見えねえ!
『そこでボクからキミ達へのプレゼント! キミ達にはモンスターを倒す事で強くなれる力を授けました! 詳しい事はモンスターを倒した時に手に入る《オレデバイス》から確認してね~! あ、ちなみにキミ達が素の状態で倒せるのはゴブリンとかスライムとかの弱小モンスターだけだから気をつけてね! 狙い目はスライムだよ! 何もしていないうちは攻撃してこないから上から火のついたマッチでも落として燃やして倒すのが一番楽だよ~。でも、物理攻撃はオススメしないゾ!』
仕方がないので彼女──クルルの話に耳を傾ける。なんか親身になって解説してるけど、どうせ世界をこんな事にした黒幕の一味なんやろなぁ……
……というかオレデバイスってなんだよ。俺そんなのもらってないんだけど。もしかしてクロノグラフがそうなのか?
『これでチュートリアルは終わり! そしてここからはビッグニュース! 現在、各都道府県に1匹、フロアボスが出現しているよ! 今回はリリース直後という事で各自のオレデバイスにボスのデータを送るよ~!』
クルルがそう言うと、ピコンとクロノグラフから音が鳴った。画面を見ると端の方にイベントの項目が追加されていた。内容は後で確認しよう。
『どのボスもものすっごく強いからレベルが上がるまでは戦っちゃいけないゾ! クルルとの約束だ! フロアボスを倒したら、みんなに特別なご褒美があるから期待しておくんだゾ!』
特別なご褒美? なんでもしてくれるのだろうか?
『それじゃあ、また次のイベントまでお別れだ! モンスターを倒して倒しまくって次のイベントの時には強くなったキミ達の姿を見せてね~! アデュ~!』
ご褒美の内容が気になっている内に、最後まで陽気な語りのままクルルは消えてしまった。
「……よくわからへんかったけど、とりあえずやる事は決まったな」
……どうやらおかしくなったのは俺の頭ではなく世界の方だったらしい。話を最後まで聞いた感想だった。
あの自称ナビゲーターAIは肝心な事は何にも話してなかったし、俺たちに何をさせたいのかもはっきりしない。ただ世界が終わった事とモンスターを倒して強くなれと言っただけだ。正直、考察のしようがない。
クルルの言葉を深く考える事はやめにする。
そして、彼女の言葉からとりあえずこれからの算段はついた。……なんだか誘導されているみたいで癪だが。
「家に帰るついでに道中のフロアボスを倒していく。そしてご褒美でなんでもさせる。光の向こうを見にいこう」
青少年の純情な心を弄んだ罪は重い。
家への帰還のついでにフロアボスを倒して、上から目線のナビゲーターのスカートをひん剥く。
これを壊れた世界での第1目標とした。