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16.裸の付き合い


「なんで露天風呂……?」


 蓮は困惑していた。


 話の後、蓮は身体がまだ本調子でない事を理由に暫くの滞在を進められ、その申し出に応じた。


 自分達に危害を加えるならとっくにやっているだろう。しかし、話す中で垣間見えた人柄から京也達が殺されかけた相手をあっさり許すようなお人好しとも思えなかった。

 ならば、用があるのは自分の力だ。蓮はそう結論づけた。自分の力がこの世界でとても貴重なものだという自覚は彼にもあったからだ。

 いいように使われるのは我慢ならないとも思うが、自分が気を失っている間、妹達を保護してもらっていた事実がある。

 話も聞かずに斬りかかった負い目もあり、蓮はもし京也達が自分の力を求めた故の行動だったとしても非人道的な行為でなければ協力しようと決めた。


 ……実際のところ、京也達は本当に気にしていなかったりする。戦いになった以上、手加減しようなどとは微塵も考えていなかったので殺そうとした云々はお互い様だと彼らは割り切っていた。

 蓮の力についても、「利用したい」というよりは「もったいない」という感情の方が近かった。


 閑話休題。 


 暫くの間、黒乃宅に滞在する事になった蓮は黒乃からお風呂を勧められ今に至る。


 毒や呪いを無効化する能力の副産物で蓮の体は常に清潔に保たれている。だが、それはそれとして日本人として風呂に何週間も入らない生活はそれなりに不満足感を抱いていたのだ。


 外へと案内された彼は「なるほど、ドカン風呂か」と思い込んだ。水道が使えなくなっていた事を知っているならそう考えるのが普通だろう。だからこそ彼は困惑した。


 普通の民家の地下に秘密基地があるだけでもおかしいのに、それに加えて庭に広がる露天風呂だ。


(……あの人達、本当に楽しんでいるんだな。この世界を)


 正確には、秘密基地は世界が変貌する前からあるものだったが、蓮はこれらを世界が変わった後から作られた物だと考えた。利用こそしていないが、ショップ機能でこういった施設が売っている事は知っていたからだ。


 どうみても機能性や合理性を無視した金の使い方だ。もっと他に有意義な使い方はあっただろう。

 蓮は「世界がこんな事になってるのに、なんでこんなに呑気にしていられるんだ!」という思いもなくはなかったが怒ってはいない。若干の驚きと呆れ、そして大部分を羨望が占めていた。


 やりたいようにやる。その事の難しさを彼はつい最近知った。

 決められた時間に学校に行き、決められたカリキュラムに沿った授業を受け、決められた宿題をこなす。学生に求められたルーチンワークがなくなってしまった今、どう生きるかを決めるのは個人でしかない。何が正しいかを保障してくれるものは何もない。

 蓮は、やってきた事が正しいと胸を張って言える程に自分に自信を持っているわけじゃない。ずっとこれでよかったのかと自問自答しながらここまできた。

 だからこそ、本当に正しいかどうかはともかく「俺達が楽しければ正しい!」と自信満々に宣うような京也達が羨ましかった。

 ……それに蓮も中学生の多感な時期。自分が主人公として世界の危機に立ち向かう妄想も多少はした事がある。そんな物語のように自由に生き、世界を壊す悪を倒す2人組。人柄はどうあれ、その行動力は称賛に値するものだ。


「……あの人達くらいに気楽に生きれたら、こんなに悩まなくてよかったのに、な」


 少しの嘆息。それで蓮は憂鬱な思考を消し去った。


 湯水に彼は身を投げ出す。余計な力も、余計な思考も全部投げ出して。


 大きな水しぶきが上がる。そうして若干の間をおいて、蓮は水面から顔を出した。


「星だ。今は、こんなに綺麗に見えるんだな」


 身を起こさずに水面に浮いたまま蓮はポツリと呟いた。


 話が長引いた事もあり、今の空は夕暮れと夜の境目だ。淡く濃いオレンジの地平線の上には藍色の夜空、そしてポツリポツリと星の光が映っている。


(空の星を覆い隠しているのは街の光なんだっけ。なら、星が綺麗に見えるのは自然な事なのか。……今まではそんな事気にしている余裕もなかったな)


 蓮は今まで見てこなかった分も合わせるようにただそれを見続けた。


 そうして少しの時間が経った後。


「よう、くつろいでるな!」


「うわあっ!?」


 裸で腰にタオルを巻いた姿の京也がニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう声をかけて風呂場に入ってきた。


 まさか人が来ると思っていなかった蓮は慌てて起き上がる。


「……オレとアンタ、一緒に風呂入るような仲じゃないだろ」


 無防備な所を見られた恥ずかしさから真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向いた蓮はそう口にする。


「かもね。俺達は所詮知り合い程度の仲さ。けど、普通の友達とだって裸の付き合いなんてしないでしょ。俺達の仲なんて関係ないよ。銭湯でたまたま近くにいた客だと思ってくれればいい」


 蓮の心境などお構いなしに京也は飄々と嘯く。申し訳ないとはまるで思っていない様子だ。


「……で、何しにきたんだよ」 


 何を言っても聞かないだろうと思った蓮は京也に問う。わざわざこんな形で入ってきたのは何か目的があってのものだろう。そう推測したのだ。


「そりゃあ、風呂に入りにきたに決まって……おおう、睨むなよ。わかったって、話すから。ほら、妹や黒乃がいたら話しずらい事を俺が聞いてやろうってやつさ。こういう話は同性の方が話しやすい。そして俺は頼れるおにーさんだ。これ以上適任はいまい。どうせ、さっきの話以外にも言ってない大事な事の一つや二つくらいあるんだろう? そういうのを聞くだけ聞いてやるよ」


 「頼れるおにーさん」の辺りで既に鼻で笑っていた蓮だったが、京也の言葉は当たらずしも遠からずといったものだ。彼は未だ1人で抱え続けている隠し事が一つだけあった。


「銭湯の、隣の客にするような話じゃないからやめとく」  


「言いたくないってか。ま、俺も黒乃に言われてやってるだけだから別にいいよ、それでも」


 だが、その隠し事は明かさない事で誰かが不利益を被るようなものではない。それに蓮自身それを明かすつもりは一切なかったので、軽くあしらった。


 京也はそんな態度を気にした様子を見せず、それで話を打ち切った。どうやら彼もそこまで大事な事だとは思っていないらしい。


 目を閉じ、装飾の岩に背を預ける京也を尻目に蓮は風呂から上がろうとする。その背に「ああそうだ」という前置きと共に再び声がかけられた。


「悪かったな」


「(こいつでも人に謝ったりするんだな)……何の話だよ。アンタが謝る事なんて何もないだろ」


 続いたのは意外にも謝罪の言葉だった。内心で割と失礼な事を考えながら、蓮はそう返した。戦闘の件については全面的に自分のせいだと認識していた為に彼は何で謝られているかが本当にわかっていないのだ。

 

「柚子達の事。勝手にレベルアップさせただろ? 蓮は妹を戦わせたくなかったみたいだって聞いたけど」


 ああ、その事か、と納得した。


 さっきの話の後に柚子達から自分達も戦えるようになった事を誇らしげに話され、微妙な笑みを浮かべるしかなかった事を蓮は思い出す。


「正直な事を言うと、複雑な気持ちだ。今でも柚子達には戦って欲しくないと思ってる。オレが起きてたら絶対反対しただろうな。……けど、きっといつまでも俺が守っていられるわけじゃないから、これでよかったんだと思う。自分を守る力くらいは持っていた方がオレも安心できる」


 蓮は屈託のない顔でそう言い切った。一度無茶して倒れた事で憑き物が落ちたのだろう。


 態度や振る舞いで妹達に心配をかけていた事は彼自身自覚していた。そんな事に気を割いていられない程に切羽詰まった状況だった。だからこそ、自分の力になれると喜ぶ妹達を叱る事など彼にはできなかった。彼女達にそうしないといけないと思わせてしまったのは自分の力不足が原因だと思っているからだ。 


 それに、妹達を守らなきゃいけないという強迫観念に縛られかけてた彼にとって、柚子達の言葉は肩の荷が下りる思いだった。

 もちろんこれからも彼は妹達を守り続けるつもりだ。そうする事が自分の責任だと思っている。それでも、妹達がこの過酷な世界で生きていけるだけの力を手に入れた事を素直に喜んでいた。


「アンタ達が手伝ってくれたんだろ? あいつらも礼は言っていただろうけどオレからも礼を言わせてほしい」


「…………」


 京也は蓮の言葉を聞いてポカンと口を開けていた。


「な、なんだよそんな顔して。なんか言いたいなら言えよ……」


「いやあ、中坊なのによくできた奴だなーって。正直、殴り合いになるかと思ってた」


「ばっ、何恥ずかしい事言ってんだよ! ……それにアンタのパンチって、戦闘中のあれが全力だろ? あんなんじゃ相手になんねーよ」


「俺の拳をバカにするとは……貴様、余程死にたいらしいな」


「なんでそこでキレるんだよ……もう出るぞ」


 指をポキポキと鳴らす素振りを見せる京也を放って、今度こそ蓮は呆れた声と共に風呂場から出る。


(……意外と律儀なんだな。もっと軽い奴だと思ってたんだけど思ったより普通、なのかな)


 蓮はドライヤーで髪を乾かしながらそんな事を思う。


 こんな世界でも笑って楽しめるような奴だ。

 蓮がこれまで会ってきた人達の殆どは悲観に暮れた顔をしていた。あれをきっと絶望と呼ぶのだろうと感じさせるものだ。

 だから、蓮は京也達の事をとびっきりの変人か、ロクデナシだと思っていた。


 だが、蓋を開けてみれば特におかしな素振りも見せず、妹達のわがままに付き合ってもらったあげくにあまつさえ自分を思いやるような言葉が出てきた。それが蓮には意外だった。これだとただの気のいい兄ちゃんみたいではないか、と。


「……いや、あれが普通はないか」


 とはいえ、まだ出会ったばかりだ。決めつけるのは早計すぎる。それにこんな世界で笑っていられる精神はそれだけで十分に普通じゃないだろ。うん。


 簡潔に自問自答を終え、蓮はドライヤーのスイッチを切った。







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