15.勇者
「えっと、改めて。四宮蓮です。今回の事は本当にすみませんでした」
食事後、改まって柚子達の兄である少年──蓮が自己紹介と共に頭を下げてきた。
こちらも簡単に自己紹介した後に本題に入る。
「俺達が気になってるのは蓮がどうしてモンスターに追いかけられていたのかだ。柚子達から大体の顛末は聞いたけれど、いまいち情報が足りん。今の現状に心当たりはないのか?」
「……わからない。柚子達を助けた時には怪我はさせないように一撃で意識を落としたから、その件では恨まれてないだろうし……」
「サラッと怖い事言うなあ……そうだ。まず学校から逃げてきた理由から聞かせてほしいかな」
俺がそう言うと、蓮は若干、悲しそうな表情を見せた。
「……みんなが、おかしくなっていったんだ」
蓮は躊躇いがちにぽつりぽつりと語りだした。
「学校内のモンスターを倒した後になってから理事長達、偉い人が出てきて、混乱を防ぐためって言ってオレ達に色々な命令をしてきたんだ」
「そこまでは柚子達からも聞いたよ。よくそんな命令に従ったね」
「みんな言う事を聞いたフリをして、後から裏切るつもりだったんだよ……次の日には本当にそうなったし」
「うわあ、マジでやっちゃったんすねえ……」
黒乃が若干引いている。そうなってもおかしくはないとは考えていたものの、それが現実になっている事に俺は少なからず動揺していた。
「生徒達だけでそんな事よくやれたな。普通そんな事、先生達は見過ごさないだろ」
「先生達も一緒だよ。止める奴なんていなかった」
「そっかー。もう普通じゃないもんなー。仕方ないよなー」
良心だと思っていた先生達もクーデターに参加していたらしい。
気持ちが全然入ってない声が出た。思っていたよりも、この世界はどうしようもなくなっているのかもしれない。
「それで、蓮くんは止めようとしたけれど妹達を人質にされて渋々言う事を聞いたって事でいいんすかね?」
「本当は、迷ってたんだ。当然、オレにもぼかしながらだけどそういう提案はあってさ。オレ、学校の中で一番強かったから」
まあ、それはそうだろうね。ボス討伐で他より多く経験値を得ている俺達を圧倒したんだ。一番強くないとか言われると逆にビックリする。多分、君が東京の中でナンバーワンだと思うよ。
「このままじゃ良くないとは思っていたけれど、みんなの雰囲気が怖くて、その時には答えが出せなかった。……オレのそういう態度があいつらに人質なんて手段を取らせちゃったんだろうなあ……」
後悔するようにそう話す蓮からは、卑怯な手段で自分に言う事を聞かせてきた奴らに対しての怒りは感じられなかった。
もっとちゃんと怒った方がいいと俺は思うけれどな。どんな理由があったって、やっちゃいけない事はあるしこれはその類だろうに。
……まあ、そこはいい。わざわざ口出しする程の仲じゃないしな。
「で、裏切られたそのお偉いさん達はどうなったんだ? ……まあ想像はつくけれど」
「最初は、柚子達と同じように監禁って事になった。オレもそれだけなら賛成だった。きっと、野放しにしてても雰囲気が悪くなるだけだとは思ってたから。それに、人質を取られたって言われても理不尽な命令をされる事はなかったから、その時には歯向かうなんて発想出てこなかった」
「最初はって事は続きがあるんっすよね?」
「それは……」
蓮はチラリと後ろの柚子達を見る。彼女達はテレビゲームで遊びながらもその実、こちらの話に聞き耳を立てていた。
彼女達に隠れて話をする事も考えたが、あんまり内緒にし過ぎると不満も出るだろうからという理由で結局、部屋はそのままで話を始めたのだ。
そして、蓮が言い淀んだという事は、妹達に聞かせるにはあまりにも忍びない事が起こったという事が用意に察せられた。
「オーケー。なんとなくわかった。もういいよ」
「……多分、計画されてやった事じゃないんだ。みんな、誰がやったのかわからないみたいだった。オレ達、学校に元からいた人がやったのかもしれないし、後から学校に集まってきた人がやったのかもしれない。……けれど、この件で誰かが罰せられる事はなかった。誰がやったのかわからなかったからって理由もあったけれど、理事長達がいなくなった事に関してはみんな、それを当然みたいに思っていたんだ。オレはその時になって初めて、このままにしておいたらいけないんだって気付いた」
蓮の声が震えている。言葉から察するに、捕らえられた理事長達はもうとっくに殺されているのだろう。
過去を思い出してその光景に恐怖しているのか、何もできなかった自分の無力さを恥じているのか。それは俺達には預かり知らぬ事ではあったが、彼が言った「このままではいけない」という言葉だけは力強く聞こえた。
「あんな事になってから、ますますみんながおかしくなっていった。力を持っていない女子達をみんな変な目で見るようになって。流石にそれは先生達が止めてたけど、それも一枚岩ってわけじゃなかった。モラルって言うのかな。そういうのがみんなの中からなくなっていってるようなそんな気さえした……その中で、俺だけが腫れ物に触るような扱いだったよ」
「まあ、そりゃそうだろ。変に怒らせたら命の危機だからな。誰だって死にたくはないだろ」
「そんな事は! ……いや、否定できない、な」
蓮は俺の言葉を否定しようとしたが、変わってしまった友人達の対応を思い出したのか、細い声で認めた。
「柚子達の事もあったから、オレは変に事を荒立てる事はできなかった。オレの目の前で何かしていたのなら流石に止めたけれど、それ以上何か言って柚子達が危険な目に遭うのが、怖かった。このままじゃいけない、そう思いながらも結局、何もできないまま──フロアボスがやってきた」
「その日に学校から逃げ出したって聞いたけれど?」
「高橋先生……スクールカウンセラーの先生が俺に言ったんだ。今なら警備に割く余裕なんてない。柚子達を連れて逃げるなら今しかない、って」
「よくその言葉を信用したな」
「その先生は、世界がこんな事になってからも親身にみんなの相談に乗ったりして、本当にいい先生だったんだ。オレの相談にも何度か乗ってくれて。……それにやけになった人が柚子達を襲うかもしれないなんて言われたら、もう選択肢なんてなかった」
俯きながら蓮はそう話した。きっとその選択は彼にとって不本意なものだったのだろう。今でも悔やんでいるように見える。
「みんな、フロアボスが来て慌てていた。それは柚子達を見張ってた奴らも同じで。すごく簡単に無力化できて、柚子達を連れて俺はそのまま逃げだしたんだ」
「それでそのまま1週間の逃亡生活かー。なんか……大変だったね」
「軽いっすね、京さん」
「なんだかんだで上手くいってるんだし、そんな深く考える事でもないかなーって」
聞きたかった事はだいたい聞けた。彼らが元いた拠点の情報、逃げ出した理由がわかった以上、もはや興味もない。人質は既に救出されているし、追手の処理くらいなら俺が片手間にやれる。
未だ追いかけられている理由はわからないままだが、所詮、追手にあの程度の軍勢しか用意できない集団なんて元から警戒する必要もない。黒乃どころか俺1人でもどうとでもなる。
それに聞いた感じじゃ学校に集まっている人達は相当危うい所でバランスを保っている状態だ。逃げた奴を連れ戻す余裕なんて直ぐになくなるだろう。
人に言えないような凄惨な事をしたのに、お咎めなし。法が機能していないこの世界でそんな事を認めた以上、彼らの行く末はわかりきっているも同然だ。
「気に入らない奴を排除しても許された」という前例がある以上、些細な言い合いですら戦闘に発展する危険がある。暴力で話を解決するというもっともわかりやすくて、もっとも醜い手段が肯定されてしまった組織など放っておけばその内壊滅するだろう。
そんな考えもあり、すっかり興味もなくなった俺は適当に返事をした。
「……上手くいってなんか、ない。オレは状況に流されるままに逃げただけだ。本当は、こんなはずじゃなかった」
けれど、どうやら蓮は現状に満足できていないらしい。
「本当はって。蓮、お前凄い事やってるんだぜ? だーれも信用できないこの殆ど終わりかけの世界で妹守って生きぬいた。やるべき事をやり遂げたんだ。これ以上の成果なんてないだろ」
「違う! そんなのやって当然の事だ! オレは、あいつらを正気にしなくちゃいけなかった! 間違ってる事をちゃんと間違ってるって言わなきゃいけなかった!」
感情のままに蓮は叫ぶ。
「それは……お前のやりたい事なの?」
「……やらなきゃいけない事だ。だってオレは《勇者》なんだから」
「──は?」
まったく思ってもみなかった返答に俺は戸惑う。
《勇者》って何だ? そういう脳内設定なの? もしかして蓮くんってタダの痛い子?
そんな考えが浮かぶ。俺がおかしいのかと思ったが隣の黒乃も同じように戸惑っている所を見ると、俺は間違ってないらしい。
俺達の様子を見て、意味が正しく伝わっていないと思ったのか、蓮は「仕方ない、か」と呟いて、自分のオレデバイスを操作して画面を見せつけてきた。
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Name:四宮 蓮
Lv:13
Job:《勇者》
SubJob:《魔法剣士》Lv:7
Mana:800/800
Attack:4970
Defense:4970
Speed:4970
JP:5
SP:0
Skill
《剣術》Lv:5
《雷魔法》Lv:5
《近接戦闘術》Lv:5
《炎魔法》Lv:3
《探知》Lv:1
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彼に見せた画面にはこのように彼の職業やステータスなどが映し出されていた。
「あー、なんだ職業の事か。ビックリしたー。突然何言いだすんだと思ったよ。それにしても、やっぱりステータスがバグレベルで高いじゃん! 小学生のポ〇モンみたいなスキル構成しやがって! 俺に余ってる970くれ! ……っなんじゃこれ!?」
職業欄の《勇者》の文字をタッチすると詳細な能力が見れた。
習得している自身のスキルのスキルレベルを3プラス。呪いや毒が効かず、攻撃、能力を8割軽減する耐性能力。自身や仲間が傷つくほどに攻撃力が増す能力。そして、世界に対する敵と戦う時にこれらの能力をさらに強化する能力。
……なんだこのチート!?
「おいなんだこのチート職業!? まるで意味不明じゃねえか!」
「まだレベル13なのにこれって……酷い理不尽っす。それにスキルレベルもやたら高いし。ズルいっすよ!」
「と、とにかくわかっただろ! オレは《勇者》で、それに相応しい力を持ってたからあいつらから逃げちゃいけなかったんだよ!」
俺達に詰め寄られた蓮はオレデバイスをしまい、しどろもどろにそう言った。
……名前負けしないどころか「もうあいつ1人でいいんじゃね?」レベルの力を蓮が持っている事は理解した。確かにこの力を持っていれば大抵の事ならできるだろう。けれど……
「……いや、それは違うだろ。蓮がいくら力を持っていたって、それが誰かを助けないといけない理由にはならんよ」
「どうしてっ!」
俺が冷静にそう返すと、蓮はなんで理解しないんだとばかりに言い返してきた。
だから俺は溜息と共に、自分の感じた事をそのまま伝えた。
「だってお前、まだ何にもしてないじゃん。勇者ってのが何なのかは勝手な想像だけど、世界を救えるだけの力を持った奴じゃなくて、世界を救った奴がそう呼ばれるべきじゃねえの? こんな画面を見ないとわからないようなものに振り回されるなんてアホくさいわ」
「……っ!?」
俺の言葉に蓮は反論する事無く、ただ絶句した。
「……京さん。流石にそれはかわいそうっすよ」
「え、そんなに悪い事言ったか!?」
隣りに座る黒乃が何故か呆れた目でこちらを見ていた。
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