12.はじめての
「これは……」
少しの間、歩き続けて辿り着いた東京の境目。その先に広がる一面の森を見て、蜜柑は絶句していた。
「見ての通り、東京は世界から孤立した。いや、他の都市もここと同じようにバラバラになっているんだろうな、きっと」
「そうじゃないと、折角配置したフロアボスが同じ人に複数体倒されちゃいますから。この世界をゲームみたいにした奴らがそんなのを見ても面白くないっすよね。折角、ギリギリのレベルに設定したボスを他のプレイヤーから借りたレベルカンストのキャラで倒される事ほど開発側にとって白けるものはないと思うっすよ」
「だからって、そんな事のために世界を滅茶苦茶にしていいわけない……!」
前から考えていた東京がこんな風に世界から分けられた理由を言うと、柚子は行き場のない怒りを隠しきれずにそう呟いた。
「おいおい、そんなの今更だぜ。俺達が相手にしてるのは世界にモンスターをバラまいて大量に人を殺した奴らだぞ? そうした後で俺達に力を与えてモンスターと争わせている。どうせあいつらにとって、今の状況は本当の意味でゲームでしかないんだよ。人の命を使った、デスゲームだ。普通の人間の倫理観が通用する相手じゃない」
実際のところ、常人に理解できる範疇の出来事なんかじゃない。向こうに何らかの思惑があるから俺達人間は絶滅せずに済んでいるだけで、結局俺達は誰かの掌の上で踊っているだけにすぎない。
そう考えると、少し憂鬱になりそうだから普段はもう気にしないようにしている。向こうも出張ってくる気はないみたいだし、それならこっちも無視して好き勝手するだけだ。……そもそも、俺達が使っているのは向こうが用意した力だから、抵抗もクソもないし。
「どうせ今は反抗する手段もない。無駄な事は考えずに君らのお兄ちゃんとどうやって生き残るかを考えるべきだぜ」
「そうします。わたしには、ちょっと荷が重いです」
「うー……納得はいかないけど、わかった」
俺の言葉に蜜柑は素直に従う。柚子は悔しそうに唸っていたが、不承不承といった様子で頷いた。
「ほーらっ! 無駄話してないで早く進みましょう!」
2人の混乱も収まった所で黒乃に促されて、俺達は森の中へと足を進めた。
◇
……倒しやすいモンスターとはいったいどんなモンスターだろうか?
街の外まで出ると決めた時点で、どうせならとことんまで拘ろうと決めた俺は現在判明している情報を片っ端から集め直した。
弱いだけでなく、殺した時にもできるだけショックが少なそうなモンスター。そんなのいるのかと思いながら移動中に情報収集(主に掲示板の東京の外を探索している人のスレから)した結果……本当にいた。
その情報に従い、この前レベル上げの為に来た時よりも奥深くに向けて進んでいくと目的の場所へと辿り着いた。
「……ああ、なるほど。これは盲点でした」
黒乃は探知能力で何が目的かを悟ったのだろう。そう呟く。どうやら情報は正しいらしい。良かった。
俺はその目的地である渓流に、事前にショップで買った安物の釣り竿の針に餌をつけて投げ入れた。
「あの……何をしているんですか?」
歩き疲れたのだろう。額を流れる汗を拭っていた蜜柑だったが、俺の行動を見て不思議そうに首を傾げる。
「釣り。スキルがなくても肉を餌にしていれば簡単に食いつくらしい」
「いや、それは見てわかるって! わたし達モンスターを倒しに……」
柚子は運動部だったという事もあり、結構な距離を歩いたのに何てことないといった表情だ。そんな彼女が俺の行動にツッコミを入れた時だった。
情報通り、投げ入れた直後にいきなり手元から反応が返ってきた。
釣りなんてやった事がなかったからこれでいいのかさっぱりわからないが、なんとなくのイメージでリールを巻き取る。
「来たっ! 一応、構えとけっ!」
水しぶきと共に獲物が水面から跳ね上がる。
黒光りする表皮の魚だ。全長1メートルはあるだろうか。
「うおおっ!? でっけえ!」
「来ましたよ柚子ちゃん、蜜柑ちゃん! あれがモンスター! 《ルガルマス》、レベル2です!」
「ええっ!?」
柚子が黒乃の言葉に驚く。彼女達はモンスターが街を破壊するだけの存在だと思っていたからまさか、こんな方法でモンスターが出てくると思っていなかったのだろう。俺も思ってなかった。スレでこの情報を見た時には流石に嘘だろと思ったものだ。
……後、俺も別の意味で驚いていた。川の魚ってこんなに大きいのか的な意味で。
「そいっ!」
「ナイショッ!」
宙に浮いたままのモンスターに黒乃が投擲したナイフが突き刺さる。
だいぶ手加減したのだろう。尾の付近にナイフが命中してもモンスターは原型を保ったまま、5メートルほど先の対岸にあった木に磔になった。
モンスターはその状態から逃れる術も、攻撃手段も持っていないらしい。体を貫通しているナイフを基点にバタついていた。ピチピチと音が鳴っている。
「うし、あれなら大丈夫だろ。どっちから先にやる?」
「えっと、なんか思ってたのと違うっていうか、あんなモンスターっぽくないのにトドメを刺すのは……」
「お姉ちゃんはまだ心の整理がついてないみたいなので、わたしからやります」
「あう」
柚子が戸惑っていると、蜜柑が手を挙げた。
もしかしたら魚型のモンスターを狙ったのは失敗だったかもしれない。俺的には普通の動物っぽい見た目の方が立ち向かうのには抵抗がないと思っていたんだが……
普通の動物は敵として見るのは難しいという視点は考えてなかった。それならこんな手間をかけずにもっと普通のモンスターっぽい見た目の奴でよかったかもしれない。
反省は置いておいて、蜜柑に声をかける。
「じゃあ、捕まってて。向こうまで跳ぶぞ」
「えっ、えっ!? ……ぴゃあああ!!??」
このくらいの距離なら俺のステータスでも飛び越えられる。志願した蜜柑を肩に担ぎ、助走をつけて一気に飛ぶ。
体が宙に浮く。蜜柑は必死に俺の体にしがみつき、悲鳴を上げていた。
ほんの数秒で対岸に着地する。蜜柑を降ろすと、彼女はその場にへたり込んだ。
「うう……も、もうちょっと何かいってくださいよぉ。心構えが……」
「あっ、スマン」
いかん。ここ最近、ずっと黒乃といたせいで会話のテンポがおかしくなっている。アイツと話す時はこっちの考えは全部直ぐに理解してくれるからとんとん拍子で話が進んでいくんだよな。
「いけるか? ちょっと休憩する?」
「すぅー、はぁー……もう、大丈夫です。いけます」
胸に手を当てて深呼吸。それを何度か繰り返して蜜柑は平静を取り戻した。
「うし、よく言った。じゃあ、武器を用意しよう。武装、《駆け出しの剣》」
「わわっ!」
召喚したのは、装備すると攻撃力がちょっと上がるだけの低レアの武器だ。蜜柑は手元に現れたそれの重みに驚きながらも手は離さなかった。
「それで最低限の攻撃力は確保できる。何回か斬ればそれで倒せるはずだ。魚を捌いてるくらいの気持ちで気楽にやればいい」
「……はいっ」
ずっしりと重い金属製の剣。平時では持つ事は一生なかっただろうそれをしっかりと握りしめ、彼女は小さく答えた。
彼女の眼前にはどうにかして水辺に戻ろうともがく魚のモンスター。蜜柑は少しふらつきながらも、剣を振り上げて、
「えいっ!!」
叫び声と共に振り下ろした。
剣の重さに振り回されるような鈍い剣閃。それでも眼前のモンスターにダメージを与えるには十分。
浅くない傷がモンスターに刻まれる。
「……っ! このっ!」
蜜柑は飛び散った血に少し怯んだが、それを隠すように声を出して続けて斬りかかる。
二度、三度。過呼吸になりながらも無我夢中に彼女は剣を振り下ろし続けた。モンスターは次第に力を失っていく。
「はあっ、はあっ……!」
ザンッと振り下ろした剣が木に突き刺さった所で彼女はモンスターが消失した事に気付いたのだろう。剣から手を放して後ずさり、尻餅をついた。
「おつかれ」
「……ごめんなさい、逆蒔さん。力抜けちゃって、立てないです。あはは……笑ってください。ちゃんと覚悟を決めて、逆蒔さん達にもすごい協力してもらったのに……」
労いの言葉を投げかけると、蜜柑はそう自虐した。
「笑うもんかよ。俺だって初めはみっともなかったんだからな。……辛いだろ? きっと戦うってこんな感じなんだと思う。俺もよくわかってないけどな」
「……うん」
俺は苦笑いで答えた。そもそも俺だって戦い始めて2週間足らずの素人だ。戦う事自体に慣れはしてもそれを当然と思える程にこの世界に染まった訳じゃない。戦う事を楽しいと思っていると同時にその怖さをはっきり理解しているつもりだ。
だから、こうして弱さを見せる蜜柑を笑ったりはしない。それはきっと普通の事だからだ。こんな時くらい弱さを見せたっていいんだ。
俺の言葉に、蜜柑は安心したように頷いた。
「まあ、頑張ったんだよ君は。これで君は力を手に入れた。この先どうするかは君次第だ。……しんどかったらやめてもいいんだぜ?」
拠点を出る前にした問いかけをもう一度、意地悪にする。きっとこんな経験をしても答えは変わっていないんだろうなと思いながら。
「やめません。こんなのをお兄ちゃんだけにさせちゃいけない、から。だから、わたしも頑張ります」
その迷いない即答を聞いて、俺はもう大丈夫だなと一安心した。
「よし。それじゃあ職業とかスキルとかちゃんと決めないとな。その辺は俺より黒乃の方が相談相手にはいいだろう、うん」
「……あの? なんでわたしをまた担いで……?」
蜜柑が戸惑いの声を上げる。
「そりゃあ、あっち側に戻る為に決まってるじゃん」
「ちょ、ちょっと待ってください! 川を渡るだけならもっと別の方法が……」
それはつまり、さっきの大ジャンプをもう一度するという事だ。
俺の言葉の意味を理解したのだろう。蜜柑は力が入らないなりに抵抗していたが、あえてそれを無視する。
さっきのリアクションで思ってしまったのだ。「この子イジリがいがあるな……」と。
「よーし、行くぞー!」
「待っ……ひゃあああ!!!???」
一歩、二歩、三歩。助走で勢いをつけて、再び高く跳ぶ。甲高く響き渡る悲鳴が心地良かった。
着地した後、蜜柑はへたり込みながら「逆蒔さん嫌い……逆蒔さん嫌い……」と繰り返して恨めしそうに呟いていた。
「正直、楽しんでた。ゴメンね」と言うと、余計に怒りが深まったとか。誠意が足りないと言われてしまった。
総PV350000&総合評価4000突破! 応援ありがとうございます!
これからもブクマやポイント評価でこの小説を応援してもらえると嬉しいです。