10.少女の決意
少年との激闘から一夜が経った。
朝起きてから確認したが、未だ少年は意識が戻らないままだ。呼吸はちゃんとしているから問題はないと思うのだけれど……
1週間、ほとんど休息なしで警戒していたのだ。丸一日ぐらい意識を失っていても不思議ではないと自分の中で無理矢理、納得させた。
閑話休題。
朝食で、前に黒乃がオススメしてたパンを食べ終わった後の事だった。
「逆蒔さん! わたし達に戦う力をつけてくれませんか!?」
「うえっ!?」
唐突に、柚子がそう切り出した。蜜柑も横でジッとこちらを見ている。
「柚子達が傷ついていたら、少年が起きた時にシャレにならないぞ……」などと考えていた俺には寝耳に水な話だった。今日1日は拠点に引きこもろうと考えていたくらいだったのに、そんな話をされるとは思っていなかった。
「いやー、危ないからやめといた方がいいよ?」
やんわりと諭すようにそう言う。勿論この言葉は自分が余計な心労を抱え込まなくていいように、という思惑がほとんどだったが、ほんのわずかに柚子達の兄のここまでの頑張りを無駄にするのはどうなんだろうという考えもあった。
折角、ここまで血生臭い行為を回避できたのだ。割と平和になった今になってから、わざわざモンスターを殺させるのはどうかと思う。こういうのは勢いでやらないとしんどいだろうし。
「うん。蓮にいもそう言ってた。でも、一度ぶっ倒れてたのに、蓮にいは私たちの助けはいらないってまだ言うだろうから。だったら、蓮にいが寝てる今の内に力を手に入れて、わたし達が戦う事をむりやり認めさせようかなって。ほら、今だったら私1人で出ていくよりも逆蒔さん達を頼れるからいいでしょ?」
「あー……まあ、俺達に黙って出て行かれるよりはマシだけどさあ……」
「お世話になってる身でこんな事言うのはどうかなーとは思ってたんだけど。でもこうでもしないと、蓮にい頑固だから認めてくれないかなーって。だからお願い! わたし達に協力してください!」
少しだけあった少年への同情は消えた。やりたい事をやりたいようにやって沈むより、やりたい事をさせてもらえない方が辛いに決まっているからだ。こういう話に俺、弱いんだよなー。
それに柚子は無謀な事を言っている訳ではない。俺達が協力すればレベルアップは簡単に行えるだろう。
しかも、安全面を考慮して俺達に協力を求めている以上、俺がここで「めんどくせーからヤダ」とでも言えば、彼女は自分1人でも外に出ていくだけだ。それを上手く止めれればいいが、動きを封じるために組み敷いている所なんかを、目覚めた少年に万一にでも見られた時には激闘テイク2になりかねない。
とはいえ、俺達が居ても彼女らが危険になる可能性はある訳で。ここで素直に頷く訳にはいかなかった。
「つってもなー。俺の一存で決める訳にもなー……」
心が動かされている以上、俺の言葉には説得力がない。自力での説得は無理だと判断した俺は、昨日の交流もあり、話しやすいだろう黒乃に助けを求めるようにチラリと横目で見る。
「遥さんは昨日「京さんがオッケーって言ったら私も手伝いますよー♪」って言ってくれました!」
「おい、黒乃! てめえ、全部ぶん投げやがったな!?」
「うう、おっぱいには勝てなかったっす……」
まさかの裏切りであった。昨日のセクハラ紛いの台詞はそういう意味かよ!
まさか戦いを始める前に仲間が買収されていたとは……いや、柚子と蜜柑が顔を赤らめて胸をおさえている所から見て、多分こう言ってるだけで彼女達から言い出した訳でも、ましてや交換条件として認めた訳でもないんだろうけどさあ!
……とにかく黒乃は使い物にならない。何か他にいい手はないかと考えるが、何も思い浮かばない。
「…………はあ。俺としてはさ、柚子が力を手に入れたいって気持ちはよーくわかったし、知らない所で危険な目に遭うくらいなら協力してもいいかなって思ってるよ」
「やった!」
俺は長い沈黙の後に溜息と共にそう言った。
説得は諦めた。多少の手間にはなるが、このまま無視するリスクに比べたらマシだ。
何より、自分が協力してやりたいと思ってしまった。兄の為に健気に頑張ろうとする妹。いい話じゃないか。
「……けど、俺が心配なのは蜜柑だよ。君、柚子の意見に流されてるだけじゃないのか?」
それでも無視できない不安が蜜柑だった。俺が声をかけると彼女はビクリと震えた。
昨日から見た感じだと、彼女はいつも姉の後ろに隠れていて、かなり引っ込み思案な子だと思う。
柚子の意見に反対できずに流されているだけの可能性も大いにあり得るし、何より、こういう荒事には向いていないように思えた。
「そ、そんな事は……」
「モンスターは殺さないといけない奴らだけれど、それはやっぱり気分がいいもんじゃない。俺は、蜜柑がそういう事に耐えられるとは思えない」
「うう……」
蜜柑は押し黙ってしまった。
意外な事にこれだけ言っても柚子は何も言ってこない。ここで何かを言って、自分が妹に無理矢理やらせていると俺に思われたくないのだろうか?
「力を持っていない事は悪い事なんかじゃない。そりゃあ、こんな世界でレベルを持っていない奴はほとんど役に立たないかもしれないけれど、君がどれだけ弱くたってお兄ちゃんは君を見捨てないだろう? だから、力を持つのが怖いのなら無理に頑張らなくたっていいんだ」
まあ、いい。一応、少年の気持ちだって汲むべきだ。戦いたくない奴を無理に戦わせる必要なんてない。今度こそちゃんと説得せねば。
そんな使命感から言葉を並べていく。
「君のお兄ちゃんは滅茶苦茶に強いんだ。何もしなくたって人は集まってくる。どうせ、1人ができる事はたかが知れているからな。君にできる事はその中の誰かがやってくれるぞ」
少なくともその言葉に虚偽はないと断言できた。
柚子達が欲しがっているレベルやステータス、スキルの力だって、与えられたものでしかない。俺達は人の褌で相撲を取っているだけに過ぎなくて、そこに誇れるものなんてない。精々、手に入れられるのは自己満足くらいだ。
俺達が手に入れた力は所詮、システムによって割り振られた記号と数字だ。極端な事を言ってしまえば、今の黒乃は強いかも知れないが、誰かが黒乃と同じ《司令官》の職業を選び、黒乃と同じスキルを選び、黒乃と同じレベルまで上げてしまえば、それだけで黒乃と同等の戦力が出来上がってしまう。
戦闘面以外の話でも一緒の事だ。特定のスキルのスキルレベルを上げれば、誰だってほぼ同等の能力を得られる。
もっと極端に言えば、「敵を倒す」という面だけを考えると、職業やスキルの事すら気にしなくてよくなる。ただ敵よりもレベルを上げてステータス差でゴリ押しすれば、大体の敵には勝てる。
だからこそ、この世界はクソゲーだ。努力はレベル上げという形でしか意味をなさず、最低限の保証はされていてもそれ以上の効果を求める事はできない。
自分にしかできない事なんてほとんどない。自分が居なくなっても自分と似たような力を持った人間がその居場所を容易く埋めるだろう。
それはきっと、優しい世界であると同時に大多数の人には酷く残酷な世界だ。
俺はそれでもいいと割り切れる。世の中にいくら自分の上位互換が出回ろうが、自分のやりたい事をやれればそれでいい。
けれど、この世界で生きる上で自分以外の誰かを拠り所とした時。そうして、自分をすり減らしてまで辿り着いた未来で自分の持っている力の全てが後から来た誰かに負けていて、居場所がなくなっていたなんて事態になったら目も当てられない。
こんな状況になって「努力が足りない」と鬼のような事を言われたら、悲しみで首を吊る自信すらある。
問題は誰かが言わなくてもその証が、数字がハッキリと表れているせいで自分がいらないと自覚できてしまう所だ。そこにはどんな誤魔化しの言葉を使っても隠せない溝がある。そうなってしまっては、自分が自分を許せなくなるだろう。
そんな事になるくらいなら、最初から誰かに任せた方がいい。あの少年にとってはレベルやスキルがなくたって蜜柑は大切な妹だろうし、そこにはそんなものでは代替できない、かけがえのないものがある。無理に過酷な道を選ぶ必要なんて何処にもないんだ。
そんな思いを込めて、俺は蜜柑をジッと見つめた。人生史上最大の真摯さをもって対応したと自負できる。
「……それでも、わたしはもうお兄ちゃんに全部押し付けたくない、です。この先、お兄ちゃんに仲間ができて、その人がわたしのできる事をより上手くできたとしても、わたしは今、お兄ちゃんの味方でいたい! きっと怖くて、泣いちゃう時もあるだろうけれど、このままお兄ちゃんが苦しむのを見ているだけなんて、嫌なんですっ!」
──だからこそ、蜜柑が心の奥から絞り出すように呟いたその決意は、とても眩しいものだった。
なんてことはない。そんな覚悟なんてとうにできていたんだ。
「──そっか。ハハ、参ったな。見かけで人を判断しちゃいけないって事か……」
どうやら、俺の考えはまるで見当違いだったらしい。恥ずかしい。
柚子が言葉を挟まなかったのは、妹が控えめな性格でもちゃんと強い子だとわかっていたからで、終ぞ心配などしていなかったという事か。
……というか、黒乃がオッケー出してる以上、そんな躊躇いなんて持っている訳がなくて。……そう考えると途端に恥ずかしくなってきた。何だよ、さっきの俺。年下の女の子相手にマウントとってただけじゃん! 無駄になっがい下りは本当に無駄だったし……あー、恥ずかしい恥ずかしい!
「わたしからもお願いします、逆蒔さん。わたし達に、この世界で生きていくための力を手に入れる手助けをしてください!」
顔を手で隠して、天を仰ぐ。そんな俺に蜜柑が懇願した。
俺は顔の赤みが取れた頃合いで柚子達の方を向いた。
「いいよ。……ようこそ。今日から君達もこの世界の、有象無象のプレイヤーの一員だ」
口から零れたのは歓迎の言葉だった。心に動揺はもうなかった。
一歩を踏み出す勇気を持った少女達の後押しをすると、いや、したいと決めた瞬間であった。
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