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9.事情


「なんか、思ってたよりヘビーな話だったな……」


 話が思っていたより重かったので、同性の黒乃の方が話を聞きやすいだろうという事で俺は席を外し、黒乃に全部丸投げした。


 使ってない2階の部屋でカップラーメンをすする。思えば久しぶりの1人の時間だ。ここ最近はずっと黒乃といたためだろう、静寂が物寂しい。


「いや~、柚子ちゃんの発育凄いっすね……こう、手に乗るんすよ。あの胸で陸上部ってこう、凄い事になりそうじゃないっすか? 蜜柑ちゃんも肌がすべすべで、それに着痩せするタイプなんですよ……うへへ」


「そういうの、いくない」


 そんな事を考えると、手をわきわきとさせて黒乃が部屋に入ってきた。裸の付き合いとか言ってお風呂に連れて行ったのは見たけれど、同性だからってセクハラは良くないと思います!


「2人は?」


「寝ちゃったっす。1週間くらい拠点を転々としていたみたいですから、戦闘してなくても疲れが溜まってたんだと思いますよ」


 ここから先はまじめな話だ。黒乃が手を動かすのをやめる。


 柚子と蜜柑は眠りについたみたいだ。これは好都合。これからぶっちゃけた話をするので、彼女達には聞かれたくないと丁度思っていた。


「それで、何かわかったのか?」


「重要な所はやっぱり知らないみたいでした。柚子ちゃん達がまともに行動できたのは世界が変わってからの初日と2日目の午前、それとお兄ちゃんに連れ出されてからの1週間だけみたいです。その間の3日間ちょっとはずっと監視付きで学校のクラブハウスの一室に閉じ込められてたみたいっすよ」


「その、監禁紛いの行動の理由は?」


「心当たりはないみたいっす。けれど、乱暴されたりとかはなかったみたいです」


「良かった。じゃあ十中八九、人質目的だな。あの少年は妹を人質に取られて、仕方なく何かをさせられていたけれど、遂に耐えかねて逃げ出したって所だろ」


「だいたいはそれで合ってると思いますよ。まあこの辺は後回しでいいでしょう」


 まず切り出したのは柚子達が監禁されていた理由。


 下世話な話はよくないと思うけれど、こんな薄い本みたいな展開で手を出されていないのなら、この監禁は彼女達を目的にしたものでないと考えるべきだ。

 流石に3日間もあったんだ。そういう目的で監禁していたのならとっくに手を出されている、と思う。……監禁したはいいけど手を出す勇気がなかったという可能性もなくはないが。


 それに、そんな可能性を即座に否定できるほどの材料を俺達は見ている。あの少年だ。俺はともかく、黒乃を圧倒できるだけの力を持っていて、多分、今回勝てたのも事前に疲労が溜まっていたからだ。あれだけの力だ。きっと初日から他の人とは隔絶した力を持っていたと思われる。


 あの戦力を自分の思うままに使えるというのはすごく魅力的な話だ。なにせ、この世界はモンスターを倒さなきゃ生きていけない。あれだけわかりやすく強いなら多少の無茶をしてでも手元に置いておきたいと思うのはわからなくもない。


「……解せないな。そこまでしておきながら人質を奪われて逃げられるってどうなんだ。2人を別の場所に隔離して監禁して、1人が奪われた時にもう一人を即座に殺せるようにしておけば、それだけで少年は身動きが取れなくなっただろうに」


「うわあ……えげつない事考えるっすね」


 ポツリと思いついた事を呟いたら何故かドン引きされた。実際に俺がしたわけじゃないからセーフだと思う。


「……コホン。えーと、それじゃあそのわかってる初日の事から詰めてこうか」


 微妙な空気を咳払いで誤魔化す。


「柚子ちゃん達が居たのは桜雲中学校みたいですね。あの日は夏期講習とクラブ活動で全校生徒の3分の2くらいの人が学校に居たらしいです」 


「うん? 確かそこって俺が人が集まってる所だって書いて町中にバラまいたうちの一つだったような……」


「そうっすね。聞いた話が本当なら学校に行った人はご愁傷様って感じです」


「うへー、やらかしちゃったなー」


 顔を顰める。


 黒乃が口にしたのは、前に彼女が私立の中学校だと言っていた施設の名前だった。


 黒乃の探知能力は遠くの場所になると人数くらいしか把握できない。なので、その内部事情までは伺い知れない。


 それでも、1人で行動するよりはマシだろうと人が集まる場所の情報を拡散していたが、こうして明確に被害が出ていると思われる情報があると、直接の原因が俺達じゃないとはいえ多少の罪悪感はある。


「まあ、そこはいいや。それでどうなったの?」


「幸い、学校に現れたモンスターに強い個体はいなかったみたいです。バットやスコップ、あとは箒の棒の先に包丁を括りつけた即席の槍なんかで先生や男子生徒が退治したみたいですよ。まあ、それなりの被害は出たみたいですけどね。で、その時柚子ちゃん達は他の女子生徒と一緒に先生に連れられて屋上に避難してたみたいです」


「なるほど、その時点では一応何とかなっていたと。で、その後は?」


「柚子ちゃん達はお兄ちゃんと合流。お兄ちゃんはモンスターを沢山殺して憔悴してたみたいです。部活中にグラウンドに突然現れたゴブリンを倒してから、校内のモンスターを全部討伐するまで先生に混ざってずっと動きっぱなしだったみたいですよ」


 よくやるなあ。本当ならあの少年だって学生なんだから守られる立場にいてもよかっただろうに。そういうめんどくさい事を背負いこむのが好きな性格なのかな?


「で、ここからが問題なんですけれど、安全になってからずっと隠れていた理事長だとかの重役が出てきて指揮を執ったみたいですよ。すごく偉そうだったと柚子ちゃんから聞きました」


「嫌な予感しかしない」


「彼らは学校にあった備蓄を自分達の手で管理し、モンスターを倒して力を手に入れた人の半分を自分達の護衛と学校周辺の警戒に、残りを周辺のモンスター討伐と資源の調達に使ったみたいです。柚子ちゃん達のお兄ちゃんはモンスター討伐の班に割り振られたみたいですね」


「はあ……よくそれで暴動が起きなかったな」


「暴動は起きなくても、何かあったから柚子ちゃん達は監禁されたんでしょうけどね」


 余りの酷さにお互いに溜息を吐いた。世界が変わる前の人間関係が混乱を引き起こした訳だ。


 せっかく先生達が自分の職務以上の事をやり遂げていたのに全部台無しになっている。……でも、先生達は上からの命令なら従わざるを得ないんだろうなあ。

 あの時点じゃ、黒乃みたいな広域まで観測できる探知能力がないと東京の外がどうなっているかなんてわからないわけだし。この事態が収束した後の仕事の事を考えるとよっぽど理不尽な事を命令されない限りは学校と言う狭い世界で波風は立てれないだろう。クソ食らえだね。


「柚子ちゃん達のお兄ちゃんは不満を漏らしながらも従ったみたいです。でも、もうその時点で周りの雰囲気は最悪だったみたいっすよ」


「そりゃそうだろうね」


「で、2日目。柚子ちゃん達姉妹はモンスター討伐に向かったお兄ちゃんを見送った後、男子生徒数人に囲まれてクラブハウスに連れていかれて閉じ込められたみたいです。手足は縛られなかったみたいなので監禁というよりかは軟禁って感じですね」


「そっから先は情報なし、か」


「はい。後は逃亡の2日目にすっごい大きなモンスターをお兄ちゃんが倒してたと蜜柑ちゃんが言ってたくらいですかね。多分中ボスだと思うっす」


 とりあえず一息つく。今わかっている情報はこれだけか。


「……こう聞くと、柚子達が監禁されたのはあの少年を思うままに使うためって感じじゃなさそうだよな」


「同感っす。クーデターを起こされないように人質を取ったか、クーデターを起こす時に邪魔されないようにしたかのどっちかでしょう。柚子ちゃん達に聞いてみた感じじゃ、お兄ちゃんはそういう暴力的な解決はあんまりしたくないみたいですし。ちなみに私は後者だと思いますけど」


「クーデター前提の考えで草生えそう。……でも、そっちの方が可能性高そうなんだよなあ」


 黒乃が挙げた2つの可能性だと後者の方が可能性は高そうだ。……というか、こんな状況で何の力も持たないまま、自分達の過去の権力だけを過信していた奴らがクーデターを起こされるなんて考えに至らないと思う。


 とにかく、その考えに辿り着いたとしても流石に人質を取る所までいったら先生達だって従わないだろう。それくらいなら生徒に協力して上層部を解体する方が幾分かマシだ。

 その時に少年が上層部に協力したらそれだけで壊滅しかねない。回避するために妹を監禁して無理矢理少年を仲間に引き入れた、か。 


 ただ、そのためだけに監禁という手段を取るというのもそれはそれでしっくりこない。なにせ、世界が変わって2日目の出来事だ。集団で生活しているのにそこまで思い切った行動ができるものなのか?

 いくらなんでも行動が早すぎると思う。クーデターが起きたとしてももっと後、フロアボスという脅威が去って目下の安全が確保された辺りの時期なら話はわかりやすいのだが……


「……うーん。やっぱりしっくりこないな。柚子達から見た情報だけじゃわからない事が多すぎる。監禁が継続された理由も、少年が逃げた理由もわからないままだ」


「その辺はお兄ちゃんが起きた時に聞けばいいでしょう。まあ、逃げた理由はなんとなく察しがつくっすよ。多分、そのタイミングくらいしか隙がなかったからですよ。世界が変わって5日目。それは私達がフロアボスと戦った日ですから」


「そっか。流石に普段よりかは警備も緩くなるよな。……あんだけ強けりゃ何十人いたって無駄だろうけど」


 まあ、強いからこそ力加減が難しかったのかもしれない。


 1週間、モンスターで追いかけまわした主犯と勘違いして俺達に襲い掛かってきた時でも、一応殺しはしないと言っていた。

 全くの他人相手でも人殺しは躊躇ったのだ。何かの間違いで監視を殺してしまう可能性があった以上、そう簡単には踏み切れなかったのかもしれない。


「とりあえず、今わかる事はこれくらいか。纏めてみると何というか……重いな。これ、俺達が面白半分で首突っ込んでいいような出来事じゃないと思うんだけど」


「放置でいいでしょう。柚子ちゃん達は解放されてるし、追手から逃げてたなら中学校に戻る気はない筈です。これ以上負担は増えないでしょ」


「だな。そもそも興味があるから探ってるだけで解決しようとかは思ってないし。とりあえず少年が起きるまで柚子達の面倒見ればいいか。それであの少年が味方になれば儲けものだ」


 大体の事情はわかった。中学校の現状についてはまったく興味がないからスルーする。


 脅威も、あの程度のモンスターの集団ならたかが知れている。片手間で恩が売れるならやらない理由はない。こんな世界だ。少年とはもう二度と敵対したくない。


「じゃあ、明日は少年が起きるまでは柚子達を守りながら適当に行動って事で」


「意義なーし♪」


 大まかな明日の予定を立てて、突然の来訪者達に対する話し合いは終わった。




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