8.目を背けてきた闇
非戦闘員が2人もいたので、細心の注意を払いながら帰路についた。
黒乃の探知能力で常に周囲を警戒しながら進んだのだが、結局あれからモンスターとの戦闘はなかった。
「ふぅ。戦闘なしで帰れたか。まだモンスターが控えてると思ってたけど……」
そうして辿り着いた拠点である黒乃宅。その地下の秘密基地染みたシェルターで警戒を解いて一息つく。
未だ目を覚まさない少年はベッドに寝かせておいた。少女達に聞いた所によると、食事は最低限取っていたらしいので栄養面では問題ないみたいだ。1日も経てば目を覚ますだろう。
「近くに目立つモンスターの集団もないし、案外さっきので全戦力だったのかもしれないっすね。ああ、でも今の内にモンスターをいっぱい召喚しておいて巡回させといた方がいいかもです。家に匿っている事がバレたら面倒ですし」
「そうするかー。見た感じそんなに強いモンスターはいなかったし、何体か強いモンスター出して後は瞬間召喚のモンスターだけでも何とかなるでしょ」
黒乃の言葉でデッキチェンジ機能を使ってデッキをモンスターを適当に詰め込んだデッキに変える。もう今日は外に出る気がないのでデッキチェンジを温存する理由もない。
強いモンスターもいなくなって一応平和になっていたために最近はモンスターの追加召喚をしていない。なので、この町に徘徊させている支配下のモンスターは何匹かしか残っていなかった。
適当に引いたカードを全部使ってそのまま外に送り出していく。指示も人の集まる場所に行かない事、人を見つけたらその場から離れる事、人は襲わない事、モンスターを見つけたら倒す事といつもの単純なものとモンスターの集団を見つけたら優先的に倒す事だけだ。
後は2分毎にドローしてモンスターを増やしていけばいい。
「さて、そういや自己紹介がまだだったかな」
とりあえず安全は確保した。そこで、まだ連れてきた2人の少女の名前を聞いていなかった事に気付いた。
「おー」と口を開けて辺りを興味深げにキョロキョロと見てる背の高い子と、借りてきた猫のように縮こまる小っちゃい子に声をかける。
「俺の名前は逆蒔京也。兵庫に住んでた高校2年生で、今はこの家に住まわせてもらってる居候さ」
「そして私が家主の黒乃遥、16歳っす! 多分私の方が年上ですけど気軽に呼んでくれていいっすよー」
俺達が先に紹介を終えると、少女らは何処か驚いた表情をした。
「はいはーい! わたしは四宮柚子。14歳でーす! 特技は体を動かす事全般! これからよろしくお願いします!」
「えっと、四宮蜜柑。同じく14歳、です……。お姉ちゃんと違って、得意な事とか何にもないけど、その、よろしくお願いしますっ!」
「柚子に、蜜柑ね」
「ちゃん付けで良いっすかね? とりあえずよろしくっす」
2人の少女──柚子と蜜柑は揃ってペコリと頭を下げた。
年下の女の子に対して名前呼びはちょっと恥ずかしいけど、姉妹なら名前で呼ぶしかないか。
「えっと、それでなんですけど! 2人はどういう関係なんですか!」
柚子がそんな事を聞いてくる。
「どういう関係って言われても……」
「ふっふっふ。聞いて驚けー。なんと出会って2週間も経ってない友人っす!」
「えっと、それにしては距離感が近過ぎじゃないですか……?」
蜜柑が至極真っ当な疑問を口にする。ふむ……
「……言われてみればそうかもしれない。ちょっと黒乃ー、勝手に俺を洗脳するのやめろよなー!」
「え……ええっ!?」
「くっ、何にも気付かない京さんを操って、裏から東京を支配する計画が……蜜柑ちゃん恐るべしっす。バレてしまっては仕方ない。こうなったら実力行使あるのみ!」
「やめろー! そんなことしちゃいけない! ……とまあ、こんな風にバカやりあう関係さ」
蜜柑の反応が面白かったので、ふざけて黒乃と一緒に適当な事を言いあってみる。
「……何かいいなー、そういう関係」
そんな俺達を、柚子は羨ましそうな目で見ていた。
「うん? 友達なんてこんなもんだろ?」
「そうかもしれないけどー……ほら、みんな世界がこんな事になってからおかしくなっちゃったから、さ」
今まで活発的だった柚子の言葉に影が含まれる。
アハハ……と乾いた笑みと共に告げられたその言葉は、世界が変わってから他人との接触を断ってきた俺達にはわからない、それでも想像はできる類の闇を見てきた人だけが口にするものなのだろう。
きっとそれは、俺達が目を背けていた、見る気もなかったものだ。
「それは、君らが追われてたってのと関係があるのか?」
「そう、なのかな。でも、わたし達はあんまり詳しい事は知らないよ。多分よく知ってるのは蓮にい。蓮にいが助けてくれなかったらきっと……」
蜜柑が目を伏せる。まるで思い出したくない事を忘れるように。
「……わたし達、世界が変わっちゃった次の日から逃げ出すまでずっと監禁されてたんだ。それも、同じ学校の生徒に」
柚子が躊躇いがちに呟いたその言葉は「そういう事もあるだろうな」と自分で予想していた範囲内の事であり、同時にあまりに現実味のない出来事だった。