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世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
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3.脱出


『デッキチェンジ、オールリカバリー』


 デッキの編集、といっても今使える《ゴブリン》、《祝福の聖天樹 イブキ》、《つららミサイル》の3枚のカードで構築されたデッキを設定し、デッキチェンジを行う。


『デッキオーバー』


 デッキチェンジの後にはカードを4枚までドローできる。デッキの3枚を引いたために即座にデッキがなくなる。何とかしてカードを手に入れて早い所これも改善しないとな。

 1日に行えるデッキチェンジの回数は3回までだ。このままいくとHPは残っているのに使えるカードがないなんて事態に陥る可能性がある。


召喚(サモン)、《ゴブリン》」


 自分の身を守るための護衛としてゴブリンを召喚する。イブキは移動できないのでここを脱出してから召喚する事にした。……勿論、危険だと判断したら即座に召喚するが。


「さて、行くか」


 最低限の準備を整えた俺はゴブリン1体を従え、未だ混乱が続いている構内を脱出せんと動き出した。





「ゴブリン! 戦闘は最小限だ。倒す必要はない。基本は逃走、戦闘になったら傷を負わせて離脱しろ」

「ギイッ!」


 俺の前を疾走するゴブリンに声をかける。短い返事で答えたゴブリンは自分が従えているという事実もあってか他のゴブリンと比べて愛嬌があるように感じた。

 小さい足をせっせと動かして走る姿はよく見ると可愛げがあるかもしれない。


 ゴブリンの後ろを追いかけながら、こんな事を考える余裕を持てるのも俺にステータスが追加されたおかげだろう。ゴブリンの2.5倍の素早さを持つ俺はゴブリンがかなりの速さで走っているにも関わらず、余裕でそのスピードについていけていた。

 運動が苦手だったという訳ではないが、以前の自分では考えられない程に敏捷力が上がっている。


「ギイイイッ!」


 召喚したゴブリンに合わせて構内を走るが、隠れるのをやめた以上、どうしてもここを襲撃しているゴブリン達の目は避けられない。

 気付いたゴブリン数匹が俺達を追ってくる。多分戦力的には倒せない事もないだろうけど今は無視だ。倒すよりも今は……


「おら、こっちや! 俺を狙ってこい!」


 できるだけ多くの敵を引きつける。そのためにワザと大きく声を上げながら進む。これで全部の敵がこちらに来るとは思わないが、注意は引けるだろう。

 

 声に釣られて前方からもゴブリンが現れた。その数は7体、思ったよりも数が多い。だが、その奥には駅の出口があった。


「ゴブリン、迎撃!」

「ギッ!」


 無傷では通れないと判断し、俺の従えるゴブリンに迎撃の命令を出す。ゴブリンが1匹に飛び掛かるがまだ敵は残っている。

 敵のゴブリンがおれの足をめがけて斧を横薙ぎに振るう。


 俺は敢えてその攻撃を受けた。右の太腿に石斧の刃が食い込む。


「クッ……」


 ザラザラとした鈍刃の感触を感じ、顔を顰める。しかし、そこから血は流れていない。


 ダメージを受けた様子がない俺を見て、首を傾げるゴブリンを無傷の左足で蹴り上げた。

 

「……本当に痛くないんだな。残りHPも減ってないし」


 斧から手を放し、ポーンと面白いように吹き飛ばされたゴブリンから目を離し、左腕のクロノグラフの画面を見て自分のHPを確認する。


 HPはよくあるゲームのシステムを再現したのだろう。何処を攻撃されても一定のダメージが入る。そして、何処を攻撃されてもHPが0になるまでは戦闘に支障をきたさないように傷1つつかないようになっている。ダメージを受けた場合には痛みは普通に感じるけれど動けなくなることはないらしい。


 受けるダメージの数値は敵の攻撃力から自分の防御力を引いた数値だ。この時、自分の防御力が相手の攻撃力を上回っていればダメージは受けず、痛みもないらしい。なので、ゴブリンの攻撃力は俺の防御力より下だという事だ。……体に刺さったままの武器の感触は感じるみたいだけど。


 刺さったままの斧を引き抜く。嫌な感触がなくなりスッキリした。


 俺がわざと攻撃を受けた理由はHPのシステムの確認と、自分の従えるモンスターと敵のモンスターの能力値に差異があるかを確かめたかったからだ。

 できればダメージを受けた時の痛みを確かめたかったのだが、それはまた次の機会でいいだろう。

 動きやダメージを受けなかった所から、恐らく敵のモンスターの能力値は俺のモンスターと同一なのだろう。違うとしても大きな差異はない筈だ。


「もう、用は済んだ。ここに留まる理由はない」


 前方のゴブリン達は俺に傷がついていない事に警戒し、ジリジリと俺を取り囲もうと円状に陣を引こうとしている。

 後方のゴブリン達は立ち止まっていたせいでもう少しで俺に追いつきそうだ。


 俺はそんなゴブリン達を無視し、スタートからトップスピードで前に向かって走りだす。ここにいるゴブリン達では俺にダメージを与える事は出来ないのだ。もはや動きを警戒する必要がない。


「邪魔ァ!」

「グゲッ!」


 今まで立ち止まっていた俺が急に動いた事にビクリとし慌てて先端に鋭い石が取り付けられた槍を構えたゴブリンの顔を思いっきり殴り飛ばす。


 ゴブリンより俺の方が動きが早い。だが、ゴブリンを殴ったために動きが止まる。その隙をゴブリン達は見逃さず、各々が持つ武器を俺に突き立てた。

 身体の肉が断たれたような感触を全身から感じるが、痛みは無かったためそのまま進む。すると武器が最初から刺さっていなかったかのように俺の体をスルリとすり抜けた。


「うおっ、こんな風になるのか」


 攻撃は最初に当たった時点で完了しているという事なのだろうか? 戦闘に支障がないって書いてあったから心配はしていなかったけど……

 自分の身に起こった現象に自分でも驚きながら、面食らうゴブリン達の包囲網を抜ける。


 ゴブリン達の襲撃を無事にやり過ごしたと思ったその時だった。

 目の前の出口から新たにモンスターが入ってきたのだ。その数は1体。だが、ゴブリンではない。


「グルルル」


 ライオンほどの大きさの全身が黒い毛で覆われている犬、いや狼だった。

 出口に向かって走る俺の姿を確認した黒狼は唸り声を上げてこちらを威嚇する。


「くっ、そりゃモンスターがゴブリンだけな訳ないわなぁ!」

 

 想定外の事態だ。仕方ない。


術式(スペル)、《つららミサイル》!」


 温存していた術式カードの使用を決めた俺は動きは止めず、走るスピードはそのままで術式カードを発動した。眼前に生み出された氷柱が弾丸のように黒狼に向けて放たれる。


「避けっ……!? えっ、避けるんかい!?」


 だが、黒狼は俺の撃ち出した氷柱をヒョイと避けてしまった。

 目標を失った氷柱は地面に衝突して弾けた。


 思わず取り乱してしまう。

 心のどこかで俺はまだ《ChronoHolder》をカードゲームだった頃と同じように考えていたのかもしれない。カードゲームで敵のモンスターが勝手に能力の対象を外れる事などありえないからだ。だから自動追尾でもして絶対命中するという思い込みがあった。


「そりゃ生きてるんだから、生きようとするよなあっ!」


 そんな訳ないだろ! と自分にツッコミを入れる。ダメージを受けて怯んだ黒狼の横を通り抜けて脱出する予定だった為に全力でスピードを出していたが、攻撃が避けられてしまっては意味が無い。

 ブレーキをかけて止まろうとする俺に黒狼が飛び掛かってくる。回避はもはや不可能だ。顔の前で腕をクロスし、頭を守る。何処に攻撃されても受けるダメージの数値は同じだが、脳にダメージを受ける事には忌避感があった。

 

 黒狼はその爪を振り下ろす。


「痛った! ……いや、思ってたよりは痛くない?」


 黒狼の爪は俺の腕を切り裂くように体を通過した。狼はそのまま俺の横をすり抜ける。


 血は流れていないが、腕を引き裂くような痛みに思わず声を出してしまった。が、想像していたよりかは痛くない。例えるならカッターで指を切ったくらいの痛みか。

 チラリとクロノグラフの画面を見ると残りHPが7980まで減っていた。20のダメージを受けたようだ。黒狼の攻撃力は70という事らしい。俺より強い。


 狼は手応えを感じていたのに俺が傷ついていないのが不思議だったのだろう。直ぐには追撃せずに訝しげにこちらを睨んでくる。


「ゴブリン! 黒狼の足止めを頼む!」


 仕掛けてこないなら逃げるチャンスだ。敵のゴブリン集団に追いかけられながらこちらに駆け寄る俺のゴブリンに黒狼の足止めを命じ、出口へ駆ける。


 黒狼は逃げる俺を後回しにしたのか、後ろから突然襲ってきた俺の使役するゴブリンへと目標を変えた。

 

 後ろからの攻撃がなくなったことで俺は危うげなく東京駅の出口を通る。


「ふぃ~。脱出成功……うわぁ」


 久しぶりの外の空気だ。8月の生温い風を頬に感じる。いつもなら不快なこの空気も修羅場を切り抜けた後だと心地よく感じる。


 大きく息を吐いて、危機を脱した事を喜ぼうとした俺だったが、目の前の光景に絶句する。


 駅の正面両隣には大きな「まさに都会!」というような全面ガラス張りの高層ビルが並んでいたはずだったが左側のビルは何か大きなものが通ったかのように跡形もなく倒壊している。右側のビルは倒れこそしていなかったが、所々でガラスが大きく割れている。

 正面の大きな道路では乗り捨てられた車がそこら中に止まっている。中には炎上している物もあった。

 そして、姿こそ見えないが人の悲鳴が風に乗ってここまで届いてきていた。


 たまらず空を見上げる。そこには……


「あ……」


 左翼を破壊され、操作が利かなくなったのだろう飛行機が黒煙を上げながら東の方向へと飛んで、落ちていっていた。


 その飛行機の行方を目で追う。建物の陰に隠れて見えなくなった後もその方角から目が離せなかった。やがて大きな音がこちらにまで届いた。吹いてきた突風が前髪を大きく揺らした。


「……世界、終わったな」


 ポツリと、思わず言葉が漏れた。感情を乗せる事も忘れているようなそんな声だった。


 暫くボーっとしていたが、そうもしていられなくなる。


「……ありゃ。ゴブリンは倒されちまったか」


 駅から黒狼を先頭にゾロゾロとモンスターが湧き出てきたのだ。黒狼とゴブリンの集団が争ってくれないかと思っていたが、そんな事はないみたいだ。


「本当は、周りの人をビックリさせたくなかったから遠くまで逃げてからにしようと思ってたけど。……もういいや」


 モンスター群を冷めた目で眺めながら、俺は手札に残った1枚のカードをクロノグラフに翳す。


 ……これは八つ当たりだ。どうしようもない現実を目にした怒りをただ相手にぶつける行為だ。


 ……そして、これを宣誓にする。運命を手にし、必ずこの理不尽な現実を打ち破ると誓う。


「召喚、《祝福の聖天樹 イブキ》」


 ゴゴゴという大きな音と共にアスファルトを突き破り、その姿が現れた。


 長い年月を重ねたと思われる大樹。表面は白く輝いていた。枝には端の方まで青々とした葉が宿っている。


 俺の後ろに控えるように出現したその威容にモンスター達の足が止まる。


「いけ、イブキ。全部なぎ倒せ!」


 俺の言葉に応え、大樹が微かに発光する。そして、無数の枝が触手のようにしなりながら伸びて、モンスター達に襲い掛かった。


 モンスター達は自分より遥かに速く迫る枝から逃れる事も出来ずにその身を貫かれた。


 一網打尽。まさにその言葉が相応しい。


「……負けてたまるか。生きて、必ず運命を引き寄せてやる」


 モンスターの集団が霞のように消えていく。戦闘とも呼べない蹂躙はほんの数秒で終わった。


 ひとまずの危機は脱した。その事を喜べる程、今の状況を楽観視していない。ただ、決められた運命をなぞる様に滅びを迎えるのは御免だ。


 そんな決意が、このボロボロの世界を見て生まれた。




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