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6.ふたりの妹


 突然目の前で倒れた少年。立ち上がる様子がない事を確認した黒乃は少年に近づき、呼吸の有無を確認する。俺はあたふたしていた。


「あわわ……し、死んでる? 死んでへんよな。もし、死んどってもこれは俺のせいじゃないやんな? なっ、黒乃」


「落ち着いてくださいよ京さん。気を失っているだけみたいです」


「あっそうなんだ。よかったー! その気もないのに人殺しなんてシャレにもならないよな、うん」


 ホッと胸を撫で下ろす。


 少年は生まれつき心臓が悪くてペースメーカーのお陰で生活できていたけれど、今の俺の攻撃で装置が故障、少年はそのままショック死……なんて想像が頭に思い浮かぶくらいには狼狽していた。全然医療方面には詳しくないから勝手な想像だけど。


 モンスターは殺してもいいやつだからノーカンだけど、やっぱり現代社会に生きた身としてはそんなに軽々しく人を殺したくない。同じ殺しでもそのくらいの線引きはしておきたい。


「……相変わらず無茶苦茶やりますねえ。見てるだけしかできなかったこっちはハラハラさせられっぱなしでしたよ」


 起きた時に抵抗されないようにだろう。少年をロープでグルグル巻きに縛って身動きを取れないようにした黒乃は溜息を吐いて俺に話しかける。


「いやー。正直、効果が半分でも通れば殴り合いくらいはできると思ってたんだけどなー。見通しが甘すぎた。もっと戦闘経験積んで俺自身の戦闘能力を上げないと《反転世界(ワールドリバース)》がちゃんと機能しても直ぐに対応されるかもな」


「多分、今回は相手が悪すぎただけ……って思いたいっすけどねー。こんなの何人もいるならあなた達でフロアボス討伐してくださいって話ですよ」


「違いない。絶対コイツ今生きてる中でもトップクラスに強いよ。そうじゃなきゃ俺、この世界で生きていく自信ねーわ」


 黒乃を圧倒できる時点でこの少年1人でも今回現れたフロアボスといい勝負ができるはずだ。


 流石にこれが今の世界に生きている人の戦闘能力の見本とは思えない。上の上、その中でもトップクラスの戦力だろう。……これは願望も混じった考えだ。


 そんなのがなんで俺に絡んできたのだろう? 話と俺達が戦う前の状況を合わせて考えるとモンスターを使われて追いかけまわされていたみたいだけど。そいつらは命が惜しくないのだろうか。こんな奴をわざわざ敵に回すメリットがないだろうに。


「それで、京さん。この子どうします? 今の内に殺しちゃいましょうとは言わないですけど、しょーじき私達の手に余ると思います。目が覚める前に逃げちゃった方がいいと思いますけど」


「えー……折角倒したんだし、ここで誤解を解いとかないと勿体ないでしょ。こんなの野放しにするなんてありえないよ」


「話、聞いてくれればいいんすけどねー……私、知らない人とのコミュニケーションはそんなに得意じゃないですよ?」


「え、マジ? 俺もだわ。どうしよう」


 お互い顔を見合わせて、目の前の少年の処遇をどうしようかと悩んでいた時だった。


「蓮にいから離れろっ!」


「うん?」


 声の方へ振り向く。


 居たのはさっき空中戦艦からの映像に映っていた2人の少女だ。

 2人は同じ服装、学校指定っぽい白いポロシャツにスカート。スカートの柄は少年と同じだから多分、同じ学校の物だと思う。


 声をかけてきたのは前に立つ、強い意志を感じる鋭い目つきの少女だ。あまり身長が高い方じゃないとはいえ男の俺と同じくらいの背(170cm)に引き締まった脚、夏らしい程よく日に焼けた肌に短く切りそろえられたショートヘアを見るに何かスポーツでもやっていそうだ。そんな彼女がハンドナイフを構えて俺達を威嚇している。


 そして、その後ろ。前に立つ少女に隠れるようにこちらの様子を窺うロングヘアの少女は黒乃と同じくらい背が小さい。肌は白い。日の下で運動する感じの子じゃないのだろう。だが、不健康な程じゃない。教室の片隅で本を読んでいる所が様になりそうな、そんなイメージの女の子。そんな彼女が恐怖の色を隠しきれない怯えた目つきで、それでも毅然として俺達を睨んでいる。


 こうして間近に見ると、結構イメージが違う。それでも、2人の顔は血のつながりを思わせる程に似通っていた。


「あー……君たちは、こいつの仲間か?」


 そんな2人の少女が敵意を隠さずに俺達を睨んでいる。


 俺はなるべく刺激しないように声をかけた。


「そうだと言ったら?」


 警戒したまま前に立つ少女が答える。なるほど、敵の手に落ちた仲間を救うにはこのタイミングが一番手っ取り早い。


 戦闘後、気の緩む絶好のチャンス。ここを狙うのは当然だ。


 俺はこの少女達が少年の身柄を奪いに来たものだと思った。少年に劣る戦闘能力ならばこのチャンスを逃すと奪還が難しくなる。


 だけど、黒乃は苦戦していたとはいえ受けたダメージは薄く皮を切られた程度。それも回復魔法で既に治している。ほぼ万全の状態だ。黒乃は強い。俺が100人居たってまとめて吹っ飛ばされると思う。目の前の少女達が黒乃に勝てる程の力を持っているとはどうしても思えなかった。

 いや、それどころか……


「……やめといた方がいいっすよ。ナイフは持つだけ無駄。私達には効かないっす」


「あ、おい」


 返す言葉に困っていると黒乃が口を開いた。


「そんなの、やってみなくちゃ……」


「わかるっすよ。2人そろってレベルなし(・・・・・)なんですから。そこに転がってるお仲間さんからちゃんと聞いてるでしょう? 雑魚モンスターならそれでも何とかなるけれど、私達には傷一つつけられないっす。ほら、こんな風に」


「あっ」


 黒乃はそう言うと、少しだけ早歩きで背の高い少女に近づき、少女のナイフを持っている腕ごと動かして自分の手に当てた。

 こんな行動一つでさえ彼女たちにしてみたら瞬間移動のように見えたのだろう。目を大きく見開いている。


 小さな声を上げてナイフを引き戻そうとした少女だったが、それは叶わない。黒乃に軽く掴まれているだけでその腕は自分の意思で動かせないようだ。

 そして、彼女の表情を見るに刃の先の黒乃の手のひらには傷一つついていないのだろう。


「ね、刃が刺さらないでしょ。攻撃力と防御力に差があり過ぎるとこうなっちゃうんだ。つまり、どうやっても君たちじゃ私達にダメージを与えれない。お仲間さんを助けたいなら力じゃダメだよ。もっと君たちにしかできない事で……」


「おーい。黒乃、その辺にしとけ。その子らめっちゃ怯えてる」


「はーい♪」


 絵面的には刺されている側のはずの黒乃が攻め立てる様に言葉を紡ぐ。対照的に刺している側の少女は顔面蒼白だった。


 見かねて声をかけると、黒乃はこっちに戻ってきた。その手には目の前の少女が持っていたナイフがある。一瞬の内に取ってきたのだろう。


 ちなみに、俺がナイフで黒乃を刺しても同じようになります。これはもう実験済み。ステータス差って理不尽だね。


「まあ、何があったのかは大体想像つくけどさ。ちょっとは落ち着いてこっちの話を聞いて欲しいな。俺はすごく弱い奴にはそこそこ優しいから」


 少女達からは力を持っている雰囲気がまるで感じられなかった。

 こんな世界になってから、強い奴からは「あ、こいつ何だか強そうだ」みたいな曖昧な感覚を覚えるようになった。だから喧嘩を売っちゃいけない相手は索敵系のスキルがなくても何となくわかる。あの画面から少年を見た時だって体がボロボロでもそれなりに強そうだとは感じていた。


 そんな圧力とでも言うべきものが少女達にはない。だから、レベルは低いのだと思っていたけれど。

 黒乃のスキル《探知》は周囲の生物やトラップの居場所を察知するだけじゃなく、距離の近い生物を対象にして《探知》のスキルレベル以上の隠蔽系のスキルを持っている相手以外なら相手のレベルを知る事ができる。


 その能力で暴かれた少女達のレベルはなし。つまり、この世界で未だモンスターを倒していない事を意味していた。


 普通ならあり得ない。この世界で生きていくにはモンスター討伐はどうしてもつきまとう。多かれ少なかれ、誰だって殺してる。そうじゃなきゃ、自分達が殺されてた。


 けど、みんながパニックに陥ったあの初日さえ乗り切れば、後は何とでもなったのだろう。警察や自衛隊だって壊滅したわけじゃない。日頃から訓練している人達ならレベルなしでもゴブリンくらいなら何とかなる、と思う。

 先にレベルを手に入れた人の助力があれば、レベルを持っていなくたって安全にモンスターを倒してレベルアップができるだろう。現にそうやって人が集まってコミュニティが生まれていった。

 俺は実情を知らないから詳しい事はわからないけど、多種多様な職業(ジョブ)とスキルを駆使して助け合って生きているのだろう。


 そして、それも大分進んだ今、それでもレベルを持っていない彼女らがどうやって生きてきたのか。想像できない訳じゃない。


 ──彼女達はずっと守られてきた側の人間だ。力を持つ事から遠ざけられた人間だ。そして、今日までこの少女達を守ってきた奴が俺達を襲った少年である事は火を見るよりも明らかだった。


 どうして少年がそんな事をしたのか。普通に考えれば2人の人手を遊ばせておくのは勿体ない事だ。マンパワーを自ら放棄しているのだから。


 だけど、少女達が少年の肉親だというのなら話は別だ。


 モンスターは倒さなきゃいけない敵だ。倒しても誰にも咎められない、人類の敵対種だ。殺せば殺す程、平和な世界に近づく。


 それでも、自分の親しい人が俺の目の前でモンスターを殺さなきゃいけなくなった時なら、特別な理由がない限りは俺が殺すだろう。直ぐ消えてなくなるとしても身内がモンスターの血で手を汚す所を見たくなんてない。


 俺だってそうするんだ。そんな事で身内の心が病んだらこっちまで辛気臭くなる。


 もっと真っ当な人間なら迷わず自分の手を汚すだろう。


「さっき、”蓮にい”って言ってたけど、コイツ君らの兄貴なのか?」


「……そんな事関係ないでしょ」


 自分達に勝ち目はない。それを理解してもなお、少女達は諦める事なく、こちらへと立ち向かおうとしていた。


「いや。もしそうなら、いい兄貴だなって」


「でしょ! 蓮にいはすっごく優しいんだから!」


「お姉ちゃん!?」


 なんか背の高い方の子がくいついてきた。そんなに兄貴を褒められるのが嬉しかったのか。


「……はっ! そんな都合の良い事言っても騙されないぞ!」


 言葉からすると背の低い方の子が妹らしい。妹の声で警戒心を取り戻した背の高い子だったが、今のやり取りでどうしても拭えないポンコツ感が生まれてしまった。この子凄くチョロそう。


 交渉するならこっちの方がいいか。そんな風に考えた時だった。


「ッ! 京さん、モンスターに囲まれてます」


 黒乃の声が響く。


 どうやら、まだ落ち着いて話はできないらしい。




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