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5.思わぬ幕切れ


 少年が再び動き出す。


 だが、その動きは今までと比べると遅いなんてレベルじゃない。なにせ俺に見えるくらいだ。


 それでも俺より速い所を見ると正常に効いているわけじゃないみたいだ。だけど、これならまだ、なんとかなる。


 自分の間合いに俺を捉えた少年が剣を上段から振るう。狙いは左腕か。


「なっ!?」


 その攻撃は、避けない。


 驚愕の顔を浮かべながらも少年の剣は止まらない。ズブリと鈍い感触が肩口に走る。


 奥歯を噛みしめ、痛みを堪える。そして、そのまま前へと足を踏み出す。


 振るわれた勢いと合わせて、スパンと剣が俺の体内を通り抜けた。眼前には未だ驚いた表情のままの少年。その顔面に振るった拳は綺麗に命中した。


「ぐっ……!? 攻撃がすり抜けた? いや、斬った感触は確かにあったはず」


 鼻柱を抑えて、少年は後退する。やはり俺の攻撃ではこの状態でも大したダメージにはならない、か。


 困惑で足を止めている少年。この時間は有り難い。なんせ俺だってダメージを受けている。外見が何ともなくとも痛みはちゃんと感じているんだ。

 素早さで劣っている俺が攻撃を当てるためには相手が攻撃してきたところにカウンターを狙うしかない。とはいえ、こんな事を続けてもどうしようもない。 ……というか、俺がお断りだ。


 肉を切らせて骨を断つとはよく言ったものだ。こっちは文字通りに肉を切らせているのに向こうは血すら流していない。このまま素の殴り合いをした所で勝ち目なんてまるでない。


 今の一撃でHPは750減少した。総HPは3万あるからだいたい40回程度の攻撃を受けきれる。デッキチェンジのHP回復も合わせればもうちょっと粘れるだろう。……だけど、攻撃を受ける度に痛みを伴う。死ぬ程の痛みじゃなくたってそんなものを進んで受けたいとは思わない。


 それでも俺が前線に立つのは、これくらいしか勝ち筋がないからだ。


「1分、だ……踏ん張れ、俺」


 小さく呟く。


 1分。《反転世界》の効果が切れるその瞬間こそが勝負所だ。それまではこの痛みを甘んじて受け入れる。


 《ライトニング・スペクト》が通る事前提の動き。《反転世界》の解除と同時に《ライトニング・スペクト》を命中させる事で無防備になった少年に《反転世界》の縛りから解放された黒乃がトドメを指す。


 言ってしまえば作戦なんてそれだけだ。《ライトニング・スペクト》を当てるためには《反転世界》を使って敵の動きを鈍らせるしかないが、《反転世界》を使ってしまえば黒乃が置物になる。空中戦艦からの砲撃も効果範囲内に入ってしまった時点でステータス改変の影響を受けるから無意味だ。

 それでも少年に致命的な一撃を与えるためには黒乃の攻撃が必要だというのが、さっきの攻撃でわかってしまった。

 だから、《反転世界》の効果が切れて黒乃が自由になった瞬間に、少年が隙を見せてなきゃいけない。《ライトニング・スペクト》の効果持続時間は2秒。本当にギリギリのタイミングで、命中させなきゃいけない。効果の持続時間自体は把握できている。問題は《ライトニング・スペクト》を当てれるかどうか。


 厳しいけれど、やるしかない。


「ちっ!」


 舌打ちをして少年が再び俺に走り寄る。


 カウンターはさっきので意味がない事がわかった。なら今は時間を稼ぐ事だけに集中だ。残り40秒程。それなら何とかなる。


 足を動かし、何とか距離を保とうとする。しかし、そんな努力は無駄だと言うようにあっという間に間合いに入り込まれた。ここまで入り込まれては回避は難しい。


 こうなったらまた肉を切らせてへなちょこパンチで怯ませるしかないか。そう考えて少年の攻撃に合わせて一歩踏み込む。


 横薙ぎに振るわれた斬撃が胴の部分を鈍い感触、そして痛みと共に通過する。


 反撃は、できなかった。俺が拳を振り下ろそうとした時には少年の姿は視界の外に出ていた。


 そして後方からの斬撃が無防備な背を通り抜けた。


「ぐっ、速いなっ!」


「やっぱり感触はある。当たってないんじゃなくて効いてないのか?」


 思わずよろめく。


 恐らくこちらからの反撃を警戒した立ち回りだ。向こうにしてみてもステータスの超低下に俺の特殊耐性とやりにくいポイントはいっぱいあるだろうにもう対応してくるのか。相当戦い慣れしてるな、これ。


 だけど、少年はまだこちらがダメージを受けている事に気付いていない。そのために攻めあぐねているようだ。時間を稼ぎたいこちらの思惑としてこれほど嬉しいものはない。


 そう思った瞬間の事だった。


「仕方ねえ、使いたくはなかったが……」


 少年の、剣を持っていない左手が発光する。その光景を見てそれはマズいと歯噛みした。


 この感じには覚えがある。魔力を使って現象を引き起こす時の感覚だ。恐らく俺の読み通りであればあれは……


「くそっ!」


「逃がすか! 《灼雷(エクレール)》!」


 回避はできなかった。少年が向けた左手を最後に視界が赤に染まる。体中に激痛が走った。フロアボスの攻撃を受けた時のような燃えるような熱さを感じる。


 だが、その痛みも永遠には続かない。直ぐに視界が正常に戻る。攻撃から解放されて思わず膝をついた。


 流石にダメージを隠し切れない。受けているダメージの数値自体は斬撃一発分と同じだが、一ヶ所、それもどんな痛みか想像のつくものと、全身を未知の力で焼かれるのとでは痛みの質が違い過ぎる。


「ぐっ……魔法(・・)、か。只の脳筋近接戦闘職じゃねーのかよ」


 何をされたのかは容易に想像がつく。魔法だ。魔力、MPを使って決められた現象を行使する力。スキルによって人類が得た新たな力だ。


 俺にとっては黒乃が使う生活用水を賄うための水魔法くらいでしか馴染みのない言葉だったが、直にその威力を受けてわかった。これはやばい。


 恐らく炎、それか雷の魔法。速度が低下しているのにも関わらずまるでそれを感じさせないスピード、間合いを無視した射程、そして俺でなければ簡単に人を殺傷できるだろうその威力。

 こんなもの戦闘で使われたらどうしようもないぞ。


 さっきは「殺さない程度にボコるわ」みたいな事言ってたくせにこんな大威力の攻撃してくるのはどうかと思う。


「……効いてる、のか? くそ、頭が……」


 魔法の威力に脅威を覚える俺だったが、まだ戦闘の真っ只中だというのに呼吸を整えるくらいには余裕があった。


 何故か眼前の少年が追撃をせずに頭を押さえていたからだ。


 演技という風には見えない。もしかしてさっきの俺のパンチが後になって効いていたのか?


 ……いや、ないな。


 そういえば、モンスターとの戦闘の前やけにフラフラしてたな。もしかして……


「……もしかして、風邪か何かか? 調子悪いんだったら帰って寝たらどうだ?」


 恐らく眼前の少年はベストコンディションじゃない。


 これだけ圧倒された後だ。そんな事実は受け入れがたいが多分これが正解なのだろう。


「どの口で! ……テメエらがちょっかいかけてくるのを止めたら考えてやるよ」


 準備を整えた後に、純粋な心配から声をかける。


 返ってきたのは激昂の言葉だった。だが、その感情は直ぐに隠される。


「だから何だよそれ。俺に男の尻追っかける趣味はないってハッキリ言わねーとわかんねーの? 今まで周りに変な目で見られてきたのかもしれないけど初対面の男にそういう態度はどうかと思うよ? ギャルゲーに出てくる貞操観念の固い女の子じゃないんだからさあ。な、わかったか?」 


 相も変わらずよくわからない事を言ってくるので、呆れ混じりの嘲笑を浮かべてこう言い放った。


「……ああ、よーくわかった。その減らず口を叩けないようにしないといけないって事がなあ!」


 今度は激昂を隠さない。怒りのままにこっちに突っ込んでくる。


 もしかして、さっきの言葉は少年なりの「この辺で見逃してやる」的な穏便な対応だったのか? しまったな。乗っとけばよかった。


 けどまあ、ここまでくればもう問題はない。


 《反転世界》解除、3秒前。煽りに応じてくれたお陰で丁度いいタイミングだ。一番懸念していた「遠距離から魔法で嬲られる」という事もなくなった。後は当てるだけ。


「かかったな! これがお前を倒す最後の切り札だ! 術式、《ライトニング・スペクト》!」


 見せつける様にカードを翳し、手を向ける。狙いは当然眼前の少年。


 雷の線が無数に分かれて放たれる。まるで壁のように広がったそれを低下したステータスで見てから躱す事はいくら何でも不可能だ。スピードも出過ぎている。止まる事はできない。


 完璧なタイミングで放った一撃。


「邪魔だ!」


 ──それを眼前の少年は剣を上段から振り下ろして紙のように引き裂いた。同時に右上から左下に刃が通りぬけていく。


 見ていたからわかる。その正体は魔力で作られた刃だった。黒乃もよくやっていた。だけど黒乃の使うそれとは少し違う。

 剣を主体に魔力を纏わせるように使っていた黒乃のと違い、少年の一撃は魔力の刃が独立していた。正確にはあの一瞬だけ剣に魔力を纏わせ巨大な刃を産み出していたというべきか。


 その一撃は、放たれた雷を消し去り、ついでのように延長線上にいた俺を切り裂いた。 


「……それは、予想外」


 考えてもいなかった反撃のせいで再び膝をつく。


「終わりだ」


「……みたいだな」


 少年の動きは止まらない。最後の切り札を放った俺を打ち取らんと間合いに入り、


「──がっ!?」


 ……地面(・・)から放たれた雷線が少年を捉えた。


 少年の体がビクンと跳ね、手から剣が離れ、腕がぶらりと力なく揺れる。


 なんて事はない。最初から二段構えの作戦だ。

 向こうが頭痛に気を取られている隙に自分の目の前に罠機能を使って《再綴される詠唱(デュアルマジック)》を仕込む。これで準備は完了。後はこれ見よがしにとっておきの切り札である事を晒しながら《ライトニング・スペクト》を発動するだけ。

 これで仕込んだ《再綴される詠唱》は自動で《ライトニング・スペクト》に変わる。


 こうすれば、一発目の《ライトニング・スペクト》を凌いだらそこに隙が生まれると思うはずだ。もちろん俺も万が一躱された時には油断するようにくっさい芝居でも打とうと思っていた。実際にはそんな事するまでもなかったが。


 問題があるとすれば、本当にギリギリまで引き寄せるために術式の範囲内に俺も含んでいたのに何故か俺には《ライトニング・スペクト》が効いていない事。そしてちゃんと少年に《ライトニング・スペクト》が効いたかどうかだ。


 丁度1分。結界が消失する。


「そこだっ!……あれ?」


 予定通りに結界の消失直後に現れた黒乃。少年は動かない。動けない。その少年を戦闘不能へ追い込む一撃を放とうとして……その直前で変な声を出して黒乃は止まった。


「どうして……っ!?」


 何を……そう叫ぼうとした時に俺も異変に気付いた。少年の体がグラリと揺れ、そのまま前のめりに倒れたのだ。


 数秒程固まったまま見ていたが、起き上がる様子はない。


「…………あれ?」


 おっかしーなー。こんな効果じゃなかったはずなんだけどなー。


 思わぬ形で訪れた幕切れに頭は追いついていなかった。





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