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4.圧倒


「くそっ、速すぎる!」


 ……まるで出来の悪いパラパラ漫画のようだ。


 こんな世界になってから戦闘の度に幾度となくそんな感想を抱いた事があるが、今、目の前で起こっている戦闘にはフロアボスの時と同じくらいの危機感がある。


 移動を排し、迎撃に専念する黒乃と周囲を縦横無尽に駆け回り(俺には殆ど見えていないが)こちらを翻弄する少年。

 今は辛うじて戦闘が成り立っているが、傍から見てる俺にもわかるくらいにこちらが押されている。

 まったく目が追い付いていない俺は論外として、俺を守りながら戦わなければいけない黒乃は迂闊に反撃の為に深追いも出来ずにいる。

 そもそも黒乃が防御だけしか行えていない時点で相手のスペックが相当ヤバいと察せられる。


 ……完全に想定外だ。まさか黒乃のステータスに匹敵、いやそれ以上のスペックを持つ人間がいたなんて。


 敵として、モンスターとしてこちらを上回る力があってもそれは納得できる。そういうキャラは1対1で倒される事を想定されていないというだけだ。

 だが、個人で、それも俺達と同じプレイヤーにこんな力があるというのはおかしい。だってこの世界ではステータスによって俺達の肉体スペックが確定する。そのステータスはレベルと職業(ジョブ)に依存していて、レベルを上げるためにはモンスターを倒して手に入る経験値が必要だ。

 中ボス数体とフロアボスを倒してきた俺達がこの東京で生き残っている人達の中で一番経験値を稼いでいるのは明らかな事で、俺はともかく、戦闘職の上級職という恵まれた職業まで兼ね備えている黒乃が負ける道理はない。


 だが、目の前の少年はそんな事はお構いなしとばかりにこちらを攻め立てる。


 このままでは勝てない。俺がいる事がデメリットにしかなっていない。これじゃダメだ。


 援護しようにも、手札はモンスターカードに攻撃系の術式カードがあるだけ。元々、久しぶりの戦闘の為に色々とやれる事を確かめようと思って組んだこのデッキでは今の局面ではまるで役に立たないカードが多すぎる。


「デッキチェンジ!」

『デッキチェンジ、オールリカバリー』


 俺は躊躇わずに現在のデッキを放棄し、手札を引き直す。


 デッキ枚数を極力減らし、1枚のモンスターカードだけが入ったサポート専門デッキだ。

 

「よし引いた! これでも食らえっ! 術式(スペル)、《速度規制 ビギナーズエリア》!」


 新たに引いた4枚のカード。その内の1枚をそのまま発動する。


 これであの驚異的な速さも俺と同じになるまで落とされ……


「ぐうっ!? ちょっと京さん、ちゃんと発動したんっすか!?」


 カードが発動したにも関わらず、少年の動きは俺には見えないままだった。


 遅れて聞こえた金属音と共に軽く吹き飛ばされた黒乃が困惑している。


 その言葉は俺が言いたいくらいだ。……もしかしてまたフロアボスの時と同じように能力無効化能力か? この世界、俺に厳しすぎない?


「……何をした」


 そんな事を考えていると、何故か少年も同じように立ち止まっているのに気付く。


 ……この様子だと一応、効いてはいるのか? となると、あの少年の能力は自分にかかるデバフの軽減か?


「……まあいい」


 思考は途中で打ち切られる。少年が再び動きだしたからだ。


「……っ! デバフは駄目みたいっす、殆ど効いてない!」


「だよなあ! でもっ……」


 対峙する黒乃からの言葉で思考は確信に変わる。

 依然、戦闘に影響が見られない所を見るに9割近くは効果を削られていると見た方がいい。


 黒乃の言う通り、サポートをするにしても敵のステータスに干渉するデバフ系のサポートカードは微妙だ。この状況で欲しいのは黒乃のステータスを上げるバフ系のカード。


 しかし、今の手札の3枚のカードは《反転世界(ワールドリバース)》に《再綴される詠唱(デュアルマジック)》、そして《ライトニング・スペクト》だ。


 決戦術式(ファイナライズ)──1日1発限定の強力なカードである《反転世界》はこの状況では言うまでもなく悪手だ。

 敵のステータスを固定値まで下げる《ビギナーズエリア》が効かなかったのに、同系統のこのカードが効くなんて楽観的な思考はできない。唯一渡り合えている黒乃のステータスだけが下がり、一瞬で敗北する未来が見える。


 《再綴される詠唱》はこのカードの発動前に発動した術式カードをもう一度発動する効果。決戦術式はこのカードの効果でももう一度発動する事はできないので実質、今コピーできるのは《ライトニング・スペクト》のみ。


 《ライトニング・スペクト》は放射状の雷に触れた生物を2秒スタンさせる。だが、このカードはステータスに干渉するカードと違って自分で狙いをつけなければならず、雷の速さは俺の素早さのステータスに依存する。

 敵の素早さが大きく俺を上回っているこの状況では、範囲がそれなりにあるとはいえ普通に使っても当たらない。見てから回避されるのがオチ。

 ……そもそも当たった所で敵の能力が「デバフを軽減」でなく「敵の攻撃全てを軽減」だったりすると効かない可能性すらある。というか、そうなってくると勝ち目が本格的になくなってくるから勘弁してほしい。


 ……駄目だ。手札がほとんど腐っている。


 というか、バフ系のカードなんて全然持ってねえよ! こんな状況想定してる訳ねえだろ!


「この3枚じゃ……でも次のドローまで黒乃が持つか……?」


 今の手札だけじゃ、サポートもロクにできない。だからといって次のドローまでの2分間、黒乃が俺を守りながら向こうの攻撃を耐えきれるかと言われれば、それはかなり厳しいんじゃないかと思えた。

 それにデッキに有効札があるかどうかも不明だ。何らかの耐性を少年が有している事はわかったが、判明している情報が少なすぎる。下手すればデッキのカード全てが効果なし何て事すらありえる。


 ……駄目だ。ドローは待てない。

 

 そしてデッキチェンジも論外だ。有効札もわからなきゃデッキを交換する意味がない。

 デッキチェンジは残り1回。向こうが俺達を襲ってくる理由もわからないままで逃げるのは不安が残るが、最悪の場合はあと1枚残っている《テレポート》を使って逃げるためにもデッキチェンジは取っておかないといけない。


 それにこの手札なら、まだワンチャンある。


「……黒乃、選手交代だ。俺が前にでて、1分後になんとかしてワンチャン作る。そこに合わせてくれ」


「それは、できるから言ってるんすよね」


 黒乃は俺の方を振り返らないまま答える。目を離したらその瞬間に均衡が崩れると確信しているからだろう。


 そして、俺の提案の意味も彼女は完全に理解している。俺が前線に立つという事は《反転世界》を使うという事だ。


 俺のカードが正常に機能しない以上、黒乃を主軸に戦いを進めるのにも限界がある。ならば、効くかどうかはわからないが《反転世界》を当てにして俺が前線に立つしかない。


 ……やだなぁ。本当に嫌だ。これから黒乃が倒せないような奴とタイマンをはらなきゃいけないと考えると気が滅入りそうになる。


「当たり前だ。できなかった時は潔く逃げるから心配すんな」


 それでも。ここまで強大な相手を野放しにしてはいけない。ここで後の遺恨を取り除く事には大きな意味がある。多少の無理は押し通さなきゃいけない。


「……ボコボコにされても、知らないっすからね!」


 黒乃は捨て台詞と共にその場から消える。空中戦艦へと乗り込んだのだ。


 頭ではこのまま続けてもどうしようもないと理解していても、ここまでいいようにやられた相手から逃げるように後方支援に回るのは彼女にとってやっぱり悔しいのだろう。


「消えた……逃げたのか?」


「──決戦術式(ファイナライズ)、《反転世界(ワールドリバース)》」


 突然、黒乃が消えた事で少年が振るった剣が空を切る。困惑する少年。その隙を逃さない。


「……っ!?」


 カードを発動。俺を中心にして周囲一帯を覆う結界が張られる。


 明らかな異変を感じたのだろう。まるで眼中にも入れていなかった俺の方を少年が振り向く。


 ……一応、効いたか。なら、勝負の土台には立てる。


「こっから先は俺が相手してやるよ。──俺は弱いぞ。油断してかかってこい」


「ふざけんな!」


 俺の言葉と同時に少年が動き出した。




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