3.遭遇
森でのレベル上げは日が落ちる前に切り上げた。
「ふ~、あれだけ狩ったのに1しか上がらないかあ。先は遠いなあ……」
帰り道、黒乃がそんな事を言った。
休憩時間も入れれば5時間も森に居た。
雑魚敵相手とはいえ、殆どの戦闘を任せていたので流石の黒乃も疲れたみたいだ。周囲の警戒は探知能力と俺のモンスターに任せて気を抜いている。
だが、レベル上げが順調にいっているとはお世辞にも言えない。黒乃の表情にも不満が見える。
今日だけで百は軽く超えるだけのモンスターを狩ったが、黒乃のレベルは1しか上がっていない。
効率よくレベル上げをしていくなら、より経験値を得るためにもっと強いモンスターがいる狩場を探した方が良さそうだ。
「時間はいっぱいあるんだし、のんびりやろうぜ。この調子でやりゃ、俺のレベルなんてすぐ超えるって」
まあ、今は時間に追われている訳でもないし、効率は悪くても大丈夫だろう。俺はそう考えていた。
「そんな都合の良い事言って。どうせ今もモンスター使ってレベル上げしてるんでしょ?」
「ちっ、バレた」
「ズルい! ズルいっすよ!」
「うっせー! レベルでも負けたら俺が黒乃に勝てる所なくなるじゃねーか!」
……そんな事情もあった。もう十分強いんだからこんな些細な所くらい素直に勝たせてほしい。
「うわー。大人げない……ってあれ?」
まだ文句を言おうとした黒乃が会話を突然やめてオレデバイスを確認する。
「うん? どうかしたか?」
「近くで人がモンスターに囲まれてるっすね。ほら」
そう言って俺にオレデバイスの画面を見せる。空からの地上の映像、空中戦艦からおくられてくるリアルタイムの映像だ。
そこには、四方をモンスターに囲まれている少年の姿が映っていた。
小柄な少年だ。着ている半袖のポロシャツとチェックの紺のズボンは制服だろう。中学生か高校生か、背的には中学生かな。
ふらふらとした足取りを見るに既に戦闘で消耗していると思われる。煌びやかな装飾の長剣を引きずる様に持ち、地面を擦りながら前へとゆっくり歩いている。
幸いにも周りを取り囲むモンスターに飛び抜けて強いのはいないが、これだけの数だと1人では黒乃並みとはいかずともレベル15くらいはないと辛そうだ。そして少年にそれだけの力があるとは思えない。
「どうするっすか、京さん。今から行けば加勢はできるっすけど」
「う~ん。知っちゃったからには見て見ぬふりってのもなあ……黒乃は疲れてるだろ? 場所教えて。マンタを向かわせる」
モンスターに囲まれている少年に面識がない。全く知らない人だ。そもそも旅行でもない限りは近畿地方から遠く離れたこの東京に俺の知り合いが来ることはないだろう。
助ける義理はない。だけど、見て見ぬふりをするのも目覚めが悪いというものだ。
なので、召喚したままのマンタを向かわせる事にした。これなら、俺達が苦労する事なく少年の窮地も救われる。
マンタは今日の戦闘で大幅にレベルアップして既に中ボス時並みの力を取り戻している。この程度の敵なら楽勝だ。
一応、少年を巻き込まない為にも視界を共有して俺が操作する。スピードは多少落ちるが、そっちの方がいいだろう。
「ま、それで大丈夫っすかね」
黒乃もそれで大丈夫だと判断したのだろう。指し示した座標は400メートル程先にある。マンタのスピードだとおよそ20秒程で到着する距離だ。
マンタを向かわせながら、画面で少年の様子を確認する。
画面の少年はモンスターがかなり近くまで来ているにも関わらず、以前ゆらゆらとした足取りだ。
こいつ本当に大丈夫か? せめてマンタが来るまでは持ちこたえろよ。そう俺が思った時だった。
画面の少年の姿がブレた。
「……え?」
「……うはー。助太刀するまでもなかったっすね」
次に俺が捉えたのは剣を振りぬいた少年の姿だった。そして、その背後。少年に一番近い場所にいたモンスターの体が四散した。文字通り、バラバラに。
……いや、その長剣でそうはならんやろ。片手剣じゃねえんだぞ。
黒乃の反応を見るに、いつも通り俺の認識が追い付いていないのだろう。俺の目が追い付かない程のスピードで接近して何回も切りつけた、のか?
俺が戸惑っている間にも少年は次々とモンスターを倒していく。マンタは現場に到着したが、出ていくタイミングを掴めずに建物の陰で待機させている状態だ。
「おい、どうなってるんだ。説明しろ黒乃!」
「見たとおりっすよ。あの少年くんが私達が思っていたよりも強かったってだけです。もしかしたら私より強いかもっすよ」
「何だそれ!? ただのチートじゃねえか!」
中ボスやフロアボスを倒して得た経験値のお陰で黒乃の今のレベルは19。それに黒乃の職業は戦士職の上級職。バリッバリの戦闘型だ。
その黒乃に匹敵する程のスペックだなんて悪い冗談にも程がある。
しかし黒乃の冷静な様子が、少しだけ俺に余裕を取り戻させた。
黒乃は画面を食い入るように見ている。
俺にはさっぱり戦闘の様子はわからないが、モンスターが無残に蹂躙されている事だけは消滅にタイムラグがあるのでわかる。
体に無数の穴が開いたゴブリン。四肢がもぎ取られた上に脳天から尻まで綺麗に両断されたリザードマン。サイコロ状に切り分けられたコボルド。どのモンスターも必要以上の攻撃を受けている。完全にオーバーキルだ。
そして今は、空から羽を射出して攻撃していた鳥型のモンスターの両翼をもぎ取り、墜落するモンスターの胸に腕を突き刺して心臓を潰していた。
「ひええ。ぐっろ。こんなん規制もんだろ」
「やり過ぎは良くないっすよねえ」
その惨状に俺も黒乃も顔を顰める。倒した後のモンスターが消滅するからってこんなスプラッタな事件現場を作らなくてもいいだろうに。
「……終わっちゃいましたね。あ、連れがいたんですか」
「戦闘に参加しなかったって事は非戦闘系の職業か? それとも……」
結局加勢するまでもなく戦闘は終わった。少年の圧勝だ。
周囲にモンスターがいなくなった事を察し、剣を下ろした少年に2人の少女が近づいてくる。
身長に差はあるが、顔立ちが似ているように思える。姉妹だろうか。
少年の様子が心配なのだろう。しきりに身長が高い方の少女が話しかけているが、少年は殆ど反応を返していない。……声までは聞こえないので、もしかしたらちゃんと反応しているのかもしれないけれど。
それにしても、なんで仲間がいたのに1人で戦闘してたんだろう? 考えられるのは仲間が非戦闘系の職業か、もしくは……
「……考えても無駄か。マンタ戻すわ」
そこまでで考えを打ち切った。どうせ関わる事もない奴らの事だ。気にしなくてもいいだろう。
戦闘が終わったならこれ以上長居する必要もない。現場に向かわせていたマンタに引き返すように命令する。
それと同時に、画面に写る少年がピクリと顔を上げた。
まさか、そう思った時には画面に写る少年は消えていた。
ブツリと共有していたマンタの視界が途切れる。
それは少年の動きを自動で追いかけている空中戦艦ですら追いきれなかった程の動きだった。画面に映ったのはマンタを一撃で断ち切った後だった。
「一撃だと!?」
全く認識できぬまま俺のモンスターが倒された。その事に酷く動揺する。
マンタは俺が今使えるモンスターの中では五本の指に入るレベルの強さだ。それが一撃で倒されるなんて。
「……っ! 京さん援護頼みます!」
だが、状況はそんな動揺も許さなかった。
何かを察した黒乃がオレデバイスをポケットにしまい、手に黒い長剣を持つ。
俺が黒乃の言葉を理解する前にその瞬間は訪れた。
バギイイン! という金属がぶつかり合う鈍く重い大きな音が響き、周囲に衝撃で豪風が吹き荒れる。
「うおっ!?」
顔を腕で覆う。そうしないと吹き飛ばされてしまうと思ったくらいだ。
前を見ると、黒乃と襲撃者の少年はお互いに反動で大きく態勢を崩している。
そこで初めて、俺は画面に映っていた時にはよく見えなかった少年の顔を見た。
元は端正な顔立ちなのだろう、その少年は酷くやつれている。特に酷いのは目の隈だ。黒髪の奥に除くそれと充血で赤みが目立つ目からは少年の疲弊が色濃く見える。
「……お前らが、追っ手か。モンスターを使ってこそこそやってたみたいだが、オレは絶対お前らの所には戻らない。もうオレらに手出しはさせない」
「いや、人違い……」
その少年がゆっくりと口を開いた。
だが、その言葉はまったく身に覚えのない事だ。確かにモンスターを使ってこそこそやっていたのは事実だが、俺に男の尻を追いかける趣味はない。自意識過剰なんじゃないだろうか。
そう伝える前に少年は再び口を開く。
「殺しは、しない。二度と俺達に手を出そうと思わないくらいにぶっ壊してやる……!」
「うわあい! 今どきの若者は発言が過激だなあ!?」
「冗談言ってる場合じゃないっすよ!? ……ぐっ!」
その言葉と同時に少年が消える。
金属音と突風が、少年と黒乃の二度目の交錯で再び生まれる。
少年の攻撃を受け止めた黒乃にいつもの余裕はない。それ程の相手なのだろう。
……こうして、どうしてこうなったのかもわからないまま、少年との戦闘が始まってしまった。