1.アップデート①
「くぁ……」
ウンと大きく伸びをして、欠伸をしながら立ち上がる。
時計を見ると、もう午前の11時。余裕の10時間睡眠だ。健康にいいね。
時期的にはまだ夏休み中だが、世界がぶっ壊れてしまってからは毎日が夏休みのようなものだ。だから俺達がこんな生活を送っていても誰にも文句は言われない。
本当に人死にさえなければいい世界だ。のんびりとした1日の幕開けをそんな穏やかな気持ちで迎えた。
隣の黒乃の睡眠スペースはカーテンで仕切られたままだ。いつも起きた後は開けられているのできっとまだ寝ている。
「黒乃は……まだ寝てるのか。じゃあ朝ごはんは買お」
お腹がぐぅと鳴る。もう朝というには微妙な時間だが、とりあえず何か食べたいと考える。
自分で何かを作るという発想はなかった。
俺は料理の経験が家庭科の調理実習と後はインスタントラーメンを作る程度しかない料理クソザコマンだ。正直、包丁の使い方もちゃんと覚えているか怪しい。
なので、インスタント食品を使う時以外で食事を用意するには黒乃を頼るしかない。
黒乃自身は調理が好きな訳ではないが(「自分で作れちゃったらお店で食べるのがもったいなく感じちゃうじゃないですかー」との事)、それでも何だかんだで一通りのものは美味しく作れるみたいだ。やっぱり俺とは頭の出来が違うのだろう。羨ましい。
とにかく黒乃はまだ起きてもいないので、わざわざ叩き起こしてそちらを頼るのも申し訳ない。
こんな時、フロアボスを倒す前まではインスタント食品で済ませていたが、今は違った。
テーブルの横にある椅子に座り、クロノグラフの画面を操作してショップ機能を開く。
プレイヤーが介在しない、最初からあるNPCのショップでは多種多様なものが売っている。
その中には食料品もあった。これらは他の商品群と比べると、ミルが日本円と同じレートと考えれば少々割高に感じるが、今の世界の状況を考えれば相場はこのくらいなのかもしれない。
食料品は食材の状態と出来上がりの状態での販売の2つの方法で売られている。
俺は出来上がりのものから『今日のおすすめ定食』(2000ミル)を購入した。
『購入したアイテムをそのまま使用しますか?(使用しない場合はアイテムボックスに送られます)』とのメッセージが出たのでYESを選択すると目の前のテーブルにポンという音と共にいくつかの料理が並ぶ。
いったいどういう仕組みなのか。そんな小さい事を気にするのはもうやめた。この世界では小さい事は気にしない方が気楽に生きられる。
「いただきます」
今日のメニューはハンバーグと唐揚げがメインに味噌汁とご飯とサラダがついてくるといったものだった。
唐揚げを口に運ぶ。
「……うん。相変わらず微妙だな。愛のない家庭料理みたいな味だ」
外はカリッと、中はジューシー。そんな言葉とはかけ離れたもそもそとしたものを咀嚼する。
不味いというか、そんなに美味しくないって感じの味。店で出てきたらガッカリするレベルといったらわかりやすいかもしれない。
味に問題はないが、何か足りていない。ショップで売ってる出来上がりのものは今のところ全てこんな感じだった。
美味しいは自分で作れという事なのだろう。多分。
食べれない味という訳ではないので黙々と口に運んでいく。
半分程、量を減らした頃にシャーっとカーテンが開く音が鳴った。
「おはよーございまーす」
「おう、おはよ」
振り向くと、大欠伸をする黒乃がいた。
俺に声をかけると彼女はそのまま洗面所へと向かっていった。
5分ほどすると、戻ってきて俺の向かいの席に座る。
「そんなクソまずいものよく食べますねえ。お金払ってまで食べるようなものじゃないでしょ、それ」
黒乃を待つ間に俺は食べ終わっていた。
空になった食器が消えていくさまを見て黒乃がそんな事を言う。
「自炊の方が手間がかかるからこれでいいんだよ。それにそう言う黒乃だって結局買ってるじゃないか」
店売りのものの出来を批判した黒乃は、その言葉とは裏腹にオレデバイスを操作してメロンパンを出していた。
俺の言葉を聞いた黒乃はやれやれといったそぶりを見せる。
「京さんは情弱だなー。これ、昨日からショップで売ってるプレイヤーメイドっすよ。ちゃんと美味しいやつです」
「マジか。全然知らんかった。プレイヤーのショップの項目なんか見てもなかったわ」
黒乃に言われて、プレイヤー用のショップの項目を見てみると、ショップ名の項目の上部に『ひなこのパン屋 出張版』と銘打ったショップの名前が見える。多分これだろう。
俺の予想に反してプレイヤー用のショップの欄には他にも10個くらいプレイヤーのお店があった。武器や防具を売ってる店が多い。
まだそんな事が出来るほど余裕はないと思っていたのだが……
「へえ、こんなにも。呑気な奴って意外と一杯いるんだな」
「それ、京さんは一番言えた事じゃないと思いますよ」
黒乃が呆れたようにそう言った。ぐうの音もでない正論だった。
それはともかく、俺もパンを買ってみたいと思ったが、朝食を食べたばかりなので今は食べれそうにない。
なので、黒乃がメロンパンを食べ終わるまでの間の時間でクルルによって追加された新たな機能を使う。
1週間前、クルルによって施されたアップデートによって俺の能力は微妙に変化した。
確認してみたところ、不便だった細かな所が解消された代わりにモンスターのステータスからHPの項目が消されてしまっていた。
上方修正と言っていたのにこれはあんまりだと思う。
『お試し期間だったから』という曖昧な理由で消されたので、ふざけるなと言いたい所だ。
だが、HPのシステムは自分の防御力が相手の攻撃力を上回っていればどんな攻撃だってダメージを受けないという圧倒的格下狩り性能を持っている。
格上にだって、ダメージを一定値に抑える効果を持つ。即死がないだけで安定性はかなりあるだろう。
クソステの俺だからマトモに機能しないだけで、ちゃんとしたステータスを持つモンスターがこのシステムを持っていたらそりゃ強いに決まってる。
そんなものを街中にバラまいて、襲撃してきたモンスターを不眠不休で狩らせていたのだから目をつけられても仕方ないのかもしれない。
一応、HPの項目が消された代わりに他のステータスが上昇していたので、それで納得するしかなかった。どうせなら俺のステータスも上げてほしい。
と、そんな嘆いてもどうしようもない事を考えていても仕方がない。
俺は新たに追加された機能の『1日1回無料ガチャ』と書かれたアイコンをタッチする。
何でもカードの入手方法が少なかったから追加された機能らしい。
GPを使って回すガチャと違い、CやUCなどの低レアが当たる確率が高いが、無料でカードが追加されるのはいい事だった。
ちなみに今まで引いた結果は全部、Cの戦闘用カードだった。
「さて、今日はどうかなっと」
期待はそこまでないが、せめて何か使い道のあるカードが欲しい。
そう思いながら画面をタッチした。
「お、Rじゃん。しかも結構使いやすそう」
出てきたのはこの機能が搭載されてから始めてのレアカードだった。
しかも戦闘でかなり有利な効果を持っている。
「ガチャっすか?」
「うん。こりゃ今日の試運転で使っていかないとな」
メロンパンを食べ終わった黒乃が立ち上がる。
今日はこの後、フロアボスを倒してから1週間ぶりにモンスターとの戦闘を行う予定だった。
「うし、それじゃ準備するか」