幕間 これから③
総額1700万ミル。オプションで脱衣所、石畳のタイルの床に、男女で仕切られたそれぞれの風呂場にシャワーセット1組、1日1瓶コーヒー牛乳無料。更に外からの覗き防止のために透明なシールドで風呂場が覆われている。
このシールドのお陰で外からはこの露天風呂の存在を認識できないらしい。
そして、入浴後には全ステータスに3%のバフがかかる。
「バフがかかるってなんなんだ……それにこれ、何処からお湯が流れてきてるんだ……?」
庭の大部分を使って設置された露天風呂にツッコミを入れる。
やたらとオプションが多い。セットって確かに書かれていたけど。
これで追加料金でオプションを更に追加できるらしい。
目の前に広がる露天風呂は温泉にあるやつみたいに岩の隙間からお湯が流れてきているのだが、その先に何もないのは知っている。
一体どういう仕組みで水源を確保しているんだ。
色々と釈然としないが、とりあえずお湯に浸かる。
「あ~、気持ちい~。やっぱ風呂はいいな、うん!」
うんと大きく伸びをする。体の疲れが取れていくようだ。
水道が壊れていたために今までは黒乃の水魔法を使って溜めた水で体を洗い流すだけだった。
だから、体が暖かいお湯に包まれるこの感覚も久しぶりだ。
外から見られたら目立つと思って設置に反対していたが、黒乃はしっかりと説明文を読んでから決めていたらしい。俺の事をからかう前にそっちを先に説明してほしかった。
ともあれ、これはいいものだ。些細な事なら文字通り水に流せる。今はそんな気分だ。そんな気分だったのだが……
「……ほんと、これさえなけりゃ素直に気持ちよくいられたんだけどなあ」
今抱えている悩みは別だった。
左腕につけたままのクロノグラフ。防水性があるかはわからないが、決して壊れないみたいなので、基本的にいつもつけっぱなしだ。
その画面を操作して、表示したのは先程2枚目に引いたカードだ。
咄嗟に隠したため、詳細までは見ていないがとんでもない事が書かれていた事は確かだ。
恐る恐る確認する。
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異聞・黒き斑の死宣
Rare:LR
Type:術式カード
コスト:124
Lv:1
能力:決戦術式(デッキに決戦術式カードは1枚しか入れられず、同じ名称のカードは1日に1枚しか使用できない)
①このカードのプレイヤーの存在する座標を対象に発動。座標から一定範囲内に存在するこのカードのプレイヤー以外の生物全てに死の呪いを付与する。
②このカードの発動はクロノグラフで解除できない。(解除にはこのカードのレベル+5又はレベル10の解呪能力が必要)
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「……ダメだ。意味不明すぎる。半径100kmの生物を1分以内に皆殺しする呪いを解呪されるまで無制限にバラまくとか……いままでと規模が違いすぎる。加減しろ、バカ……っ!」
そこに書かれているのは、今までの自重は一体なんだったんだと叫びたくなる程にぶっ壊れた能力だった。
テキストでは、範囲内の生物に死の呪いを与えるとの簡単な記述だが詳細を見ると、発動した時点で何らかの耐性を持っていないと防御力に関係なく行動不能になり、一分以内に体が黒い塵になるらしい。なにそれこわい。
しかも、他のカードと違って、俺が任意で効果の解除ができない。使ってしまえば、解呪能力を持つ人が現れない限り永遠に効果が続く。バカなんじゃねえの。
そして効果範囲は対象にした座標から半径100km。そこにいる全ての生物だ。もちろん任意で範囲を狭める事はできない。
レベル1の状態でこれだ。レベルが上がればこれ以上に範囲が広がる。オーバーキルすぎる。
「……こんなの渡されても使える訳ないだろ」
こんな悪役が使ってきそうなムチャクチャなインチキ能力のカードを渡されても困るだけだ。
何より恐ろしいのは、このカードを使ってしまった時だ。
これで運良く敵を倒せたとしても、絶対に人を巻き込む。
何百か、何千人か、はたまた何万人かは知らないが、折角生き残っている人を皆殺しにしてしまう。
赤の他人なんかに興味がないのは事実だが、だからといって自分の為に他人を傷つける事はしたくなかった。それは、絶対に楽しくない。
齎す被害を考えると、使わなくても他者にこのカードの存在がバレるだけで行動を制限されそうだ。
正直、捨ててしまいたいが、クロノグラフに手に入れたカードを捨てる機能はない。
なので、このカードは永久に、自主的に封印する事にした。
「強くなりたいとは思ったけど、こういう方面じゃないんだよなあ。もっとこう、素直にステータスを上げてくれれば……」
「京さ~ん! お背中流しに行きましょうか~!」
「明け透けにそういう事言わないで! 好きになっちゃうでしょうが!」
頭を抱えていたところに、仕切りの向こうから黒乃が声をかけてきた。
ここぞとばかりにからかい倒すのはやめてほしい。いくら禁欲がしんどいからって黒乃の誘惑になんか絶対に負けたりしない!
もうなにも考えないでおこう。無心で百数えて風呂から出よう。そう考えた時だった。
「……そんなカードがなくたって、私に任せてくれれば大丈夫ですよ。私が戦って、京さんがサポートする。仲間なんだからそれでいいじゃないっすか?」
黒乃の、そんな柔らかい声が聞こえた。
どうやらさっきの嘆きを聞かれていたらしい。
黒乃に戦いを任せっぱなしじゃ男として不甲斐ないから、強くなりたいと思った。自分1人でも戦えるようにしたいと思った。……けどまあ、今はこれでいいのかもしれない。
無理に個人の強さを求めるよりも、今ある手札で黒乃と一緒に戦う方が噛み合っている。そう思えた。
きっかけが何であれ、今の俺達は死線を乗り越えた立派な仲間だ。協力して戦う方がずっと楽しいだろう。
嘆息と共に答える。
「……そんなカードなんてないよ。俺は相変わらず弱っちいまんまだからな。だから黒乃。これからもよろしく」
「くすっ、そうでしたね。……それじゃあそんな使えないゴミカードに代わって、これからもこの黒乃ちゃんが京さんの為に戦いましょうとも!」
改めて、そう告げた。
これからも、俺達は変わらずこの世界を楽しむ。遊び尽くす。
ああ、楽しみだ。
このまま、いい雰囲気で話が終わってればよかったのだが……
「なんだそれ、変に張り切りすぎだろ」
「ムカッ。今のは温厚な黒乃ちゃんでも怒っちゃいました。これは男湯に突撃するしかないっすね」
「やめてくださいお願いします理性が持つ気がしないです……っ!」
俺の不用意な一言から黒乃がまたおふざけモードに入る。いや、もしかすると本気なのかもしれない。
仕切りの向こうの水が跳ねる音を聞いて俺は慌てて謝罪するのだった。
……上手く締まらないのは何だか俺達らしいなと密かに思った。