幕間 これから②
「よし。これをついに使う時がきたな」
「……『プレミアムガチャチケット』? いつそんなもの手に入れたんです?」
ウキウキとしながらクロノグラフの画面を操作する。黒乃は画面に映るアイテムの名前を呟いた。
「フロアボスのドロップアイテムだよ。UR以上のレア度のカードが二枚手に入るんだと。今まで使わないで置いてたのは黒乃が動けなかったから。ほら、新しい切り札を手に入れたら使いたくなっちゃうだろ? でも俺1人だったら危ないじゃん」
「確かに。万一がありえちゃいますしねえ。英断だったと思うっすよ」
その代わりに早くガチャを回したくて仕方なかったわけだけどな……
レア度が高レアリティが確定しているのもいい。何を引いても戦力になってくれる事間違いなしだ。
「それで、京さんはどんなカードが欲しいっすか? やっぱりモンスター?」
「うーん。フロアボスを倒した時にURのモンスターは手に入ってるしなあ。今はやっぱりなんでもいいから自分で戦えるようなカードが欲しいよ」
「あー、そういやそうでしたっけ」
フロアボスのドロップアイテムで俺はURのモンスターを1枚手に入れている。今は放し飼いにして自由にレベルアップさせている最中だ。
なので、今欲しいのは戦いをサポートできるカード。そして欲を言えば自分で戦えるようなカードだった。
「よし、回すぞ!」
そう意気込んで、プレミアムガチャチケットを使用した。
光の奔流のエフェクトと共に、縁が金色の装飾のカードが画面上に現れた。カードの説明文を読んでいく。
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反転世界
Rare:UR
Type:術式カード
コスト:49
Lv:1
能力:決戦術式(デッキに決戦術式カードは1枚しか入れられず、同じ名称のカードは1日に1枚しか使用できない)
①1分間、効果範囲内の生物全てが対象。攻撃力、防御力、素早さのステータスがこのカードをプレイしたプレイヤーを基準に大幅に減少する。
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「決戦術式……? って何だコレ、つっよ!」
新たな用語に困惑しながらも効果の詳細を読んでいくと、このカードの効果が今までのカードとは一線を画するものだと知らされる。
まず、効果範囲だ。レベル1の段階で発動したプレイヤー、つまり俺から半径1kmが対象と範囲がもの凄く広い。SR以下のカードだと効果範囲は半径100~300mくらいだった。
驚くべきはその効果。ステータスの変動値がもの凄い。範囲内の生物のステータスが俺のステータスから対象とのステータスの差分が引かれた数値になるらしいのだ。
残念ながら俺の元々のステータスの半分までしかステータスは下がらないみたいだが、それでも十分だ。
効果に該当する俺の今のステータスは全て1100。つまり、効果対象とのステータス差が550以上あるだけで対象のステータスを550になるまで下げれる。
大体の相手はステータスを俺の半分まで下げれるだろう。というか、効果を発揮してない時点で俺の方がステータスが勝っているんだから、実質このカードは「1分間の間、該当するステータスが対象を上回る」能力を持っていると言っていい。
そして、HPシステムのお陰で敵の攻撃力が俺の防御力を上回ってないと俺にダメージが通らない。つまりこのカードが発動している間は実質無敵だ。
1日に1回しか使えないみたいだが、圧倒的な強さだ。
「うわー、強い。……けど、この書き方だと味方も効果受けちゃいますねえ。《時の蒐集者》の戦い方と合ってないのが勿体ないっす」
黒乃はその効果を見て、少し驚いたが、次にそう言う。
確かに味方を巻き込むのはいただけない。この感じだと俺の召喚したモンスターも影響を受けるだろうし、乱戦では使いにくいか。
それに、俺のステータスの半分にした所でその差は1000もない。精々、俺とゴブリンくらいの差しかないからこのカードだけで1人で圧倒できるなんて事はないだろう。時間制限いっぱいまで粘られる未来が見える。
普段は理不尽に速すぎる戦場に無理矢理食らいついているんだから、どうせなら気前よく相手のステータスを0にするくらいの事はやってほしかった。……それは望み過ぎか。
「うーん……でもそこを差し引いてもすごく強いカードだろ。次もこの調子で良いカードが……おおっ!」
気分よく次のガチャを回す。画面に写るのは虹色に輝くカード。
さっきの演出と違う。さっき引いたのが最低保証のURだったので演出が違うこのカードは間違いなくさっきのよりレアなカードだ。金より虹の方がレアっぽいしそうだろう。
「明らかレアっぽいすね。ホントに運はいいっすねー、京さん。私にも分けて欲しいっす」
画面を覗く黒乃がそんな事を言うが、俺のガチャ系の運がこんなに良かった事なんて数える程しかない。自分でも驚きながらカードの詳細を見て……咄嗟に画面を手で隠した。
こんなもの見られちゃいけない。
「……見た?」
そして、恐る恐る黒乃に尋ねる。
「……もー、隠さないでくださいよー。見えなかったじゃないですかー」
黒乃は口をポカンと開けていたが、俺の問いを聞いて、少し遅れてそう返した。
……これ、絶対見た反応だよなー。まあ、見なかった事にしてくれるなら俺もそれに乗っかろう。
「いやー、見る程のもんじゃないさ! こんなもんゴミだよ、ゴミ!」
「なんだ、ゴミっすか。残念でしたねー。……そうだ、ガチャも終わったんだし、ミルで何買うか決めましょうよ」
黒乃が露骨に話題を変える。ガチャの後に話し合おうと思っていた話題だった。
俺はガチャで引いたカードの事を一旦、頭の隅に押し込めた。
「私はこの『ぬくぬく露天風呂セット』がいいんすけど! やっぱりお風呂っすよお風呂!」
俺と黒乃のミルを合わせると1億を超える。折角これだけあるのだから、解放されたショップ機能を使ってなにかを買おうと二人で言っていたのだ。
ショップ機能なのだが食料などの生活必需品と、剣や盾、鎧などの武器の他にも、本来、必要なエネルギーを魔力で代替した車や冷蔵庫などの便利な道具や、家、城壁などの様々な施設が売っていた。
もちろんそれらの値段は高く、1000万を超えるものがザラにあるが、一個くらいなら余裕で買える。
俺的には様々な機能が搭載されたキャンピングカーが役に立ちそうだと思っていたのだが……(免許は持っていない)
「確かに今まで風呂は水魔法で済ませてきたからいいかもしれないけど……いや、露天風呂って庭に設置する気かよ。目立つだろうが。家にモンスターが群がってるくらいなら不審に思われるくらいで済むだろうけど、家に温泉湧いてるとか異常にも程があるわ」
「もう十分、私達は目立ってるじゃないっすか。そんなの今更ですよう。だいたい、その辺はちゃんと考慮してますって。……それに欲求不満な京さんの事も考えてこのチョイスにしたのに文句言われるなんて心外ですー」
話の途中で思いつきましたとでも言わんばかりのタイミングで、ニヤニヤと笑って黒乃がそう言った。
「欲求……? って、おまっ!?」
黒乃の言わんとする事を理解して、思わず動揺する。欲求と言われて思い当たる節が一つだけあった。デスゲームが始まって以降、自家発電をできていないのだ。
女の子と2人屋根の下。いつも一緒にいるからこんな理由で別行動を取ったら怪しまれる。そもそも他人の家でそんな事できるか! などの理由で大人しくしていたというのに……
溜息をつく。……そっちから言ってきたんだ。これくらいの意趣返しくらいはしてもいいだろう。
「あのなあ……こちとら1週間以上も禁欲生活送ってるんだぞ。一応、俺だって青春真っ盛りの男子高校生なんだからな。そんな事言って俺がその気になったらどうするつもりだったんだよ?」
「え、あ……はい。そうっすね、あはは……」
黒乃は途端にしおらしくなり、目を逸らした。
ここで、そんな反応されるとは思わなかった。思いっきり梯子を外された。
「……おい、なんだよこの空気。そっちからそういう話題振ってきたんだろうが。ちゃんといつもみたいに笑い飛ばしてくれよ。……頼むよ」
……もう殆ど懇願だった。年下の女の子にそっち系の話をして、こんな空気を作ったと考えるだけで死にたくなる。
そんな思いが通じたのか、黒乃はゆっくりとこちらを向いて、上目遣いでこう言った。
「溜まってるってやつなんだね。しょうがないにゃあ……いいよ」
「何がだよ!! ってか、それ言いたかっただけだろ!!」
「そもそも京さんのクソステで私を押し倒すなんて無理っすよーう」
「くそう、弄ばれた……っ!」
心配を返して欲しい。
よくよく考えたら俺のクソステじゃ、暴走した所で黒乃を押さえつける事なんてできない。俺なんかより黒乃の方がずっと力が強いからな。その辺も考慮しての挑発だったという訳だ。
……少しホッとした。こんな話しても笑い話で済むならもうそれでいいか……
空笑いを漏らす俺に黒乃が近づき、声をかける。
「そういう友達でも私は別にいいっすけど、京さん案外真面目っすからねー。ちゃんとした関係じゃないと満足できないでしょ? だからこういう事はお付き合いの後っす。それまでは1人で欲望を発散してください。ペコリ」
「うん。そりゃ、俺はこんな性格だからな。誰かと付き合う時には相手の事もちゃんと幸せにしたいと思った時じゃないと失礼……うん?」
「というわけで、買うのはお風呂にけって~い! それじゃあ設置してきますね~」
頭の中で黒乃の言葉を反芻している内に彼女は外に行ってしまった。
なんだかなし崩し的に決まってしまった。……まあ、それ自体は別にいいや。露天風呂いいじゃん。
それよりも……
「……こういう思わせぶりな態度取っても許されるのが女の子のズルい所だよなあ」
うん、ズルい。女の子は本当にズルい。ますますそう思うのだった。