幕間 これから①
「わたし、ふっか~つ!!」
黒乃がはしゃいでいる。
「ひゃっほーう!」と言って、この1週間の殆どを三角巾で固定されていた右腕をブンブンと振り回していた。
「さあ、何して遊びましょうか!」
右手にコントローラー、左手にクロノ・ホルダーのデッキを持って黒乃がジリジリとこちらに迫りよってくる。
目がキラキラとしていて「かまえー」って言ってる感じが滲み出てる。
気持ちはわかる。コントローラーが握れなかったからできるゲームが限られてたし。そもそもロクに体を動かせないしで退屈だったろうからなあ。でも……
「落ち着けよ。怪我が治ったらこれからの事を話し合おうって決めてただろ?」
「えー、そんなの後でいいじゃん」
「駄目です。やる事はちゃんとやっとかないと」
「……ちえー。京さんはホント変な所でマジメですよねー」
俺が引く気がないと見ると、黒乃は渋々遊び道具から手を離して席についた。
……変な所でマジメって、まさかこんな世界になっても言われるとは思わなかった。
解せない。やらなきゃいけない事やってるだけだろうに……
「でも、話すことって言ってもあんまりないっすよねえ。デスゲームならデスゲームらしく次のイベントをさっさと出せばいいのに」
密かにそう悩んでいると、黒乃がそう言った。
言いたい事はあるけども、それを飲み込んで話を続ける。
「この感じだと、他の地域がフロアボスを倒しきるまで次のイベントはないんじゃねーの?」
「それだと長すぎでしょう。私達が無茶しただけで、安全にいくと半年かかってもおかしくないと思うっすよ」
「盛りすぎだろ。精々、2ヶ月くらいじゃね? ……まあ、期間はともかく向こうからの通達を待つしかないって訳か」
もどかしい話だが、このデスゲームを仕組んだ黒幕が何かアクションを起こさないと、こちらとしてもやる事がない。
フロアボスがいた頃と比べたら、今の東京はあまりにも平穏だ。
中ボスは全て倒された。街を徘徊するのはデスゲーム初日に現れた量産型の雑魚モンスターと街の外からくるモンスターくらいなもので、正直な所、デスゲームと言うには物足りない。
「相変わらずこのデスゲームの運営は何したいのかよくわからん。目的も目標も見えてこないからイマイチ気が乗らねえんだよな」
「そもそもこのデスゲームがクリア出来るのかもわからないっすからねー。『ずっとこのデスゲームを続ける』なんてのが黒幕の目的だったとしても私は驚かないっすよ」
「あー、そっか。そういうのもあるよな。こっちは黒幕と戦うどころか居場所すらわからない訳だし、どうやっても止められないって事か。完全にクソゲーだー」
黒乃が言う通り、このデスゲームにクリア条件なんてものはない。何をどうすれば終わるかという情報が与えられていないのだ。
それは即ち、向こうに終わらせるつもりがないという風にも読み取れる。
そうなってしまっては、もうこちらとしてはお手上げだ。
俺達が使っている力はこのデスゲームで設定されたものだ。与えられた力で反抗なんて出来る訳ないし、第一、向こうの存在も、居場所もわからないのだから反抗しようがない。……詰みです。
「やっぱ、デスゲームそのものに関しては話しても仕方がないかあ。あんまり流されるままでいるのは良くないんだけどなあ……」
「私は楽しめてるからいいっすけどねえ。それに考えようによっちゃ、この世界も悪くないと思いますし」
「と、言うと?」
尋ねると、黒乃は指を折り思案しながら答える。
「戦いさえすれば、力が誰でも手に入る。ジョブのお陰で各々がやれる事が明確になる。魔法という未知のエネルギーが使えるようになった。スキルのお陰で努力は一定の成果を必ず得られるものになった。ショップ機能のお陰で流通にかかるコストと時間が消える。ドロップアイテムのお陰で自給自足が容易になる。ショップ機能とドロップアイテムのお陰で食料問題が解決される。毎日がスリリングで楽しい。……ぱっと思いつく利点はこのくらいっすかねえ?」
「…………あれ? そう言われると悪くないような……いや、やっぱ人がいっぱい死んでるしダメだろ」
「てへっ、バレましたか」
一瞬流されかけたが、致命的な欠点を思い出して反論する。黒乃は悪びれる事なく舌を出してそう言った。
欠点を上げようと思えば、世界が分断された事も挙げられるだろうか。そのせいで兵庫に帰るメドがついてない訳だし。
後は各人が力を持った事による弊害……人同士が争い始めるかもしれないくらいか。とはいえ、それを世界のせいにするのは何か違うだろう。
……メリットを見てみると、確かに命の危険さえなければわりといい世界なのかもしれない。
「まあ、この話はこれくらいにして。これからの事について話していこうか」
とりあえずデスゲームに対しての話を打ち切る。
「まず最初に確認する。クルルが何も言わずに消えたから今の俺達には目標がない。フロアボスも倒しちまったからな。そこでなんだけど、俺達まだ一緒に戦うかい? 俺としては黒乃が居てくれると嬉しいんだけど」
「もちろんっすよ。遊び相手がいなくなるのは困りますー」
「オーケー。俺は今まで通り黒乃の仲間兼居候って事で」
「じゃあ、私は京さんの仲間兼家主っすね!」
親指で自分の胸を指してそう言うと、黒乃も真似するように同じ仕草をする。そのやり取りがおかしくて2人して笑ってしまった。
「うし。それじゃあ次にどんなイベントが来ようと、俺達で攻略できるようにまずはレベル上げの事から話していこうか」
「東京の外に広がる森にモンスターが出るんでしたよね」
「ああ。掲示板の情報だと推定レベル1~15くらいのモンスターが一定範囲で生息していて、倒すと時間を空けて再出現するらしい。こういうとこ見るとホントにゲームみたいだなって感じがするよ」
《冒険家》が立てたスレッドでは今は貴重な東京の外の情報が流れていた。
情報を信じると、東京の外にもモンスターがいるらしい。東京に突如出現した人を襲うだけのモンスターとは違い、このモンスター達は一定の生態系があって群れを作っていたりもするそうだ。異なる種族のモンスター同士で争う場面もあったらしい。
とりあえず、今重要なのはこのモンスターが倒されても一定時間が経てば復活する点だ。モンスターを倒せば経験値の他にもドロップアイテムが手に入るし、お金──ミルも手に入る。
モンスターがいなくなることはなくて、レベル上げのついでに生活に必要なリソースが手に入る。人によってはこっちの世界の方が生きやすい人もいるだろう。
「まあ、今は皆生きるのに必死だ。東京の中にはまだまだモンスターもいるしな。外に出てまでレベル上げする人はあんまりいないみたいだ」
とはいえ。外のモンスターに目を向ける程の余裕がある人は少ない。体制が整った組織を作るためにも暫くの間は東京の中に出現したモンスターを狩る作業が優先されるだろう。
「私達も大分顔が売れましたからねえ。これ以上、東京の中で活動するのはめんどくさい事にもなりかねないし、私は東京の外でレベル上げしたいんですけど京さんはどうっすか?」
「俺もそのつもりだ。なんでも俺達が解決すると思われたら困る」
「……ちなみにですけど。ここで活躍したら、東京を支配できると思うっすよ。私達、フロアボスを倒したし、お金は持ってるし。それで東京の為に頑張れば、勝手に誰かが担ぎ上げてくれると思いますけど」
黒乃がニヤリと笑みを浮かべてそんな事を言う。
確かに今、この東京は誰の支配下にも置かれていない。こんな世界になったんだ。リーダーと組織には何よりも力が必要だ。モンスターが現れる度に壊滅していたんじゃ話にもならないからな。
ならば、フロアボスを倒したという明確な功績を持つ俺達がリーダーになると東京に住む人達にわかりやすく力を示せるだろう。
お金も多少はあるし、町の復興と新たな組織の再編もやりやすい。問題は俺達の若さくらいだが、その辺りは何とでもなるだろう。
……そこまで考えて、思考を打ち切る。そして、溜息と共に答えた。
「やだよ、めんどくさい。俺に都市全体を纏める能力はないし、黒乃はできるだろうけどやらないだろ。なら、やらなくていいよそんな事。……というか、そういうのがめんどくさいから外で活動するんだろ」
そもそも俺がそういう立場に向いていなかった。
赤の他人に毛ほども興味がない俺みたいな奴が、顔も見たこともない奴の為に頑張らなきゃいけない立場に自分から立候補するなんて悪い冗談だ。
第一、自分がそこまで能力のある人間だと思っていない。絶対途中で嫌になって放り投げるという確信がある。
やれない事のうえに、やりたくもない事なんてどうしてしなくちゃいかんのか。
「アハハ。言ってみただけっすよ。京さんがやりたいならサポートくらいはしてあげようかなとは思ってましたけど」
「で、1日で飽きてサボるんだろ」
「……いやあ、京さんが私の事をよくわかってくれてて嬉しいっすよ!」
「おい」
誤魔化しやがった。じとーっと黒乃を睨むが、気にする様子がないので諦めた。
「そういう事やりたがる悪い大人はまだ一杯いるだろ。得点稼ぎの為にも東京の中のモンスターはそいつらに任せるよ。というわけで明日からは、俺達は大人しく東京の外でレベル上げって事で」
「異義なーし」
俺達を神輿にする奴らもいるかもしれないが、今はそんな事を気にしても仕方がない。
これからの活動の方針も大まかに決まったので、今までやらないでいた事を消費していく事にする。