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世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
28/82

幕間 少女A③


 太陽が顔を出したばかりの早朝。緊急警報で叩き起こされた私は浅倉さんの要請でフロアボスの動向を探る事になった。


 まだ残っていた小規模のビルの屋上で身を潜めて、フロアボスの動向を伺う私は「あの2人組は来るのだろうか」と考えていた。


 今度ばかりはあの2人でも倒せないかもしれない。

 あの2人組は確かに強い。だが、フロアボスを確実に倒せると確信できる程ではないと私は感じた。

 もし2人組がフロアボスを討伐するのならば、今回は諦めて、レベルを上げた後に改めて挑戦するのだろうと思っていた。


 ――そんな私の予想を裏切って、彼等は現れた。


 フロアボスを地に落とし、猛攻を続ける2人組。

 速度が低下したフロアボスは少女の動きについていけずにその身に傷を刻まれていく。

 少女を遠ざける為に炎の壁を展開した後には、男が放った三連続の大魔法で壁を突破されてそのまま大ダメージを受けた。


 フロアボスに対しても優勢のままだった彼らを見て、私の見積もりが甘かったのかと一瞬思ったが、それは間違いだった。


 突然パワーアップし、速度を取り戻したフロアボスの反撃を受け、空に現れた戦艦は撃墜された。

 戦艦を操縦していた少女はギリギリで退避が間に合ったようだが、戦闘を続けるのは困難だと判断したのだろう。彼らは瞬間移動で戦場から離脱した。


 2人がいなくなった後、傷だらけのままそこら一体を破壊し続けるフロアボス。

 その姿を撮影するのをやめて、私は撤退の準備をし始めた。


 あの2人は強力なモンスターをいっぱい倒していたからレベルも相当なものだっただろう。

 それでも無理だったのだから、今は誰もフロアボスを倒せない。


 浅倉さんは映像からそう判断して、東京の外へと避難する事を決めた。

 一見弱っているように見えるが、ステータスから考えるとフロアボスにちゃんと攻撃を通せるだけの攻撃力を持っている人は私達のグループには数人しかいない。ここで戦闘をするのは無謀だった。


 私にも撤退命令が出た。私はそれを諦観と共に受け入れた。

 

 ……やはり、無理なのだ。

 彼らは私とは違うと思っていた。私と違って、こんな世界になっても何かをできる人だと思っていた。

 自分で考えて、自分で道を選んで、そして自分の力で前に進んでいける人。そんな風に考えていた。


 そんな彼らでもフロアボスには勝てなかった。

 負けたわけじゃないかもしれないけれど、この勝負の結果を見て、私はこの世界が変わる事はないと確信した。


 もしフロアボスを倒せたって、戦いは終わりじゃない。これはただの始まりでこの先も戦い続ける人生がずっと続いていくんだ。

 常にギリギリの戦いを強いられ、戦いのたびに数を減らしていき、そうして辛うじて掴み取った勝利に意味はなく、また次の戦いが始まる。

 そんな世界で、希望を持って生きられる人はそうそういない。きっといつかは誰もが生きる事に疲れて、諦める。……私みたいに。


 ――人類は運命に負けた。確定した運命には誰も逆らえないんだ。


 ……思考を打ち切る。こんなわかりきっていた事を今更考えても仕方がない。


 ここから離れようとしたが、足は動かなかった。恐怖からじゃない。諦めが、私から逃げるという選択肢も取らせなかったのだ。


 私は小さく息を吐くと、耳につけた通信機を外してビルの屋上の縁に座り込んだ。

 浅倉さんには悪いが、もう私は疲れきってしまった。生きているのがシンドい。


 このビルごと攻撃されてフロアボスに殺されるのが先か、はたまたこのビルから私が飛び降りるのが先かはわからないが、私はここでリタイアだ。


 ……まあ、すぐに死ぬ事もないか。もう暫くフロアボスの様子を見物して、この辺りが更地になったら飛び降りよう。

 そう考えて、ビデオカメラをフロアボスに向ける。


 画面に映るフロアボスは怒りを発散するかのように破壊の限りを尽くしていたが、五分ほどするとピタリとそれをやめた。

 フロアボスは自らが作り出した更地の中央にじっと佇む。


 もしかしてダメージが大きすぎて動けなくなったのだろうか。そう私は思ったが、すぐにその行動の理由がわかった。

 フロアボスは、彼らを待っていたのだ。


 ――何で、ここに来たの?


 戦場に再び現れた2人組のその姿を見て、私は信じられないと思った。


 だって、さっき逃げたばっかりじゃないか。死にかけて、命からがら逃げ出したばっかりじゃないか。

 何日か後に、レベルを上げてから再戦するというならまだ理解はできる。だけど、今戦ったってなんにも条件は変わってない。限りなく不利な戦いのままだ。

 一度負けたのに、負けたら危険な目に遭うってわかっているのにどうしてここに来た――!?


 私の疑問なんて関係ないとばかりに戦闘が再び始まった。


 しかし、その戦闘は一方的なものになる。


 男の方は戦闘開始と同時にフロアボスの超高速の突進で吹き飛ばされてしまった。

 フロアボスの攻撃をまともに受けたのだ。多分即死だろう。


 そしてフロアボスの動きに唯一ついていけていた女の子は遠距離からの攻撃で動きを止められてしまった。

 男のサポートがない以上、女の子だけでアレは突破できない。


 2度目の戦闘という事もあり、フロアボスも相手の特徴くらいは理解していたのだろう。フロアボスの対策はとても的確だった。


 ……とにかく、これで早々に詰みだ。この状況だと女の子が離脱できればまだマシといった感じだろう。

 無謀だと思われた再戦は本当に無駄に終わってしまった。そう思った時だった。


 女の子の後方から、何事もなかったかのように死んだと思っていた男が現れたのだ。


 ……え? と変な声が出た。


 最初の戦闘と違って男はフロアボスの攻撃を防御できていなかった。

 防御していたという事は、その攻撃を受けてはいけないという事のはずだ。

 なのに、目の前の男は直撃した今でも普通に動けている。目立った外傷がないどころか服も綺麗なままだ。


 男の素早さから見て彼のステータスが低いと勝手に思っていたが、もしかして防御力だけは高いのだろうか? そうなると、攻撃を防いでいたのは念のための保険かな?


 こればかりは考えてもわからないだろう。とにかくわかるのは男がフロアボスの攻撃を耐える事ができるという事だけだ。

 ……だけど、それがこの戦闘に挑んだ理由じゃないはずだ。

 男が攻撃を耐えれたって速度が足りていないなら、この戦闘ではただの置物同然だ。


 大型のモンスターとの戦闘で何度かしていたように、女の子は空を走って行動域を広げたが、フロアボスの弾幕からは逃れきれていない。


 ここからどうするのだろう? 最初の戦闘と同じように速度低下の状態異常をフロアボスにかける? いや、それは防がれるはずだ。

 フロアボスの周囲にはパワーアップの際に現れた黒い玉がまだ1つ残ってる。アレが何なのかはわからないが、速度低下の効果がさっきの戦いでいつのまにか消されていたのは多分これのせいだろう。


 男が1枚のカードを使ったが、それに反応するかのように黒い玉がなくなった。


 彼の手に残っているカードは残り3枚。これだけで戦闘をひっくり返せるのか? 

 ……何もかもを諦めたばかりだと言うのに、男の一挙一動を見逃すまいと私はフロアボスの戦闘を目で追い続ける。


 そんな私の前で男は信じられない行動に出た。

 フロアボスに向けて走り出したのだ。


 バカなんじゃないのか、と一瞬思った。

 男の動きはこの戦闘に全くついていけていない。ちゃんと相手をされてしまえば、攻撃をしようとした瞬間にカウンターで何発も攻撃を受けるくらいには速度の差があるはずだ。

 いくら防御力に自信があっても耐えられるのだろうか?


 そんな私の心配をよそにフロアボスに突撃した男は、直前まで放置された挙句にアッサリとカウンターを食らって吹き飛ばされた。


 言わんこっちゃない。とはいえ一撃しか食らってないのなら無事だろう。そう思って吹き飛ばされた男を見る。


 ……男は無事だった。見た目だけは。


 外見は無傷そのものの男は、しかし、絶叫して地面をのたうち回っていた。

 あり得ない話だ。痛みを受けたのならそれに見合う傷があって然るべきだ。それなのに男の体にはそれらしいものは見当たらない。


 ここで私は男の防御力が高いというのが過ちだと気づいた。これはそんなレベルの話じゃない。システムによって得られた擬似的な防御能力だ。


 ――死ぬくらいの痛みを受けても、死ねないんだ。そう理解した。多分未だ解明されていない男の職業の能力のせいだろう。

 

 ……ゾッとする話だ。死ねないのに痛みだけは感じて生き続けるなんてただの生き地獄じゃないか。私と違って彼には死んで楽になる事すら許されないんだ。


 男の能力の悍ましさに恐怖する私だったが、その後の男の行動にも声を上げそうになった。


 男が再びフロアボスに向けて走り出したからだ。


 もうやめて! と叫びそうになる。男の先程の有様がそれ程までに痛々しかったからだ。

 ……それに、困難と相対もしていないのに諦めた自分が彼の行動によって責められているようで、苦しかった。


 男の突撃に合わせて、フロアボスは攻撃を放つが、男は今度はギリギリでフロアボスの攻撃を防御した。


 大きく吹き飛ばされるが、痛みはないようだ。だが、防御にカードを1枚使ったせいで手にあるカードは残り2枚になっている。


 そこに、上空で弾幕を掻い潜ろうとしていた女の子が落ちてくる。クリーンヒットではなかったが、ダメージが蓄積していたせいで攻撃を相殺した際に腕が折れてしまったらしい。


 フロアボスは女の子への牽制と同時に男もまとめて殺そうと炎の球の弾幕を放つ。

 女の子は男を守るために前に立ち、残った左腕を振るって炎球を防ぐ。

 この状況で攻勢には移れないだろう。


 ――もう流石に無理だ。


 多分あの2枚のうちのどちらかはさっき使ったテレポートのカードなはずだ。

 それを使って逃げ出せばまた態勢は立て直せる。それでいいじゃないか。

 

 そんな都合のいい考えと共に諦めた私は画面を通して彼らを見る。

 流石の彼らも諦めただろう。そんな期待と共に。


 ――男は笑っていた。


 ……頭がおかしい、そんな言葉が浮かんだ。

 その表情が無謀や蛮勇から来るものじゃない事なんて、さっき死ぬ程の苦しみを受けていた姿を見ているからわかる。

 それなのに、彼の表情から読み取れるのは歓喜の感情ただ1つだ。ならば……


 彼はその苦しみすらも楽しんでいるんだ。戦う事を、命のやり取りも、生きる事全てを純粋に楽しんでいるんだ。


 気が狂っている。こんな世界になるまではそう断言できただろう。


 ……だけど。今の私はその姿を見て、冷え切っていた心を揺れ動かされていた。


 彼らは私と違って、自分の力で前に進んでいける人だと思っていた。

 けれど、それはきっと違う。


 彼らはただ、普通の事をやっているだけなんだ。――生きる事を楽しんでいるだけなんだ。


 ……ああ、そっか。楽しんでいいのか。


 ストンと心に落ちてきた。


 ずっとどこかで何かを否定していたような気がする。


 沢山の人が死んだから、何もしていない私が生きていてはいけない。

 苦しんでいる人がいるなら、自分も苦しまなければいけない。

 ――世界が変わってしまったから、前の世界と同じようにしていてはいけない。

 

 ……そんな事、誰が決めたわけでもないのに勝手にそう考えていた。


 でも、そうじゃないんだ。私がするべきなのは否定じゃなくて肯定だった。


 沢山の人が死んだから、私はその人の分まで生きていこう。

 苦しんでいる人がいるなら、その苦しみを楽にできるようになりたい。

 ――世界が変わってしまったけれど、前の世界よりももっとよくしよう。


 ……私なんかじゃこんなにポジティブにはやれないだろう。絶対上手くいかないと思う。


 でもいいんだ。失敗したって、勝手に終わらせなければまだ続けられるんだから。最終的に目標にたどり着けたのなら、それでいいんだと思う。

 

「がんばれ……っ」


 彼らがこの状況をひっくり返してフロアボスに勝利できたなら、私もこの世界を生きていこうと思えるかもしれない。そんな期待を込めて。


 私は小さな激励の声を呟いて、彼らの戦いを見届けた。





 彼らはフロアボスに勝利した。


 熱に浮かされたように帰還した後、フロアボスが倒されたのでショッピングモールへと再び人が戻ってきた。

 私は浅倉さんに今回の戦闘の報告に行く。


「随分といい顔をするようになりましたね」


「……そう?」


「ええ。辛気臭い顔よりそっちの方が君には似合います」


 浅倉さんは独断専行をした私を少し注意して、その後に続けてそう言った。


 頬を引っ張ってみる。……自分ではよくわからない。


 自分がどんな表情をしているか気になるけれど、とりあえずそれは置いておく。


「……やりたい事が、できた」


「それはいい事ですね」


「……いいのかな」


 少しだけ、今でも申し訳なさを感じている。やるべき事はやっているとはいえ、自分のために何かをしていいのだろうか?


「それでいいんですよ。人が人らしく生きるには、やるべき事をして、その上でやりたい事をするのが一番ですから」


 浅倉さんのその言葉は以前の私ならすぐに否定していただろうけど、今の私はすんなりと受け止められた。


「じゃあ、そうする」


「はい。……とはいえ、あまり無茶な事はしないように」


「わかった」


 それだけ聞いて、足早にその場を離れる。


 もうすっかり遅くなってしまった。予定ならもっと早くにするつもりだったのだが。


 オレデバイスを操作して、準備した1つの映像データを見る。


 あの後、ビデオカメラで撮ったフロアボスの戦闘の映像を編集して1つにしたものだ。


 この映像をフロアボス討伐後に解放されたチャットで流そうと私は考えていた。


 この映像を見て、私みたいに生きている事を苦しいと思っている人達が何かを感じてくれればいいと思ったからだ。


 この世界はきっと前の世界と何も変わらないのだと。生きる事が間違いなんかじゃないんだと。そう思って欲しかった。


 モンスターと戦うのはまだちょっと怖いけれど、きっとそれも慣れてくる。

 ずっと戦いが続くなら、戦う事を日常にすればいい。

 それが日常になったなら、楽しむとまではいかなくても当たり前だと思えるようにはなるだろう。


 ――まだ生きている理由は見つからないけれど、とりあえずやりたい事はできた。


 今、この世界をもっとも楽しそうに生きている彼らの日常を観察しよう。そうすれば、もっとこの世界も肯定できるかもしれない。


 ……いや、肯定する必要もないんだろう。だってそんな事今までに考えたことなんてないんだから。

 生きている理由だって同じだ。そんなものがなくたって世界を楽しむ事はできる。


 何にも変わらない。生きる事を楽しむのに理由や理屈なんていらないんだ。


 心に張り付いた氷は溶け落ちた。今の私は少しだけ前向きだ。

 

 ――私の名前は鈴宮(あや)。生きてる理由なんかわからないけれど、変わらないこの世界を生きている。

 

 



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