幕間 少女A②
100人近くの人が生き残っているとはいえ、それは様々な事が原因で心か体、もしくはその両方に傷を負った人を含めてだ。
私のような子供を含めても、ちゃんと動ける人間は全体の3分の2程だった。
モンスターは、怖い。……けれど、動けない理由もないのにタダ飯食らいのままでいる訳にもいかなかった。
今、この世界で生き残るには1人1人の力が必要なのだ。
……もちろん、これは私の本意ではない。こんな綺麗な事を言える程、私は良い人間じゃない。
この言葉はショッピングモールで生き残っている人達をリーダーとして纏めている議員の秘書だった人――浅倉さんの受け入りだった。
この集団がこんな状況になっても人らしく生活できているのは、間違いなくこの人のお陰だ。この人が集団を統率しているから私達は揉め事を起こす事もなく共同生活を何とか続けられていた。
……そんな目上の人が私みたいな子供に頭を下げてお願いするのは反則だと思う。こんなの断れないじゃないか。
そんな訳で、私も力とやらを手に入れる事になった。何でもモンスター1体に自分でトドメを刺せば力は手に入るらしい。
浅倉さんは私達のために手足を切りとられて、抵抗ができなくなった瀕死のゴブリンを何体か用意してくれた。
ジタバタともがくゴブリンを押し倒し、手渡されたナイフを刺し込む瞬間は、少しだけ気分が良かった。
……それはともかく、私は自分の職業を《斥候》に決めた。いくら力を手に入れても私に戦闘は向いていないと思ったからだ。
浅倉さんも、私達みたいな子供に前線で戦う事は求めていなかった。生産職か娯楽職を選択して、ここでの生活を少しでも良いものにしていってほしいと思っていたらしい。
私の職業は一応、戦士職だが、ステータスの方は素早さ以外はそこまで高くなかった。戦闘能力はそれなりにあるが、直接戦闘用の職業と比べると一段は落ちる。
それに、私は元の運動神経も悪かったので1人で倒せるのは弱いモンスターくらいなものだった。
まあ、誰も私に戦闘能力なんて期待していない。私にしてみたら衣食住の提供の代わりに少しでもやれる事をやるだけだった。
浅倉さんの職業は《司令官》という。広範囲の索敵と味方への支援、そして強力な攻撃能力を持つらしい。
初期職業の他にも本人に適性があれば、本来なら初期職業のレベルを上げてからでないと選択できない上級職や、1人だけの特別な職業であるユニークジョブというものが解放されるらしい。《司令官》はその上級職なのだそうだ。私にはそういうのがなかったから羨ましい。
その索敵能力なのだが、距離が離れると大雑把にしかわからなくなるのだという。
普段は食料の調達が主な仕事だけど、この辺りに強力なモンスターが出現した時にそこに出向いて様子を確認し、状況を報告するというのが私のこの集団の中での役割だった。
その報告によって避難行動などの指針を決めるらしい。
強力なモンスターと戦うなんてゴメンだが、偵察するだけなら私の職業が最適だろう。
《斥候》の職業の特性は高い隠密性だ。迂闊に近づかない限りはどれだけ強いモンスターだって私には気づかない。
偵察に出向く際には、生産職――《発明家》の少年が作った改造ビデオカメラとワイヤレスイヤホンのような見た目の通信機を持たされる。
原理は私にはよくわからないけれど、こんな世界になって目覚めた力の1つである魔力を消費する事で性能を上げているらしい。
この発明品のお陰で、対象に必要以上に近づかなくてもその様子を映像付きで送れる。仕事が楽になるのはいい事だった。
この辺りは東京の右端にある。直ぐそばに広がっていた筈の東京湾は綺麗さっぱりなくなっていた。
まあ、その事はあまり重要ではない。重要なのは東京に突如出現したモンスター達は東京の外に出ようとしないという事だった。
《司令官》の探知能力でモンスター達は東京の土地と森の境目あたりまで来ると揃って踵を返すか、境目を沿うようにして行動する事が確認されている。
攻撃対象が東京の外に出た時はまた話は別らしいが、浅倉さんはこれをモンスターの習性だと仮定していた。東京に出現したモンスターは東京にいる人を殺すためだけに生まれた、と。
閑話休題。
その習性からこの辺りにはよくモンスターがやってくる。強力なモンスターも近くまで来る事が多かった。
初めは拠点を移す事も考えられたが、今でも私達の集団はショッピングモールに留まり続けている。
その理由は、強力なモンスターを倒し続ける男女の2人組がいたからだ。
見た目からすると、男が私と同じ高校生で女の子が中学生だろう。
女の子の方の職業は浅倉さんと同じ《司令官》だろうと思われる。私が観察していた4回の戦闘のうち2回、空に浮かぶ大きな船から放たれるレーザーで攻撃していたからだ。今の所、確認されている職業でこれ程の大掛かりな攻撃ができるのは《司令官》くらいだ。
浅倉さんは前線にはあまり立たずに遠距離からの銃撃が基本の戦い方なのだが、この女の子は剣での近接戦闘をよくしていた。
私では全然動きを追いきれなかったので、レベルは相当高いのだろう。
男の方は……よくわからない。
私達のグループには色々な職業の人がいる。そこから考えると、やってる事は《魔法使い》と《付与術師》、そして《召喚術師》を合わせたような感じなので多分魔法使い系の職業なのだとは思うけれど。
こっちの方の動きは私と同じくらいだ。ステータスはそこまで高くないらしい。
女の子が前衛を務めて、男がカードのような物を使い様々な効果で女の子をサポートする。
役割が男女逆なんじゃないかと思わなくもないけれど、その2人組は私達の戦力では苦戦するだろう相手をアッサリと、そして次々と倒していった。
私の仕事がその2人組の観察になるくらいには、私達が強力なモンスターの対策について考える必要がなかったのだ。
……偵察ではなく、観察という言葉を使ったのは向こうに私の存在がバレているからだ。だって、こっちに向かって女の子が手を振ってきてたし。
浅倉さんは女の子の職業と私の話を聞いて、「2人組はこちらに合流する気はないが、自分達の存在を隠すつもりもない」と判断し、私が泳がされているのもフロアボスを倒した後の事を考えているのだろうとの結論に至ったらしい。
どこの集団にも属さないのは自由を奪われないため、そして、私を泳がして情報を与えているのは後々、彼等がどこかのグループに所属する事になった時に自分達に有利な条件を飲ませるためだ。
確かにあれだけの力を持っていて自立できているのであれば、動けない人間が大勢いる集団での生活は足枷にしかならないだろう。その力をいいように利用されるのは私でも思いつくような事だ。
だけど、フロアボスを倒した後は違う。目の前の脅威がなくなれば東京を復興しようとする集団は必ず現れる。敵がいないのであれば、私達の手に入れた力を使って東京を復興させることは決して不可能ではない。
以前とは大きく異なる形になるであろうが、人はいずれ文明を取り戻すだろう。
そうなれば、たとえ利用される事が目に見えていても、彼等は人として生きる以上、いずれ集団での生活を余儀なくされる。
その時までに自分達の有用性をアピールして、なるべくいい条件を集団側に飲ませたいのだろう。
そう私に語った浅倉さんは、彼等に暫くの間は接触しない事を決めた。彼等の拠点の場所は浅倉さんの力でわかっていたが、後々の事を考えると下手に接触して心象を下げたくなかったらしい。
……正直、私にそんな大事な話をされても困る。いくら観察している私とそのデータを見る浅倉さんしか彼等の事を知らないとはいえ、相談する相手を間違っているとしか思えない。
まあ、やる事は変わりない。
食料の調達に仲間と出向き、強力なモンスターが出現した時にはそれを討伐する2人組の戦闘データを記録する。そんな日々が続いた。
特にやりたい事があるわけでもなかったのだが、こうも変わり映えしない日が続くと飽きてくる。
飽き、とは関係ないのだろうが、こんな世界になってから私は笑い方を忘れてしまっていた。周りの大人達に心配されるくらいには私はずっと仏頂面らしい。
ただ、こんな現状を変えようとは思わなかった。
私はこのまま運命に流されるように何の感動もなく生きて、そしてそのうち誰にも気付かれずにひっそりと死ぬのだ。
デスゲームが始まってからの3日間の生活の内にそんな予感が生まれていた。死んだように生きている私にはお似合いの最期だ。
私はそんな運命を変えれるとも思っていないし……変わらなくても別にいいと感じていた。
もう生きるのに疲れていたんだと思う。
何もしていないのに助かって、生きてやりたい事もないのに生きている。こんな世界で生きていたって辛いだけだってわかりきっているのに。
浅倉さんは東京が再び文明を取り戻すと確信していたようだが、私はそこまで楽観的にはなれなかった。ずっとこんな地獄が続くのだと思っていた。
死ぬのは今でも怖い。だからなるべく苦しまずに一瞬で死なないだろうか。そんなバカな事を考え始めたのが3日前の事だ。
――そして、その次の日。フロアボスがこの地へと戻ってきた。